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【アガルタ】それぞれの道

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【アガルタ】それぞれの道

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★「これが我が街」★


 A地区のほぼ中央にその建物はあった。
 周囲が近代的な高層ビルが多い中、どこか古めかしい。それでいて威厳のある建物。アガルタの総司令部である。
 今までは仮称の名が書かれていた表札に、新しいものがはめ込まれていた。
 アガルトピア中央区。
 表札にはそう書かれており、建物の一番上に掲げられた旗には白鳥座のようなシンボルマークが描かれていた。
 建物内は、表の荘厳さとは程遠く、いつも慌しい。いろいろな手続きをしに、苦情を言いに、はたまた別の理由でひっきりなしに訪れる人々と応対する職員。
 そんな受付の奥。関係者以外立ち入り禁止の階段を上っていけば、たくさんの部屋があり、そこでも誰もが忙しそうに業務や会議をこなしている。
 さらに階段を上がっても、忙しない空気は変わらず、ハーリー・マハーリーもまた、書類に埋もれていた。
 比喩ではなく、少なくとも部屋の扉を開けただけではその姿が机越しに見れないほど書類は詰まれていた。さぼっているわけではなく、必死にこなしてもこなしてもそれ以上の速度で書類が増えているのだ。
 特に今は異常事態が起きていることで、それについての報告書などが大量に運ばれてくるのも原因だ。
 ハーリーは額を押さえながら次の書類をめくり、動きを止めた。その書類は彼を追い詰めているその事件の報告書だった。

「……なんとかこれ以上の広がりは防げたか」
 口からもれ出たのは安堵の息か、情けない自身への戒めか。本人にもよく分からなかった。
 協力者たちの取締りのおかげで、気安く薬に関わろうとする者たちが減った。取り締まっても取り締まっても次から次へと新しい犯人たちが増えていては、それこそキリがない。
 薬に関わればろくなことにならないという噂が広まったことで、元を追うのが楽になるだろう。
 まあこれからが本番ともいえる。実際、段々と扇動者たちの質が上がっているらしい。そう簡単に尻尾をつかませない。
「まだ安堵はできないが」
 次の手を打たなければ、と考えながらまた別の書類を手にする。今度は出店報告(それぞれの指令部にて許可済み)の書類のようだった。


***


 干した何かが、レーンを流れてくる。そのレーンの1つに経たされたセリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)の深いため息が、それらの駆動音でかき消される。
「作業員として、アワビの乾物のレーンに入れって……ったく。
 アガルタまで来て、なんでアワビと関わらなくちゃいけないんだ」
 どうやら流れてきているのはアワビらしく、セリスは随分と嫌がっているようだった。
 ここは彼のパートナー、マネキ・ング(まねき・んぐ)のファクトリー。干しアワビや未成年でも飲めるお酒のようなものなどを販売生産する施設で、遺跡の近くにある。
 遺跡内の製造レーンの使用許可が下りなかったため――調査中であるのと、今後必要になる可能性があるため――設備投資をして作ったため、少しでもコストダウンをはかろうと身内であるセリスに働かせているらしい。
「後々の、治安維持と工場拡張の為の区画整備の向上を銘打って出店したらしいがいつも通り、色々胡散臭いな」
 彼のパートナーであるはずだが、セリスはマネキの今回の出店について怪しんでいた。
 と、そんなとき。先ほどとは違うものが流れてきた。黒くしわくちゃのソレは、乾燥させた植物のようだった。
 ん? 乾燥させた植物?

「何々……『アルギーレ・サンプル』……アルギーレって、今街を騒がせている」

 依存性が無い上に、明確な法的拘束ないとはいえ、さすがに。
 事情を理解したセリスはどうしかものかとしばし悩んだ後、
「よし、俺は、もう何も見てないし、知らない事にする……とりあえず、干しアワビを出荷する作業に戻るとしよう」
 見なかったことにした。
 賢明な判断だ。

 アルコールと磯の香りが漂う店内にて、ふふふとマネキが笑っていた。
「アガルタ。中々良い街だな。ハーリーとかいう小商人は中々がんばっているようだな」
「……そうみたいですね、師匠。じゃなかった。店長」
 弟子であるメビウス・クグサクスクルス(めびうす・くぐさくすくるす)はマネキに答えながら電卓を打つ手を止めない。
 マネキはメビウスの返事を聞いているのかいないのか。満足げに笑い、わざとらしく「おっと」と声に出す。
「軍事関係者様向けに、「アルギーレ」とかいう精神高揚剤の原料の出荷準備をしなければ」
「あ、もうこんな時間ですか。開店準備しないといけません」
 マネキの声にようやく顔を上げたメビウスは、帳簿を閉じて金庫の中に入れる。
「うむ。店のほうは任せたぞ」
「はい。ししょ……店長」
 工場のほうへと戻っていったマネキを見送り、売り子の衣装を着込み、商品の確認や店内の掃除などをしていく。
「よーし、じょーじ。次はこの店やー」
「シーニー。おぬし相当酔っておるじゃろ?」
 不意に聞こえた第三者の声に顔を上げれば、1人の女性と猿がそこにいて、猿の方が女性を介抱しながらメビウスを申し訳なさそうに見た。
「この店はもう開いておるのか?」
「あ、はい。いらっしゃいませ。こちらの席へどうぞ」
「すまんな。ほれ、とりあえず座るぞ」
「おさけ〜」


***


 と、開店したファクトリーに酔っ払いと猿が入店したころ、同じ全暗街にある『秘密喫茶』の実験場(風のキッチン)では、ドクター・ハデス(どくたー・はです)が料理を作り、コーヒーをいれ、と忙しなく動いていた。
 いや、忙しいのはそれだけではない。少し前のこと。アガルタにアルギーレが出回り始め、巡屋がその解決に身を乗り出したという情報を入手したときにさかのぼる。

『フハハハ!我が名は秘密喫茶オリュンポスの店主、マスターハデス!
 巡屋美咲よ、問題ごとが起こったようだな!
ここ全暗街(C地区)の裏に関してなら、我ら秘密結社オリュンポスが協力してやろう!
 なに、同盟関係にある、秘密結社巡屋組が困っているとあれば、我らが力を貸すのは当然だ!
 遠慮する必要はないぞ!』
 むしろ全力で遠慮したい。
 美咲の本音がそこにあったのかは不明だが、少なくとも周囲の彼女の部下たちがそんな顔をしていたことに、本人だけが気づかぬまま。ハデスたちは巡屋と協力することとなったのだ。

 喫茶の運営に情報集め。忙しい忙しいそんなハデスに、買い物から戻った高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)が「ただいま」と声をかける。
「そういえば兄さん、聞きました? マネキさんがここ、全暗街に店を出されたそうですよ」
「ん? そうか。マネキが店を……。
 開店祝いのケーキでも贈りたいところだが、俺は今忙しい!」
「ちょっと兄さん! もうっ」
 あらかた料理を作り終えたのか。今度は情報を集めに向かったハデスの背を頬を膨らませて見送った咲耶は、仕方ないと買ってきたばかりの材料を袋から取り出す。

「兄さんのケーキで開店祝いをと思ったのに、仕方ありません。
 今回は私が腕によりをかけてケーキを作りましょう!」
 分かります。ウデとヨリを上からかけるんですね。
「今日は新鮮な食材がたくさん安く手に入りましたし、いろいろ使って見ましょう」
 ニルヴァーナの不思議材料――ごぼうの様な硬い棒や逃げ回るスッポンらしきもの、などなど――を手に、咲耶の神がかったアレンジケーキ(らしきもの)は、なぜだか動いている気がした。
 いや、違う。ケーキが咲耶の動きを真似しているように見えるのは、KI NO SE I DA!

「じゃあ、ヘスティアちゃん、これをマネキさんまで配達お願いね。
ついでに、パフェ用のリキュールも買ってきてね」
 ソレを疑問に思うことなく箱につめた後(がっちがちに紐で締められている)、ヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)に渡す。
「わかりました、咲耶お姉ちゃん。では、配達に行ってきますね」
 返事をしたヘスティアだが、実は箱の中身をハデスのケーキと思っていた。咲耶がハデスにケーキを作らせる、と言っていたのを聞いていたからだ。
 もしも中がアレだと知っていたならば、もっと慎重に運んでいただろうに。

「急ぐために、空を飛んで行きましょう!
 機晶合体! 空戦機晶姫ヘスティア・ウィング!」
「よーし、ようやく俺様の出番だな! いくぜ、ヘスティア!
 機晶合体だ!」
 生ものなので早く届けよう、とヘスティアは機晶戦闘機 アイトーン(きしょうせんとうき・あいとーん)(【小型飛空艇ヴォルケーノ】が元となったステルス戦闘機型の機晶姫)を呼んだ。ロボアニメのような合体を空中でした2人は、そのまま空を飛んでいく。
「オラオラッ、スピード上げてくぜえっ!」
 ミサイルポッドでさらに速度を上げていく。

「きゃあっ」
「看板が飛んだ! 避けろー」
「何か降ってきたぞ?」
「襲ってくるぞ。気をつけろ」
「宇宙人の侵略か!」
 彼らの起こした風や落としたケーキ(かすかに箱が開いている)が騒動を起こしていたが、風の中心にいる彼らの耳には届かない。


***


 ハーリーはぺらり、とめくった先にある情報に頭を抱え
「これは、なんだ?」
 大体予想はついたものの、秘書に尋ねる。
「どうやら最近工場を作られたマネキ様とハデス様がお知り合いらしく、お祝いのケーキを運ばれたそうです」
「……ただそれだけでなんで街のあちこちで、『ケーキの形をした何かが暴れまわる』なんて事態になるんだ」
「そこは、私も良く分かりません」
 はぁっと深く深く息を吐き出す。悪い予感しかしなかったので、報告の続きを読むのをいったんやめ、別の書類へと目を通す。

 ただの現実逃避だということは、彼自身が良く分かっているが。

「ん? 店名変更?」


***


 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は、自分の店に掲げられた看板を見て、満足げにうなづいた。
「中々良い出来であります」
 ずっと何も書かれていなかった看板には、『アガルタ食堂』の文字がある。どこにもひねりのない名前だが、覚えやすいのは間違いない。何より本人が満足なのだから良いのだろう。
「これで心置きなくパトロールにいけるのであります」
 言うが否や、ダンボールをかぶる吹雪。一体どこから取り出したのかとか。なぜダンボールなのかとか。気にしても疲れるだけだ。
 吹雪が地面を蹴ると同時に、店から何かが飛び出してきた。

「食材が逃げたぞー!」
「子供を家の中に!」
 すっかり名物と化している食堂……アガルタ食堂の『食材脱走』である。活きが良すぎる食材が,命がけの脱走をし、それを料理人である上田 重安(うえだ・しげやす)がさばく、というのがいつもの流れ。
 周囲の人々もなれたもので、子供や老人などを近くの家でかくまった後、幾人かが円を作って成り行きを見守る。

「よっ重のあんちゃん! 今日こそ食われるか?」
「演技でもないことを!」
 そしていつものごとく店から出てきた重安に、野次馬たちから声がかかる。
「しかし今回はいつもと違いますよ」
 野次馬に怒声を返した後、重安はふふんと笑った。
「今日の食材の相手は、それがしではありませぬ。先生、どうぞ!」
 おおお?
 観客たちの声にあわせ、店から出てきたのは大きな――というか人並みの大きさの、タコ。
「我が相手だ!!」
 触手をうならせたイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)だ。
「さあ、イングラハム殿が無事に食材を食材に出来るかどうか。はったはった!」

 どうやら重安は、賭けの胴元となり、利益を上げようとしているらしい。

「それで吹雪。ちゃんと店名変更の手続きは……え? もうやった? 看板もつけた? ちょ、いつのまに」
 盛り上がる食材対決を気にせず店から出てきたのは経理やフォローをしているコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)だ。どうやら吹雪に電話しているようである。
 野次馬の集団を見ても眉1つ動かさないのは、もう慣れているからなのだろう。
 コルセアは電話を耳に当てたまま店を見上げ、あんぐりと口をあけた。

「アガルタ食堂……なんて安易で適当な名前に」
 もっとあっただろう、もっと。
 そう思うも、しかしちゃんと看板まで用意して仕事をしている分マシとも思え、コルセアはそれ以上名前については言及しないことにした。というより、何を言っても無駄なことを経験から悟っていた。
 ただ問題は、なぜ当人がここにいないかということだ。
「それで吹雪。今どこに」
『パトロール中であります! ラフターストリートの平穏は、自分が守であります!』
「たしかに治安も問題だけど、今は店の方が大変でしょうが。早く戻ってきなさいよ」
『大丈夫であります。ちゃんと助っ人をつれてきたでありますから』
「助っ人?」
 コルセアが首をかしげ、さらに聞こうとしたとき。
『む。怪しい影を発見。今すぐ排除であります!』
 銃を乱射する音が電話越しに聞こえ、すぐにぷつりと通話が切れた。
「ちょっと! 吹雪! もう」
 結局助っ人が誰だか分からぬままため息をつき

「お遊びはここまでだ」
 群衆の中から聞こえた声に、誰が助っ人かを悟った。
 一応、と覗いてみれば食材を締め上げているイングラハムの姿がそこにはあり、場を盛り上げようとしている重安の姿も認め、コルセアは空を見上げた。

「どいつもこいつも!」

 ちなみに賭けについてだが。
 客から『どちらが食材か分からなかった』という抗議が多数上がったため、無効になったらしい。


***


「……なんというか。相変わらず騒がしい店みたいだな」
「そこがB……ラフターストリートのよいところですから」
「たしかにそうなんだが、周辺住民が慣れすぎだろう」

 ハーリーは眉間を押さえつつも、しかし楽しげに笑っていた。