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三章 チョコアート(邪道)

 チョコアート展に手伝いに来た人間が全員、時間通りに来れたわけではない。飛び込みの頼みごとということもあり、こちらに来るのが遅れたコントラクターたちも少なくは無い。
 ユーリ・ユリン(ゆーり・ゆりん)トリア・クーシア(とりあ・くーしあ)もそんな中の一人である。
「ど、どうしようかトリア……」
 ユーリは何もアイデアが出ずにトリアにアイデアを丸投げにした。が、トリアはユーリの言葉など聞こえていないように口に手を当てている。
「この時間から像を一から造る技術なんてないし……溶かしたチョコを固めてるほど悠長な時間も無いし……どのみち、像なんてセンスが要求されるのに、経験はかいむだし」
 一人でぶつぶつと独り言を発しているトリアにユーリは心配そうな目を向ける。
「だ、大丈夫? お祭りなんだし、そんな真剣に考えなくても……ほ、ほら! 僕も全力で手伝うから」
 その言葉を聞いて、トリアはパアッと目を輝かせた。
「ホント? それなら、ある程度手段を選ばなければどうにかなるかも」
「あ……手段は選んでほしいな……」
 ユーリが戸惑っていると、トリアは鏖殺水晶を取り出した。
 それを見て、ユーリは嫌な予感を覚えた。
「ま、待ってトリア! いくらなんでもそれは……」
 叫んだが、もう遅かった。トリアは鏖殺水晶を使い、ユーリを石にしてしまう。
「よし」
 何も良くはないだろうが、トリアはユーリを見えない所まで運ぶと薄くチョコを塗装して、チョコ像のエリアに展示した。
「ユーリは動く芸術だから、どんな姿でも似合うわね」
 トリアは満足そうに笑みを浮かべているが、固まったユーリの表情はどこか悲しそうだった。
 そんな楽しそうなトリアの一部始終を見ていたソフィア・フローベール(そふぃあ・ふろーべーる)は何かを思いついたように口元をニイッと歪めた。
「なるほど……あの発想はなかなか面白いわね。こっちも同じようにやろうかしら。……ねえ、宗滴?」
「ん?」
 ソフィアに声をかけられて、宗滴 夜話(そうてき・よばなし)は口の周りをチョコレートでベタベタにしながら振り返った。
「……何をしているの?」
「チョコを食べてるの」
 宗滴はそう言いながら口元を乱暴に拭ってチョコの香りが漂うため息を漏らした。
「チョコは食べて美味しいものなのに飾るだけなんてもったいないよね。食べないと意味が無いよ」
「あなたの前じゃ情緒も何もあったものじゃないわね……。まあいいわ、それよりさっき耳寄りな情報を手に入れたの」
「おお、なになに?」
 宗滴が食いついて、ソフィアは一層楽しそうな表情を浮かべた。
「チョコを頭から被ると、頭が良くなるらしいわよ?」
 ソフィアが子供も騙せないような嘘を平気で口にすると、
「本当か!?」
 宗滴は少しの疑いもなく目を輝かせた。ソフィアも笑いを必死に堪えている。
「ええ、本当よ。ポリフェノールが頭の働きを良くしてくれるんですって」
「ポリ……? なんだか分からないけど、チョコを被ればいいんだな!」
 そう言うなり、宗滴はソフィアから離れると近くにあった解けたチョコの入ったバケツを頭から被った。
「うおおお! あ、甘いいいいい!」
 叫びながら宗滴は身体の隅々までチョコ塗れになるとびちゃびちゃのままソフィアの元に戻ってきた。
 たった数歩の距離ではあったが、チョコを突然被った奇行と大きな胸から零れるチョコの雫が周囲の男たちの視線を釘付けにした。
「どうだソフィア? 頭良くなったかな?」
「ええ、かなり……いい感じよ?」
「? なんでこっちを見てくれないんだ?」
 必死に笑いを堪えているソフィアに宗滴は不思議そうな顔をして、周りに見られているのも気にせず、指についたチョコレートを舐めとった。


 アート展には汚れてもいい服に着替えて貰うために簡単な試着室が設けられている。
「ちょ、ちょっと待ってセレン! こんなことして本当に大丈夫なの?」
 狭い試着室に押し込められたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)に服を脱がされて顔を真っ赤に染める。
「大丈夫よ、美緒やパッフェルの像だってあるんだから。あたしたちがチョコの像になったって気づかれないって」
「そうだけど……あの像、布が被せてあったし……勝手に取っちゃって大丈夫だったの?」
「大丈夫許可は取ってあるから」
 セレンはしれっと嘘をつくと、近くの作業場から盗んできた液状のチョコを手で掬うとセレアナの白い肌を撫でる様に塗りつけた。
「ひゃ!? ちょ……や、やっぱりダメ! 恥ずかしい……」
「今さら何言ってるのよ。あたしたちには芸術的なこの美貌と肢体をチョコで覆い、造形美を極めるの義務があるのよ!」
 もっともらしいことを言ってはいるが、セレアナの身体を執拗に撫で回しているセレンの目はエロ親父のそれである。
「う……うう……」
 狭い試着室で暴れる事も出来ず、セレアナはセレンの手に必要以上に弄ばれながら前進をチョコでコーティングされ、セレンもちゃちゃっと自分の身体をチョコで塗った。
「私にチョコを塗った時間の半分もかかって無いじゃない……」
「はいはい、細かいことは気にしないの」
 涙目で訴えるセレアナの言葉を無視して、セレンはテープリボンで互いの身体の重要な箇所だけ隠すように包んだ。
「これで完成っと……それじゃあ、いくわよ?」
 返事も聞かずにセレンはポイントシフトで誰にも見つからないように美緒とパッフェルの像がある近くでポーズを取り、セレアナも人間だとバレないように硬直する。
 美緒とパッフェルの像の周辺にいた男たちもその違和感に気づいて二人をジロジロと見つめる。
「あれ……? こんな像あったっけ?」
「なんか、この像も負けず劣らず可愛いなぁ……」
 像が増えた事と扇情的な肢体を晒したことで、男たちの好奇の視線が一気に集まり、
「……っ!」
 恥ずかしさが臨界点に達したセレアナは立ったまま意識を失ってしまった。