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争乱の葦原島(後編)

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争乱の葦原島(後編)
争乱の葦原島(後編) 争乱の葦原島(後編)

リアクション

   十一

「やっと見つけた!」
 夜加洲地方の小さな名もなき村。東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)は大きな声を上げた。
 言われた当の人物である漁火は、不快そうに、不思議そうに眉を寄せた。
「今日はやけに皆さんと会いますねえ……」
「当然! かなり探したからね!!」
 漁火には、麻篭 由紀也によって発信機が付けられていることは既に述べた。夜加洲地方にいる――ことまでは、明倫館の生徒及び協力者には周知の事実だった。ところが、どういうわけか急に受信機が使えなくなったのだ。
 実は高月 玄秀が明倫館側の連絡を断とうと【情報攪乱】を使ったためだが、それについてはまだ誰も知らない。
 やむなく秋日子たちはあちこち駆けずり回った。ようやく受信機が反応したのが、その村のすぐ傍でのことだった。
 とはいえ――。
「で、どうする?」
 秋日子は遊馬 シズ(あすま・しず)フィーネ・アスマ(ふぃーね・あすま)に尋ねた。見つけたはいいが、どうやって漁火を捕えるか考えていなかった。
「平太サンのためにも、ベルナデットさんは助けたいけどなあ……」
「正直に話して、ついてきてくれるわけないよね。ここは単純に考えて、気絶させるのが一番なんだけど」
「生け捕りにすればよろしいのでしょう?」
「まあ、そうだな」
「にーさまがお望みなら、私がやってさしあげます」
「お、おい!」
 シズが止めるのも聞かず、フィーネはブーストソードを抜き、漁火の前に立った。
「漁火さんですね?」
「はいな。あんたさんとは初めてな気がしますねえ」
「ええ、初めてお目にかかります。にーさまから、あなたを生け捕りにしろと命じられましたので、させて頂きます」
「兄様?」
 漁火はフィーネの後ろにいるシズに目をやった。
「可愛い妹さんでござんすね」
「妹じゃないんだが……。それよかフィーネさん、一人じゃ危険だ。三人で連携した方がいい」
「私を心配して下さるのですね、にーさま」
 フィーネの顔が、幸せそうに綻ぶ。
「ま、まあ」
「それはちょっと違うんじゃありませんか、兄さん?」
「えっ?」
 シズはぎょっとなった。
「あたしは嘘が分かります。ご存知でしょう? 欠片の力でね。嘘の臭いがぷんぷんします。あんたさんは、妹さんのことを案じてなんかいやしない。むしろ――あたしを殺しちまわないか、そっちを心配してませんか?」
「馬鹿な――」
と言いかけたシズは、フィーネがありありと疑惑の目を向けていることに気付いた。
「違うって! 俺はこの女が裏でコソコソして卑怯な手ばっか使って――そう! 今まさにやってるのがそれだ!」
「言い訳は男らしくないですね」
「そうですよ、にーさま」
「何で二人で組んでるんだ!?」
 秋日子は、事の成り行きを呆気に取られて見ていた。いつの間にか、フィーネが嫉妬と殺意の籠った目でシズを睨んでいる。つい先程まで、シズのために漁火を倒すと言っていた彼女がだ。
「にーさま……他の女性を見ちゃ厭です。私だけを見て……私だけを……」
 ぷしゅ。
「!?」
 フィーネの時計から針が飛び出し、シズの首に突き刺さった。シズの体からたちまち力が抜け、倒れ込んだ。フィーネがシズの体を抱き上げる。愛おしげに。優しく、それでいて力強く。
「にーさま、離しませんよ……」
「フ、フィーネさん、あのね、遊馬くんは浮気とかしないからね。あのね、あの人がね……」
 しかしその時既に、漁火はそこにいなかった。秋日子がフィーネを説得できたのは、シズが目覚めた一時間後のことだった。


 武蔵が消え、平太が元に戻ったのは、およそ二時間後のことだった。ピグの助に乗っていたはずがいつの間にか一人でいること、大切なラップトップが見当たらないこと、何より自分が今いる場所の見当がつかなくて、平太は軽くパニックに陥った。
「何やってるんです?」
「ぎゃあ!」
 暴徒かと思いきやニケ・ファインタックだった。叫んだことが恥ずかしくなり、平太は顔を赤らめた。
「何でこんなところにいるんです?」
「何でって、ここ、あなたとの待ち合わせ場所でしょう?」
「え?」
 ニケは別の地区で、あちこちに監視カメラを置く役割を担っていた。漁火はともかく、オーソンに関しては手掛かりがないからだ。目撃情報から、人口の少ない町や村を狙っているような気がしていた。
 忍野 ポチの助たちが担当してる地区が終わった後に合流する予定だったのだが、武蔵はそれを知ってか知らずか正しい場所まで運んでくれたらしい。
「でも、ラップトップがないんですよ……どうしちゃったのかなあ」
 武蔵が盾代わりに壊したとは露知らず、平太は嘆息した。ニケの銃型HCでも代わりにはなるが、細かい作業は難しい。出来ればラップトップかパソコンが欲しい、と希望する平太のためにニケは一緒に周辺を探し回った。
 結局見つけることは出来ず、二人は更に時間を消費してしまった。
 秋日子たちが漁火に遭遇したという情報を得たのは、その頃だ。ニケは地図を広げ、自分たちが今いる場所を確認した。
「程近い村ですね……」
 地図には村の名すら記されていない。そんな場所がいくつもあった。
「どの村にいるかは分からない……賭けですね。みんなに連絡して、あちこち回ってもらいましょう。受信機に反応があれば、そこへ向かえばいい」
「そうですね」
と一緒に立ち上がる平太をニケは制した。
「あなたはここにいてください」
「え?」
「漁火はどこに現れるか分かりません。私と一緒に来て、正反対の方向だったら困るでしょう? ここで連絡を待ってください。携帯電話は持ってますね?」
 平太は頷いた。
「メールで周辺の地図を送っておきます。後、機晶マウンテンバイクを置いていきますから、連絡があったらすぐに現場へ急行してください」
「……何でそこまでしてくれるんですか?」
 ニケが自分と似たような立場にあることは平太も知っていた。それにしても、最初は怖くて仕方がなかったニケが、今はまるで数年来の親友のように親身になってくれる。
 ニケは平太をじっと見つめた。
“グレゴリー”からメアリー・ノイジーを救うため、自分はいつか彼女と戦わなければいけないのだろうか、とニケは考えていた。自分を救ってくれた彼女と。想像しただけで、心が軋む。平太も、もしかしたら今、同じ気持ちかもしれない。だから――。
 だがニケは、口にしなかった。代わりに平太の肩に手を置くと、
「無茶は結構です。でも無理はいけません。ベルナデットとやらが戻ってきてもあなたが死んだら意味がないことぐらいは分かるでしょう?」
 平太は頷いた。
「無理はしません。僕、出来ないことはしないのが身上ですから」
 その答えに、ニケは安心したように笑顔を見せた。