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空京通勤列車無差別テロ事件!

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空京通勤列車無差別テロ事件!

リアクション


【差し替え画像 一】

 青い空。
 そして、緑の草原。

 やわらかな陽射しが降り注ぐ、穏やかにして静かな風景の中に、白い毛玉がふよふよと漂っている。
 毛玉の正体はケセラン・パサラン(けせらん・ぱさらん)
 何をする訳でもなく、ただ、そこに浮いているだけなのだが、それだけでも見る者の心を随分と落ち着かせてくれる。
 深く考える必要はない。ケセラン・パセランの白い毛玉姿を、ぼ〜っと眺めていれば、それで良い。

 背後で変熊の、
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
 という叫びが大音量で鳴り響いているが、そんなものはリモコンのボリュームを下げれ済む話である。聞きたくないものは、聞かなければ良い。
 更にその悲鳴に続いて、何かが鉄柵に激突し、ソーセージ大の肉質の何かが引きちぎられ、血液と思しき液体が大量にぶちまけられるような音も聞こえてきたりしたが、そんなものは気にする必要は無い。
 今はとにかく、ケセラン・パセランの優雅に漂う姿に心奪われていよう。


     * * *


「今のは、良いタイミングだったわね。音声の切り替えが間に合わなかったのが、ちょっと失敗だったかしら……」
 学研環状線の空大前駅近くに停車している、空京メタTVの中継車内。
 一体どういうコネを使ったのかは分からないが、臨時ディレクターとしてこの中継車内に陣取っている天貴 彩羽(あまむち・あやは)は、映像切替用操作基盤からゆっくりと手を離し、やれやれと小さく溜息を漏らした。
 傍らでは夜愚 素十素(よぐ・そとうす)が、映像機器を色々弄り倒しながら、その一方で何やら怪しげな作業に勤しんでいたりもする。
「それにしても、人間の視界で捉えた写像を映像として電波に引きずり出すなんて、最近のTV技術ってのは凄いんだね〜」
「いや……それは普通のTV局じゃ、やってないから」
 感心する素十素に、彩羽は苦笑いで応じる。
 空京メタTVは知るひとぞ知る、妙なハイテクを駆使する最先端映像技術の宝庫ともいうべきTV局だ。
 その技術の大半は、コントラクターが駆使する技術をそのまま採用している節があり、ずるいといえば、相当にずるい。
 今回、シャンバラ教導団が大淫婦の手下である下級悪魔共を捕縛する為、諸々の記録映像を撮影する業務を空京メタTVに依頼してきたのは、その豊富な映像技術を買ってのことだともいわれている。
 特別仕様列車内のそこかしこに仕掛けられた隠し監視カメラはもとより、ある特定のコントラクターの視界に映る写像を、そのままTV画像として電波中に引きずり出し、記録媒体に録画していくという奇抜な方法を取っていることも、金鋭峰や馬場正子の了解を得ている。
 だが、今回の映像は一部、ある特定のお客様にも解放されている。これは空京メタTVが、教導団に協力する代わりに放送権を得たところに依る。
 その一方で、作戦が作戦だけに、場合によっては非全年齢的な映像が流れる恐れもあった。そこで空京メタTVは、咄嗟に差し替え画像へと切り替えられる手腕を持つコントラクターを雇い入れた。
 それが、彩羽と素十素であったのだが、しかし一体どこから、この募集を聞きつけてきたのかについては、当の本人達以外には知る由もない。
「それにしても変熊さん、ありゃ痛そうだったね」
 神妙な顔つきで小さく唸る彩羽。
 傍らで素十素は、あんな聞き苦しい音が混入しているシーンを、どうしたものかと悩んでいた。
 というのも、空京メタTVの記録媒体内に次々と保存されている作戦映像記録を、ネット上のサーバーに勝手にコピーしたりしているのだが、その中に、例えばたった今遭遇したような、グロテスクな音や映像まで残すのかどうかについては、彩羽からは特段の指示が出ていなかったのである。
「あら……まだちょっと、通常映像に切り替える訳にはいかないわね」
 素十素の悩みなどには全く気付かず、彩羽は困った様子で頭を掻いた。
 中継車内のモニタには、車掌(つまりダリル)が、変熊の引きちぎられたアレと、車内にぶちまけられた大量の血液をいそいそと始末している最中なのである。
 あのおぞましい瞬間に比べれば幾分ましではあろうが、それでもこんな光景をお茶の間に流す訳にはいかないだろう。
「もうちょっと、続きの差し替え映像を流すとするかな」
 彩羽は、操作基盤に再び手を伸ばした。


     * * *


 黄金のクラゲが、宙を漂っている。
 しかも何故か、金髪のヅラを被っているという、よく分からない光景だ。
 きらりと光るひとつ目が、不気味といえば不気味だし、可愛いといえば可愛いといえなくもない。
 と思ったら、草原に別の人影が見える。何故か、髭眼鏡を着用していた。更にその口元には、吹き戻しが咥えられている。
 映像の後ろでは相変わらず、車掌(ダリル)がぶつぶつとぼやきながら、変熊のアレと大量の血液を掃除している音が流れているのであるが、それらの音を掻き消すかのように、髭眼鏡の人物は吹き戻しをピーピーと吹いていた。
 それはまるで、上手いタイミングで放送禁止用語を打ち消すピー音であるかのようにも思えた。
 一方の黄金のクラゲ――シーサイド ムーン(しーさいど・むーん)は、相変わらず宙を漂っている。
 ところが、その高度が次第に下がっていき、ふと気が付けば、いきなり出現したプールに着水しているではないか。
 髭眼鏡は相変わらず、ピーピーと吹き戻しを鳴らしまくっているだけで、黄金のクラゲが沈んでいこうとしているのに対し、何の反応も見せない。
 クラゲのくせに泳げない、というのも変な話だが、黄金のクラゲは本当にそのまま、ぶくぶくと沈んでいこうとしていた。
「もぅ……何やってんのよ」
 この時、差し替え映像内で初めて、特別仕様列車内の音声以外の声が流れた。
 声の主は、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)であった。
 沈んでゆく黄金のクラゲを、手にした網ですくい上げている。ここにリカインが居るということは、髭眼鏡の正体も自然と知れるというものであろう。
 その容姿から見て、相変わらず吹き戻しをうるさいぐらいに鳴らしている人物の正体は、空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)に間違い無かった。
 ケセラン・パセランの白い毛玉に始まり、黄金のクラゲから髭眼鏡の吹き戻しへと繋げる意味不明の差し替え画像を、リカインはどのように捉えているのだろうか。
「あ〜あ、もう。すっかりびしょ濡れじゃない。そりゃそうとあなた達、ここで何やってんの?」
 どうやらリカインは、これが差し替え画像であることすら、分かっていない様子だった。


     * * *


 最初の差し替え画像が最後まで流れ終わった時、彩羽は腕を組んだまま、小首を傾げた。
「うむむむ……差し替えにはなったけど、ぶっちゃけ、意味がよく分からない画像だったわね。ストーリーがあるようで、全然無かったし……」
「差し替えなんだから、別に良いんじゃなぁい〜?」
 素十素の適当な応えを適当に聞き流しつつ、彩羽は特別仕様列車内のモニターに視線を移した。
 どうやら、そろそろ画像を戻しても良さそうな雰囲気である。
 車掌(ダリル)による掃除も終わり、列車内は再び、本来の作戦に戻ろうとしている。
「今のところ、視界写像での映像抽出は金団長と馬場正子さんのふたりだけど、確かあともうひとり、映像抽出対象になってるひとが居た筈よね?」
「うん……あ、このモニターだね」
 素十素が指差す先に、その人物の視界が捉えている映像が映し出されている。
 彩羽は別の視点での映像も必要だと考え、その人物の視界が捉える写像に、カメラを切り替えた。