波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

蒼フロ総選挙2023、その後に

リアクション公開中!

蒼フロ総選挙2023、その後に

リアクション

「私がぜひご案内したい場所はここです!」
 桜が喜々として先導した場所はパラミタ最大の遊園地、デスティニーランドだった。
 メリーゴーラウンドの奏でる音楽に混じって、ゴーゴーと走るジェットコースターの音が聞こえる。
 ふわふわ浮かぶ風船やキャンディのいっぱい詰まったカゴを手にした着ぐるみたちの周囲にはおねだりする子どもたちが群がり、談笑しながら歩く人々の持つポップコーンやワッフルの甘いにおいが鼻腔をくすぐった。
 周囲にあるもの全て、東カナンにはない、初めて目にする物ばかり。
「ここは一体……」
 言葉もなく。ただただ目を丸くして見入っているアナトに、すすすと桜が近付いた。
 ――桜さん、何をする気ですか?

 早くもいやな予感がピコーンときて、朔夜が頭中で桜に訊く。
 ――あらいやだ、朔夜さん。もちろん遊園地が初めてらしいアナトさんに、ここがどういったものかご説明さしあげるんですよ ♪

 にっこり笑ってすらすらと答えるが、その笑みがもたらす意味が何であるか、朔夜は知っていた。
 ――ちょっと桜さんっ! 体を返しなさい!
 ――いやですね ♪ 大丈夫、悪いようにはいたしません ♪
 ――あなたにとって悪いことでなくても、アナトさんにとって悪い影響になる怖れがあるでしょうっ

「アナトさん。どうなさいましたか?」
「ああ、桜さん。ここはどういう場所なのでしょうか?」
「ここは、実はシャンバラ人の戦闘訓練施設なのです(キリッ」
 頭のなかで、朔夜が大きくずっこけた。
「えっ!? で、でも皆さん……」
「ほら、何事も遊びながら楽しく覚えると上達するでしょう? 例えばあれですが(キリッ」
 と、ちょうど上を通りすぎていったジェットコースターを指差す。
「あれは動体視力を養っているのです。そしてあれ」
 今度は広場にあるステージで、今まさに行われているマジックショーのナイフ投げを。
「あれは投げる方は命中度を、ねらわれる方は紙一重でかわす敏捷性を高めるためなのです(キリッ」
「すごい…! ではあれは何ですか?」
「あれはですね――」
 真剣に驚き聞き入っている、どう見ても100%桜の言葉を信じている様子のアナトに、朔夜はすーっと血の気が引いて意識が遠のくのを感じた。
 ――まさか彼女がこんなことを考えていたなんて…。せめて冬月さん、バァルさんにはあんなたわ言、信じないように説明してください…!

 がっくり両手両ひざをついて祈る。
 そんな朔夜の必死の祈りが届いたか、少し離れて2人の後ろをついて歩いていた冬月がバァルに言う。
「あれの言うことをいちいち真に受けて信じなくていいからな」
「そうなのか?」
 だが桜はちゃんと考えていた。
「さあ到着しました! 今このデスティニーランドで一番人気のあるアトラクション! 『デスティニー城ミリタリーツアー』です!」
 デスティニー城ミリタリーツアー。それは、パラミタ転覆を謀ったボーン・ザ・キング率いるテロリストの一味がデスティニー城へ逃げ込んだ、という設定の、サバイバルゲーム仕立てな冒険アトラクションである。
「お好きな武器をお選びください」
 バトルスーツに身を包んだ兵士役のツアー・コンダクターが、剣と銃が並べられた棚へ案内する。
「へー。そんで俺たちがそいつらを狩り出すってわけか! 面白そうだ」
 フェイミィが光線銃を手にしたときだった。
 突然部屋が真っ暗になり、激しい稲妻と稲光が走った。
「なに!?」
「きゃっ!」
 何かがすり抜けていった気配とともにリネンの驚声がして、彼女の気配が横から消える。
「リネン!」
 パッと光がついたとき、吹き抜けとなった天井近くの窓に、仮面をつけた男とその腕に抱かれたリネンの姿があった。
「ふはははは! この女性は預かった!」
「なんだと!?」
「フェイミィさん、フェイミィさん」こそっと桜がささやく。「お芝居です」
「あ」
「この女を返してほしくば、武器を置いて立ち去れ! 最後の1人が出て行ったとき、彼女を解放してやろう!」
 いかにも芝居がかったセリフだった。見ればリネンも暴れずおとなしく捕まっている。すでに設定を聞かされているのだろう。
(戦えないのはちょっと残念だけど……助けを待つお姫さまって、こういう役回りもたまには面白いかもね)
「後ろへ飛びます。悲鳴をお願いします」
「分かったわ」
 あーーれーーとわざとらしい声を上げて、リネンの姿は消えていった。
「ああっ、まさかさらわれてしまうとは! もはや一刻の猶予もありません! さあ、あのさらわれた女性を勇敢に助けに行く勇者はだれですか!?」
 兵士があおる。
 まあ当然、ここで求められているのはバァルなわけで。
 みんなの視線がバァルに集中する。
「……両手を振って、大声で元気よく自分をアピールするといい」
 視線の意味が分かっていないバァルに、こそっと冬月が説明をした。
 しかし残念ながらバァルはそういう自己アピールを積極的に行う性格ではない。
 むしろそういう性格といえば。
「よっしゃあ!! オレに任せておけ!! 美女を助けに行く勇者はここにいるぞ!!」
 ニカッと笑ってオズが自分を指差した。
「お、お客さまですか…」
 オズの大声でのアピールに兵士は少し気圧されつつも、勇者の証である『ライトブレード』を手渡した。
「彼らは皆さんと同じで胸や腕、額などに赤く点灯した機器をつけています。それに光線が当たるか剣が触れれば赤い光が点滅あるいは消滅します。点滅なら10点、消滅なら15点が加算されます。全ての光が消滅すれば死亡となり、それ以上進むことはできなくなります。点数に応じて出口で景品がもらえます」
「オズおじさん、がんばって!」
「よっしゃー。この勇者オズさまに任せとけ!」
「わたしは先の襲撃で、膝に矢を受けてしまいました。口惜しいですが、わたしが案内できるのはここまでです。ボーン・ザ・キングは城の最上階の部屋にいます。皆さんのご武運をお祈りします!」
 そう言って、兵士は大きくドアを開いた。
 なかはかなり暗かったが、すぐに目は慣れるだろう。
「そこに少し段差がある。足をとられないように気をつけろ」
 そこでふと、冬月はバァルが奇妙な顔をして自分を見つめていることに気付いた。
「なんだ?」
「最後に会ったときのことを思い出していた。あのときも思ったんだ、母親みたいだな、と」
「……俺はそんなに口うるさいか」
「いや、そういうわけじゃない。すまなかった」
 年齢を考えれば、20歳の冬月はバァルよりずっと年下だ。
 冬月の声が少し滅入っているように聞こえて、バァルはあわてて説明をした。
「ただ、わたしは早くに母を亡くしたから、母を思い出せるのがうれしかったんだ。わたしの世話を焼こうとしてくれる人は、もういないから」
「おまえは領主だからな」
 領主は国の頂点に座していなくてはならない。それより上の存在は神以外なく、横に並ぶ者もない。
「だからおまえにこうして世話を焼かれるのは、ほっとする」
「…………」
 冬月は何も返さなかった。どう返していいか、分からなかったから。
 ただ、ここが暗くてよかったと思った。


 ミリタリーツアーはムードメーカーの勇者オズによるノリノリのパフォーマンスで、終始笑いにあふれたものとなった。
 柱の影や遮蔽物の影から奇襲をかけてくるテロリストたちへの対処や人員の采配や指示も見事で、隙のない陣形で進みながらもユーモアあふれる大口も忘れない。
 1人の脱落者も出すことなく城の最上階へたどり着き、リネンを人質にしたボーン・ザ・キングとオズが決闘、無事リネンを救出したことでツアーは終了した。
「最高得点はキングを倒したオズに負けたが、敵撃破数では勝ったぜ!」
 フェイミィが撃破数と日付がプリントされた缶バッジを得意げに掲げる。賞品そのものは安っぽいが、記念品という価値は高かった。
「はいはい」
 子どものようなフェイミィの姿に、ついリネンも口元をほころばせる。
 城から出て、空を見上げた。
「みんな。そろそろ食事にしましょう」
「食事か。さっき、それらしい店を見かけた。そこまで戻るか」
 バァルからの提案に首を振って見せる。
「フェイミィが用意してくれているはずよ。任せておけって言ってたけど…」
 語尾がひそまってしまったのは、一抹の不安を感じずにはいられなかったからだ。
 あのフェイミィのすることだし、と。
 そしてリネンの懸念は、やっぱり当たった。
「おーい、こっちだ!」
 広場に設置されている、大人数用テーブルの前でフェイミィが手を振る。
 じゃじゃーーーん。
 集まってきた仲間たちに得意満面、フェイミィは並べられたテーブルを示した。
「バァル! これが地球発の驚異の文化!『シャンバラピザ』だ!」
 ずらりと並べられているのは、飲み物の入った紙コップとLサイズのピザ、ピザ、ピザ……。
 ピザの乗った皿同士の隙間を、サイドメニューのポテトやオニオンリング、ナゲット、サラダなどが埋めている。
「ここはこんな物を売っているのか」
「宅配してもらったのさ! なんとこの焼きたての絶品ピザ、30分でタシガン空峡上の飛空艇まで届くんだぜ!?」
タシガン空峡上に比べれば、デスティニーランドなど5分だ。
 一体どういう配達システムになっているか知りたい気がしたが、ちゃんとできたて熱々状態で届いているのだから訊くのは野暮というものだろう。
「おいしそうだな」
「だろ? 見かけどおり、味も絶品なんだぜ!」
「……他国の領主をもてなす料理が、よりによってピザですって…?」
 ゴゴゴゴゴ……と地鳴りが起きていると錯覚しそうなほどの怒気がリネンから押し寄せてくる。
 フェイミィの胸倉を引っ掴み、木陰へ引っ張り込んだ。
「いや、でも、あの、ほらっ。高級料理とか、ああいった席は息が詰ま――バァルも食べ慣れてるだろ? こ、こういう庶民文化を体験してこそ、他国に着た醍醐味を味わえるっつーかだな…」
 剣幕に押されつつも必死に弁明をするフェイミィだったが
「問答無用。あなたが食べたかっただけでしょうっ」
 リネンの容赦ない制裁がびしばし襲う。
「り、リネンさん…。あの、冷めないうちに食べた方が、ピザはおいしいのですぅ…」
 ルーシェリアが後ろから救いの手を差し伸べて、ようやくフェイミィは解放された。
 ちょうど14人いるので、7人ずつ向かい合って席につく。
 悠里の横にはオズが先のミリタリーツアーで手に入れた賞品の、体長1メートルほどのクマのぬいぐるみが座っていた。
「クマのぬいぐるみなんて……子どもみたい」
 と悠里は最初のうち、もらうのをためらっていたが
「オレはよくクマみたいって言われるんだ。だからクマは他人のように思えなくてなあ。このクマさんをユーリのそばに置いてもらえると、オレはうれしい」
 というオズの説得に「しかたないわね」と受け取った。
 受け取ってみれば、結構気に入ったように抱いている。
「それでバァル、シャンバラを見てどう思った?」
 リネンからの質問に、バァルは食べていた手を止めた。
「そうだな…。話には聞いていたが、大分違う。正直、驚いたよ」
「でしょうね。フェイミィも最初驚いてたわ。でも、カナンみたいな自然も結構残ってるのよ?」
「ツァンダはこんなだが、町から一歩出ればまだまだ自然はいっぱいある。なんなら明日にでも案内してやろうか?」
「それは楽しみだ。東カナンも草原地帯が増えてそこに住む動物たちなど自然が大分戻ってきているが、まだ森林と呼べる地は少ないんだ。苗を輸入し、植林して増やそうという試みを行っている。適応する植物があれば、シャンバラにも頼むことになるかもしれない。
 木々はひとの心をほっとさせる。まるで浄化するように。かつて身近に感じていたあの気持ちを、民にも早く取り戻してもらいたい」
 バァルの話に、アルトリアはそっと視線を伏せた。
 アガデやロンウェルで戦った日々から1年近く経った。その間、シャンバラでさまざまな事件に身を投じ、対処し、ときに戦ってきたアルトリアには、遠い異国の地であったこともあり、あの日々は結構昔の出来事のように感じられていた。
 それはしかたのないことだ。常に目にし続ける当事者でない者にとり、事情というものは時が経つにつれて疎くなる。
(破壊するのは一瞬。けれど再生するにはその何十倍、何百倍もの時間が必要となる……)
「まだまだ大変なのね、カナンも」
 ほうっとため息をつくと、リネンは紙コップを口元へ運んだ。
「だが、そう悪いことばかりでもない。兆しが出現した」
「兆し?」
「ああ。吉兆の竜が目撃されたんだ。前に現れたのは300年近く昔だ」
「吉兆って何? お母さん」
「良いことが起きる先触れのことですぅ」
 悠里からの質問にルーシェリアが答える。
「そうだ。きっとこれは良いことが起きるに違いないと、民の気持ちが高揚している」
「で、ツアーが組まれてるんだよ」
 ペロリと早くもピザ2枚を完食したオズが話に加わった。
「ツアー? なんだそりゃ」
 途端、話が俗っぽくなったとフェイミィは眉を寄せる。
「ドラゴン・ウォッチング・ツアー。吉兆の竜をひと目見たいっていう者たちを集めて、ふもとの村が開催している。
 なんならおまえたちも来るか?」
「オズおじさんも行くの?」
「そうだな……」
 ちら、と向かいでピザを食べているシャオに視線を投げる。
「オレの女神が来てくれるなら、案内役をしようか?」
「その名で呼ばないでって言ったでしょ。……ちゃんと名前で呼ぶなら、考えてあげてもいいわ」
「ならオレは、その日までに練習しておくとするか。
 女神と呼べなくなるのは残念だが……まあ、心のなかで呼ぶだけで満足しておくよ。心でどう思うかは本人の自由だからな」
 やっぱりオズの方が上だ。
 シャオはどことなくむしゃくしゃしながらコーラをずずっと飲んだ。


 食後も彼らはデスティニーランドでアトラクションを楽しんだ。
「こっちこっち」
 とまたも桜が引っ張って行った先は、コーヒーカップだ。
「これも動体視力を養うための装置です。ジェットコースターは縦や上下でしたが、こちらは横の動きになります」
 説明しつつ、さりげなくバァルとアナトを1つのコーヒーカップに導く。
「なぜこの形をしているかということですが、これは実はたらいの代用なのです」
「たらいは知っているけど……湯浴みに使うことはあっても、乗り物ではないと思うんだけど…」
「こちらでは乗り物なのです(キリッ」
「そ、そうなの?」
「ええ(キッパリ)。
 地球にある日本という国に、古来より伝わるひな祭りという行事に『流しびな』というものがあります。これは1組の男女がたらいに乗って激流逆巻く川を下って行くというもので、これはそれをモチーフに考案された訓練機械というわけです。動体視力および平衡感覚が養われます」
「そうなの?」
 ふんふんと説明に聞き入っているアナトに、横でバァルが苦笑する。
「それで、どうすればいい?」
 何もかも知っているという目で、あえて話を合わせた。
「じきに動き出しますが、回転は手動になっています。こちらの前の皿をめいっぱい右に回してください。激流に揉まれるたらいの回転に近付けるため、できるだけ激しくコーヒーカップは回転させなければならない決まりになっているんです(キリッ」
「では、きみを含め、みんなもそうするんだろうな?」
(――えっ?)
 それぞれコーヒーカップに分かれて乗り、聞き耳を立てていた面々が、内心ぎょっとする。
「もちろんです」
「なら、わたしはこの機械は初心者だから、彼らに合わせて回すとしよう」


 ――数分後。
 到底遊園地のカップル用アトラクションとは思えないスピードでぐるんぐるん高速回転したコーヒーカップに酔う者続出。立っておれず、その場にしゃがみ込む者多数という結果になってしまった。
「……食後に乗る物じゃねーよ、これ…」
「凶暴すぎる…」
 うえっぷ。
 えづく者まで出ていたが、並外れた運動神経を持ち、疾風バァルと呼ばれるバァルと身体能力の優れたカインは何ともなかった。バァルの指示で目を閉じていたアナトや、タフなオズも、それほど目を回している様子もない。
「皆さん、大丈夫ですか? いいお店を知っているので、よかったらそちらで休憩しませんか?」
「そう、だな…」
 紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)の提案で、一向はややぐったり気味ながらもとある喫茶店へと移動した。