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リアクション
倒しても倒しても地上に蔓延る影は減る気配を見せない。相手が召喚された存在である以上、術者を止めるか、魔力が尽きるまで攻防を続けるしかなかった。
「数が多いならこちらも増援を呼びましょう」
フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は【分身の術】を発動すると、忍刀・雲煙過眼【朧】を手に斬りかかる。
風のごとく敵の間を駆け抜けた後に、白い刀身の残像が曲線を描いていく。次々と撃破された影は砕け散っていく。
「フレイ、飛べ!」
「!?」
後方からの声に飛び上がったフレンディスの眼下を、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が放った炎と氷が混合しながら渦を巻いて駆け抜ける。
抜群のコンビネーションで目の前の敵を片付けていくフレンディスたち。
一息つきながら、フレンディスはいくつもの建物の向こうに隠れた広場へ視線を向けていた。時折聞こえてくる音が生徒たちの激戦を伝えている。
「やっぱり住民が心配か?」
ベルクが問いかける。するとフレンディスは何か言いたげにしながらゆっくり首肯した。
フレンディスには不安があった。
魔法陣に飛び込む前、ベルクに先日の地底湖での出来事と関係あるかもしれないと言われた時、住民を助けたいと思ってしまった。あの時見た黒い空のヴィジョンを、頭上に見える曇天と重ねたからかもしれない。あるいは別の、フレンディスの心が純粋に反応しただけなのかも。
「あのさ、フレイ……」
その想いと反した行動をさせていると理解していたベルクは、戸惑いながらもゆっくりと言葉を口にする。
「気持ちはよくわかる。けど、俺達が居る現在(いま)が変わる事はねぇし、気づく事もない筈だ。もし変わるとすれば、それは俺達が生きていく未来(これから)だけなんじゃねぇか」
どうだろうと思いながら盗み見ると、フレンディスの目が輝きだした。
「マスターすごいです! 尊敬します!」
「そ、そうか」
そうはっきり言われると恥ずかしいものがある。
ベルクはフレンディスの前を歩きだした。
「じゃあ、さっさと魔法使いの所にたどり着いて色々聞き出しちまおうか」
「はい……無茶はしないでください」
一瞬、暗い声が聞こえたので振り返るが、フレンディスは変わらず笑顔のままだった。首を傾げるベルク。
すると、フレンディスの後方に見知った顔が見えた。
「お、グラキエス達じゃないか」
「本当ですね」
後から魔法陣に飛び込んだグラキエスが追いついてきたのだ。
「遅くなってすまない。これが集まった資料だ」
「面倒なことやらせちまって悪いな」
「問題ない。個人的にも興味があったからね」
グラキエスが資料を渡すとベルクは早速目を通しはじめ、やはり『冥府の門』という単語に捲る手を止まった。
「それと、ヘリワードが招集をかけているみたいだ。ここを突破するために作戦を立てるらしい」
「わかった。残りは移動しながら確認しよう」
グラキエスはベルク達と共に急いで来た道を戻りはじめた。
少し進むと集まった生徒たちの姿が見えてくる。
「ここまで各個に交戦を進めてみたけど、誰一人として突破できてないわ。数が多いのもあるけど連携がしっかりしてる」
生徒たちの中心でヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)は全員に届くように声をあげていた。
「そこで提案なんだけど、ここは協力して突破しましょう。具体的には囮を担当するチームと、魔法使いの元に向かうチームに分けて行動するの。指示しているあいつを抑えれば万事が解決するわ。どう?」
ヘリワードの提案に対して、生徒たちから反対する意見はでなかった。
「それじゃあ、役割を決めるわよ」
各々が意見を言っていき、役割が決まるとそれぞれ配置についた。
「リネン任せたわよ」
「大丈夫よ。ヘイリーこそちゃんと隠れててよ」
囮役のリネン・エルフト(りねん・えるふと)が通りに出ていくと、魔法使いを目指すヘリワード達は住宅に身を隠した。
リネンがやってくると、先に待っていた裁が笑いかける。
「さて、お互い頑張りますか」
「ええ。できるだけ多く引きつけます」
通りの向こうに横一列に並んだ影が見えてきた。
リネンはペガサス“ネーベルグランツ”の手綱を引く。
「いくわよ、ネーベル!」
疾走するリネンとネーベルグランツは正面から影を吹き飛ばして空中へと舞い上がる。
追ってきた鷹から逃げるように駆け抜け、華麗なテクニックで激突寸前の民家の壁から上空へ回避する。スピードを上げてきていた鷹は避けきれず壁に激突していた。
「その程度では、空で私は落とせないわよ!」
「やるねぇ。ボク達もそろそろ本気をだそうかな」
リネンの動きを見て、裁の気持ちが昂ってくる。
「アリス、全開でいくよ!」
「おっけー、魔力解放ね。全部見せちゃうんだから♪」
解放した魔力が騎乗したペガサスポーンGを含め、裁たちを包み込む。特に集中した魔力がペガサスポーンGの蹄と、前方に展開した機晶エネルギーシールドに集まってオーロラのような魅惑的な光を放ちだす。
「【グラビティコントロール】準備完了なのです〜? ブラックさんはどうなのですか〜?」
「潜在解放OK……どうぞ」
ドールもマーシャルアーツも準備ができた。
裁の身体に仲間たちの力を感じる。それは力強く温かい。
「準備完了! 全力全開! それじゃあ、みんな行っくよぉ!」
裁が手綱を引くと、ペガサスポーンGが天に向かって鼻を鳴らした。
「ごにゃ〜ぽ☆」
瞬間、裁は光になった。
そう言っても過言ではないほどの加速で、一気に敵陣を切り抜ける。前方のシールドだけでなく、過ぎ去ったあとに起こる爆風は滞空する敵も、民家の屋根も、ありとあらゆるものを吹き飛ばしていった。
一瞬の出来事。稲妻状に数キロ先まで駆け抜けた裁は、ようやく人の目で捉えられる速度になって動きを止めた。
「ぷっはー……呼吸が、できない」
超高速の間、息を止めていた裁が短い間隔で呼吸をしていた。
「これだけやれば、充分だよね……」
振り返ればほとんどの敵が地面に倒れ込んでいた。残った敵の目も完全に裁へ向けられている。すると、リネンが近づいてくる。
「鳴神……動ける?」
「普通になら問題ないよ」
「なら移動するわよ」
裁はリネンと一緒にその場を離れる。さらに現れた増援と一緒に敵が二人を追いかけた。
「いい感じね……行くわよフェイミィ!」
「待ってたぜ!」
様子を窺っていたヘリワードに続いて、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)も他の仲間たちと共に民家から飛び出す。
「逃がさないわ!」
ヘリワードたちの存在に気づいて引き返そうとした敵にリネンが立ち塞がる。
「みんな急いで!」
「助かるわ、リネン」
ヘリワードたちが進むと存在に気付いた魔法使いが、次々と地上と空中に無数の影を召喚してきた。
「フェイミィ! これ以上増える前に正面を突破するわよ」
「了解した。いくぜ、グランツ!」
ペガサス“ナハトグランツ”を駆るフェイミィは暴風のごとく勢いで中央を突破し、生徒たちの道を切り開く。
「オラオラ、全部蹴散らしてやるぜ!」
「みんな今のうちよ!」
生徒たちが一斉に魔法使いを目指す。
「相手が影なら手加減はいらないな」
鉄心はワイヤー付きナイフになっているスープを振り回して周囲の影を薙ぎ払う。
「GO『バリア』!!」
突如、空気を震わす声が聞こえる。正面でも横でも背後でもない。そこに声が聞こえた。
生徒たちと魔法使いの間に靄が発生する。それはまるで巨大で分厚い曇り止めガラスが置かれたように、生徒が放った攻撃を防いでみせた。
「生半可な攻撃じゃビクともしねぇ。おい、みんな攻撃を集中させるぞ!」
ベルクが仲間に協力を呼びかける。すると、忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)がワザとらしく溜息を吐いた。
「やれやれ、この程度も自分でどうにかできないんですか? 本当に使えないエロ吸血鬼ですね」
「……いいから手伝え。フレイも頼んでるぞ」
「お願いです。ポチの力を貸してください」
「ご主人さまの頼みなら当然僕も頑張るのです! 見ていてくださいね!」
張り切るポチの助を横目に、ベルクは胃が痛むのを感じた。
魔法使いが展開した壁は生徒たちの集中攻撃に亀裂が生じ始める。
「急げ! 敵が増えて来てるぞ!」
バリアの破壊で対応が追いつかない生徒たちの周りに続々と敵が集まり始めた。
「あと一撃――」
「ならこいつでどうだ!」
攻撃が集中するバリアに某が向かっていく。至近距離まで近づくと、攻撃の集中地点に両腕を向けて狙いを定める。
「必殺の――ロケットパンチ!!」
フルスロットルで放たれた両腕はバリアを砕き、魔法使いへと直撃コースを飛んでいく
「GO『チェーン』!!」
再び声が聞こえたのと同時に、地面から飛び出した鎖が飛んできた両腕を捕らえて砕いた。
「お、俺の腕……」
「本物じゃないだろ」
バリアを砕いたが、既に結構な数の敵が生徒たちを囲んでいる。
「まずいな。魔法使い本人の戦闘力を甘くみたか」
厳しい状況に苦い表情を見せるベルク。すると、グラキエスがトンと肩を押してきた。
「ここは俺たちに任せてくれ」
「は? 何言ってやがる?」
「遅れてきたんだ。少しは働かしてくれ」
グラキエスは手に炎の塊を作りはじめる。
「代わりと言ってはなんだがロアを頼む。魔法使いから情報を聞き出すのに役に立つ。いいよな?」
グラキエスに同意を求められたロアは、逡巡した末に渋々といった様子で首を縦に振る。
「……エンドがそう望むのなら」
「わかった。そういうことなら後は任せろ」
「決まりだな」
グラキエスは口角を吊り上げると、炎の塊を灰色の雲に向けて投げつけた。
炎が雲に飲み込まれた次の瞬間、天空から降り注いだ火柱が行く手を塞いでいた無数の影を飲み込んだ。
「今のうちだ!」
「先に行ってるぞ!」
グラキエスの叫びで生徒たちが炎の後をかけていく。
「しっかり足止めの役割を果たさないとな」
「私が前衛を務めます。主はその間に詠唱を行ってください」
「ああ、任せたぞアウレウス」
グラキエスの前に出たアウレウスは、槍の矛先を無数の影に向ける。
「主にはただの一度も触れさせぬ! この身にかけて守り通すのみ!」
敵中に飛び込んだアウレウスは、跨ったガディの上で豪快に槍を振るう。雄叫びと共に次々と薙ぎ払う姿はまるで鬼神のごとき勢いだった。
「俺も負けてられないな」
グラキエスは猛烈な氷の嵐で敵の動きを止めると、充分に溜めた光弾を放って一網打尽にしていく。
「おっと無視するなよ」
抜けていこうとした相手の目の前に炎柱を叩きこむ。
主人の危機に、敵は魔法使いを目指す生徒たちに優先順位を定めたようだ。こうなると、何十もの相手を二人だけで足止めするのは厳しいものになる。
「二人だけで持ちこたえられるか?」
「それなら人数を増やせばいいわ」
苦笑いを浮かべていたグラキエスの傍にリネンがやってきた。
「反対から鳴神が追い込むわ。私たちとアルゲンテウスで挟み込むわよ」
「助太刀感謝する!」
駆けつけたリネンと一緒にアウレウスは攻撃を仕掛ける。敵影の向こうで「ごにゃ〜ぽ☆」という裁の声が聞こえた。
「なら俺は残った敵の殲滅でもするか」
グラキエスは魔力を集中させる。
怒涛の攻撃に慌てる影たちは、反撃とばかりにリネンに飛びかかる。
「そのてい――」
「援護するわよ」
振り返りつつ斬りつけようとしたリネンと影の間に矢が通過する。
「そらっ、頂いたぜ!」
足を止めた影をフェイミィの天馬のバルディッシュが叩き付けるように切り裂いた。
「いっちょ完了」
「援護は不要だった?」
フェイミィと共に戻ってきたヘリワード。リネンは少し驚いた様子で答える。
「そんなことないけど、向こうはいいの?」
「何とかなりそうだからね。こっちを殲滅してから聞き出せばいいわ」
ヘリワードが弓を構えると背後に続々と団員たちが集まって来る。
「さぁ、『シャーウッドの森』空賊団の実力を見せるわよ!」
タシガンの義賊『シャーウッドの森』空賊団が今は亡き荒野の地に舞い降りる。
「GO『ハイドロン』!!」
「くっ――」
向かってきた氷の刃を飲み込みながら、白い魔法使いの水の奔流がベルクを襲い掛かる。すると、横からぶつかってきた炎が全て蒸発させていく。
「助かったぜ、ロア!」
「援護くらいはさせてもらいますよ」
魔法使いの目がベルクに向いている間にフレンディスが接近する。
「その首いただきます」
「あ、待て、フレイ!」
「!?」
ベルクに止められ、フレンディスは慌てて振り上げた刀を止めた。
「殺しちゃダメなんだぞ! わかってるよな!」
「え、あ、はいっ――」
魔法使いの攻撃を避けながら距離をとるフレンディス。
「一度チャンスを逃してしまいました。もう一度接近し直さなくては……」
「それなら力を貸すぞ!」
降り注ぐ声に見上げると、某が天高くフェニックスアヴァターラ・ブレイドを振り上げている。光の粒子を纏った刀身が地上に巨大な影を落とす。
「いくぜ!」
大気を切り裂く音を立てながら振り下ろされた巨大な剣は、放たれた水の奔流をものともせず進んでいく。
「打ち砕け! レジェンドストライク!!」
轟音と共に叩きつけられた地面は、まるで宙からの巨大な落下物のように巨大なクレーターを作り出す。僅かに攻撃が逸れたことにより直撃を免れた魔法使いだが、その強烈な衝撃にその場に居続けることは叶わなかった。
「っぅ――」
「動かないでください。動くと怪我をしますよ」
数メートル吹き飛ばされた魔法使いが立ち上がろうとすると、砂埃に隠れて接近したフレンディスが相手の首に蜘蛛の糸のように細いワイヤーを巻き付けていた。
魔法使いは額に大量の汗が浮かばせながらも、都市を沈ませる魔法を継続させていた。
「魔法を辞めさせますか?」
「いや、そうすると結界がとける可能性がある。情報を聞き出すためにもこのままでいいだろう。それに、これ以上抵抗するつもりはなさそうだ」
見下ろしながら答えるベルクに、魔法使いは鼻を鳴らしながら目を伏せた。
「色々聞きたいことがあるんだ。悪いが一つ一つ答えてもらうぜ。そうだな……まずは『冥府の門』について――」
ベルクの口から出た単語に魔法使いは眉をひそめる。
「やっぱり当たりか。それで『冥府の門』っていうのはなんなんだ?」
「その前に確認したい。君たちは彼らの仲間ではないのか?」
「彼らってのはどいつの事だ? そんな抽象的な表情じゃわからねぇよ」
「……そうか。なら君たちは何者で何が目的なんだね?」
「俺達は――」
「俺達は貴方の生きるこの時間の遥か向こうから来た」
ベルクの代わりに答えた鉄心は、会話続けさせてもらう。
鉄心はフレンディスに目で解放するに指示を送る。自由になった魔法使いは疑心たっぷりに鉄心を見据えていた。
「何が何でも止めようという気はない……が、貴方にとってはどうか? 果たしたい目的があるのなら素直に話してくれると助かるな。この都市で何が起き、起ころうとしているか」
魔法使いの周囲は生徒たちが包囲網を作っている。この場を無事に切り抜けるのは無理があった。
「では――」
「ここでわたくしの考えをお話しますわ!」
話始めようとした鉄心の言葉をイコナが遮った。
鉄心の背後に隠れたイコナは伊達メガネに蝶ネクタイを装備し、声を低めにしながらどこぞの中身は高校生的な探偵風に語り始める。
「一見複雑なように見えるこの事件。実は真相は至って簡単なのですわ。まず始めに、魔法で都市を封鎖したあなたは影を使って住民を広場へと追い込みますの。そこでは用意しておいた獰猛な獣が待ちうけ、住民を食べて力をつけていますの。きっと、それが貴方の目的です――ゲホッゲホッ」
無理して低い声をだそうとしたイコナは思いっきりむせていた。「もういつも通りでいいですわ」と普段の声で話を続ける。
「あえて自由に動ける人間を残したのは、目論見通りわたくしたちに犯人は別にいると思わせるため……まんまと騙されましたわ。つまり、情報を流した業者もグル! ついでに巻き込まれたという人もみんなグルですわ! そうやって貴方方はわたくしたちを獣の餌にしようとしたんですわ!」
イコナが魔法使いを指で示すと、効果音の代わりとばかりにサラマンダーのサラダが背後で火を噴いた。
「ずばり貴方が犯人ですの!」
決まったとばかりに宣言するイコナ。
しかし、魔法使いは黙って見つめ返すだけだった。
「……貴方が犯人ですの?」
なんだか自信がなくなってきたイコナ。すると、その頭を鉄心が掴み、わしゃわしゃとなで始める。
「とりあえず、お前は下がってろ」
「あっわわ、なんで寝てないんですの!?」
「何を言ってる?」
イコナの意味不明な言葉に首を傾げる鉄心。
その様子を見ていた魔法使いが失笑する。
「憶測ながらなかなか面白い話だったよ」
「あ、ありがとうですの」
外れはしたものの、褒められてイコナ少し嬉しそうだった。
「それに免じて君たちに私の知っていることを話そう」
魔法使いがゆっくりと立ち上がると、白いコートの隙間から緑色の宝石が輝く首飾りが目についた。
「最初に言っておく。私はキミたちの、ましてや住民の敵でもない」
「……」
魔法使いの言葉を、鉄心はさして驚いた様子もなく聞いていた。
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