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リアクション
第一章 子どもたち発見する
渓谷地に踏み入る森の中を、御神楽 舞花(みかぐら・まいか)たちが歩いていた。隣には、緋王 輝夜(ひおう・かぐや)や九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)らの姿がある。皆、行方不明の子どもたちを心配して集まったメンバーだった。
舞花も、本来なら御神楽 陽太(みかぐら・ようた)が一緒にいておかしくないはずだった。だが、いつものことだが、陽太はいま、妻と一緒に着手している鉄道事情で忙しい。連日遅くまで走り回っているのを舞花は見ていた。もちろん、オフの日は妻といちゃつくことに忙しいわけだが……たまの休みにはそれぐらいさせてやっても良いだろう。舞花は、自分一人でも頑張ろうと、奮起していた。
捜索の前に、『不可思議な籠』に「シャディとビクル」と書いた紙を入れておくのを忘れなかった。この籠はその名の通り不可思議な籠だ。目的の物を書いた紙を入れておくと、時間が経過すればするほどに、より確実なヒントを所有者に与えてくれる。そのためには時間が必要だし、舞花は、これはあくまで奥の手だと考えていた。
腰には獣避けのための臭い袋を吊し、羅針盤を片手に、魔法のじゅうたんでふわふわ浮きながら移動する。その隣に、輝夜がいた。
「なあ、舞花……。そのくっさい臭い、どうにかならないのか?」
さすがの悪臭に、輝夜は顔をしかめる。舞花は困ったように顔を向けた。
「そう言われても……。仕方ないですよ。余計な戦闘は避けて通りたいですし、問題のカルディノスも匂いには敏感だって言うじゃないですか。これを装備しておけば、襲ってくることはないのかなぁと」
「その前にあたしらが臭いでくたばっちまいそうだけどね」
輝夜はそう言って、げぇっと吐きそうな真似をした。といっても、それは輝夜の機嫌が良い証拠でもあった。今回は心配の種であるエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)の気配がない。いざエッツェルと対峙したときは、必ず彼を止めなければならないと思っているが、いまぐらいは気が休まる時があっても良かった。
「くんかくんか。くんかくんか」
一行の先頭をゆく九条 レオン(くじょう・れおん)が、地面に鼻をすりつけるようにして匂いをかぎわけていた。その首にはロープが結ばれており、ローズの手首にある手綱とつながれていた。獅子の獣人のレオンだが、こうしていると本物の獣のようだ。
実際、いまのレオンは獣耳を生やした人間の姿ではなく、獅子そのものの姿に戻っていた。事情を知らない人が見れば、飼い主のローズがペットの子獅子を散歩させているようにも見えたかもしれない。
「レオン? なにか匂いましたか?」
ローズがたずねる。ぴくっと、レオンが鼻をひくつかせた。
「子どもの匂いだ! お母さんたちが持ってたものと同じ匂いだよ!」
レオンは言った。渓谷へ捜索に行く前に、シャディとビクル、両方の親から、二人の持ち物の匂いをかがせてもらっていたのだ。シャディはお気に入りのカチューシャ。ビクルは普段着にしている麻布のシャツだ。二つの匂いが渓谷の先から漂ってきているのが、レオンにはハッキリと分かった。
「こっちも動き出したみたいだ」
言ったのは、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)だった。その手に持っていたハート型のチョコが突然動き出し、弥十郎の手元からぴょんと地面に降り立ったのだ。それから、四足の脚を生やしたチョコは自ら動き始めた。何度も何度も、「イートミー」と口走りながら、一目散に森の奥へ向かっていった。
『プリティプリンセス』と呼ばれる特別製の魔法のチョコだ。それは渡したい対象の写真と一緒に焼き上げると、その人を自動的に見つけて、口元にもぐりこもうとするのだ。捜索の前に、シャディとビクル。二人の母親に焼き上げてもらった。
「急ごう。近くにいるに違いないよ」
みんなは弥十郎に呼びかけられて、チョコの後を急いで追いかけた。
森林を抜けて、大きく開けた場所に出る。真っ先に声をあげたのは、レオンだった。
「見つけた! あれだよ!」
レオンが見たのは、巨大な獣に襲われようとしている二人の子どもだった。女の子と、男の子が一人ずつ。男の子は女の子を守ろうとするように、その手を引いて自分の背中に押しやっていた。
獣は二足歩行の獰猛な肉食獣らしきもので、全身が赤金色の硬そうな鱗に覆われていた。頭部は獅子みたいだが、身体は竜だ。身の丈4、5メートルはあるだろうか。ごおおおぉぉ! と、大地を揺らすような獰猛な声を発して、子どもたちを威嚇していた。間違いなく、噂に聞いた巨獣カルディノスだ。頭から鋼のように光る二つの角が反り立っていた。
まずい……! 佐々木 八雲(ささき・やくも)が気づいた。カルディノスの腕がいまにも子どもたちを狙おうとしている。すぐさま、八雲は動き出した。
「カルディノス! お前の相手は、この僕だ!」
手のひらから放出された闇の気が、カルディノスの全身を包み込んだ。複数の球となったそれがカルディノスを何度も殴打する。その隙に、舞花たちが子どもたちを救出した。
「大丈夫! 怪我はない!?」
「う、うん……。大丈夫……。お姉ちゃんたちは……?」
すっかり脅えてしまって声を出せないシャディの代わりに、ビクルが聞いた。
「私たちは君たちを助けに来たんだよ。町じゃ、君たちが渓谷まで行ったことを心配してた。あまり、親に心配をかけるものじゃないよ」
ローズが、優しい口調でビクルたちに言い聞かせた。
ビクルがすこしむっとするのが見えた。子ども扱いされるのが嫌いなようだ。ローズは後でそれはフォローしなくてはならないと思いながら、カルディノスと戦う八雲に目を向けた。
弥十郎が、兄を心配して声を張り上げていた。
「兄さん! 一人じゃ無茶だよ!」
「大丈夫だ! ちゃんと手伝ってくれる仲間もいる!」
ふいに、ヒュンッと音を立てて、目には見えない細さの斬糸が飛んできた。それはぐるぐるとカルディノスの周りを回ると、そいつの全身を縛りあげる。カルディノスの怒りに満ちた声が響き渡った。
「ぐ、おおおぉ……強ええぇ……」
糸を握っている紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が、抵抗するカルディノスの力にうめいた。
全身から放出させる闘気と拳気がなかったら、危なかった。強靱なカルディノスの肉体とパワーはそれだけ人間を凌駕していた。
「唯斗!」
唯斗のパートナーのリーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)が、心配そうな声をあげる。剣を抜きながらも、糸を握る唯斗の拳から血が流れているのを見て、躊躇しているようだった。
「俺のことはいいから! 早いところ、こいつを始末してくれ!」
「わ、わかった! 絶対、無事でいなさいよ!」
リーズは迷いを振り切り、カルディノスに斬りかかった。
その手に握るは、タキオンブレード。超光速で動くタキオン粒子によって構成された、羽根のように軽い剣だ。タキオンブレードの斬撃が、次々とカルディノスに傷をつくっていった。
だが、まずい。致命傷にはいたらない。傷を負いながらも、カルディノスは抵抗をくわだてた。〈破砕の獅子〉という二つ名にふさわしい強靱なパワーを持った腕が、大地をなぎ払った。
「きゃあああぁぁっ!」
「リーズ!」
唯斗がパートナーを案ずる声をあげる。だが、大丈夫だ。その心配は無用だった。富永 佐那(とみなが・さな)が、吹き飛ばされたリーズを、風術の風で受け止めていた。
「あ、ありがとう……佐那さん」
「どういたしまして。それよりも……早くどうにかしないといけませんね」
佐那は敵の放つ衝撃波を避けながら、冷静に分析した。
「カルディノスは角が触覚の役割も果たしているようです。リーズさん、角は斬れますか?」
「チャンスがあれば。だけど、なかなか頭の上までいく隙がなくて」
「それだけで十分です。チャンスは私たちがつくります。エレナ、準備は良いですか?」
佐那がたずねる。後ろにいたエレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)が、こくっとうなずいた。
「いつでもどうぞ」
「じゃあ、スタート!」
ドンっと弾けるように、佐那はカルディノスの前へ飛びだした。標的を佐那に移したカルディノスの腕が、ぐおんっと振るわれる。佐那はそれを、ギリギリまで見極めた。
危ない! リーズがそう声をかける直前、佐那の手から風が巻き起こった。風術の風だ。カルディノスの腕は風に巻かれ、軌道を変えられた。バランスをくずしたカルディノスが、腕を地面に叩きつけて、苦悶の声をあげる。
「いまです、エレナ!」
「はい!」
エレナが両手を前に出して呪文を唱えた。それは、吹雪を吹き荒れさせる『ホワイトアウト』の呪文だった。
囁かれる呪文が力を増すごとに、周囲に雪が降り始めた。季節外れも良いところだ。雪はさらに勢いを増して、轟々と唸りをあげる。猛吹雪となって、カルディノスを包みこむように吹き荒れた。
カルディノスの視界が猛吹雪によって遮られる。両腕を振り回そうとして、斬糸と絡み合いながら暴れるその姿を、リーズは見逃さなかった。飛びだしたリーズは、佐那の風術によってふわっと巻き上がって大跳躍した。一気にカルディノスの頭上まできたリーズは、タキオンブレードをかまえる。
転瞬、振り被られたブレードは、カルディノスの角の片方をたたき落とした。
カルディノスの悲鳴が周囲に轟いた。
ずうんっと倒れたカルディノス。唯斗はようやく斬糸を握っていた手を離した。吹雪が徐々に消え去ってゆく。不思議なことに、降り積もっていた雪も一緒に消えてしまった。八雲も、カルディノスを攪乱していた闇の気を吸収する。
気絶したカルディノスが起き上がらないことを確認して、舞花たちはようやくほっと息をついた。
「まったく……。無茶苦茶な依頼をしたもんだ、クロネコも」
八雲が呆れたように言った。〈夜の黒猫亭〉というギルドで冒険者たちに依頼を与えてくれるクロネコに対する愚痴だった。カルディノスがこんなに危険な獣なら、怪我の保証や手当の一つぐらい欲しいものだ。そんなことを頭の中で考えていた。
だがまあ、子どもたちを助けられたのなら良かった。あとはその子どもたちを町に連れ帰れば……。
「ん……? おい、あの子たちはどこに行った?」
「え?」
八雲が怪訝そうに言ったのを聞いて、舞花たちは辺りをきょろきょろと見渡した。
ついさっきまでそこにいたのに……。いつの間にか、忽然と姿を消している。よく見ると、近くにあった子どもが通れそうなぐらいの小さな洞穴の近くに、足跡らしきものが残っていた。
「おい、まさか……」
唯斗がいやな予感を感じて言う。輝夜が頭をかかえながら続けた。
「振り出しに戻る……ってことかな」
仲間たち全員が、揃ってため息をついた。
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