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【猫の日】『キトゥン・ベル』の奇妙な開店日

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【猫の日】『キトゥン・ベル』の奇妙な開店日
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第6章 猫たちは邂逅する

「ぎにゃにゃにゃにゃーー!!!(おい! どうなってんだ? オレが猫だとぉ!!)」

 ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は、猫ルームでかなり焦っていた。
 持ち前の渋い低音の声なら聞き映えのある口調も、人の耳には興奮した猫の高い鳴き声にしか聞こえていないのだから情けない。
 勤務が明けて帰宅途中、例の謎の鳴き声を聞き、気が付いたらこの状況である。最初はかなり混乱し、現状を理解するのに時間がかかった。
(マジかよ……考える限りこれは、かなり最悪に近い状況のような……)

(いや待て)
 パートナーのことを思う。相方……というか婚約者である彼女ならば……
(きっとオレのことは、例え猫になったとしても、判るはず)
(……判るはずだと思うんだが、それ以前に、彼女が猫カフェに来ないことには話にならないじゃないか)
 自分が猫カフェに行くのではないか、と思わせるヒントでもない限り(……いや、まさか俺が猫カフェで猫を撫でながら茶を飲むようなキャラだとは思うまい)、彼女が猫カフェに来るかどうかは、ひとえに彼女自身の趣味趣向にかかっていると言える。
(あいつは猫好きだったか? ……動物は嫌いではないはずだが、特別猫が好きだというわけでもないような……うむむ)
 猫カフェに来店するということは、自ら足を運びたいほどに猫に対して執着がある人間がすることではないか。
 考えれば考えるほど、パートナーの来店の可能性が縮むように低くなっていく気がして、悩み終われないジェイコブである。

「はぁ……」
 フィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)は、憂鬱そうな表情で、空京の街を歩いていた。
 婚約者のジェイコブは、前日から帰ってこない。
(教導団の曹長ともなれば、突発的な任務に駆り出されることもそう珍しくないんだから、、もしかするとその類かも)
 と考えると、しかしその一方で、
(それならそうと、メールの一本くらいくれたっていいのに……)
 ちょっとばかり切なくなってしまう。こっちが気がかりな心を抱えているのに、向こうは別にこっちに連絡するような必要はないと思っているのだろうかと思うと、軽視されているようで悲しい。
 考え続けているとなんだか胸の中がもやもやするので、気分転換に街へ出た。
「猫カフェ……?」
 いつできたのだろう。普段なら気にも留めないけれど、何となく、足が向いた。
(たまには気分転換にいいかも……)

(来た!?)
 扉を開けて、入ってくるフィリシアの姿が見えた時、ジェイコブは希望の光明が見えてきたことを悟り、素早く駆け寄った。
(ラッキー! さすがに婚約者のことは気付くだろう、なにしろあいつはオレにぞっこんなんだから)
――「ふふ、可愛い……」
 フィリシアは微笑んだ。たむろする猫たちの姿の愛らしさにほっこりしていると、塞いでいた胸がほんの少し軽くなってきた気がする。
『フィル―!』
「あら、可愛い……撫でてほしいのですか?」
 何も違和感を覚えず、フィリシアは寄ってきたジェイコブを膝に乗せた。
(……おい、よせよ、くすぐったいな)
「うふふ、ふわふわですわ」
(な、なんかぞわぞわする……)
「たまにはいいですわね……こんな風な、猫さんとの触れ合いというのも……」
(? 可愛がるのはいいが、全然オレのことに気づいてない? ……おい! フィル!)
「ふふ……」
(オレはここだ! 頼む気付いてくれ〜!!)
(!? 仰向けはやめろっ! お腹を触るな〜!)
(〜〜〜!! 肉球をつつくのはやめてくれ〜〜!!!)

「(それにしても、この猫、誰かに似ているような……?)」




 猫になった斎賀 昌毅(さいが・まさき)には、心配事があった。
(昨日のイコプラ即売会の俺の戦利品は……無事なんだろうな?)
 イコプラ即売会に行ってほっこりした、その帰り道――気付けば猫である。
 取り敢えず、一晩帰っていないことについては、さほど心配はされていないと思う。イコンで語り明かしてイコンデッキで寝ていたなんてのも、今までにままあることだった。
(話によれば、パートナーに気付いてもらえれば元に戻れるらしいけど)
 その点において一つの望みは、今日はもともとこの『キトゥン・ベル』に、パートナーの一人と一緒に来る約束になっていた、ということだ。
 自分はいないが、彼女だけでも来るかもしれない。
(そこにかけるしかねぇか)

――「約束ほっぽりだされたの。許しがたいの」
「……一体どこに行ってるんでしょうねぇ」
 キスクール・ドット・エクゼ(きすくーる・どっとえくぜ)マイア・コロチナ(まいあ・ころちな)は、どちらも軽く不満そうな顔で『キトゥン・ベル』に来店した。
 昌毅の身に起きたことを知る由もない2人は、彼がエクゼとの約束をすっぽかしてどこかに行ってしまっていると思っていた。しょうがないので、エクゼはマイアに頼んで連れてきてもらったのだ。
「でもこれはこれで思いっきり楽しむの」

(来たっ)
 猫ルームに入ってきた2人の姿を認めた昌毅は、とことこと歩いて寄っていった。
「猫ちゃん沢山なの。寄ってくるの。凄いの」
 客に寄ってくるのは主に、元に戻るのを他者の力に頼るしかない非契約者の猫なのだが、寄る辺なさに思わず客に擦り寄るものの、何をどう訴えていいか分からないしそのすべも知らない。そんな悲しい彼らの事情を知る由もないエクゼは、普通に猫たちを構い始める。
『お〜い、早く気付いてくれ〜、エクゼ〜』
 近寄ってきた昌毅に気付き、エクゼは一瞬視線を止めるが、ひょいと抱き上げた。
「……この猫ちゃんの目つき昌毅さんみたいなの、可愛くないの。可愛くないからこの猫ちゃんはマイアさんにパスなの。
 そして私はもっと可愛い猫ちゃんたちと遊ぶの」
 そして言葉通り、ひょいっと、彼女の後ろで猫たちの様子を眺めていたマイアに昌毅を手渡してしまった。
(あ〜、惜しい所までいったんだがなぁ。気付いてもらえなかった……
 しかし、マイアならきっと気付いてくれるに……って、え)
『!?』
「本当だ、この猫何処となく昌毅に似ていますね……」
 昌毅の前脚の腋の下を両手で捕まえて目の前に持ち上げている、マイアの顔が何となく怖い。うっすら笑っているけど、目が全然笑っていない。
(な、なんか苦しい……)
「フフフ、それにしても、エクゼと二人っきりで猫カフェ行く約束していたなんてボク、知らなかったなぁ
 昌毅はボクの気持ち受け止めてくれたはずじゃなかったのかなぁ。
 ……ボク達、付き合っていると思って良いんですよね?」
(その、なんかごめんなさい……ってそれは今はいいから、早く気付いてくれ!!
 ……マイアさん? マイアさ〜ん? 手に力入り過ぎですよ〜、猫苦しいですよ〜)
「なのに、たまの休日にはイコンだイコプラだと……」(ぎりぎり)
(いや、待て超能力暴走してきてるぞ!お、落ち着け!!髭がなんかビリビリするから!!)
「イコン好きは知ってますけど、せっかくの休みもイコプラ作りに集中して、声かけても全く気付かないって! 何なんですか!?
 程がありますよ! 物事には限度ってものがあるんです!!」
(ぎやあああ! てか、本当はお前気付いてるだろ!? 気付いてやがるんだろ!?)
「……って、猫ちゃんに言っても仕方ありませんね。ごめんね、急に大声上げちゃったりして」
(え……でも、元に戻ってないってことは、本当に気付いてないの!?
 い、いや、この際それはどうでもいい。
 マイアさん、まだ目が怖い!!)
「……それにしても昌毅は、全く……!」
(※以下ループ)
「(誰か助け…)…ギニャー!!」

「あ、猫ちゃんそっちは危ないの、こっちおいで〜」
 うろうろする猫を抱き寄せて、マイアの方を振り返らず、エクゼは呟く。
「……マイアさんの方から、なんか近づいちゃいけないオーラがビンビンに出ているの。
 触らぬ神に何とやらなの」
 悲鳴にも聞こえる背後の猫の鳴き声を聞き流し、猫のモフモフした感触を楽しむように撫でながら、その耳を閉じて塞いでやる。
「昌毅さんは、帰ってきたらたっぷりと絞られるといいの」

(助けてえええ〜〜〜〜〜!!)




「とても賑やかなのね」
 川村 詩亜(かわむら・しあ)が、猫ルームから聞こえてくる声に耳を澄ましながら呟いた。
 パートナーの川村 玲亜(かわむら・れあ)とともに、飲食ホールでサンドイッチを食べていたが、食事もそろそろ終わりそうなので、いよいよ猫ルームの方に移動しようというところである。
「本当に猫さんがたくさん……可愛い……♪」
 『キトゥン・ベル』開店の話を聞いて、興味を引かれて初めての猫カフェにやってきた詩亜だが、部屋のそこらじゅうでごろごろしている猫の姿に心ときめくのを抑えられない。
「あの猫さんたちとみんなと遊べるの、お姉ちゃん?」
 やはり猫カフェというものを知らない玲亜も、猫の多さに少し驚いている。詩亜は振り返り、玲亜に微笑みかけた。
「楽しみね、玲亜♪」




 奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)は、猫ルームの隅で寝転がりながら、パートナーたちのことを想っていた。
(心配はしているかもしれないけど、まさかこんな所にいるなんて、思いつかないかも)
 珈琲豆を買いに来て、またしても変なことに巻き込まれてしまった。元の姿に戻るにはパートナーに気付かれなくてはならないが、果たしてこの店に辿りついてくれるだろうか?
(いつもみたいな喫茶店ならともかく猫カフェ……微妙かも)
 ましてや、自分が猫になっているなど……
 そこまで考えて、ふと思い出すことがあった。
(鈴……もしあの子が来たら……遊んであげようかしら)

 ――「沙夢どこ行っちゃったのかな? この店にも来てないなんて」
 雲入 弥狐(くもいり・みこ)は、沙夢のよく行く喫茶店で買ったコーヒー豆の袋を片手に首を傾げる。後ろからついてくるのは沙夢のペット、猫のタッカとプリム。
 いなくなった沙夢を捜して、彼女がよく行く喫茶店や珈琲店を中心に当たっているのだが、見事に空振り続きだ。
「珈琲店にもいないとなると……お? あれ……いいところがあるよ」
 そう言って、西村 鈴(にしむら・りん)が指差したのは。
「……猫カフェ『キトゥン・ベル』? 期間限定のお店?」
 いつも彼女が行くような喫茶店とはやや趣を異にするけれど。
 そう考えて鈴を見ると、何となく目が輝いている……ような。
「ここならきっと懐いてくれる子が……じゃなくて、きっと沙夢もいるはず!」
 今何か違うものが垣間見えたような気もするが……
(でも、もしかしたら……こんな場所で、時間を忘れてのんびりしているかもしれない)
 そう思って、弥狐は猫たちを振り返った。
「タッカとプリムにお友達ができるかもね」

 ――(あ、来た……!)
 沙夢の目に、猫ルームに入ってくる弥狐と鈴の姿が目に入ってきた。
「ね、猫がいっぱい……!」
 鈴の表情が輝いているのが分かる。けれど。
「……やっぱり、近づいてきてくれない……」
 見る見るうちにその輝きが失せていく。
 ここにいるのはみんな普通の猫ではないから一概には言えないかもしれないが、猫の姿をして猫の視点で見ていると、なんとなく沙夢にはその原因が察せられる気がした。
(……好きだけど少し不安がってるのね、鈴は。警戒に似た状態じゃ、猫が逃げていくのも納得いくわ……)
 そういうものは、動物には敏感に伝わる。ここにいる猫たちは人間だが、この状況で自分たちが不安な分、何か不安定な感じが伝わってくると怖いような気がして近寄りがたくなるのではないか。
(戻れたら教えてあげましょ。……もっとも、気づかれるかは運次第よね。ま、なるようになるしかないわ)
 猫と戯れることに憧れながら、見ているだけで逃げられた、そんな苦い記憶が甦るのか、元気を失くした鈴の足元に、沙夢はとことこと歩いていった。
「にゃあ、にゃあん(鈴、鈴ー)」
「え?」
 自分の足元に座ってこちらを見上げ、細い尻尾をゆるゆる振る猫の姿に、一瞬信じられないというように見た鈴だったが、
「……や、やっと懐いてくれる子が……!」
 感激して座り込み、つやつやの毛を撫で始めた。
(珍しいね、鈴に懐く子がいるなんて……)
 いままでさんざん猫に逃げられているのを知っているので、弥狐は不思議そうに、夢中で猫をもふもふしている鈴の後ろから、そっと覗き込んだ。
 首をわしわし撫でられている猫のリボンに、何だか見覚えがある。
「……珈琲の香り?」
 猫から一瞬、香ってきた、覚えのある匂い。猫がこっちを見る。その目もなんだか……似ている。
(もしかして)
 ――(あの袋は、いつも行くところの……ちゃんと、探してくれてたのね。嬉しいわ)
 弥狐が持っているコーヒー豆のを見て、沙夢はほっと心が温もるのを感じた。
 そして、弥狐なら自分にいち早く気付くかもしれない、という予感がしていた。
「にゃんにゃーん♪ 可愛いなあぁぁ♪」
 でも今は、もう少しだけ、嬉しそうに自分を撫で回す鈴を楽しませてあげたい。
 お腹を見せてころんと転がると、「柔らかいー」と楽しげにもふもふする。
 今まで猫を知らぬ間に警戒させていたかもしれない鈴の不安げな固さは、今はもう感じられない。
 ――(この子は、もしかして……)
 もしそうだとしたら納得がいく、けれど。
 そして同時に、どうしてそうなっているのか、訊きたいのだけれど。
(でも鈴が楽しそうだし……)
 嬉しげに猫を構う鈴と、それに応えて甘えた風に寄り添う猫との光景を、弥狐はじっと見た。
「あ、猫じゃらしとかで遊びたいかな? え……と、ご飯もほしいよねっ。
 すみませーん、店員さん、猫クッキー下さーい」
(後で聞いてみようかな……もしかして、沙夢?って)
 それでいい。どうしてそうなったのかは分からないけど、ちゃんと沙夢はここにいるのだから、きっと心配はない。弥狐は微笑んだ。
 部屋の中に差し込んでくる午後の光は一層柔らかく、楽しげな鈴と猫、それを見守る弥狐を包んでいた。