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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第2回/全4回)

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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第2回/全4回)

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第7章 その頃の樹上都市と、そして


 樹上都市では、残った海軍が協力して、現地住民による定置網漁が勧められていた。
 行き交う人々は忙しそうではあるが、大分落ち着きを取り戻している。
 樹木の手当てをする花妖精たち、怪我人を治療する守護天使たち……木々の上方の家やオークの大樹に避難していた住民も、今朝には元の家に戻って生活を始めていた。
 そんな様子をオークの大樹からテレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)は見下ろしながら、彼女は枝をジャンプして渡っていた。
(黒蛇が巻き付いたようにも見えたのだけど、あれって幻のように消えた?)
 テレサが確認しているのは、大樹が黒い蛇に巻き付かれた場所……、黒くえぐれた部分だった。えぐれたというより、焼けたといった方が良いのだろうか。焼き切れた、というか。
 そこには生命の匂いがなく、放っておいても再生するようには見えない。
 彼女はオークの大樹の中──族長と会話しているパートナーたちに会いに行った。
「ね、ロザリー、あんな感じの前に見たこと無かったっけ? ほら、えーとー。あ、あれ、闇龍だっけ。あれみたいな感じじゃないかなー?
 そうなんだよね、あれからこの街じゃあの蛇? 見た人いないって」
 丁度二人は難しい会話をしていたところで、それに他の契約者が加わっていた。
「……あ、ちょいまち、メモるから。……うん、いいよー」
 取り出したメモ帳に、自分には難しい説明を書きつけつつ、じゃあ切るねー、と言って。今度はテレサ、にテレパシーを送る。
「はいはーい、こちら樹上のテレサ。……そう、分ったって、依頼主の居場所」



 小柄な白菫の花妖精ドリュアス・ハマドリュアデスは、客間にいて項垂れていた。
 彼女と向かい合ってソファに座っているのは、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)メリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)だ。
「こんにちは、族長さん!」
 メリッサは元気よく挨拶して、握手を交わすが、ドリュアスは元気がないようだった。
「私がしっかりと対策取っていましたら止められた可能性があったかもしれません。申し訳ありませんでした」
 頭を下げるロザリンドに、ドリュアスは顔を上げて力なく微笑むと、
「そもそも私が軽率でなければ防げた事態ですから。皆さんのせいではありません」
 と言って、再び項垂れる。かなり落ち込んでいるらしい──それも当然だろうか。
 もしかしたら彼女が族長でありつつも、補佐の守護天使が実務を取り仕切っているのは、彼女が打たれ弱いからなのかもしれない、とロザリンドは感じた。
「苗木とはどの程度重要なのでしょうか」
「……正確にお伝えするのは難しいのです。というのは、私たちには森を保存する上でとても重要です。
 植物学の研究をされている方や、魔術師の方にも価値はあるでしょうが、それ以外の普通の方にとっては、ただの苗木と同じだと思いますし」
「苗木について知っている、それも族長が管理している事などを把握している者がどれほどいますか?  相手の手際が良すぎるので……」
 知っている人物の可能性がある、と口には出さないが、ロザリンドが示唆する。
「苗木の存在は、住民なら皆が知っていますし、調べればこの海域の者皆に知る機会があると思います。ただ、オークの大樹で育てていることまでは分っても、どこにあるかまでは詳しい位置は分らないと……思うのですが……」
 言葉を濁したのは、何か思い当るからだろうか。
「既に知っているか、或いは、『私をその位置に向けるために』騒ぎを起こしたんじゃないかと……」
 ロザリンドはそれが、自責の念からだと知って、話題を変えることにした。
「それにしても……森を焼き払ってでもとか、苗木とか、非常時の準備が整っているのですね」
「過去に森が滅びかけましたので。花妖精の祖先がこの森を見付けたのは、その時でしたから……。
 たとえばですけど、小さな花はちょっと天気の日が続くだけで枯れてしまい、雨だけでは活きられず土が流れ死ぬこともあります。過去枯れかけたこともあり、何かがあることを前提に世話をしているのです。それがいいことかわからないですけど」
「大樹って世界樹とは違うのー? そもそも大樹ってすっごく大きいけど、それ以外にどう凄いの?」
 はいはーい、と、メリッサが生徒のように勢いよく手を挙げた。
「世界樹との違いは……世界樹たる要件を満たしていない、と言えばいいでしょうか。いわゆる目立った、特別な力はありません。それなりの時間を生きていたためか、魔力は少しありますが……その殆ど全ては、この海域の自然と魂の循環を保つためにあるのです。数多の神話や伝承で語られる大樹とその根のように。そういう“大樹”の文脈の中にあると言えば良いでしょうか?」
 メリッサはよく分ったような、分らないような顔で首をひねって、
「苗木以外にも兄弟とか姉妹みたいな樹は無いのかなー?」
「それは、ありませんよ」
「うーん、じゃあねぇ……」
 メリッサが、そう言った時だった。
 部屋に飛び込んできた──皆川 陽(みなかわ・よう)が、傭兵の雇い主に会える、と言ったのは。



「ワタシはメイド探偵!」
「……何やってるの、もう」
 雰囲気を出すためだけにメイド服に着替えたユウ・アルタヴィスタ(ゆう・あるたう゛ぃすた)を、皆川 陽(みなかわ・よう)はちょっと呆れたように見ていたが、ユウはそんなことはお構いなしだった。
「何って推理じゃん。……掴まった奴らが雇い主に関して口を割らないのは、知らないからじゃね?」
「どうしてそう思うのさ?」
「犯人の契約者は何人もいたけど、複数人雇ってるってことは失敗する奴がいるのは想定内ってことだし、つまり掴まる奴が出たのも想定内ってことで、雇い主からすれば『情報を漏らされたら困るから、知られて困る事は最初から教えない』のが確実じゃね? 金だけ提示して雇ったんじゃね?」
 樹上都市の客室で、ユウは陽を相手に推理の披露をしていた。
「……であるとするなら、掴まった奴らを絞っても雇い主についての情報は得られないと思うけど、とにかく『受け渡し方法』が伝えられてるのは確実。じゃないと契約者から雇い主がブツを受け取れないし。受け渡し方法から雇い主に繋がる糸を探すしかないね!」
 陽はユウの仕草が無駄にクネクネしていて、二時間ドラマ推理ごっこだなぁと思ったのだけど、
(ちょっとそうかも。……不覚だけど)
 ユウの言っていることには筋が通っていたので、こっそり牢屋に行ったのだ。
「もうパンツはないぞ!」
 とか無駄に怯える傭兵たちに、陽が唇に人差し指を立ててみせる。
「しっ、静かにして。こっそり逃がしてあげるから」
「何を企んでる?」
「自分も報酬の分け前が欲しいんだ。でもきみらを逃がすだけ逃がして自分が分け前にあずかれないのは困るから、牢のカギは報酬の受け渡し方法と交換で」
 そう言ったのがもし正義然とした少年、或いはお金持ちそうな少年だったら、傭兵も信じなかったかもしれない。陽は別に正義感でもお金持ちそうでもなく、その代わり邪悪ってこともなかったけれど、健全でも不健全でも、小市民くらいには見えたらしい。
「苗木を盗んで逃げるのに成功した組がいるから、このままだとその人達が報酬独り占めしちゃうよ! たいへん!」
「……うーん……分かった、でも鍵が先だ。本当に逃がしてくれるんだろうな?」
「ここに持ってきてるよ」
 陽は細い紐のついた鍵を摘まんで見せると、彼は納得したらしい。
「早く苗木と報酬の交換場所に行ってお金の独り占めを阻止しようよ」
「そうだな」
 ぺらぺらと喋り始めるのを、陽は一字一句聞き逃さないように頭の中に入れる。
「……うん、よく分った」
 と言って、立ち上がる。
「あれ、鍵は?」
「これ? ごめんなさい、これ偽物なんだ……ごめんなさい」
 ──実は、ここに来ることも、偽物のカギを持ってくるのも、族長たちの了承済みだった。
 陽だって、別に正義ぶってる訳じゃない。悪いことした人達も「契約者」って言われている。自分も契約者だから同じ括りになるんだって思って怖くなった。
 立ち上がってぺこりと頭を下げると、牢屋の出口に走っていった。
(だからこの件は契約者の手で解決したいなって思ったの。……だけど、これも嘘だから、悪いことしてるような)
「嘘も方便って言うじゃん、気にしない、気にしない」
 しょんぼり、と陽がすぼめる肩を、入口で待っていたユウは励ますようにひとつ叩いた。



「……ここが受け渡し場所か……」
 傭兵たちの新しいねぐらと言われる宿、そして受け渡し場所を張り込んで三時間。
 やっと動き出した傭兵の後を付けてきて、同じだけ受け渡し場所で待っていた仲間の顔を物陰に確認する。
 双方が近づくのを充分待って、結崎 綾耶(ゆうざき・あや)が飛び出した。
「苗木、返してもらいます!」
 突然の侵入者に、二人は失敗を悟ったのか、くるりと方向転換して別々の方角へ走り出す。──が。
「逃げないでくださいね!」
 綾耶の姿が消えたかと思うと、傭兵の男の目の前に出現していた。ぎょっとする男に向けて、指先から雷術が放たれる。感電した男は地面にごろごろと転がった。
「苗木はどこですか?」
「知らない!」
「持ってる人を知りませんか? 連絡手段は?」
「──綾耶、こいつは頼む!」
 匿名 某(とくな・なにがし)が、もう一人、路地におたおたと逃げ込んでいく男に向けて風術を起こす。突風に煽られて仰け反った男は、慌てて顔を庇って立ち止まった。
「さあ、正体見せて貰おうか」
 その男──取り押さえられた男、彼がジェラルディ家の別荘の執事であったことを知るのは、彼がこの後、尋問されてからのことだった。