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血星石は藍へ還る

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血星石は藍へ還る

リアクション

【17】


 教導団を率いる金鋭峰が組織から引き渡された鏖殺寺院の兵士とコマンダー、そして一人の男を連行していく。
 オスヴァルト・ゲーリング。果たして彼が昏倒したのか、死んだのか。それよりも大事な事が目の前にあるから、誰一人それを確認するものは居なかった。
 沈黙を守っていた彼らは誰とも無くゆっくりと舞台へと近付いて行った。
 友の死体が待つその場所へと。









































「なーーーーーーーーーにが王子様だあんの糞馬鹿。
 フェアリーテイル浸かり過ぎなんだよ。頭ん中まで妖精湧いてんじゃねぇの?」

 唐突に響いたよく通る声に、皆の足が止まった瞬間。
 水の中で『美しく死んだ』筈の一人が急に起き上がった。言葉同様心底うざったそうに濡れた頭を振ると、吐き捨てる様に独り言を言い出す。
「『王子様』に『水の妖精』、『死の接吻』に止めはシェイクスピアか。
 なにが『許してくれ』だ! なにが『幸いのうちに私は死ぬ』だ! 
 ゲロ甘過ぎて吐き気がしそうだ」
「ふふんっ。中々面白いものを見せてくれましたねぇ。
 選別代わりに受け取っておくですよぅ」
 にやりとチェシャスマイルを残して去って行くエリザベートを見送って、アレクはもう一人の死体の頬を指先で突っつき始める。固まったままの仲間達の間で、輩『役』を演じていた加夜だけが当然のように二人の所まで進み辿り着いていた。
「Giselle,Moj dragi Veela.(俺のヴィーラ)
 何時迄死んでんだ。ショーは終わりだよ」
「ジゼルちゃん、もう大丈夫ですよ。今回復してますから、他に痛むところはありますか?」
「お前髪長過ぎてうざいな」
 ジゼルの傷の回復を行っていた反対側の加夜の手を借りておき上がった少女の顔に張り付いた髪を、アレクが横へ退けてやる。
 露になったのは海に溶ける程青い瞳の少女で、どこか幼いままの表情は紛れも無くジゼルだった。
「おっはよーーーーー!!!

 ねえ! 私自分で言ったけど本当にこれ上手く行くと思わなかった。
 加夜もアレクも凄いね! 名演技!!」
「あらあらうふふジゼルちゃんたら。ジゼルちゃんも上手でしたよ」
「ホントに? あらあらうふふ」
「あらあらうふふじゃねえよ。悪い女達だな。あいつのプライド今頃ボロッかすだよ可哀想に」


「――ちょっと、どういう事よ?」
 雅羅の頭の中には色々な感情が押し寄せて目が半分になっている。
 と、舞台の向こう側から陣と一緒にユピリアが現れた。
「私が撃ったの」
 少々バツの悪そうな表情は、皆のキョトンとした表情を受けて一気に状況を説明した。
「だから、陣に水蒸気を起こしてもらって、それに隠れてジゼルに近付いて、あの喉の黒い石を壊したのよ!
 そしたら黙って隠れてろって頭の中に言われて……
 はぁ、ジゼル、あんたびしょびしょじゃない。さっさと準備しなさいよ、さっきも言ったけどね、このままじゃラストオーダー間に合わないわよ」
「ラストオーダー?」
「今日は私が特別に焼き肉食べ放題奢ってあげる。女の子だけで騒ぐわよ!」
「嘘! やった! ゆっぴー大好き!!」
 ジゼルに抱きつかれて、ユピリアは水の中へ尻餅をついた。
「きゃっ! ばか、私まで濡れるじゃない!」
「うぇひひっ濡れろ濡れろー。陣も濡れてしまえー」
「ッ! やめろこの阿呆!!」
 要するに、ジゼルとアレクと加夜のあれは、折れないゲーリングの意志をバッキリ折るための手の込んだ芝居だったのだ。
 セイレーンの前に陣が現れた直後にユピリアによって試合のカタはついており、その後ダラダラと勝負の方も勝ちに行っただけなのだ。
 心持ちまだ寒さの残る四月の夜に水を掛け合う三人に笑い出して、友人達が一気に走り出した。
「ジゼル、お帰り!」
 飛んでくるような身体を受け止めて、ジゼルは白百合の香りに目を閉じた。
「リリア、ただいま!」二人を一緒に包むように矢張り花の香りを纏った紳士が抱きしめる。
「うん。やっぱりエースの方が正しいお兄様」「ははは」

 託にに支えられながらこちらにきた雫澄とシャインヴェイダーに支えられた食人に、ジゼルは頷くリリア達から離れてそちらへ向かった。
「二人とも殺したと思ったわ」
「ご挨拶だな」
「僕らにはただいまは言ってくれないの?」
「えーじゃあ。ただいま食人、託、なす……な……なな……」
 突然座り込んだジゼルに、託はどうしたのと聞いてくる。
「……なすみが、戦ってた時に、私の事抱きしめたの、思い出して。それから私の笑顔が好きって。
 あれ、そう言う意味じゃないのはわかってるけど、なんていうか……その……」
 小声で自分にだけ伝えられた情報を理解して、振り向いた託は雫澄を指さし言った。
「これは君が悪い。爆発しろ」
「えええ!?」

「ジゼル、おかえり!」
 ルカルカに抱きしめられたジゼルは、二人のパートナーがこちらへくるのを見てダリルに笑顔を向け、コードの顔を見てルカルカの豊かな胸に顔面を隠した。
「きゃっ! くすぐったいよジゼル。どうしたの!?」
「コードが、コードが! 私にキキキキキキスしようとしたのよルカ!!」
「え!?」
 驚愕しているパートナーを気にせずに、コードは真面目な顔でジゼルへ言った。
「俺も人造生物だ。武器でもある。けどその力で君を護れた。君の声も同じさ」
「そういうことじゃないよ! もうっみんなして私の心をもてあそんで!
 ばか! ばかばかばかばかばかばかばか!
 ふーんだ! いつまでも何もしらないジゼルさんだと思ったか! このあいだ雅羅にきいて知ってるんだよーだ!」
「なにを?」
 首を傾げるルカルカに、ジゼルは真剣な表情で秘密を打ち明ける様に教える。
「あのねルカ、男の人と女の人がキスすると子供が出来るんだって」
「それは……その……」
 言い淀んでいるルカルカの肩を、ダリルが叩いてそのままにしておこうと首を横に振った。

「大地はいじわる!」
「……それしか言う事は無いんですか……」
「ごめんなさいたすけにきてくれてありがとうこのご恩は一生忘れません」
「宜しい」
「でもいじわる」
「…………」
「でもすきよ」
 慕ってすりすりと頭を寄せてくるのは可愛いといえば可愛いのだが、どうも違う意味が裏に含まれていそうで、大地はジゼルの頭に手を置いた。
「何してるんですか……」
「濡れたから。お裾分けをと思って……」
 頬を抓られてもジゼルは負けなかった。いや、やっぱり割と直ぐ負けた。
「いひゃいいひゃいごめんにゃにゃい。
 ……ねえ大地、なんで皆変な服着てるの?
 ていうか雅羅とか、女の子も凄いよね」
「大人なら慈悲の心でスルーして下さいね」
「わかった! 慈悲の心」
「ついでに東條さんたちにある事をと言うと喜ばれますよ」
「わかった! 何て言えばいいの?」
「それは……」

 カガチと壮太、真、縁、そして佐々木兄弟にお礼を言ったあと、ジゼルは大地に教えてもらった言葉を思い出し、男性陣に向かって笑顔で台詞を付け足した。

「この女装野郎」


 その後いつも通り犬耳モフモフをされている北都と視線で挨拶をしつつ、姫星といつもの「いえーい」「いえーい」「がしーん」「がしーん」の謎の応酬をして、ジゼルは車椅子の元へ歩いて行く。
「おかえり」
 伸ばされた手を握って、ジゼルは薄くなってしまった彼の指へ頬を寄せる。
「東雲、ありがとう。歌、聞こえた。届いたよ、嬉しかった。
 私、あなたの歌が好きよ。
 だからまた、一緒に歌おう。
 あなたと歌いたい歌、一杯あるの」
 指先に熱い雫を感じて、東雲は「そうだね……」と頷いた。

 今更ビキニアーマーの胸元を手で押さえている悲哀を見て、ジゼルは素直な感想を述べた。
「悲哀、凄く似合ってるね」
「そ、そうでしょうか……」
「な? 俺の言った通り!」
「それもいいけど耀助、今がええっと……ナンパのチャンスなんじゃないの?」
 ジゼルに指摘されて、耀助は慌てて悲哀のこの後の予定を確認していた。

「まったく、パンツが汚れたぜ。
 帰ったら徹底的に洗濯だ」
 ブツブツ言っている武尊を後ろから呼び止めて、ジゼルはモジモジしながらやっとこさ口を開いた。
「武尊、その、今日の事は私の責任だし……その……」
「その?」
「今度私のパンツ、あげるから……」
「何だって!!!?」
「でででも履いたのじゃないのよ! 部屋でパンツの上から試着みたいのはしたけど、ちゃんと綺麗なのだから安心して!! じゃあね!」
 走り去るジゼルに何処か釈然としない気持ちで武尊は首を捻った。
 これはジゼルとパンツを巡る勝負を始めてから初の勝利なのだろうか。果たして―― 

 遠くから見つめながらも近付いて来ようとしなかったフレンディスの前に、ジゼルはたった。
「フレイ」
 いつも通りの声で呼ばれて、フレンディスの中で渦巻いていた感情が堰を切ったように溢れ出した。
「ジゼルさん、私は……私に友と呼んで貰える資格は……有りません。
 私は今も後悔しているのです。
 あなたを一度手にかけた事を……そして今日もまた、もし貴女が元に戻ぬのならと――」
 フレンディスの言葉を首を振って遮って、ジゼルは微笑みを向けた。
「フレイ、あなたはあの時皆が出来ない事をしてくれた。
 私を解放してくれた。新しい世界に導いてくれた。
 あなたの中に後悔を残してごめんなさい。でも私はあの瞬間も、嬉しかったの。
 今日も、もし私が罪の無い人を傷つけるなら、そうしてくれてよかった。
 皆の敵になって生きる事が私の幸せじゃないって、フレイは知っていてくれたんだよね」
 目に涙の粒を溢れさせたフレンディスの手を取って、ジゼルは続ける。
「ねえ、フレイ。
 私ね、友達が沢山出来て知ったの。人と関わるって、いつも良い事ばかりじゃない。
 すれ違って、喧嘩したりする日もある。
 それでもその人の為を思って行動できるなら、きっとそれが『本当の友達』かもしれないのかなって。
 フレイは何時だって私の事を思ってくれた。だから本当の友達だよ。資格とか変な事言わないで、ね。 

 フレイ、あなたは私の、大切な友達」
 ジゼルと抱き合いながら、嗚咽を上げてフレンディスはむせび泣いた。
 その姿を離れた位置で、ベルクと樹達が見守っていた。

 振り向いた先の少し潤んだ瞳に、ジゼルは彼女の名前を呼んだ。
「美羽」
「おかえり」戦いが始まってから初めてみせたコハクの笑顔にジゼルは同じ笑顔で答えると、皆へ向き直って頭を下げた。
「皆、ごめんなさい。ありがとう。それから――ただいま」
 向けられた笑顔に、唯斗は隣の後輩の肩を抱いて笑う。
「遂に帰ってきたな、後輩」
「応、先輩。あとで改めて『挨拶』しにいかないとな」
「お前それ多分死亡フラグだぞ」
 耀助の『挨拶』の意味を噛み砕いて、唯斗はアレクの背中をこっそり指差した。何かに関してだけは地獄耳なのか振り返ったアレクの眼光に、耀助は唯斗を囮に逃げ出し、唯斗は無慈悲な後輩を追いかける。


 遠巻きに様子を見ていた真だったが、執事服の袖を掴まれて振り返ると、トゥリンが立っていた。
「マコト」
「君は――」
「アリクスはいつもアタシに、Be stuck up(お高くとまってろ)って言う。
 敵の事を考えてはいけないしイチイチ気にするなってアタシに言う。
 でも結果自分が勝ったならそいつを忘れちゃいけないっても言う。
 ハムザを殺した糞共はアンタじゃない。
 でもハムザの最後の敵はアンタだった。
 だからアタシと一緒に……」
 そこまで言ったトゥリンの目からは、涙がこぼれ落ちている。トゥリンに視線を合わせる為に真が膝をつくと、トゥリンは息を吐いて、そして最後迄言った。
「ハムザ・アルカンを覚えてて欲しい」



 予想していなかった終わり方にため息をついていた雅羅は、『共産党宣言』が熱心にコンピューターを弄っているのに気づいて、それを覗き込んだ。
「何をしてるの?」
「この事件の顛末をハンドコンピューターで各校生徒に情報を散撒くのです」
「何でそんな……」
「死の商人が中々摘発されないのは武器を納めている各国の軍や政府の上層部と密接に繋がっているから、彼らを摘発すれば国の暗部を白日の下に晒す事になるからです。
 購買で武器を売って儲けている学校側にしてみれば商品の仕入れ先であり大事な取引相手です。
 校長達が今回の一件に黙殺を決め込んでいるのは彼等死の商人との間で生徒達に知られたく無い後ろめたい事があるからなのでしょうね。
 ですからマスコミにも流して馬場校長を問いつめる事にしましょう。緘口令など知りません。
 私達プロレタリアートには、その身を縛る鉄鎖の他に失うものは何も無いのです。処分など恐れません」
「ひよっこめ。処分を恐れないその態度は中々に面白いですが、考え方がまだまだ浅いのですよぅ」
 『共産党宣言』が振り向くと、そこには三人の校長達が居た。
「この事件について緘口令を敷いたのは馬場正子だけではない。我々の総意だ。まずはそこを分かって貰おう。
 理由は直接君から説明して貰おうか」
 金にふられて、正子は口を開く。
「『共産党宣言』よ。
 わしらが緘口令を敷いた理由は二つある。
 一つは『生徒を守る』ため。
 あのオスヴァルト・ゲーリングが顧客としていたのは軍や一般の国家、学校では無い。今日おぬし等が戦った鏖殺寺院のような――本来ならば兵器を販売する事が許可されていない犯罪者や、テロ支援国家のリストに名が連ねられた武器の輸出が禁止される国家であった。
 そのような者達を繋がりを持っている男に手を出せば、おぬし等生徒達に危険が及ぶ事は必至であろう」
「いくら契約者とて無駄に降り掛かる火の粉なら避けたいものですからねぇ。まして空気も読まずに襲ってくるような連中なら尚更ですよ」
「そしてもう一つは、
 兵器セイレーンを世間の目から秘匿する事である」
 金が続ける。
「ジゼル・パルテノペーは兵器だ。
 こうなってしまった以上、それは本人も認めるところだろう。
 だが兵器であるという事が彼女のアイデンティティでは無い。
 蒼空学園に通うようになってから今迄の行動、そして今回の事件の顛末、そしてこれは今しがた彼女のパートナーから直接聞いたばかりだが、無闇に人を傷つけるのならば死を選ぶという発言から総合的に推察しても、彼女が自らの意志でその力を無闇に行使しようとする危険存在で無いのも明白であるし、
 何よりも有効な抑止力となってくれる仲間達も居るようだ」
「そもそも自らの意志でまともにあの力を使えている訳すらないのですよね?」
 エリザベートの問いに、正子が頷く。
 金は続けた。 
「君がもしそのハンドコンピューターで事情を知らぬ生徒やマスコミに情報を散撒けば、最も傷つくのは我々の面子では無い。
 ジゼル・パルテノペーという一人の少女だ。恐るべき大量破壊兵器だと糾弾されるのも彼女だ。
 それはたった十数しか生きていない娘に耐えられる試練では無いはずだ」
「わしらが守りたいのはジゼルを含めた全ての生徒である。
 その生徒に非が無いのであれば、わしらは学園の責任ある立場として、一人の人間として、降り掛かる火の粉から皆を守りたいと考えておる」
「イルミンスール校長としてもう一つ付け足しましょうねぇ。
 ジゼル・パルテノペーが壊れてしまえばアレクサンダルは今度こそ浮き上がる事が出来ない本物の狂気へ堕ちてしまいますよ。あれは仕方の無い未熟ものですからねぇ。
 このばか騒ぎ――ああこれはごめんなさいですねぇ、コスプレ大会でした。
 とにかくその顛末として二人の人間を水底に突き落とす。全ての人間の『平等』を謳うあなたが望んでいるのはそんな清算では無いのでしょう?
 だったらちゃっちゃとそのギラついた剣を納めるのですよぅ」 

「蛇々ちゃん、これ、上に巻いてね」
 寿子にケープを渡されて蛇々は涙目でそれを受け取った。もう軍隊に教導団まで突入しちゃってるし、大分遅い。

「こちらは終了致しましたわ。皆様が宜しければわたくしたち先に帰りましょうか」
 美緒の申し出に、舞香が頷くと、残念そうにしている綾乃に「また改めて参りましょう」と美緒が微笑む。

 今度こそ迷子にならないようにアリスと手を繋いで帰って行くミリアと翠を横目に、アレクは壁を向き直った。
「Nestala」
 開いた結束バンドをつまみ上げて、アレクはここに置いてきたはずの人間を思い出している。
 いや、あんまり思い出せない。
「どうしたんですか?」
 薫の質問に答えようとすると肩にずしっと重みを感じて、アレクは横を見た。トーヴァが腕をかけて寄りかかってきている。
「ヘンな奴が居たんだよ。確かここに置いといたんだ……危ない奴だったから教導団に引き渡そうと思ったんだが、消えた」
「そいつもあんたに危ないとか言われたく無いと思うよ」
「いや、頭じゃなくて見た目がな。
 日本人の……犬耳の生えたタコっぽい感じだった、うん、多分そうだ。
 ま、いっか。俺には関係無いだろ……」
「日本人はタコじゃねえし、タコに犬耳は無えよ!」
「我も……そう思うのだ……」
「うん、わけ分からんよ。
 それよりハニー今回なんで直ぐ動かなかった? アタシはてっきりアンタが真っ先に行動すると思ってた。後先考えないのだけがあんたの取り柄じゃないの」
「なんだっけさっきキアラに聞いたの――『カエルのコはカエル』だったかな。
 俺が両親と同じカエルだってんならブルーブラッドのサイコ野郎って事だが――、実際俺が一人で動いたら何故か毎回殲滅焦土にしかならん。拷問して殺して殺して殺して目的を連れ帰ってほったらかしだ」
「アンタ後片付けまるで駄目だもんね。
 ふむ、確かにあの子は血だらけの手で引いても笑って帰れるような子じゃなさそだ」
「今日とやった事は似た様なものでもあの人等が居るのと居ないのとじゃ『雲泥の差』なんだよ。
 ジゼルが笑って帰れないなら意味が無い。俺じゃこうは出来ない。あの人等が居ないと、彼女は駄目なんだ」
「――――今夜は呑もうかにゃー。
 ねーアレクも行こうぜー。トーヴァおねーさんがコーラ奢ったげるよ」
「Ne.」「だーよねーぇ」
「そろそろ『行く』か、たまにブリーフィングしねぇとな。正直たるませ過ぎた」
「イエッサ」
 軍人というにはダラダラし過ぎな動きで歩いて行く二つの背中に声が当たった。
「お兄ちゃん!」
 振り返るとジゼルが新しい純白のドレスに身を包んでいる。ファーがあしらわれたフード付きのボレロを被っているが、あれは間違いなくウェディングドレスだ。
「濡れたままじゃ寒いからってジーナが貸してくれたの」
「あの小鼠。どうしてもお前にコレ着せたかったんだな」
「う、うん? よくわかんない、でもこのままじゃヤキニク行けないから一回帰るの。
 皆とお話し出来るの久しぶり。やっとゆっくりできるよー。
 それから新しいお友達も出来たの。さっきちょっと話したんだけどね、唯斗と睡蓮とね、それから輝とー、悪の天才科学者さんとー……そうそう瑞樹と真鈴とヘスティアとペルセポネは合体出来るんだって、凄いよね。ねえ、アレク、聞いてる?」
「あ? ああ。聞いてるよ。俺もう行くから。用事有る時は連絡してくれ」
 去ろうとした時に手を掴まれて振り向くと、ジゼルが首を横に振って見上げる。
「やだ。だってお兄ちゃんと妹はいつも一緒なんでしょ?」
「――あのな、アレは敵の集中力を乱すための戦略的挑発行為の一環で、別にパートナーだからってお前が何時も俺と同じ行動する必要は無い。
 お前の事は妹だと思ってるよ。でもそれとこれは別だ。俺は一緒に居て得な人間じゃない。
 これからも闘争は辞めない。敵多い。恨まれ易い。あと嫌われてる」
「皆がアレクのこと嫌いでも、転んじゃえとか死んじゃえとか思われても、
 ジゼルはアレクの味方だよ。だからずっと一緒にいるの」
 一度死に分たれた約束をもう一度されてアレクはどう答えたら良いのか分からない。座り込んで天を仰いでいると背中に向かってピンクのハリセンの攻撃が飛んできた。
「何黄昏れてやがるのですかこのデカブツマッチョ! 折角パルテノペー様にウェディングドレスを着せたのに!
 この際兄妹でもなんでもいいからとっとと結婚しやがれですよ!
 そしてワタシの願いを叶えるのですつまり結婚式を見せやがれです!」
「そうだぜあれっくさんよ。折角のブルーガーター、無駄になっちまうだろ?」
 暴れているジーナを抑えながら、衛は樹に取り上げられるのを阻止したガーターを再びアレクの懐に突っ込んだ。
「じゃあ……突然ですがトーヴァおねーさんは優しいフェアリーゴットマザーだったのです!
 そこの二人の要望に答えて、形だけでも軍式の結婚式を見せてあげよう!!」
 宣言を終えるとトーヴァは剣を抜き、その切っ先を月が輝く天へと向ける。
「Draw sword! (抜刀)」
 高らかなハスキーヴォイスと共に長過ぎるセイバーアーチが完成した。
「オラ通れ隊長!!」
 肩に蹴りが飛んできて、アレクは舌打ちして立ち上がった。
「通るの? これ?」
「好きなようにしな」
「そしたら結婚式なの?」
「そうだね」
「じゃあ何て言うんだっけ。
 えーとえーと病めるときも健やかなるときもなんとかかんとか死が二人を分つまで」
「随分手順ぶっ飛ばしたな。あとそれ特定の宗教だけだよ。俺は見た事ない」
「うんじゃあ思い出せないけど、お兄ちゃんと私は違うからこれはいっか」
「何が?」
「だって死んでも一緒だわ」
 当たり前のようにそう言って、「かえろ」と微笑む妹に、兄は遂に制圧された。
「分かった。分かった分かった分かった分かったからもう分かったよ。
 Ljubim te Giselle.
 いつも傍に」
「うん、いつも一緒!」
 同時に差し出した手を繋いで、二人は歩き出して、そのうち互いの性格上矢張り落ち着き無く速度を上げた。
「Well come to the Army maam!!」
 トップスピードに付いて行けなくなったジゼルを抱き上げてビルから飛び降りるように消えた相棒にトーヴァは吹いて、後ろを振り返る。
 トゥリンが朱鷺の服を掴んで見上げていた。
「友達に、家族かぁ。
 いいねぇ……何だかんだでファミリームービーが一番安心するのよ。
 今度こそいいエンディングだわ」

 セレンフィリティとセレアナは腕を組みながら、
 グラキエスと、ゴルガイスとロアは微笑み合って、それぞれの場所へ

 待っている人が居るから

 一緒に歩める人が居るから
 
 暖かいその場所へ
 

『還ろう』

担当マスターより

▼担当マスター

東安曇

▼マスターコメント

 ありがとうございました。本当にありがとうございました。しつこいですがありがとうございました。
 毎回石言葉とか花言葉の話をアクションで教えて頂いたりするのですが、ニーサンのコヴェライトは誰も突っ込んでくれなかったので資料集めの際に見た石の効果についてちょっとここで一つ。
 「反省を促す」。「毒素を吐き出す」。
 ちっとも反省していないしむしろ毒が増しているような気がする兄と、私にも掴みきれていない妹は、ビルを飛び降りて今度は明後日の方向に行こうとしているみたいです。
 ここで一旦話は終わって、これからはだらーっと日常が続きます。また次のシナリオでお会い出来れば幸いです。

 *脚注
 ジゼルの歌:ドヴォルザーグ作曲 歌劇ルサールカより「月に寄せる歌」
 ルサールカ:スラブ神話の水妖。金髪で白いドレスの乙女の姿をしているなどの伝承がある。
 ヴィーラ :南スラブ神話の水妖。歌や踊りで人を惑わし頭を掴んでドナウに沈めるなどの伝承がある。
 ヴォイヴォダ:東欧貴族の称号
 ブルーブラッド:高貴なる血、貴族の血族