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ニコラの『ドッペルゲンガー事変』

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ニコラの『ドッペルゲンガー事変』

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第2章 友だち

 学校の外でも、ドッペルゲンガーをめぐる騒動が起きていた。
 街中を駆けまわり、自分のドッペルゲンガーを探しているのはハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)。彼は道行く人に声をかけ、情報を集めている。
「あのさ……。僕を見かけなかった!?」
 突然そう尋ねられ、驚いたのはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だ。
「いや。あなたはそこにいるじゃない」
「そ、そうじゃなくって……。もっと、悪そうな僕なんだけど!」
 そこへセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が助言する。
「あなたに似た人なら、あっちの方へ走っていったわ」
「ありがとう!」
 ハイコドは元気よく礼をいうと、セレアナが指さした方へと走って行った。

「なんだったのかしら……」
 首をかしげるセレンの前に、彼女とそっくりの女の子が現れた。もっとも服装はビキニではなく、ダッフルコートに長めのプリーツスカートといった、ごくふつうの格好であったが。
「わたし、あなたのドッペルゲンガーなんです」
 どことなく恥ずかしそうに、セレン似の女性が告げた。
「ええ!? 見た目はともかく、中身は全然似てないじゃない」
「性格は逆になるんです」
「へぇ。あたしと正反対だとこうも違うのね……」
 セレンは物珍しそうに、まじまじと見つめている。
 彼女の視線が恥ずかしいのか。裏セレンはもじもじと顔を赤らめてしまった。そんな様子が可愛らしく、セレンは体中をつついたりしてからかっている。
 ますます赤くなる裏セレンの頬。
「かわいい! あなたのこと気に入ったわ。デートしましょう!」
「ちょっと、いきなり何言ってるの」
 良識のあるセレアナが止めに入るも、セレンは素知らぬ顔だ。さらに、彼女に加担する声が割り込んでくる。
「いいじゃない。いっしょに楽しみましょうよ」
「あ、あなたは……」
 セレアナが振り向いた先には、自身とよく似た女性。彼女のドッペルゲンガーだ。
 ちなみに服装は、まるで赤い紐のようなものを、上下に一本ずつ巻きつけているだけ。
「……ずいぶん大胆ね」
「衣服なんて、必要最低限でいいのよ!」
「もはや足りてないと思うけど」
 セクシーすぎて、もはや露出狂の域に達している自分の分身。セレアナのため息は止まらない。
 そんな彼女の気苦労など知る由もなく、セレンはすっかり打ち解けていた。
「紐のコーディネート、いいね!」
「あなたのビキニもイケてるわよ!」
 露出狂のコーディネートを褒めてどうする、と突っ込む気力すら、セレアナには残ってなかった。
「変な言い方だけどさ。あたしたち、元は自分同士なわけだよね!」
 セレンは、分身の手を取って歩き出す。うつむきながらも、嬉しそうに足並みを合わせる裏セレン。
「ちょっと、デートするって本気なの?」
 呆れた顔のセレアナに、裏セレアナが告げる。
「安心なさいな。私もあの子といっしょで、ハメの外しかたを熟知しているわ」
「そうかしら」
「そうなのよ」
 セレアナのドッペルゲンガーは、諭すような笑顔でつづけた。
「ひとつ、良いことを教えてあげる。私のような人間がはしゃげるのはね。信用できる相手がいるときだけ」
 裏セレアナは親しげに、肩を抱き寄せる。彼女の体は懐かしく、いい匂いがした。
 不覚にも、セレアナの頬は、少しだけほころんでいた。


                                      ☆   ☆   ☆


 所変わって、こちらは空京。
「まったく。どこ行ったんだあいつら」
 柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が、パートナーの迷子癖に肩を落としていた。
「どうしてすぐいなくなるんだよ。マジで勘弁してくれよなー」
 ルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)もまた、パートナーの脅威の方向音痴にため息を吐いた。

 ふたりの吐息など届かない、イルミンスールの街なかでは。
 ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)フレリア・アルカトル(ふれりあ・あるかとる)水鏡 和葉(みかがみ・かずは)の三人が、のんびりと会話をしている。
「空京で買い物してたら、イルミンに来ちゃったよ〜。不思議なこともあるもんだね」
 和葉にいたっては、もはや迷子を自覚していない。
「……はて。どうして私が二人いるのでしょう?」
 ふいに、ヴェルリアは首をかしげる。彼女の前には、我が物顔で街を闊歩する分身がいた。
「真司やルアークの分までいるじゃない」
 フレリアも困惑する。
 異常事態に戸惑った三人だが、とりあえず彼らを連れ、近くの喫茶店で休憩することにした。状況を整理しつつ、お茶を楽しもうという作戦だ。
「とにかく落ち着きなさいよ、ヴェルリア。そんなに引っ付かないで」
「フレリアお姉ちゃん、私はここに……」
「えっ」
 フレリアが目をこする。腕をつかむ女の子を確認すると、自分のドッペルゲンガーであった。
 ヴェルリアが、申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめんなさい。私がいつも迷惑かけるからだよね、フレリアお姉ちゃん」
「ちょっと、私はこっちよ」
 自分のドッペルゲンガーに謝るヴェルリアに、フレリアが言った。
「まったく。オリジナルの私はおっちょこちょいね」
 会話を聞いていた裏ヴェルリアが、振り向きながら言う。
「しっかりして欲しいわよねぇ、フレリア姉さん」
「あのう、私は本物のヴェルリアです……」
「えっ」
 混乱する三人。おずおずと、第四のアルカトルさんが口を開く。
「……私はいったい、誰なのでしょう?」
 もう、何がなんだかわからない。
 軽い頭痛を感じながら、フレリアがつぶやいた。
「自分と同じ顔がみっつもあると、ゲシュタルトが崩壊しそうだわ」

 とはいえ。喫茶店でお茶をするうちに、だいぶ理解しあえてきた。
 場を取り持つ真司のドッペルゲンガーが、状況をわかりやすく説明する。
「俺たちと離れると、視界に歯車が現れ、三時間後に死に至るんだ。せいぜい迷子にならないよう気をつけな」
 死を予告するという灰色の歯車。
 しかし、喫茶店に集まった一同は、そんな緊張感とは無縁であった。香りのよいお茶を飲みながら、楽しいおしゃべりをつづける。
「それにしても、よく似てるよねぇ」
 パフェを食べ終えた和葉が、自分の分身に言う。
 相手の顔をじーっと覗きこむ和葉。ドッペルゲンガーはいたずらっぽく笑うと、自分と瓜二つの顔に、ぺちっとデコピンをする。
 和葉には、その笑い方に見覚えがあった。
「ちょっ……あれ?……和樹?」
「気付くの遅すぎ」
 はにかむドッペルゲンガー。それは、すでに亡くなっていた双子の兄、和樹であった。
 彼は無邪気に笑いながらつづける。
「そんなことよりさ。ルアはどこ?」
「えっと……。ドッペルゲンガーなら、そこにいるけど」
 和葉が指さした先には、裏ルアークがさわやかに微笑んでいる。
「素直すぎて、ちょっと気持ち悪いね」
 いつもと違う友だちの反応に、和葉と和樹がくすくすと笑いあった。


「話はだいたい聞かせて貰った」
 空京から駆けつけてきた真司が、両眉を吊り上げていた。両手には紐が握られている。
 お説教モードだ。
「性格が反転してるらしいけど、それは別にいい。問題は……迷子が六人になったことだ!」
 すぐ後に到着したルアークも紐をとりだし、和葉たちを縛りはじめる。
「そんなー。せっかく、三人でいたずらしようと思ってたのに」
「三人?」
「そう。ボクのドッペルゲンガー、和樹なんだ!」
 それを聞いて、ルアークの手がぴたりと止まる。念願だった、『三人でイタズラ』。それが叶う時がきたのだ。
 しかし。
「いたずらはダメだぞ」
 真司が、ぴしゃりと言った。
 イタズラを止められて、三人はしゅんとなってしまう。怒ると怖い先輩に注意されてはしかたない。
「でも……ちょっとだけならいいよね」
 和樹がこっそり、弟だけに聞こえるよう囁いていた。兄の吐息を耳に感じながら、和葉はまたしても、くすくすと笑った。