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紅葉祭といたずら狐

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紅葉祭といたずら狐

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其の四:お狐様と夜の山



「これだけあれば十分か」
 武崎 幸祐(たけざき・ゆきひろ)は屋台での買い物を終え、パートナー達との待ち合わせ場所である神社の境内へ向かう。両手には食べ物の入った袋をいくつも持っていた。
 
「あ、いたいた、幸祐!」
 歩き始めて間も無く、蘇 妲己(そ・だっき)ヒルデガルド・ブリュンヒルデ(ひるでがるど・ぶりゅんひるで)が駆け寄ってきた。
「二人とも何故ここに? 待ち合わせは神社のはずだが」
「それがお金盗まれちゃったのよ! おかげで何にも食べてないの。悪いんだけど私達の分も買ってくれない?」

 幸祐は首を傾げる。妲己ともあろうものがそう易々とお金を盗まれるとは、思えなかったのだ。

 だが妲己とヒルデガルドは強引に幸祐を屋台の方へ引っ張っていく。

「マスター、まずはあれを買ってください」
 ヒルデガルドまで乗り気なその様子に、流石におかしいと幸祐が思い始めた時。

「幸祐!」
 幸祐が振り向くと、そこにはまたもヒルデガルドと妲己の姿が。
「な?!」
 自分の腕を掴んでいるパートナー二人と、今目の前に現れた二人。幸祐は交互に視線を向け、訳が分からないといった様子である。

「マスター、そこにいるのは私達の偽物、化け狐です」
 そう言って機晶キャノンを向けるヒルデガルド。偽者と呼ばれた二人は小さく悲鳴を上げる。
「に……逃げろっ!」
 狐の尻尾と耳が飛び出した偽者二人は、幸祐から離れる。だが逃げる先には既に妲己が回り込んでいた。

「あたしに成り済ますなんて勇気あるわねあなた……あなたの臓物美味しそうね……」
 そう言って凄まじい殺気を放つ妲己。それに当てられた化け狐達は腰を抜かしてしまう。

「ひいっ、ごめんなさいごめんなさい! 何でもするから許してえっ……!」
 大粒の涙を流しながら懇願する狐達。

「まったく、まさか偽物だったとはな……」
 幸祐は溜息をつく。そして狐達に近づくと、持っていた荷物を突き出した。

「命は助けてやるから、荷物を運ぶのを手伝うんだ。もし途中で逃げ出そうとしたら……」
「私が撃ちます」
 そう言って機晶キャノンを構えるヒルデガルドに、狐達はただただ頷くしかなかった。

 幸祐達は宿へと向かう。前後を挟まれる形で大量の荷物を抱えた化け狐二匹も歩いていた。

 宿では、大勢の契約者が宴会をしていた。どうやら祭りのボランティアをしていた者や観光に来ていた者達が集まって騒いでいるらしい。
 中には昼に化け狐と関わった者もいたようだ。幸祐達が連れてきた化け狐を見つけると「昼の奴の仲間か? お前も来いよ」と宴の輪の中へと連れて行く。

「丁度良い、俺達も混ざるとするか」
 幸祐は狐に運ばせた荷物を手に、宴に参加した。
 荷物の中身は屋台の品物。酒のつまみになりそうな物も多かった。宴会の一同は大喜びで幸祐達を受け入れてくれた。
 
 化け狐を交えての宴会は大いに盛り上がったという。




 夜になっても、祭の賑やかさは衰えない。

「一通り回ったし、そろそろ帰るかな」
 長原 淳二(ながはら・じゅんじ)は屋台を巡っていた。手にはから揚げの串と牛串を持っている。
 
 から揚げを一つ口に入れて、帰路につこうとした時である。
 何やら賑やかな声が聞こえ、そちらに目をやると、一軒の屋台に大勢の人が集まっていた。
 屋台上の看板には『射的屋』と書かれている。

「そういや射的やってなかったな……最後に寄ってくか」
 淳二が屋台に近づくと、言い争う客と店主の会話が聞こえてきた。
「こんなの当たるわけねえだろ! もっとちゃんとした的にしやがれ!」

 それを聞いて屋台の中へと目をやると……。
「うわ……」

 的はペットボトルの口をこちらに向けた簡易な物であった。
 どうやら、あの小さな口の部分に玉を入れろということらしい。

「仕方ねえだろ! ここらは軍人も多いからこれくらい的小さくしねえと商売あがったりなんだよ!」
 葦原島には大勢の軍人が駐留している。銃の扱いに慣れた軍人に普通の的で商売しても、景品を見事に掻っ攫われるだけだろう。

「……他に射的屋見当たらないし、せっかくだからやってみるか」
 お金を払い、五つの弾を受け取る。真剣に狙って撃ってみるものの、やはりうまくいかない。
 諦め気味に最後の一発を詰め、撃った。

「……あ」
 弾は見事、ペットボトルの口の中に入っていった。

「うぉ、まさかほんとに命中させるやつがいるとはな。兄ちゃんやるじゃねえか!」
 店主は豪快に笑うと、足元の箱から大きなぬいぐるみを取り出し、淳二へと手渡す。

「はいよ! 兄ちゃん!」
 呆けた顔でぬいぐるみを受け取る淳二。当人も弾が命中したことが未だ信じられないようだ。

 その時、周囲の人々がざわめき、山の上空を見上げ始める。
 淳二が空へ視線を向けると、夜空に数え切れないほどの異形の姿が浮かんでいた。



「中々みつかりませんねぇ」
 東 朱鷺(あずま・とき)は百鬼夜行の群れの中、一反木綿の上から妖怪の山を眺めていた。

「やはりもう少し降りて探したほうが良いですかね。一反木綿、少し下降してください」
 一反木綿が高度を下げ、木々と同じくらいの高さで滞空する。

「おや、あれは……」
 辺りを見回していた朱鷺が何かに気付く。
 近づいてみると、そこにいたのは小さな少女だった。

「こんな夜更けにどうしたのです?」

 地面に蹲る少女は、泣きながら答える。
「帽子が……」
 そう言って指差す方向には、木の枝に引っかかった可愛らしい帽子が。
 一反木綿に乗ったまま朱鷺は帽子の所へ。そこは地面が崩れ崖になっていた。
 
 朱鷺は帽子を枝から外し、少女の元へ戻る。

「はい、取れましたよ。これでもう思い残すことは無いですか?」
 
 少女は帽子を受け取ると、はにかんだ笑みを浮かべ「ありがとう」と答えた。

 そして次の瞬間、少女の姿は消えていた。
 朱鷺の足元には、元は可愛らしい柄だったであろう、風化した小さな帽子が転がっていた。

「成仏しましたか。……ふむ、幽霊の従者というのも面白いかもしれませんね」

 朱鷺は一反木綿に指示を出し、山の散策を再開する。

「ああ、分かっていますよ、一反木綿。忘れていませんから。はてさて、あなたのお友達はどこへいるのやら」




 その頃、夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)もまた夜の山へと踏み入っていた。
 彼はパートナー達と共に、先程見つけた化け狐の後を追っていた。

「多分こっちに向かったと思うんだが……」
 やがて彼らの前方に小さな明かりが見えてくる。
 明かりを目指して歩き続けると、すぐに開けた場所に出た。そこには子供の化け狐と、それを叱る九本の尻尾をつけた化け狐がいた。どちらも人型をしている。

「おや、人間か。もしやこの子が迷惑をかけたか?」
 落ち着いた声で甚五郎に話しかける九尾の狐。その後ろには何匹もの化け狐が控えている。どうやらこの九尾が狐達の頭領らしい。
「いや、わしらが迷惑を被ったわけではないんだが……麓で幾人かが狐に化かされたと聞いてな。何か事情があるならば相談に乗ろうと思ってここへ来たのだが」

 それを聞くと九尾は「事情と呼べるほどのことではない……」と溜息をついて語りだした。

「子狐らが祭の喧騒に釣られて遊びに行っただけのことだ。しかし、人を化かすのは我々化け狐の本能。
 祭りに参加などすればこの子同様、いたずらを仕掛ける者が殆どだろう。それで人間に敵視され一族諸共退治されるような事態は避けたいのだが……」
 そう言ってもう一度溜息をつく。

「知っての通り、何匹かこっそりと抜け出して祭に参加しておるのだよ。今もまたいくらか姿が見えん」
「なるほどな。そういうわけか」
 周囲に目をやれば、つまらなそうな顔で地面を見つめている小さな化け狐達が。あの子らも本当は祭に行きたいのだろう。

 それを見た甚五郎はよしと一つ頷くと、背負っていた一斗樽をどすん、と音を立てて地面に下ろした。
「ようは楽しめれば良いんだよな? 丁度酒とつまみと他にも食いモン持ってきてる。屋台のメニューだってある。麓の祭にゃ劣るだろうが、これでちょいとばかし宴を開こうじゃないか」
「それは願っても無い事であるが……良いのか?」
「気にするな。元々そのつもりで来たからな」

 甚五郎と草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)オリバー・ホフマン(おりばー・ほふまん)が宴の準備を始める。


「から揚げにするめ、焼き魚と……あ、栗あるんですか? ありがとうございます!」
「おお、酒も持ってるのか。オラ達が持ってきたのだけじゃ足りなそうだったから助かったぜ」
 子狐達も楽しそうに手伝っていた。九尾や大人の狐達が山でとれた山菜や栗を持ってきてくれたので、羽純が持ってきた携帯用調理器具で簡単に料理もする。

 やがて大勢の狐達を交えた宴が始まった。

「酒には付き合えぬが、舞いと歌ぐらいなら披露しようかのぅ」
 羽純が宴の中央に立ち、透き通った歌声を会場に響き渡らせた。
 狐の一人が持っていた扇子を羽純へ手渡し、羽純はゆったりとした舞を踊り始める。

「いやあ綺麗ですねぇ〜。あ、こっちにまだ稲荷寿司ありますよ〜どんどん食べちゃってくださ〜い」
 ホリイは羽純の舞を見つつ、宴を楽しむ狐達の間を周り食べ物を配っていた。

「酒もまだまだあるぜー! チビっこ達……は、飲まない方が良いかね?」
 オリバーの後ろには酒が入った樽がいくつもある。中身はまだまだ余裕がありそうだ。



 その後、化け狐と人間の宴は夜が明けるまで続いたという。