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リアクション
第四章
広場の戦いに終止符が打たれる少し前。犯人を捜す生徒達は街を駆け回っていた。
「研究所ってどこにあるんですか!?」
風森 巽(かぜもり・たつみ)は空に向かって叫んだ。
魔法陣の中に突入してから数時間。駆け抜けた足は徐々に重くなる。
すると、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)が窓から民家の中を撮影しながら答えた。
「同じような建物が多いですからね。住民は何を言ってるかわからないですし、地図くらいあればいいのですけど……」
覗きこんだ民家の壁には地図が飾られていたがそれは街ではなく、現在でいうシャンバラ大陸の地図だった。
その時、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)の声が聞える。
「おーい、皆の衆。研究所の場所を示す看板を発見したでありますよ」
生徒達は大喜びで行き先が示す方向を目指した。
その頃、目的地の研究所には川村 詩亜(かわむら・しあ)とミア・マロン(みあ・まろん)が先に到着していた。
天窓のついた長い廊下を埋め尽くすように並ぶ本棚。天井近くまで伸びるそれは蔵書を数えるのが億劫になるほどだ。
「ミアちゃん、何かあった?」
「どうだろう。これなんか面白そうだけど……」
詩亜は【サイコキネシス】で手にとった本を机に置くと、ミアの方に近づいた。
ミアが手にとったのは、日常生活に活用できる魔法を纏めたものだった。しかし、なにぶん古い文字で書かれているものをあるため、多くの本が二人には理解できなかった。
「なんだかすごい内容が書かれてそうね」
二人は期待を抱きつつ、棚から引き出した本をHCで撮影していった。
そんな時、研究所に訪れを告げる物々しい扉の音が響く。書庫の大きな扉の向こう――玄関ホールに誰かが入ってきた音だった。
「仲間の人達かな?」
「そうとも限らないよ。一端隠れとこうよ」
「そうしようか」
ミアの提案に乗り、等間隔で並んだ机の一つに身を隠す。
すると、男性が一人書庫に入ってきた。顔にピエロのような白い面、腰に長剣。
「やっぱり違ったね」
白衣の下の服装は明らかにこの時代のものではない。業者といった雰囲気でもなく、かといって仲間の生徒でもないとすれば、後は魔法陣を発動した犯人だけである。
「さて目的の本でも探すとするか」
近づいてくる犯人から息を潜める詩亜たち。隙を見て机を挟んで逃げ出そうとしていた。
だが、机に並べられた本から犯人は二人の存在に気づいてしまう。
「出てこい!」
「きゃっ!?」
二人が隠れていた机が真っ二つに切り裂かれた。
次の瞬間、詩亜の仕掛けたトラップが発動し、犯人の足元で眩い閃光が起こる。
「走って!」
「っ、させるか!」
詩亜の手を掴もうとしたミアが犯人に捕らわれる。
「ミアちゃん!」
「さあどうする? 置いて逃げてもいいんだぞ?」
「詩亜……」
刃を当てられ、今にも泣き出しそうになっているミア。そんな彼女を置いていくことなどできるはずもない。
犯人がミアの耳元でささやく。
「よかったな。お前はまだ死なない」
詩亜は犯人の命令に従い、目的の本を捜索することになった。
他の生徒たちがようやく研究所に辿りつく。
「何やら複数の人の気配がするでありますな」
研究所の扉をゆっくり開けながら吹雪が話す。玄関ホールを隔てた向こう側の扉から微かに話し声が聞えていた。
「犯人が先に来ているのかもね」
「研究所の本が目的って話だからな」
遠野 歌菜(とおの・かな)と月崎 羽純(つきざき・はすみ)は踏み入れた玄関ホールを見渡しながら会話していた。
中央に受付カウンターがある以外に休憩スペースなどもあり、日常的に多くの人が利用していたことを感じさせ、魔法がこの都市の日常生活に浸透していたことが窺える。
「うん。羽純くんここで準備をしとこう」
「わかった。悪いがみんな先に行っててくれ」
巽、優梨子、吹雪は顔を見合わせるも、先を急ぐことにした。
重々しい扉を開くと、一番最初にずらりと蔵書が並ぶ本棚が目につく。だが、気になることに一部中身が抜けている棚があった。不自然にそこだけ極端に本が無くなっている。
そして、また一冊本が棚から抜けて宙を舞う。その先を追いかけると、本を回収する詩亜と椅子に座る犯人、それと人質にされたミアの姿が目に入ってきた。
犯人は手に持った本を置くと、ミアに剣先を向けたまま立ち上がる。
「よく来たと言いたい所だが、果たして君達は何の用でここまで来たのかな。本が目的か。それとも、この俺かな」
「どちらもであります。目的と正体、その両方を聞きに来たであります」
吹雪の回答に犯人がマスクの下で笑う。
「なるほどなるほど。だが、そのどちらも素直に答える気はないな、どうする?」
「なら、その真意こちらで判断するまでであります」
「ほぅ……」
犯人は吹雪の目を探るように見つめていた。
お互いに黙ったままの状態が続く中、巽が質問を投げかける。
「最初に聞いておこう。貴公は『悪』か否か」
「面白い質問をする。少なくとも俺自身『悪』だとは思っていない」
「おそらく真実であります」
犯人のコメントに、吹雪が感情の変化に注意をはらいながら真偽を判断する。
「では次の質問だ。ここが研究所と言うからには、研究されていた何かに関係するものが目的なのだろうが、それは何だ?」
「ノーコメントだ。知りたければ自分達で調べることだ」
「ならば……」
「封印……術式?」
「!?」
あからさまに犯人が驚いた様子を見せた。声がした方向を振り返ると、詩亜が先ほどまで犯人が読んでいた本を見ていた。
「それをこちらに投げるであります!」
「はっ、はい!」
吹雪の声に詩亜が本を投げるが、突然のことにあらぬ方向へと飛んで行ってしまった。
「くっ!?」
急いで走り出すが犯人に一足早く回収されてしまう。
「残念だったな」
犯人の手の中で灰になる一冊の本。
「これで手がかりは消えたな」
「それなら、直接あなたから聞き出せばいいのです」
「貴様……」
確かに本は燃え尽きてしまった。しかし、その隙に優梨子がミアを救出することができた。
詩亜とミアを下がらせ、三人は犯人を囲うように移動する。
「例えどんな理由があったとしても、既に眠りについた悲しい記憶さえも揺り起こすその所業、許す訳にはいかない。もし現実にもおいても被害を広げようというならなおさら、捕まえて組織の全貌を話してもらうっ!!」
机を飛び越え疾風の拳を叩き込む巽。
「ちぃ!」
「話が聞ければいいのなら、手足の一本や二本いただきます」
優梨子がゴアドースパイダーの糸をたくみに操り攻撃をしかけた。巽を蹴りとばして飛び退く犯人の足元に巨大な傷痕ができる。
飛び上がった犯人が炎を放ち、優梨子と巽に襲いかかる。
「逃がさないであります!」
「やれるかな?」
二人を飛び越えてきた犯人に対し、吹雪は22式レーザーブレードを手に立ち塞がる。
だが――
「んなっ!?」
犯人が剣を振り回すと、切り裂かれた棚ごと書籍が吹雪たちの頭上に落下してきた。
「そのまま埋もれているがいい」
本の山に一瞥をくれて犯人が去っていく。
そのまま研究所を後にしようとした犯人だが、玄関ホールに出た所で二体のフラワシに襲われた。
「待ち伏せか!」
「そういうことだ」
フラワシを切り捨てようとする犯人を、身を隠していた羽純が頭上から奇襲を仕掛ける。
「追撃いくよ!」
二本の槍を使った羽純の攻撃を転がるようにして避けた犯人に、歌菜が追い打ちをかける。
さすがに避けきれなかった犯人は剣で凌ぎつつ距離をとった。
だが、そこに仕掛けられていた二段の罠。連続で回避しきれなかった犯人は逆さづりになり、歌菜はすぐさま犯人の手から剣を叩き落した。
「さて、これで落ち着いて話ができるかな」
「向こうはまだ本の中らしい。フラワシを救援に向かわせよう」
羽純は【テレパシー】で吹雪たちの状況を確認するとフラワシ二体を向かわせた。
何を聞くべきか、吹雪たちの合流を待ってからにするかを話しあっていると――
「……なるほど。これも運命の巡りあわせか」
不意に犯人がそんなことを言い出した。
歌菜に向けられた視線に、羽純が庇うように進み出る。
「おまえは歌菜のことを知っているようだが、運命とは何のことだ。何を言っている」
「おや、覚えていないか。いや、そもそも記憶にある姿など意味がないか。そうだな……『ヴィ・デ・クル』」
羽純は記憶を探るが相手の姿に覚えがない。
「あの街がどうかしたか。そこで出会ってるとでも言うのか」
「会ってるさ。会っただけじゃなく、封印までされたがな」
「封印――まさか!?」
「ジェイナス!?」
二人の反応に犯人が嬉しそうにしたのがわかった。
羽純はすぐさま槍を犯人のふざけた面に向ける。
「生きていたのか! 今度はどこの誰に憑りついた!」
「おいおい、勢い余って殺すなよ。せっかく手に入れた体だ。それに、こいつはお前たちの知り合いでもあるんだぞ」
そう言って、他人に憑りつき悪事を犯してきたナラカ人は、面を外して新しい宿主の顔を披露した。それは歌菜たちの良く知る人物だった。
「わりぃ。手紙書けなくなっちまった」
「ミッツさん!?」
何度も見てきた笑顔が狂気に歪む。
「感動の再開おめでとう! 親友ジェイナスくんと同じ過ちを犯すなんて本当にバカだよなぁ!!」
「下衆が――っ!?」
羽純が静かな怒りを見せていたその時、突如目の前が歪むような感覚に襲われる。
立ちくらみのような状態に襲われた二人を見て、犯人はその隙に縄を焼けきり罠を抜け出した。
「いまのは、何?」
「教えてあげよう。それはもうすぐこの空間が閉じることを意味しているのさ」
犯人が言う様に広場では戦いが終決し、記憶の齟齬が生まれた所だった。
「時間があまりない。俺はもう一つ用事があるんでね。ここらで退出させてもらうよ」
「それを、許すと思うのか?」
武器を構えなおす羽純。すると、犯人は笑みを浮かべながら指を鳴らした。
瞬間、扉を開けて次々と面をつけた者達が入ってくる。
「彼らはこの時代の同志といった所だ」
犯人はがたいのいいリーダー格の男と二、三言葉をかわすと、そのまま外へと向かいだした。
「君たちは彼らと戯れていたまえ」
「待ちなさい!」
歌菜が追いかけようとするが、仮面の集団がそれを許さない。
「デットリーパー様降臨ノタメ、生贄にナッテもらう」
「デットリーパー……それがこの人達の目的かな」
「わからんが、聞いてみる価値はあるか」
下っ端には詳しいことは知らされていない可能性があるとわかっていながらも、先に進めない以上やってみるしかなかった。二人は悔しい思いで槍を握りしめる。
そこへ、ようやく吹雪たちが追い付いてくる。
「お待たせ、ってなんでありますか!?」
「敵だよ。なんか情報持ってそうなの、手伝って」
「犯人はどこでありますか?」
「すまない。逃げられた」
斧や剣を手に襲いかかる集団に、歌菜と羽純は両手に持った槍で必死に対応する。
「状況は理解した。これより援護する。チェンジ! 迅雷ハンド!」
巽は籠手のスイッチを切り替え、その手に雷を宿す。
「遅い!」
襲いかかってきた相手の攻撃を紙一重で回避すると、突き上げるように腹に一撃を加える。打撃と同時に電流が駆け抜け相手は気絶してしまう。
「あわわっ。詩亜こっちにも来たよ!?」
書庫の入り口で様子を窺っていた詩亜とミアの所に敵が襲いかかる。
「ミアちゃん、援護をお願い!」
「わ、わかった」
ミアが【光術】で目を潰している隙に、詩亜が【真空波】で相手を吹き飛ばす。
しかし、次々と襲いかかる敵に二人は苦戦を強いられた。
「このままじゃ……」
そんな時、突然敵の動きが止まった。その首や手足にはゴアドースパイダーの糸が絡みついている。
「大丈夫ですか? いま助けますから」
集まった糸の先を握る優梨子の手に力を篭り、捕まった敵の身体に食い込んでいく。
「ミ、ミアちゃんは見ちゃだめ!」
咄嗟にミアの目を隠す詩亜。その背後で篭った声と何かが床に落ちる音がした。
「二人ともここに隠れていてくださいね」
返事は帰ってこないまま、優梨子は書庫の扉をゆっくりと閉めた。
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