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リアクション
5.キノコの傘の下で 〜人間模様
そこは、混乱の現場から少し離れた山中だった。
おかげで、その場にいる者たちはキノコやスギノコの混乱からは無縁のまま、平和にタケノコ狩りに専念することができた。
「ムシミスさんの好きなタケノコ料理って何?」
清泉 北都(いずみ・ほくと)は、両手にタケノコを抱えたまま隣のムシミス・ジャウ(むしみす・じゃう)に問う。
彼らは堀ったタケノコを、ウェザーの面々が揃う調理場まで運んでいる途中だった。
ムシミスは兄のムティル・ジャウ(むてぃる・じゃう)の側に居たそうなそぶりを見せたが、比較的顔見知りの北都に一緒に運ばないかと誘われ、一応素直にタケノコを運ぶことにした。
「もし何かリクエストがあるなら、言っておけば料理担当の人が作ってくれるかもしれないよ?」
「さあ……分かりません。食べたことがありませんから」
首を傾げて答えるムシミス。
その表情は、どこか暗い。
「やーあ、ムシミス君ここにいたのかい」
そこに妙に明るい声。
「駄目じゃないか、ムシミス。こんな山の中で無防備に肩を出してちゃ」
やや真面目な声も重なる。
現れたのは、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)とヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)だった。
呼雪はすっとムシミスの首にスカーフを巻く。
「何……ですか?」
「山の中では必要以上に肌を晒さない。虫対策の基本だよ」
ぷしゅーっ。
そう言うと、呼雪はムシミスに虫除けスプレーをかけ、更に帽子を被せる。
「あ、ありがとうございます」
ムシミスはやや面喰いながら、それでもなんとか礼を言う。
「ところで一緒に散歩しようよ!」
「え?」
唐突なヘルの提案に、ムシミはスが反応できずにいると呼雪が補足する。
「もう少し向こうに、山麓を見渡せる良い場所があるんだ。行ってみないか?」
「え、え……?」
「なんだかムシミス君最近元気ないみたいじゃない? 少しでも気分転換になればいいなと思ってさ」
「いいんじゃない? タケノコは僕が運んでおいてあげるよ?」
ヘルと呼雪はムシミスが元気がないのを見て、励まそうと考えてきたらしい。
北都はそれを察し、そっと助け舟を出す。
「あ……どうもありがとうございます」
二人の誘いに、ムシミスは戸惑いながらもついて行くことにした。
ちなみにその後、騒動の渦中だったウェザーの面々の所に行ってしまった北都はあっさりパラミタクヤシイタケを吸い込んでしまい、強力タケノコ剤を使用した昌毅の脚を「おっきい……」とすりすりしていたそうだがそれはまた別の話。
◇◇◇
「……なのだから、主は我にとって恩人。恩人の幸せを願うのは当然のことだ」
「……」
その頃、モーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)は、ムティルと差向いに対峙し、話をしていた。
ムティルは何を思っているのか、黙ったままモーベットの話を聞いている。
「それで、お前のことは」
「……分かった」
続くモーベットの言葉を遮るかのように、ムティルは頷く。
二人の間に、暫し沈黙が流れる。
やがて、ムティルが口を開く。
目の前の人物からあえて目を逸らし、しかしその言葉は真っ直ぐにモーベットに向けて。
「……お前があいつを大切に思っていることは、分かった。その理由も。だがもし、お前に他に“大切”を持つ気があるなら――いや」
言い澱む。
が、すぐにふっと息と共に体の力を吐き出す。
「いや、忘れてくれ」
「待て」
それ以上の言葉を打ち切ろうとするムティルの手を、モーベットは掴む。
「言うのだ」
「……」
モーベットに凄まれ、逆らえないと悟ったのかムティルはやむなく言葉を続ける。
「――俺に、お前の“大切”を寄越せ」
「……」
「何だ……っ」
返答は、直接唇の中に渡した。
唇を離した後、ムティルは暫くモーベットと目を合わせようとしなかった。
「……」
「最初から、答えは出ていたのだ」
「……」
「……どうした?」
どこか気に障ったことでもあったのかと心配そうに尋ねるモーベット。
しかし、返ってきたのは。
「……いや、お前とは色々あったが、こういう行為は初めてだったかなと思ってな……」
ムティルの返答にモーベットは意外そうに目を見開く。
「まさか、ムティル貴様……照れているのか?」
「五月蠅い」
それ以上何か言わせまいと、ムティルはモーベットをやや強引に組み敷こうとする。
「そんなに照れずとも……今日はお前が上か?」
「いや」
いつもの行為となるとむしろ平静さを取り戻すのか、落ち着いた声でムティルは告げる。
「お前となら……全て悦い」
◇◇◇
ムシミスを連れた呼雪とヘルは、山の中腹、開けた場所に出た。
「ほら、ここ。いい景色でしょー?」
「そうですね……」
ヘルの言葉に、目は景色を眺めつつどこか心ここに非ずな様子で答えるムシミス。
「はい」
そんなムシミスに呼雪が何かを手渡した。
おにぎり。
「タケノコと一緒に食べようかと思っていたが、ここでも良いかな」
「景色のいい所で食べるおにぎりは美味しいよねー」
そんな呼雪とヘルに倣って、おにぎりを頬張るムシミス。
「美味しい、です……」
ムシミスが落ち着いたのを見計らって、ヘルが訪ねる。
「ところで、何かあったの? 最近元気ないようだけど」
「……なるほどねー。折角の温泉なのにそんな夢を見るなんて、災難だったねえ」
ムシミスの夢の話に、うんうんと頷きながらヘルが答えている時だった。
ごう……っ
風が吹いた。
ただの風ではない。
すぐ近くで起きた騒動による、パラミタクヤシイタケやクスグッタイダケの胞子をたっぷり含んだ風だった。
「うわー、これはまずいんじゃない?」
「あ……」
「どうした、ヘル、ムシミス」
様子がおかしくなった二人を心配した呼雪が声をかける。
「く……っ」
「うえー、かゆい…… 服の中にキノコの胞子がー呼雪ーなんとかしないとー」
ヘルとムシミスはキノコの餌食になってしまった。
「だ、大丈夫か! ヘル……はともかくムシミス!」
「あ、う、わっ……」
心配そうに近づいてくる呼雪。
その手が、ムシミスの衣服に触れる。
ムシミスはどこか慌てたように周囲を見回す。
太陽がサンサン照りつける白昼。
まずい。
今、ここはまずい。
「あ……ぼ、僕は大丈夫ですっ。お二人でゆっくりとどうぞ……っ!」
両手で自分を抱き締めるようにして、走り去るムシミス。
「あっ、ムシミス……!」
「まあまあ」
追いかけようとする呼雪をヘルが止める。
「だって、彼を一人にしておいたら……」
「うーん、多分、ムシミ君にとっては今ここにいた方がやばかったんじゃないかなあ」
「どういう事だ?」
「だって、彼は……」
不満そうにヘルを見る呼雪の耳に、彼はそっと唇を近づけ囁く。
「な……に!?」
ヘルの言葉に意外そうな表情を見せる呼雪。
「そうなのか?」
「多分ねー。だから、それよりも……」
ヘルが胞子のたっぷりついたズボンを下そうとする。
「せっかく、二人でごゆっくりって言ってくれたんだから……ねえ」
「まさか……そんな」
「おーい」
そんなヘルの様子に全く気付かない呼雪だった。
◇◇◇
「兄さあぁあああんっ!」
ムシミスが走り込んできたのは、ムティルとモーベットがまさに取り込み中の時だった。
「ど……どうした?」
慌てて取り繕おうとするムティル。
だが、運命はムティルを見捨てなかった。
本当に幸いなことに、ムティルはキノコにやられてそれどころではなくなっていた。
「助けて……っ、ください……っ。体が……」
「わ、分かった。すぐ行く」
一瞬、モーベットの顔を見て申し訳なさそうな顔をするが、素早く身の回りを整えムシミスの方に行こうとするムティル。
しかし、すぐに戻ってくるとモーベットの手に何かを握らせた。
「これは?」
「……今夜、俺の部屋に来てくれないか?」
それは、ムティルの部屋の鍵だった。
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