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リアクション
事態は混迷していた。
カフェのあちこちで自分のペットを自慢している者達が溢れている。
なかには殴り合いまでする者達もいた。
そんな騒動の中心地で熾月 瑛菜(しづき・えいな)は頭を抱えていた。
事の発端は目の前で口喧嘩している高原ユダとエヅリコの2人である。
2人と始めて飼うペットをどうするかで話し合いをしていたはずなのに、いつの間にか周囲を騒がす大騒動に発展している。
どうしてこうなった。
「だから俺はもっとカッコいいのがいいんだよ!カッコいいペットと共に颯爽と戦場に現れる姿とかいいと思わねえか?」
ユダの言葉と同時に彼の後ろにいる連中が『そうだそうだ!』と気勢をあげる。
それに対抗するようにエヅリコも、
「思わない!そんなのユダの勝手な思い込みでしょ。それにペットを連れるんだったらかわいい方が癒されるから、そっちの方がいいじゃない」
テーブルをバン、と強く叩いて主張する。そんな彼女の後ろにも数名の味方していた。
「あんたたちいい加減にしなさい!」
いい加減に喧嘩を止めないとマズイと瑛菜は2人の間に割って入ろうとする。
その時後ろから「あ、あの……」という声が聞こえてきた。
瑛菜が振り向いた先にいたのはイルミンスールの制服に身を包んだリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)であった。
「えっと、失礼ながらちょっとお隣で話を聞かせて頂いたんですけど……」
少し自信なさげにリースは言う。
「お2人は具体的に『このペットが飼いたい』というのではなくて……見た目が『格好良い』のか『可愛い』のかで揉めているん……ですよね?」
唐突にそう問われたユダとエヅリコは互いにリースを見つめた。
たしかにユダは「シルバーウルフ」、エヅリコは「チェシャ猫」と名前は出していたが、絶対に「コレ」という話はできていない。
要は「カッコいいペット」と「可愛いペット」の狭間で揺れ動いている段階である。
「あのですね……実際にペットを飼っている人の話を色々と聞いてみたらどうでしょう」
「ペットを飼っている人の……」
「はなし?」
「は、はい。ここで言い争うよりもいいと思うんです。たとえば……」
その言葉に続くように「おーい」と言う声が聞こえてきた。
それはリースのパートナーであるナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)の声であった。
その後ろにはセリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)と、桐条 隆元(きりじょう・たかもと)の姿もある。
「よう、リース。こんなところでなにやってんだ?」
ナディムは飄々とした様子で言った。
「あ、みなさんもう集まってたんですね」
「うん。あとはリースちゃんだけだよ〜」
「ちょうどよかった。あ、あの、みなさん。ペットのお話をしてもらっていいですか?」
「ペット?……小娘、なにか面倒なことに首を突っ込んでいるな」
隆元は胡乱な目でリースとその周囲を見つめた。
リースと瑛菜はざっくりと現在の状況を説明すると、隆元は「はぁ」と一つため息をつく。
「なにやらカフェが騒々しいとは思っていたが、そのせいか」
「う、うん。付きあわせちゃってごめんなさい」
「リースが謝ることは無いぜ。俺はかまわねぇぞ。イルミンスーンに帰るにしても、どうせここで少しおしゃべりするつもりだったんだ。そうだろ、姫さん」
「そうねぇ。お2人に付き合う時間はあると思うなぁ」
「……まぁ、そういうことなら仕方あるまい。で、高原とエヅリコとやら。おぬしらは何のペットがいいのだ?」
「俺はかっこいいペットがいいな。『シルバーウルフ』とかさ」
「ボクは『チェシャ猫』みたいな、かわいいのがいい」
「ふぅん……高原のお坊ちゃん。シルバーウルフはなかなかに大変らしいぞ」
とナディムは顎に手を当て、何かを考えているように言った。
「そ、そうなのか?」
「ああ。シルバーウルフを飼っている知り合いがいるんだが、あれはもともと寒い地方に生息してるから暑さに弱いんだと。だから夏は飼い主がいなくてもエアコン全開にしないと熱中症になっちまうから、電気代が馬鹿になんねぇって嘆いてたぜ」
「ま……まじか……」
ナディムの言葉を聞いてユダは絶句する。
逆にエヅリコは得意顔をして、
「だよねー。もっと飼いやすいのがいいよねー」
とユダに語りかけるのだった。
そんな2人を見てセリーナは「うーん……」と呟いた。
「シルバーウルフが難しいなら、獣人の村にいる狼はどうかしら?お利巧さんだからお世話もし易いと思うの。ねえ、レラちゃん」
セリーナの言葉を聞いて、傍についていた賢狼・レラは車椅子の後ろに掛けていた荷物入れからお菓子を取り出した。
それをセリーナの手のひらに置くと彼女は「ありがとう」と優しく頭をなでる。
「レラちゃんはね、ずっと私の傍にいてくれるから、言わなくてもやって欲しいことがわかってくれるの。初めてのペットにするならいいと思うわよ〜」
そんなのんびりとした事を言いながら、セリーナはずっとレラの頭をなでなでし続けた。
澄ました表情でそれを受け入れる賢狼の姿にユダは「へぇ」と感心する。
が、当のレラは内心穏やかではなかった。
レラの正体は実は獣人の子供である。彼女の前ではひたすらに狼の姿でいるが、自分がペット扱いされるというのはどうにも複雑であった。
「くくっ……」
そんな心情を見抜いてか、レラの正体を知ってるナディムは苦笑いを浮かべるのだった。
「だがたとえ賢狼といえど、しかと指示に従わせるには訓練が必要だぞ」
隆元はそう言って鳥かごから一羽の鳥を取り出した。
それは隆元の飼っている吉兆の鷹・小糸である。
彼は一度小糸を空に飛翔させると、オープンカフェの上空を一周させて手元に戻ってこさせた。
それを見たユダは「すげー、カッケー」と色めきたつ。
「かっこいいと思うのは構わんが、小糸などは生来甘えたがりの性格ゆえ、なかなかわしから離れようとせなんだからな。訓練には骨が折れたぞ。それをおぬしらはちゃんとできるのか?」
「む……」
ユダは黙りこくった。
まだ一度もペットを飼ってすらいないのに、『訓練』と言われてもいまいちピンとこない。
それをどう思ったのかエヅリコは嬉々とした表情で、
「ユダの希望は高すぎるんだよ」
と言うのであった。
「やっぱりここはボクの『チェシャ猫』で決まりだよね?ね?」
「わしはエヅリコにも言ったつもりなのだが?『チェシャ猫』とて訓練が必要なのに変わりはせん。できるか?」
「う……」
エヅリコは一転して表情を曇らせる。
それを見て隆元は「こほん……」と咳をひとつついた。
「まあ、すぐに実戦でペットが使えるわけではないという事だ。だが、ちゃんと躾けることができれば戦闘にも役に立つ。それ以外にも、鷹ならば敵の偵察などもできる。2人でちゃんと考えるのだな」
こうしてリースたちはおのおペットについてのアドバイスをすると人ごみの中に紛れていったのだった。
あとに残されたユダとエヅリコ達は再びペット議論を再会する。
しかし……。
「やっぱさ、ペットにするんだったらカッコいいペットの方がいいと思うんだよ」
「ヤダ!かわいいペットの方がいい!」
「あーもう、みんなさっきの人たちの話し聞いてた?」
瑛菜は2人とそれに続く周囲の野次馬のテンションをなだめようとした。
だが、やはい2人にとって「カッコいい」「かわいい」というのは一歩も引けないラインらしい。
しばらく「かっこいい」「かわいい」と言い合っているのであった。
「それじゃ話が終らないじゃない。希望が正反対なんだから歩みよらないと……」
「正反対だって?バカを言うなよ!」
そう言いながら野次馬達をかき分けて現れたのは、ピンクのモヒカンが目立つゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)であった。
「とりあえず2人の希望はわかったぜ。つまり『かわいいペット』であり、なおかつ『カッコいいペット』であればいいんだな!」
「……そんなペットいるの?」
瑛菜は胡乱な眼差しでゲブーを見つめる。しかし彼は「ふ、ふ、ふ」と意味深げな笑みを浮かべると、懐から何かを取り出した。
それは。
「モ・ヒ・カ・ン・ゆ・る・ス・タ〜!」
パパラッパパッパー!
なにやら、どこかで聞いた事があるような音楽(幻聴)をバックに、彼は一匹のゆるスターをテーブルに置いた。
「なにこれ……?」
エヅリコは見たこともない動物に目を丸くしていた。
それは頭部がモヒカンのように逆立っている。目つきも妙に鋭い。
「そいつはモヒカンゆるスターだ!慣れるにはちぃと時間が掛かっちまうが、一部の奴らには『カッコカワイイ』ってんで人気があるんだぜ。こいつなら文句ねぇだろ?」
彼はひとしきり「がははー!」と笑いあげる。
それをよそにユダとエヅリコの2人はというと。
「ん、まあ……かっこいい……かな?」
「かわいい……のかなあ?」
首を傾げながらも、しばしモヒカンゆるスターを指先でつつきながら見つめるのであった。
そんな2人を見て、ゲブーは目を光らせる。
「気に入ったか?だよなだよな!やっぱりモヒカンが一番だぜ!というわけで……」
そう言いながら彼は懐からバリカンを取り出した。
片手にそれを握り、もう一方の手はわきわきと何かを“もむ”ように動かしている。
「高原ユダ!報酬としててめえにはモヒカン刈りになってもらうぜ!そしてエヅリコには俺様が癒やしいやらしおっぱいエステをしてやるぜー!」
「え……うわぁ!?」
「きゃわぁ!?」
唐突に2人へ接近するゲブー。
「ついでにゲブー様サイコー!とか叫んでもいいんだぜーヒャッハー!」
こうして哀れ高原ユダはモヒカン頭に、エヅリコはゲブーの毒牙にかかってしま……、
「……ってたまるかー!」
ゲブーの前に唐突に瑛菜が入りこんだ。
そして強烈なアッパーカットを打ち込む。
「うわらばー!」
ゲブーは激しくキリモミしながらカフェの場外まで吹っ飛ばされたのであった。
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