リアクション
第11章 ジャウ家の明日
オークション会場の控室の一つ。
ムティルが借りたその部屋に、ムティルやムシミス、クリストファーに北都にルカルカら、ジャウ家に関わる人物が集められていた。
「兄さん……どういう事ですか?」
「今から話す」
ムシミスの言葉を受け、ムティルはゆっくりと前に歩み出た。
アーヴィンの脇を通る際、小さな声で呟く。
「こんな事を頼むのも心苦しいが……ムシミスを頼む。出来る範囲で構わない」
「む?」
首を傾げるアーヴィンを余所に、全員の前に立つ。
「まずはムシミス。お前に謝らなければいけない」
ムシミスの、そして関係者にムティルは宣言した。
「ジャウ家は、危機にある。財政的にこれ以上立ち行かなくなっている。密かに家に伝わる品を売って、なんとか使用人の賃金に換えているくらいだ」
「え……」
「庇護する立場にあるから、余計な心配を掛ける訳にはいかないと、お前にそれを告げなかった。それは、間違っていたのかもしれない」
驚き目を見開くムシミスに、ムティルは穏やかな口調で告げる。
「しかしムシミス。お前も、知るべきだった。もっと広い視野を持つために、学ぶべきだった。だから」
そこで一端、言葉を切る。
ムティルは視線を彷徨わせる。
定まったそのその先には、心配そうに彼を見る北都とモーベット。
「家を出ろ。ムシミス」
「ええっ!?」
息をのんだのはムシミスだけではなかった。
ムティルと、彼から話を聞いていた北都とモーベット以外の全員。
「俺が以前通っていた、薔薇の学舎へ行け。手続きは済んでいる」
「ど……どういう事ですか兄さん! 僕を……捨てるんですか!」
「落ち着きたまえ、ムシミス」
恐慌寸前のムシミスに声をかけるのはアーヴィン。
「こうやって直接的に告げると傷つくと思い、話し合いを避けてきた。結果的にそうなるよう、動いていた。結婚は失敗したが、ジャウ家が危機に陥ればいずれ独り立ちするようになると思っていた」
驚きと呆れとが入り混じった視線を受け、しかしムティルは話を続ける。
「しかし、俺とお前の事を考える者の助言を受け、全て話す。家を出て……しばらく、俺から離れろ。俺への執着を捨て、世界で視野を広げろ」
「いや……嫌ですっ!」
「それに……これ以上執着が深まると、俺はお前を疎ましく思うかもしれない」
「え、兄さん……」
「ムシミス!」
へたり込むムシミスにアーヴィンが支える。
「ムティルさん、さすがにそれはちょっと……」
「言葉が足りないと言われたので、全て語ったつもりなのだが」
「言いすぎ! もっとオブラートに包んで!」
「む……」
北都に指摘され、口籠るムティル。
しかしすぐ気を取り直し、宣言する。
「だからムシミス。家を出て、薔薇の学舎に……」
「家を出るのはお前もじゃ。ムティル」
入口から、聞き覚えのない声がした。
そこに立っていたのは美しい容貌をした青年。
どこかムティルに似た、紫色の瞳が印象的だ。
その場にいた者は、初めて見る乱入者にどうしたものかと困惑の色を隠せない。
ただ二人、ムティルとムシミスを除いて。
「お……」
「お祖父様!」
「お祖父様!?」
それは、ムティルに当主の座を譲り放浪の旅に出た、ムティルとムシミスの祖父だった。
その場にいた全員の混乱は気にも留めず、お祖父様と呼ばれた青年はムティルの元へ歩み寄る。
「ジャウ家を危機に陥れ、更にジャウ家の名品、ブローチを他人の手に渡した。これだけの失態を犯した現当主に、家を継ぐ資格などないじゃろう?」
「は……」
ムティルは目の前に立つ祖父の言葉に反論もできず、青ざめたまま俯く。
「ま、待ってください」
慌てて祖父とムティルの間に入ったのは、北都。
「ご主人様は、使用人の事を考えてやっていただけなので……」
「ジャウ家を存続させるための家財整理の一環なんです」
クリスティーも助け舟を出す。
「財政の立て直しは、今計画の真っ最中なの!」
ルカルカも必死で取り繕う。
「なるほど。しかし、今のジャウ家にはオークションで売られた品を買い戻す資金さえなかろう」
「資金でしたら、ここに」
部屋に入ってきたのはメシエ。
その手に持っているのは何かの明細だった。
「今回、私がオークションに出品した絵画の売却料金。仲介料2割を除いた8割を、ジャウ家へ寄付いたします」
「待て、そんな事をしてもらう謂れは……」
慌てて断ろうとするムティルに、メシエは一枚の絵を見せた。
たった今売れた絵画の複製画。
「この絵画に描かれた場所は、かつてジャウ家の領内だった場所でね。この絵が売れたということは、ジャウ家の財産が売れたと言っても過言ではない」
メシエはムティルに封筒を渡す。
「だからこれは、ジャウ家のものだ。先にムシミス君たちがオークションで得た金額と合わせれば、ジャウ家の品のひとつくらい買い戻せる金額になるだろう」
メシエの言葉に、しかしムティルは答えなかった。
ムティルの目は、複製画に描かれた光景に釘づけになっていた。
時は、春。
美しい川と自然。
植物が芽吹く、命の音が聞こえてくるかのような美しい光景。
それは、ジャウ家がかつて守っていた土地のものだった。
「……たしかに、これだけ美しいものを蔑ろにするのは間違っていた」
ムティルは小さく呟く。
そして祖父に向き直った。
「お祖父様。俺は今まで力不足だったかもしれません。しかし、今一度機会をいただけないでしょうか? 必ず、ジャウ家を守り抜いてみせます」
「ふむ……」
祖父はムティルを見て、ムシミスを見て、そして彼らの友人に目を向ける。
「……当主の資格を取り上げるのは、一時預かろう」
「では」
「しかしムティル、お前もまた薔薇の学舎で学び直せ。そして再びジャウ家の品の一つでも取り戻せたら、お前を当主と認めてやろう」
「ありがとうございます……っ」
「え、兄さんも薔薇学に?」
祖父に深々と頭を下げるムティルと、聞こえてきた言葉に歓喜の色を見せるムシミス。
「戻ってくるまでは、儂がジャウ家に戻るとしよう」
「申し訳ありません」
鷹揚に頷く祖父に再び頭を下げると、ムティルはルカルカ達に向き直る。
「折角の財政立て直しの案に乗れず、申し訳なかった。兄弟力を合わせるのは、まだ時期が早かったようだ。また、いずれ機会があれば話を伺うことがあるかもしれない」
「……しょーがないなぁ」
肩を竦めるルカルカ。
そしてムティルは見る。
クリストファーを、北都を、モーベットを……使用人として協力してくれた人物を。
「今回のような沙汰になった以上、俺は、もう主人ではなくなった。今まで……尽くしてくれた事、心から感謝する」
無言のままムティルを見つめる彼らに、深々と頭を下げる。
別れを告げるかのように。
「薔薇の学舎では、対等の立場だ。ムシミスと距離を置くことは叶わなかったが、あいつの世界が広がるのは良い事だ」
顔を上げたムティルの瞳には、深い決意の意志が宿っていた。
「俺も……今度こそ、家を守れる当主になるよう努力する」
初めての方ははじめまして、もしくはこんにちは。
「名家と雑貨屋とオークション」を執筆させていただきました、オフイベは遠方なのと人見知りで不参加でした、こみか、と申します。
ジャウ家とウェザーの顛末と、オークションにご参加いただきまして、どうもありがとうございました。
参加者の方々の全ての行動が色々な所に影響を及ぼし、無事ウェザーは救われジャウ家は……なんとか持ち直しそうな気配が漂ってきたかもしれません。
今回は、あえて裏方で動かれた方々のアクションが表に及ぼした影響がとても大きかったです。表舞台に立つことを選ばず裏で人を支える方々……渋かったです。
■ウェザーはオークションで無事赤字脱却できました。
■ムティルの真意は、『ジャウ家の婚姻』のガイドの時からずっと「ムシミスを広い世界に出し視野を広げる」というものでした。紆余曲折あってそれが叶ったようです。
自身もまた学び直しになってしまいましたが……次回から「ジャウ家の○○」というタイトルはどうしましょう。
■ジャウ家の名品、指輪、首飾り、ブローチはそれぞれ別の人物の手に渡りました。
指輪の持ち主…タシガンの好事家
首飾りの持ち主…ティル・ナ・ノーグに住む婦人
ブローチの持ち主…師王アスカさん
様々な切り口のアクションで物語を盛り上げてくださった皆様に大変感謝いたします。
また、機会がありましたらウェザーやジャウ家の面々のお話、もしくはその他のお話でお会いできましたら嬉しいです。