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血星石は藍へ還る

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血星石は藍へ還る

リアクション

【13】


「お前は……何ものだ……何故……そんな巫山戯た格好で……」
 倒れた敵兵から絶え絶えの質問をされて、八雲は首をかしげ笑った。
「僕かい?
 市民を守るただのヒーローだ。
 ただ、ヒーローがかっこいいとは限らないだろ。
 たまにはこんな風な事もある。
 ヒーローなんでね。人に知られず市民の笑顔が守れればそれでいいさ。
 まぁ君はしばらく意識がなくなるけども」
 魔法の金属、ミスリルで鍛えられたバットで相手を昏倒させながら、八雲は正面へ向き直った。
 仲間達が先へ進んだあとも、八雲と弥十郎は第三階層にサポートの為、その場の敵兵が彼等を後ろから撃たぬようそこに残って居る。
 初めは一般女性のふりをしながら物陰で敵を行動予測しようとしていたのだが、まああの姿だ。
「怪しい奴がいるぞ!!」
 救援を呼ばれて、というかまだオープンしていない私設なので一般女性居なかったわ残念という具合で、弥十郎はさっさと諦めて別の行動に移った。
 突然、咳こんだ弥十郎に、未だ一応女性だと思っていた敵兵は、思わず心配して近付いて行く。
「あ、あんた大丈夫なのか?」
「げほっあ……ありがとうげほげほ……う……持病のげふっ……癪が……げふぉ」
 演技過剰な感じでヨヨヨとしなだれかかり、顔を上げて潤んだ瞳で――という作戦だったのだろうか。
「げ、化け物ッ!!」
 と叫んだ敵兵にむっとして肘鉄砲を喰らわせたので本来の目的は忘れてしまった。
「さあ行くよぉ」
 と勢い良く前へ足を出した瞬間。
 ロングスカートの裾を踏み、脱げた。
「ぎゃああああああ」
 目の前に露になった『おみ足』を見た瞬間、敵兵の士気はがくりと低下する。
「失礼だねぇ。
 ちょっと履き直すから、見えないようにしてくれるかな?」
 いそいそとスカートを履き直している弥十郎のリクエストに答えて、八雲はその場を闇で包みこんだ。
 そして八雲は闇の中で暴れ回り、振り出しの部分に戻るのである。

『そろそろ終わりか?』
 八雲のテレパシーに『そうですねぇ、あと少し』と伸びをしてポケットから取り出した缶詰を開いた。
 『変熊のかんづめ』という名の中身不明なそれを開きながら、戦況を確認しようと弥十郎が下を見下ろすと、第二階層から誰かが上がってきている。
 初めはそれは一人か二人かと思ったが、どうも集団というか軍団のようだ。
 貴族と巫女さんと金髪のオカマと忍者娘と犬と黒いのとピンクのハリセンを持ったチビとバカと空飛ぶおねーさんと軍人風おねーさんとギャルとそれに続くのはビキニアーマーとコスプレの契約者達と中隊である。
 もう変態どころの騒ぎでは無い。
 弥十郎は驚嘆の声をぼんやりと上げた。

「はあ……なんだか凄いものがでてきましたねぇ」



「ご主人様、階段が見えてきました! あと一階上がれば屋上ですね!」
 ポチの助が低い位置から騒いでいる。階段を駆け上がって行く一行の先に待ち構えていたのは三人の鏖殺寺院兵士だった。
「刀と槍、それに……恐らく打撃系です!」
 加夜の声に先んじたのは矢張りカガチだった。
「あいつ元気だなぁ」呑気な声を背中に、正面から来た刀を斬り別れる。振り向き様の刃は同時に当たり、ほぼ互角、或は……という状態だった。
 だが、敵は一人では無い。
 一人抜けていたカガチに向かって、左から腹部に向かって別の刃が伸びてきた。槍使いの奴だ。
 受けていた刀を落としながら後ろに退きつつ槍を躱し、落ちていた刃で槍を跳ね上げ刀使いを斬りに行ったが一歩遅く避けられてしまう。
 体勢を立て直した槍使いの切っ先がカガチの左腕の上腕三頭筋を斬り裂いた。
 二度目の突きが来るのと同時に、上段からも刃が落ちてくる。
「くそったれ!」とっさに左ひざをついて刀で受けたが、劣勢だ。ベルクの声が下から飛んできていてる。「カガチ退け!」
「退かねえ!!」叫んだ勢いで刀も槍もめちゃくちゃに跳ね上げて、間合いを取る為の横薙ぎの一振りを派手にやってしまう。が、上は考えていなかった。
「ヒャッハーッ!」まさかの叫び声で見上げると、左の頬を殴りつけられた。壁を走ってきた打撃系の奴だ。
 吹っ飛んだカガチの身体を、衛が受け止める。
 と、その時には正面から来る三人組に向かって樹の銃口が火を噴いていたのだが、例のヒャッハーだけは止まらずにこちらへやってきた。
「ヒャッハー!」「それしか掛け声ねえのかよ!」ベルクのツッコミも頭に入っているのか前宙ぎみのトリッキーな踵落としがどちらに当たろうとしていたのか分からないが、カガチも衛も左右に避けた。
 ドン。という音と共に地面に減り込んだ足からヒャッハーが目を上げると、目の前に立っていたのはアレクだった。
「ヒャ……」「あ?」
 叫べなかった。目の前の人の迫力が正直怖かった。
 それでも5メートル程前に居る目標に向かって走って両手の拳を突き出す派手な攻撃を繰り出しかけたが、その時には既に顔面に靴底が減り込んだ後だった。ついでに頭の後ろにも固ゆで卵が飛んできた。
 アレクとカガチの攻撃にサンドされ、オーバーキルでヒャッハーは地面に沈んだ。
「こいつ」昏倒したヒャッハーのモヒカンを掴むと、その面を拝んでアレクは言った。
「なんだ、ただのバカか」
 一人納得して昏倒している奴の胸に向かって思いきり足刀蹴りを入れ、この際ついでだと前方の敵二人に向かって吹っ飛ばしてみた。
「あ。やべ」「え」「マジで?」「うわ」「まさか……」「あらぁ」「こんな事ってあるんでしょうか」
 同時にそれぞれ好き勝手に口をついて言葉が出た。
 有り得ない状況。即ち、アレクがぶっ飛ばしたモヒカンが、槍使いの槍に刺さってしまったのだ。
 敵で敵を倒しかけた。オウンゴール的な感覚に皆が止まったままの気まずさに耐えきれず、当事者は癒しに逃げた。
「………………ぐっぼーいぐっぼーい。お前は可愛いなぁモフの助」
 思う様豆芝犬をモフモフマフマフしているアレクはジーナのピンクのハリセンに任せておいて、槍使いの獲物が塞がっている間にと皆攻撃態勢へ移行する。
「投げてくれ!」「応!」構えられた右手にカガチの足が乗り肩に手を置かれたのを確認すると、衛は砲丸投げのような要領でカガチを正面押し出すようにぶん投げた。
「くそぉ!」仲間の亡がらをどうする事も出来ずに武器を捨てた槍使いだが、その判断は既に半歩遅れていた。
 鞘から抜かれて行く刀の剣速は、彼の首を真ん中でまっ二つに斬ってしまっていた。
 こうして地面に降り立ったカガチが横を見ると、フレンディスが忍者刀についた血を払っているところだった。大方こちらに気を取られでもしたのだろう。刀使いは暗殺者の刃に一瞬で魂を持って行かれたのだ。



 頂。この階層だけは、下と違って静かだった。
 夜の帳に包まれたそこに流れるのはセイレーンの歌声だけで、誰一人立ち上がる事も出来ず、勝ち誇ったゲーリングの笑みに見下ろされながら地面に縫い付けられている。
 このまま終わってしまうのだろうか。
 あの時のように
「また目の前で奪われるってのかよ!!」
 唯斗の絶叫に、悔恨を胸に抱いた契約者達は指を地面に突き立てる。
「諦めなさい天使達。
 貴方達の手にお友達は戻って来ない。
 無価値な少女は完全なる生物兵器、アルティメットセイレーンへ昇華されたのだから!」
 両手を広げ言ったゲーリングの目に、信じ難い光景が飛び込んできた。
「何が……生物兵器だ……。

 何がアルティメットセイレーンだ! お前がジゼルさんの何を知ってる!
 彼女に、『ジゼル』さんに比べたら、そんなものクソ喰らえだ!!」
 雫澄が一人、立ち上がったのだ。

「何故だ、何故立ち上がれる!?」
 足を地面に叩き付ける様に一歩ずつ進んで行く雫澄に、ゲーリングも傭兵部隊も動揺し、何もして来ない。
 確かに押さえつける力はグラビティーコントロールで軽減している。
 だが雫澄を立ち上げたのは単純な気合いと根性で、そう言ったってゲーリングには到底分からない話だろう。
「ジゼルさん………君だって、こんな事望んでない………だろう?」
 だってさっき涙を見たのだ。泣いていたのは君だろう。
 目の前にきた自分を一切映さない黒い瞳で歌い続けるセイレーンの肩へ手を伸ばし、雫澄は力の加減も出来ずに彼女をかき抱いた。
「………笑顔の君が、好きなんだ。皆もそう思ってるから
 助けに、来たんだ………。
 いつか、言っただろう? 君は一人じゃない。だから、なんだって出来るさ」
 セイレーンは拒否の歌を歌うのをやめ、命を奪う歌を歌い出す。
 小細工等しない。全てを彼女のものと受け入れその歌を聞く雫澄の頭は割れそうで、食いしばった歯の隙間から血が溢れていた。
「………最近、ちょっと変なお兄ちゃんも出来ただろう? だから
 だから、大丈夫………だから………
 帰って、来て………ジゼル、さん」
 そこが限界だった。
 抱きしめたセイレーンの身体に添いながらズルズルと倒れて行く雫澄。
 地面に倒れた彼を無感動に見つめるセイレーン。
 初めに動いたのはパートナーのホロウで、作り出した自らの幻影でセイレーンを混乱させると、その隙にアクセルギアを30倍にして間合いへ飛び込んだ大地が、両手剣の柄を横薙ぎにするように動かしセイレーンの腹部へ叩き込もうとした。
 だがその背中に傭兵の銃撃が飛んでくる。
 その時に聞こえたのだ。
 ジゼルにテレパシーの呼びかけを試みていた大地の頭に。
『逃げて』という声が。東雲の歌に、雫澄の呼びかけに、ジゼルの心が蘇りつつあるのだろうか。
 でもだ。やっと彼女の声が聞こえてきたのはいいが、大地が待っていたのはそんなものじゃないそんな言葉じゃない。
「逃げません!!」
 きっぱりと断られた後にも、小さな弱い声は言う。
『……無理だよ……』
「うるさい、無理だとか不可能だとかどうでもいい!

 助けてって言え!!」
 大地の声に重なる様に、震える足で地を踏みしめながらユピリアが吼える。
「ジゼル、あなたが兵器とかそういうの、正直どうでもいいの。
 それよりそっちにいたいのか、こっちに帰ってきたいのか、さっさと決めなさい!
 でないと焼肉食べ放題に間に合わないじゃない!
 私が奢ってあげるんだから、今日は女の子だけで騒ぐわよ!」
「聖なる乙女――パルテノペーは誰も受け入れない至高存在。孤高にして難攻不落の究極兵器。
 さあ、堕ちなさいオデュッセウス。麗しのセイレーンの前に平伏しなさい!!」
 高らかなテノールで詩的に命令を送るゲーリングの耳に、歌が聞こえてきた。
 ティエンの幸せの歌。
 ジゼルを想うそれにゲーリングは此処で初めて顔を醜悪に歪めた。
「ここはディーバのステージだというのになんて図々しい。
 セイレーン、あの無様な音を止めなさい」
 命令に従って、セイレーンはティエンの方へ飛んで行く。その背中にはモルペーの光が現れている。
『ティエン!!
 やだ。止まって、止まってよ! やめて……私友達を殺したく無い!
 お願い……誰か、誰か…………助けて……

 助けて、お兄ちゃん!!』

 永遠の様な一瞬を遮ったのは、翠と金の虹彩だった。
「Dugo se nismo videli,moj lepu sestru.(久しぶりだな俺の可愛い妹)

 約束通り迎えにきたよ」