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【アガルタ】それぞれの道

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【アガルタ】それぞれの道

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★「少しずつ、確実に」★


 A地区――アガルトピア中央区と改められた街をビルから見下ろしていたルカルカは、携帯を閉じて書類を無表情でめくっているダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)を見た。
 土星くん。もといコーン・スーという存在は、ダリルにとって知識欲を満たしてくれる良き友人だ。困っているとなれば助けに行きたい。
 しかし街の状況を放っておくわけにもいかない。
「大勢の市民達の安全な生活が優先する」
 そう言い切って手続き――犯人捕縛の許可など――準備をしているダリルであったが、後ろ髪引かれているのをルカには理解できた。だからこそひっそりとメールを送っていた。
(余計なことするなって言われるものね)
「ルカ。書類は準備できた。アポの方はとれたか?」
「え? あ、うん。大丈夫」
 少し慌てたルカルカにダリルの眉が少し動いたが、追求はしてこなかった。
 会談をして無事に許可が下りた後は、SSSき社員たち5人に警邏と犯人たちへの接触を命じる。
 作戦は簡単だ。

「素直にお金を置いていくなら、命はとらないけど?」
 ルカルカが、社員に対して何度かかつあげまがいのことをしていた。ここで大事なのは、ルカルカがお金を欲しているという点と腕っ節だ。
「お強いですね」
 声をかけられたのは、3度めに行ったときだった。フードを目深にかぶった男が近寄ってきた。ルカルカは胡乱な眼で男を見る。
「良い儲け話があるのですが、いかがですか? 何。内容は簡単です。とある薬を街にまいて、喧嘩をあおっていただければ……最近は取り締まりがきつくなっておりますが、あなたほどの腕があれば問題はないでしょう」
 ルカルカは顔には何も出さぬまま、話を受ける。男はにやりと笑い、成功したら報酬の場所を連絡すると言ってその場を去っていった。
 ちらっと後ろを振り返れば、ダリルや社員たちが後を追いかけていくのが見えた。
 ルカルカは確認した後、渡された小さな粉薬(茶色い)をぎゅっと握ってどこかへと向かった。

 薬はハーリーの元へと送られ、ハーリーはそれをジェライザ・ローズへと送った。
 あと少し何かが足りないと考え込んでいたシンは、薬を調べて頷いた。
「なるほどな。なら」
 薬の元が手に入り、中和剤となる薬草茶は無事に完成した。

 これで被害が減ることは間違いなかったが、まだ薬になる前の植物は入手できていなかった。
 ダリルたちが追いかけていった男は小さな勢力に属していたものの、組織全体が関わっていたわけではなかったようだ。

「まだままた時間がかかりそうね」
「……そうだな」
 ため息をついたルカルカに、ダリルは短く答える。少し気になることがあった。
 今まで捕まえた男たちは、全員がアガルトピア中央区に住むものばかり。他地区のものはいない。

「どうかしたの?」
「……もしかすると、薬の元は1つじゃないかもしれんと思ってな」
 ダリルは、気づいたことをハーリーへと伝えることにした。

 区ごとに事件を起こしている組織がいるということを。


***


 薬に対する対策を考えていたのは、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)もそうであった。
 イライラが募ると言うことであったので、それを緩和するためにマヒワリの種という食材にたどり着く。
「でもこれ、口の中で偶にはじけたりするし、ちょっと考えないと」
 弥十郎は『フリダヤ』の厨房内で悩みながら、調理法をいろいろと試していく。
 そうしてたどり着いたのが、「冷やし中華」だった。ゴマダレに混ぜることで爽やかな味わいのあと、口の中でたまに「パチっ」と弾ける新しい食感。それだけでなく、見た目も美しく。材料はニルヴァーナ産にこだわっている一品だ。

「どうかな? キャッチフレーズは『冷やし中華始めました。お口に新刺激』で」
 オーナーである真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)は、ソレを口に運び、うんと笑う。
「いいね。お口に新喜劇……じゃなかった。新刺激、か」
 口の中で種が弾けた衝撃か否か。真名美はいい間違えた。だが弥十郎は「そっちの方が良いかも」と言い間違えた宣伝文句で売り出すこととなった。
 これでアルギーレでイライラした気分も、この冷やし中華を食べれば気分を落ち着かせることが出来る。
 後はどれだけ大勢の口に入れさせることが出来るかと言うことだが、そこは真名美の商人としてのウデの見せ所。

(パック売りをしようかな。パッケージには土星くんのイラストを描いて。
 このまえの商人を利用して全暗街にも商品をおろせれば……)

 考え込み始めた真名美に、弥十郎が思い出したように言う。
「ああ、そうそう。涅槃が顔を出す味、の鍋なんだけどこの前の偽もののことを考えて、比較的安全なメニューも考えたんだ」
「解毒剤を飲まなくてもいいってことね。たしかに後々飲んでくれなかったら大変だし、いいと思う」
 そこまで話し合ってから、真名美はさっそく動き出す。設備投資をしてパック売りできるようにし、商人たちと交渉。
「試食されてから決めていただいても構いませんよ。
 それと宣伝(【宣伝広告】)はこちらが負担しますので。
 バックはこのくらいでどうでしょうか。あと、C地区でも気軽に買えるようこんな金額かなと」
「ふむぅ。この食感は面白いですな。
 それにその値段ならば……ただ3玉1パックだけでなく、バラ売りもしたいのですが。1人暮らしが多いですから」
「それは構いませんよ」

 アルギーレを緩和する料理。それと中和する薬草茶。
 それらができたことによって、薬による被害は確実に減った。


***


「そんなことが……この不穏な空気の原因はソレでしたか」
 ウェヌスの風を訪れて説明してくれたマリナレーゼ・ライト(まりなれーぜ・らいと)に、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は驚くとともに納得した。
 2人ともしばらくアガルタを離れており、帰ってきたら街の空気がいつもと違い、戸惑っていたのだ。そこに同じ区に店を出しているマリナレーゼたちが来て説明をしてくれたのだった。
「なるほどねー。街の人をこっそりクスリ漬けなんて、ヤバい人もいるんだね」
 しかし、そう納得しているヘルは完全に自分のことを棚にあげていたが、きっとツッコミいれても
『それは言っちゃいけないお約束だよ☆』
 とでも返ってきそうなので止めておこう。

「ありがとうございます」
「いいさねー。同じ街に住む同士。助け合わないとさー」
 軽く笑ったマリナレーゼは、ことりっとビンを1つテーブルに置いた。
「これはその薬を中和する薬草茶さ。一応渡しておくさね。なくなったら、ローズのアトリエさんへ行けばくれるはずさね」
 話は終わったのだろう。マリナレーゼたちは手を振って去っていった。

「で、どうするの?」
「そうだな。とりあえず、街を見回ろう」
「分かった。……あ、悪いことしてる人捕まえたら、みーんなあの奥の部屋にご案内ってどうかな?」
 奥の部屋。通称開かずの間には、呼雪の絵が飾ってある。SAN値の下がる絵が。
 おしおきとしていいかもしれない。
「絵画を鑑賞して情操的な部分から更生を図るのか。それも良いかも知れないな」
 呼雪はヘルの意図には気づかず、別の意味で納得していた。そういう意味ではないんだけど、と思いつつも。SAN値が下がって悪さできなくなるという点では変わりないかと気にしないことにした。

 そうして歩いていると、すぐに大声が聞こえた。普段は静かなだけによく響く。
 諍いの場所へと向かえば、興奮状態の住民たちが見えた。力で止めてもいいが、それでは怪我をしてしまうかもしれない。
 呼雪はリュートを爪弾き、歌う。聞くものの心を悲しくさせる歌を。
 怒り狂っていた住民たちから、怒りの感情が消えていく。
 落ち着いたのを見計らって原因を聞く。
「どうしてそんな些細な事を、大声で争わなければならないんですか?
 エヴァーロングは皆で作り上げた芸術の街ではありませんか。
 住む者も訪れるものも、美しい姿勢と心で芸術を愛でる方が、口論などより余程実のあるものでしょう」
 そうして今度は嫌な気分を癒すように、幸せの歌を歌った。

 ヘルはそんな様子を少し離れたところから眺めていたが、一つおかしな動きを察知して、その人物の背後に移動した。
 誰もが演奏に耳を傾ける中、まるで逃げようとしているかのような
「なぁにしてるのかなー?」
 声をかければ、すぐさま逃げようとしたものの、すでに呼び出していたフラワシと挟み込んでいたために逃げ道などない。

 捕まえたその人物は、もちろん『開かずの間』行きとなった。


***


 ぎぃゃあああああっ。

「ん? 悲鳴?」
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は声が聞こえたほうを振り返った。先ほど訪れた『ウェヌスの風』がある方角だ。
「どうかしたのか?」
「……いや」
 気づいたウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)に問われて答えようとするも、ベルクの中の『苦労人センサー』とも呼べるものが、先ほどの悲鳴については考えてはいけないと警告を発していたため、なんでもないと首を振った。

「そうか。まあなんにせよ、俺たちは早くこの問題を解決しなくては」
「そうだな……早くかえらねーと、店に損害出るほうが先になるかもしんねーし」
 無表情ながら少しあせっているようにも見えるウルディカと、あからさまにため息をついているベルク。彼らの傍に、世間知らず同盟はいない。今日、彼らは店番をしているのだ。

(エンドロアをヴァッサゴーと残すのも気になるが、ティラとエンドロア……。
 嫌な予感しかしない)

「……なぁウルディカ。
 あいつら店番とか選択肢間違えてるよな。せめて俺ら片方残るべきだったと思うんだが」
「ああ、俺もそう思う」
「ほんと、マリナ姉は一体何を考えてんだ……」
「それは分からんが、一秒でも早く目的を達成し店に戻るぞ」
「だな」
 苦労人同盟は意見を合致させ、ことの始まりを思い出す。


***


「何やら大変な事件が起きているようで……悪行は許せませぬが今は待つ時。
 このお店は私達が必ずや死守致します」
 ヤル気満々にも見えるのは、『月下の庭園』の割烹着ウェイトレス。フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)だ。隣にはフレンディスとともに世間知らず同盟と呼ばれているグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)
「皆が事件解決に動いている間、俺とフレンディスで留守番か。
 いつでも店が開けられるようしっかり仕事をしないとな」

(ウルディカはまた心配そうな顔だった。
 エルデネストが側にいると言うのに、心配性だな)

 そのエルデネスト――エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)は、
「グラキエス様。情報収集とルートの解析は私にお任せください。
 あの犬に負担をかける必要などありません。全て私にお任せを」
 あの犬、と忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)を見ながら笑顔で言う。笑顔なのに、青筋が見える不思議な顔だった。
 しかしポチの助も負けてはいない。
「ご主人様、グラキエスさん。情報集めなら僕に任せてください。
 所詮下等悪魔がこのハイテク忍犬の科学力に勝てる訳がないのですよ!」
 バチバチと火花が散る。カーンっと音が鳴る。ここに犬VS悪魔の二回戦目『情報収集戦』が開幕した。

 エルデネストは情報端末を使いながらも、フラワシでのアナログ方式やテレパシーで情報のやり取りをしていた。
 ポチの助は情報端末からの情報を主としながら、店の前を通り過ぎる人たち――主に女子――から情報を集めていた。

 皮肉なことにそれらが違う情報源であったがために、互いの足りないところを補うことになったのだが、当人たちは気づかない。

「2人ともすごいな。ポチ、一体どこからこんな情報を集めたんだ?」
「ええほんと、さすがです。エルデネストさんの纏め上げられた資料は分かりやすいですね」
 と、主人らが相手側をほめたことで、それがさらに犬と悪魔をあおることになったが、それを抑えられる存在は残念ながら留守だった。

(こんな犬に負けてなどいられません)
(こんな悪魔に負けられないです)

(俺も頑張って少しでも情報を集めよう。もう少ししたら業者が来るはずだ。何か聞き出せないか)
(マスターたちが悪い人をつれてきたら、尋問をお手伝いします。今のうちに尋問できるお部屋を用意しておきましょう)


***


 という状況を思い出し、苦労人組は果てしないほどの頭痛を感じた。

「おーい2人とも。早く来るさね。
 どうせまたあの子達のこと心配してるんだろうけど、大丈夫さね。
 それにこれは二人の実力を買った上で、二人があの子達に荒事させたくないからこその人選さねよ」
 全てお見通しのマリナレーゼにそう言われてしまうと、反論は出来ない。
「それでウルちゃん。こっちで会ってるさ?」
「ああ。今までの情報から、このあたりを行動拠点にしている扇動者かブローカーがい……」
 言葉の途中でウルディカが口の動きを止めた。目線を追えば、変哲ない通行人がいるだけだが。
「3つ先の建物を右だ」
「分かったさね」
 マリナレーゼが単独でその後を追う。ベルクは地形を頭に思い浮かべ、相手に逃げられぬよう反対に回りこむ。ウルディカは気配を消してマリナの護衛に向かう。

「ちょっといいさね、話があるんさ」
 マリナはブローカーと思われるその相手に対して、なんとも気さくに声をかけた。
 商人としてもてる全てのものを駆使して交渉する。目的は薬の材料である植物の入手だ。
(でもこの子は下っ端みたいさね。原材料までの情報は無理そうさ)

 様子を見守っていたウルディカとベルクだが、第三者がいることに気づいていた。
(悪意は感じねーけど)
 第三者はどうやらマリナたちの交渉を自分たちと同じく見守っているようだった。

 その第三者――ブローカーたちの中に紛れ込んでいたかつみは、マリナレーゼの話術。それと周囲に潜んでいる2人の実力を見て、そして何よりも信用しても良い相手と判断して姿を現した。

「俺は千返 かつみ。あんたら側の人間だ」
 かつみはまず名乗りを上げてから、密閉袋に入った植物を差し出してきた。
「これがアルギーレの原材料。特に変わったところはない普通の花だ」
 白い可憐な花がついたそれについて、彼はさらに詳しく説明した。
 この花には精神を高ぶらせる作用はないが、乾燥させるとそういった効果が出ること。育てるのは用意であるものの、土から出すとすぐに枯れてしまうこと(枯れると効果はない)。

 そして、製造している工場の1つを知っていると言う。

 できればその花と一緒に巡屋に情報を届けてほしい、とかつみは言う。

「俺はまだ探れることがあるだろうから、とどまる。
 あ、それと。最近はブローカーや扇動者には監視者がついてる。こいつの監視者が俺だったんだ」

 また1つ、情報が増える。