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【祓魔師】大掃除には早すぎる…葦原の長屋の泥棒掃除屋

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【祓魔師】大掃除には早すぎる…葦原の長屋の泥棒掃除屋

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第6章 おそーじさせましょ、おそーじしてあげましょ Story3

 コレットたちがいる民家の傍で、一輝は小型飛空艇アラウダの上から長屋を見下ろす。
「迷彩塗装をしておいたから、すぐ見つからないとは思うが…」
 時折パートナーからメッセージが届いていないか、銃型HCに視線をあてて確認した。
「今のところ、特に何もないようだな。それにしても…依頼にあった妙な集団とは、やつらのことだったか」
 デジタルビデオカメラのレンズ越しに、ちらほらと見える人影を発見する。
 彼らは長屋へ祓魔師が訪れていることに気づいてたのだろうか。
 それらは、だんだんと姿を消していく。
 不可視化されては、一輝の目からはもう確認不可能だ。
 自分たちを警戒したのか、見えなくなってしまったとコレットに銃型HCでメッセージを送った。
「オヤブンからメールが…。黒フードの相手が、姿を隠しちゃったってことだね」
 彼らの前で術を行使すれば、すぐに気づかれるのは当然かと、天井裏に隠れているコレットが頷いた。
 天井の下で強制憑依の気配が近づいてきている!という騒ぎ声を耳にする。
 その声から数秒も経たないうちに、乱暴に戸が蹴破られる。
 弥十郎たちはまだ目を覚まさない村の者を連れて奥へ避難していった。
 茶の間に残った歌菜は、通すまいと道を塞いでいる。
 囮にするようで心苦しいが、家の中で待ち伏せして狙う者は自分しかいない。
 仲間たちの動きを見て標的の位置を探る。
 不可視の者がリーズにホイホイされている隙に、七枷 陣(ななかせ・じん)たちは見抜き通す雨を発動させて姿を暴く。
 チャンスを見逃さず、ゆっくりと哀切の章を詠唱していたコレットは、天井裏から小さな光りのハンマーをいくつもばらまくように落とす。
「やったかな?」
 隙間から覗き込むと相手が天井を見上げた。
「―…や、やばっ。こっちに来るかも!」
 冷たく刺すような悪意を向けられ、天井裏を這うようにバタバタと押入れのほうから降りようとする。
 押入れの戸を開けて出ようとすると、そこにはバケツを手にしたボコールがいた。
「毒色に染まってみるかぁ?」
「きゃわ!?」
「おっとー、セーフ♪」
 間一髪リーズがコレットを抱きかかえ、バイオポンプをかわす。
「うぅ、ありがとう…」
「たぶん、陣くんたちがカティヤさんに術をかけ終わったと思うから。ボクたちも外行くよ!」
 窓を開けた少女は、小柄な身体で通り抜けて外へ出る。
「へへーんだ♪あいつのサイズじゃ、通れないだろうね」
「リーズ、下がっとけ」
「はいはぁーい」
「フフフッ、ようやく女神の出番ね」
「あいつ呪いを使うはずだから、これ使って!」
「クローリスの香水ね?ありがとう♪」
 カティヤはコレットからもらった降水を手首が首元にかける。
「てめーらも、平和ボケ連中と一緒に掃除でもしてなっ」
「ふぅ〜ん。やれるものならね」
 顔にかかった長い黒髪を片手で退け、クスリと笑みを浮かべる。
「―…ぁあぁあああぁああああーーーーーーっ!!!」
 深く深呼吸をし、聖なる雄叫びを放つ。
 咆哮は白き砲撃のように飛び、ボコールの身体を貫く。
「安心しなさい。女神様は、やたらと殺しはしないから」
「どうでもいいこと喋っている場合じゃないな、カティヤ」
「むっ、何よ!…あら、まだ動けるのね」
 よろけながらもロッドを支えに体勢を立て直す相手を目にする。
「逃がすなよ、ジュディ」
「おぬしこそ、しっかりフォローするのじゃぞ?」
 仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)に笑顔を向け、精神を静めて裁きの章の章を唱える。
「(飛ばれては面倒だ。頭のほう狙うか)」
 酸の雨の範囲を細く集中させ、地獄の天使の翼で逃さぬように撃つ。
「あたんねーよ、ばーかばぁか」
「小僧なら反応するやもしれんが、生憎…私のほうは、精神的に大人なんでな?」
 ケラケラと笑う相手に苛立つことなく、むしろ“愚かの者め。”と楽しげに小さく笑ってやる。
「季節はずれの泥棒サンタめ。跪くがいいのじゃ!」
 ネタ交じりに言い、磁楠に注意が向いている隙にジュディ・ディライド(じゅでぃ・でぃらいど)が酸の雨を浴びせる。
「(シルキーの意思がまだ出てこない。器の意識に勝てないのかな…)」
 一言も発さないシルキーが、取り込まれた中でどうしているのかコレットには見えなかった。



「まさか、猫又が狙われちゃうなんてね。どこにいるにかな…。―……猫又ーーっ、助けに来たわよーっ!!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の呼び声にも応じず、猫又は姿を見せない。
「相手は人型ですから。人嫌いになってなければいいですが」
「そんなのやだ!せっかく仲良くなれたのに」
「おそらく怖がって出てこないんですよ。早く見つけて抱きしめてあげましょう、美羽さん」
 どこかで怯えているはずとベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が言う。
「なんか、あっちに人が集まってるわ。行ってみよう、ベアトリーチェ」
 もしかして猫又を発見したのだろうかと思い、力いっぱい駆けていく。
 ―…しかし、そこに妖怪の少女の姿はなかった。
 陣たちの姿が美羽の視界に入る。
「あれって、例のやつらね。もしかして、中にシルキーがいるの?」
「そうや、美羽さん」
「中のシルキーを弱めるだけじゃ、強制憑依は解除できないわ。いくら力を弱めても、ボコールが開放するとは思えないし。魔性の意思で抜け出なきゃ…」
 取り込んだ魔性が消滅するまで彼らは道具のように扱うと告げた。
「強制憑依はきっと、ビフロンスの時と同じ…。魔性の心を汚した下法の手よ」
「んなこといっても、あの火山で暴れられたしな」
「なぜそうだったかは、まだ私も分からない。けど、それも何か違う気がするの。でも、また憑依しようとするなら…、抵抗力を弱めなきゃいけないかもね」
「まー…なるべくなら気づけたくないってのは、分かるんやけどな。んー、確かにあれは、怒ったとかじゃなかったような?」
 ビフロンスが狂ったように叫び、再び憑依しようとした時を思い出す。
 怒りや本意で破壊したいという感じとは、どこか違っていた。
 魔性の性質はそれぞれ違うものだろうが、大人しくなりかけた目の色と暴れだした時では、異なっていたように思えた。
 シルキーもビフロンスと同様に、道具として利用されているだけなのか、腕組をして考え込む。
「憑依させたやつを、“物”としてか。うーん、となると…。ぬこ娘が狙われているのって、それなんか?」
「あいつらを尋問してみないと、それも分からないわ。もしそうなら、絶対に守らなきゃ」
「せやな、まずはアレをなんとかすっか」
「本の章は邪悪な者に効果があるからね、それも対象ってわけよ」
「美羽さん、支援しますね。(長く取り込まれているなら、シルキーの生命力はかなり低下しているはず…。一刻も早く、助けなくては!)」
 ベアトリーチェは贖罪の章を唱え、美羽の哀切の章へ範囲上昇の力を付与する。
「詠唱中は女神が守ってあげるわ♪―…ぁあああぁああーーーーっ!!」
 赤い風を纏ったカティヤが咆哮を轟かせボコールを退かせる。
 怯んだ一瞬の隙をつき、美羽は祓魔の光をいくつもの細かな針状に変えて標的へ放つ。
 相手は若い女の声で呻いたかと思うと力なく膝をつく。
「シルキーはもう離れたのかしら」
「そこにいるみたいやな」
 ドレッドの白い髪をした女性の姿の魔性を指差す。
「―…あいつ、何をぶつぶつ言ってるんや?」
 陣は不快そうに眉を寄せ、膝をついたまま何やらボソボソと呟く者を睨む。
 相手が喋るのを止め、ニヤリと笑ったとたん…。
 シルキーは狂ったように叫び、ボコールに憑依しようとする。
「バカヤロウッ。そんな消耗した状態で憑いたら、死んじまうぞ!!」
 エレメンタルリングをはめた手に、炎の魔力を宿らせた羽純がシルキーを殴る。
「陣、シルキーの位置を教えるのじゃ」
「アレの左ちょい後ろや!」
「うむっ」
 パートナーの指先を目印に、呻き声を上げる魔性を重力で囲み、体力を奪い大人しくさせる。
「尋問は後回しよ。先に、猫又を保護しないと…」
 魔法すらも行使できなくなったであろう者を、ひと睨みして美羽はベアトリーチェと猫又探しに戻る。
「ねー、陣くん。縛っておかないと逃げるんじゃない?」
「縛るつっても、すぐ縄だとか出せんしなぁ」
「あるじゃん?そこに」
「はっ?」
 ポケットを指差すカノジョに、わけがわからんと声を上げる。
「さ・い・ふ♪」
「ちょ、おまっ!?はぁあ、ねぇーし!!」
 慌ててポケットを調べると、しまっておいたはずの財布が消えていた。
「ちゃらーん。いっただきー」
 時の宝石を使い、気づかれないうちに財布を奪っていたのだ。
「ぎゃぁああ、ドロボォオオーッ!おまわりさぁ〜ん、この人やーーーー」
「今の私たちは、その役割に近く…。リーズもそれにあたるはずだが」
 “物取り連中を連行する”という点は、陣がいう対象に近い。
「にゃははは、縛るための縄買うだけだってば♪ボクは陣くんのハートも盗んだけど、時にはお財布もいただくんだよ。なんてねっ」
 ぺろっと舌を出してジュディと縄を買いに走っていった。