First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
Next Last
リアクション
【四章】赤壁の戦い 前
劉備軍の孔明は、魯粛に軍船二十艇を用意させていた。
「流石は先生、夜霧を利用した素晴らしい策でございますな!」
馬謖 幼常(ばしょく・ようじょう)は孔明を褒め称える。
昼に開かれた軍議にて、周瑜は孔明に十万本の矢を十日以内に作るよう依頼してきた。
孔明の知力を恐れていた周瑜は、孔明に無理難題を与え、それに失敗した暁には奴を処刑してやろうと目論んでいたのだった。
だがその難題に、孔明は「三日で良い」と答える。
そして今、孔明の目前には霧の深い長江に整然と並ぶ二十艇の軍船の姿があった。
「先生、ここで兵を失うは下策。船に配置するは鎧を着せた藁人形で十分。夜霧により視界不良、藁人形と人との区別なぞ付かぬでしょうぞ。兵に中ったと勇んで射掛けましょうぞ」
「うむ、それが良かろう」
孔明は軍船にたくさんの藁人形を積み込ませる。嬉々としてそれを手伝う馬謖を見て、土方 伊織(ひじかた・いおり)は溜息をつく。
「ようじょさんって赤壁の時は出番無かったはずじゃないですかー。勝手なことして歴史変わっちゃったら大変ですよぅ」
当の馬謖は兵士達に混ざり、生き生きとした表情で藁人形を運んでいた。
ややあって、二十艇全ての準備が整う。
そして孔明は霧の深い中、藁人形を積み込んだ船全てを曹操の陣営へと放った。
矢の雨が降り注ぐ。
数分もしないうちに、船団は一つ残らず針鼠のようになっていた。
孔明は微笑を浮かべると、全軍を退却させる。
戻ってきた船に乗り込み、兵士らと共に藁人形から矢を抜き取る孔明。馬謖も後を追い、それを手伝う。
集まった矢の数は、周瑜の指示した一万本を優に超えていた。
「おお、これは凄い! いやはやまったく、先生の智謀には脱帽しますぞ! 先生が出向く必要などございませぬ、すぐに俺が周瑜を呼んで参りますぞ!」
「はわわ、ようじょさん一人で行っちゃ駄目ですよー」
伊織の制止の声は届かず、馬謖は全速力で走り去ってしまった。
「とほほ……。もーどうにでもなれーですぅ」
肩を落とし、伊織はとぼとぼと歩き出す。向かう先には趙雲の姿が。
「孔明さんを周瑜さんから守らなきゃいけないのに、ようじょさんは暴走しちゃってるし……とりあえず、趙雲さんに助けを求めるですよ」
そう言って趙雲の元へと駆ける。
その後、孔明の集めた一万の矢は周瑜へと渡り、「火攻めの計」に用いられることとなった。
孫権軍では慌ただしく準備が進められており、動き回る兵士の中に本郷 翔(ほんごう・かける)とソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)、そして周瑜の姿もあった。
「周瑜様、水軍兵への糧食の配給、完了いたしました」
補給部隊の手伝いをしていた翔が周瑜へと報告に戻る。周瑜は一つ頷くと、今度は火計用の火矢を作るよう指示を出す。
翔は材料を確認しに行く。孔明の策により、矢は十分すぎる程数が揃っていた。油も既に準備してある。
翔は火矢を作るのに最適な油の量を計算する。
「戻ったぜ」
そこに伝令へ行っていたソールが戻ってくる。
「ご苦労様です。どうでしたか?」
「やっぱりかなり渋ってたな。まあ自分達の食料が減らされるんだから、当然か。」
「ですが無駄があるのは事実ですからね。兵の数が多いとはいえ、見た所大して量を食べない兵士が殆どです。恐らく、あの恰幅の良い将軍様が殆ど食べていらしたのでしょう。うまく説得できましたか?」
「まあな。これは周瑜様の命令である〜って言って、了承させたぜ」
そう言って片目を瞑るソール。本当にそれだけで説得できたのか気になる所ではあるが、翔は追及しないことにした。手段がどうであれ、相手に了承させたのなら問題は無いだろう。
計算を終えた翔はその結果を周瑜に提示、周瑜は翔に火矢の作成を任せる。
翔は兵士達に指示を出し、無駄なく火矢を完成させていく。やがて十分な数の火矢が出来上がった。
「後は黄蓋様や他の方の準備が終わるのを待つだけですね」
「俺達はどうする? 火計を見ながらデートでもするか?」
「そういう話は全て終わってからです。とりあえず、火計の後の追撃に備えて物資を準備しておきましょう。追撃部隊に補給を行い、勝利をより確実なものにします」
「了解だ」
二人は補給部隊の元へと向かう。
一方その頃、曹操の元に四人の人物が訪れていた。
「よくぞ参った。大賢者殿、早速我が陣営を見てはくれぬか」
曹操の前には、蒋幹と、彼が連れてきたホウ統 士元(ほうとう・しげん)が並んで立っていた。
その後ろには風祭 隼人(かざまつり・はやと)と東 朱鷺(あずま・とき)の姿もある。
曹操は自らホウ統を案内し、自軍の陣営を視察させる。
(やはり昔と同じですね……。仕方ない、隼人の言ったとおりにやりますか)
ホウ統は一通り陣営を眺めると、曹操に提案する。
「船酔いの兵が多いのは大波に揺れるのが原因。全ての船を鎖で繋ぎ安定させれば収まりましょう」
それを聞いた曹操はすぐさま鍛冶屋に頼み、船同士を繋ぎ合わせる。
それにより船の揺れは収まり、船酔いを起こす兵士の数は激減する。曹操は大いに喜んだ。
官位を与えるという曹操の勧めを断り、ホウ統は隼人と共に曹操の陣営を後にする。
「まったく……何も無理やり連れて行くことはないでしょう。いきなり蒋幹の前に放り投げられた時は流石に焦りましたよ」
宵闇に紛れ孫権軍へと向かう小船の上で、ホウ統が嘆く。対する隼人はニヤニヤと笑っていた。
「お前があまりにもやる気の無さそうな顔してたからな。喝を入れてやっただけさ」
「それならもう少し穏便なやり方でできなかったんですか?」
隼人は楽しそうに続ける。
「曹操軍の船を繋がせるのはお前の役目だろ? 校長も歴史は変更できないって言ってたし、俺が引っ張っていかなくても結局誰かに連れていかれてたと思うぜ?」
「私はまったりして仕事を滞らせて罷免される役割でも演じようかと思ってたんですがねぇ……」
「せっかくの修学旅行なのにそれじゃつまらないだろ? 俺は賢人ホウ統の活躍ぶりが見たかったんだよ」
「困りっぷりの間違いじゃないんですか……?」
それを聞いて笑い出す隼人。ホウ統は溜息をついた。
「まったく……この後はまったりさせてもらいますからね」
ホウ統らと別れた朱鷺は、未だ曹操軍の船上にいた。
「鳳雛の言動、ばっちり記憶させていただきました。……ですが、思っていたものとは少々違いましたね」
朱鷺は先程のホウ統の行動を思い出す。心なしか、彼には覇気が無い様に感じられた。
「まあ彼も修学旅行に参加した生徒のようでしたし、結果の分かっている戦いとなればやる気が失せてしまうのも仕方のない事ですね」
呟く朱鷺の耳に、遠くから男の叫ぶ声が聞こえてきた。
「黄蓋……どうやら火計が始まるようですね。お手並み拝見といきましょうか」
曹操軍の船団に、黄蓋 公覆(こうがい・こうふく)の乗る軍船が近づいていた。引き連れた船団には沢山の積荷が積まれており、いずれも赤い幕が掛けられている。
その荷物の影に隠れて滝川 洋介(たきがわ・ようすけ)と厳 顔(げん・がん)も船に乗り込んでいた。
数刻前。周瑜の元にて。
「軍師殿! 火攻めの任、ワシに任せては貰えますまいか? この年寄りに活躍の場を与えて下され」
黄蓋は周瑜にそう進言し、火攻めを一任される。
その後、曹操の密偵が居る前でわざと周瑜を怒らせる発言をし、百叩きの刑を受ける。
後に「苦肉の計」と呼ばれるこの計略により、曹操らは見事に騙され、降伏するという黄蓋からの密書を欠片も疑わなかった。
そして今、黄蓋は油をかけた枯れ草を大量に積んだ船団を引き連れ、曹操軍の目前まで迫っていた。
この時、孔明の祈祷の効果か、はたまた偶然か。長江には東南の風が吹いていた。
黄蓋の船団が曹操軍の陣営深くまで入り込む。その瞬間、周瑜のいる孫権軍の船から大量の火矢が放たれた。
火矢が黄蓋の率いる船団に降り注ぐ。大量の油を吸った積荷はすぐさま燃え上がり、高々と炎を上げる。
そして燃え盛る船が、鎖で繋がれた曹操軍の船団へと突進する。
船同士が固く繋がれている状態ではろくに逃げることも出来ず、炎は船から船へ次々と燃え広がっていく。
更に、東南の風に煽られた炎は大量の火の粉を撒き散らし、陸の陣営にまで燃え移った。
これにより、曹操軍の陣営は一瞬にして灼熱地獄と化した。たくさんの兵士が炎に飲まれ、残る兵士達も海に飛び込んでいく。
「黄蓋のじいさんには負けてられんわい! じゃんじゃん敵を薙ぎ倒してくれようぞ!!」
曹操軍の船に乗り込んだ厳顔は逃げ惑う兵士達を次々と蹴散らしていく。同じく黄蓋も厳顔と競り合うように敵兵を何人も殴り飛ばしていた。
「ほう、おぬしも中々やるようではないか。ならばわしも本気を出すとするかのう!!」
黄蓋が敵兵の中へ突撃する。
「じいさん一人に格好つけさせはせん!」
厳顔がその後を追い、二人は炎と突然現れた敵に混乱している敵兵を一人、また一人と蹴散らしていった。
「うぉ、すっごい燃えてるな……って、黄蓋と厳顔強すぎ!! アンタら意外といいコンビだな!」
後から乗り込んだ洋介は、獅子奮迅の働きを見せる黄蓋らを見て、驚いた声を上げる。
「これはオレも負けてられないね」
そう言って、向かってきた兵士を拳で打ち倒すと、黄蓋達の元へと向かった。
「これがかの有名な連環の計と火計ですか」
朱鷺は燃え盛る船団を眺めていた。幸い朱鷺の乗っている船にはまだ炎は燃え移っていなかったが、それも時間の問題だろう。
兵士達は繋がった船を離そうと懸命に鎖を外している。
(このままでは炎が燃え移るより先に船が離れてしまいますね。お手伝いしちゃいましょう)
朱鷺は『ファイアストーム』と『風術』を発動、炎を更に燃え上がらせる。
それにより鎖が離れるより先に、朱鷺が乗っている船へと炎が燃え移った。
兵士達が大慌てで消化を始める。しかし一度勢いづいた炎はそう簡単に消えることはなく、徐々にその勢いを増していった。
「さて、あとは軽く敵軍をやっつけちゃいますか」
そう呟くと、朱鷺は八卦術を使い、曹操軍の兵士達を次々と倒していった。
火計に掛かり巨大な火柱を上げる敵の船団を、孔明は静かに見つめていた。
「火計の効果は絶大ですね。まさかこれ程とは……。それにしても、周瑜があのタイミングで刺客を送ってくるとよく分かりましたね」
孔明の隣に立つザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が声を掛ける。
彼らは東南の風が吹き始めると共に船で祭壇を離れ、劉備達と合流していた。その途中、振り向いたザカコは祭壇に殺到する刺客らしきものを目撃したのだった。
「彼の知力は確かな物だ。だからこそ、彼の思惑を私は見通すことができる」
孔明は微笑を浮かべて答える。ふと、ザカコはもう一つ気になっていたことを思い出す。
「先程の関羽さんとの会話なのですが……何故最も重要な地点を、不安要素の残る関羽さんに任せたのですか?」
そう孔明に問いかける。
関羽は曹操に恩があった。孔明が最初関羽に指示を出し渋ったのも、これが原因だったはずだ。だが結局孔明は、曹操を待ち伏せる最高の地点を関羽に任せたのだった。
その問いに孔明は微笑を湛えたまま答えた。
「曹操は未だ天命がつきておらぬ。例え殺せたとしても、今度は呉が強大になって対抗できなくなるであろう。
それに関羽には、曹操からの恩義にこれで報いさせ、この後は全身全霊をかけて劉備殿に尽くして欲しいのだ」
孔明の返答に、ザカコは驚いた。
「まさかそこまで考えていたとは……やはりあなたは、聞きしに勝る賢将です」
孔明は答えず、依然前を向いて燃え上がる船団を見つめていた。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
Next Last