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カルディノスの角

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第六章 激突! 親玉カルディノス! 2

 狼木 聖(ろうぎ・せい)は背中に背負っている十字架を降ろした。
 まるで人間を磔にするかのような、馬鹿でかい十字架だった。その十字架にもたれかかるように座り、聖は二人の子どもの頭をそれぞれにぽんぽんと叩いてやった。
「あんまり親御さん心配させるもんちゃうで。あんたらいなくなったら、みんな悲しむんや。そんなん、見たくないやろ?」
 二人はゆっくりとだが、こくっとうなずいた。
 すこし下がったサングラスの奥から見える聖の目は、なんだか暗い色を秘めていたけれど、二人はそこに優しさがあるのを見た。十字架となにか関係あるのだろうか? ビクルとシャディの二人にはわからなかった。
 聖はさらに嬉しそうに笑って、二人の頭をそっと撫でてやった。
「ほんに……よう見つかって良かったのぉ」
 さらに、神凪 深月(かんなぎ・みづき)がビクルとシャディの二人をぎゅっと抱きしめた。
 深月の胸元からは、なんだか陽の光に当たっていたような温かさと、心臓からとくとくと流れてくるようなぬくもりが感じられた。
「早く帰って、ご両親を安心させるのじゃ」
 深月はそう言って、二人にほほ笑んだ。

 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、二人の子どもに板チョコをくれた。
「もし良かったら食べて。きっと、疲れも回復するわよ」
 チョコはほんのりと甘かった。
 それはきっと何の変哲もないチョコだったが、疲れに疲れきった二人にとっては、まるで魔法のチョコのように思えた。すっと口の中で溶けたカカオの味が、なんだかじんわりと胸の中を温めてくれているようだ。
「チョコにはね。身体だけじゃなくて、心もいやしてくれる効果があるのよ」
 ローザマリアは言った。
 本当かどうかはわからない。だけど、二人も不思議とローザマリアの言っている通りであるような、そんな気がした。

 戦闘は長引いた。
 腹部に傷を負ったカルディノスと、恭司や、煉や、アイビスや、信たちが戦う。そのうち、カルディノスは疲労もたまってきたのか、相手の様子を見るようになってきて、やがて、静かに身をひるがえした。
 まるでその背中は、これ以上の戦いが無意味であることを知っているかのようだった。
 ずうん……ずうん……と、傷を負ったカルディノスは谷間の奥深くに消えていった。
「あのカルディノスは、この渓谷の獣たちを従えてるのね」
 五十嵐 理沙(いがらし・りさ)が、ビクルとシャディの肩を抱き寄せながら言った。
「野生動物にはテリトリーってものがあるわ。皆で生きていくためには、棲み分けって大切なのよん?」
 二人はなにも答えなかったが、心の中では、なんとなく分かる気がした。
 もちろん、カルディノスは人間にとって立派な食料源だ。だけど、それだけで生きている彼らをすべて倒していいことにはならない。彼らは弱肉強食の世界をよく知っているし、わざわあ縄張りに入らなければ、必要以上に人間を襲おうとは考えない。だから、あまり興味本位だけで、カルディノスを刺激するのは愚かなことなのだ。
「はい。こちらはセレスティア。無事に二人は保護しましたし、これから町に戻ります」
 三人の背後で、セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が銃型HCを使って連絡をとった。
 理沙とセレスティアが目線を合わせた。報告は終わったようだ。
「さあ、これから町に戻りましょ。きっと、家じゃお母さんお父さんも心配してるわ」
 シャディとビクルはうなずいた。
 理沙に背中を押されながら、二人は歩き出す。その途中で、ビクルは後ろをふり返った。
 カルディノスのかすかな雄叫びの声が聞こえてきたような気がした。

 家路に着く前に、シャディとビクルは体中にあった擦り傷などの手当を受けることになった。
 ちょうどよい岩の上に座った二人の傷の手当てをして、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が二人の肩にブラックコートをかけてあげる。
「さ、帰りましょう。みんな心配してるから」
 ローズに優しく言われて、二人ともそれにうなずいた。
 レオンにつながっていたロープと子どもたちを繋ぎ、今度は二度と離れないようにする。
 これで、帰り道もはぐれる心配はないだろう。
 さあ帰ろう、というそのとき――。
 ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)がカルディノスとの戦闘があった場所にしゃがみこんでいた。
「おい、ハイコド。何やってるんだ?」
 信が、いぶかしんで声をかける。
 ハイコドはぎくっとなった。
「あ、ああ、信。いや、ちょっと……」
「おまえ……これってカルディノスの鱗じゃないか! なにかこそこそしてると思ったら、そんなもの拾いやがって!」
 ハイコドは恥ずかしそうに頭をかいた。
「いやぁ……せっかくだし、『いさり火』の新商品に使えないかなぁって思って。ほら、鱗キーホルダーってあったじゃない。ちょうど、あれが品切れになりかけてたから」
 ハイコドは誤魔化すように笑った。
 『いさり火』は、ハイコドが自分で経営している雑貨店の名前だった。主に自家製の雑貨をメインとして、たまに輸入品も扱ったりする。鱗キーホルダーはその中でも目玉の商品で、様々な動物や竜の鱗を使ったものだった。磨き抜かれた鱗は、陽の光に当たると虹色に光る。それが、子どもたちの間では人気なのだ。
「商売熱心なんだか、セコいのか……。まあ、いいや。気が済んだら、さっさと帰るぞ」
「もう大丈夫。かなりの数は拾えたから。あとは持ち帰って加工するだけさ」
 ハイコドは鱗が入ったカゴを手にして立ちあがった。
 信は呆れるような目を向けてから言った。
「そうかいそうかい。もう、好きにしてくれ」

 全てが終わった地底湖では。
 崖から落ちて死した幼生カルディノスの影から、謎の人物が姿をあらわしていた。
 それは、バズ・ローカスト(ばず・ろーかすと)
 何のためにそこにいたのかも。そして、なぜそこで立っているのかもわからない男だ。
 やがて、誰もいなくなった地底湖を、バズはゆっくりと立ち去っていった。