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平行世界からの贈り物

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平行世界からの贈り物
平行世界からの贈り物 平行世界からの贈り物

リアクション

「どんな映像が見られるのかな」
 面白そうだからと参加した辻永 理知(つじなが・りち)はお茶や団子を食べながら流れる映像に目を向けた。

 ■■■

 天御柱学院、一限目が始まる前。
 ある教室前の廊下。

「翔くん、忘れ物」
 教材を抱えたスーツ姿の理知が教室に入ろうとする翔を呼び止めた。
「……忘れ物?」
 呼び止められ、立ち止まる翔は心当たりが無いのか首を傾げた。
「一限目に使うと言って机に置いたままの教材」
 理知はそう言いながら教材を渡した。
「そうだ。職員室に置いたままにしてた」
 翔はようやく思い出した。
「だから持って来たの。私、一限目は授業が無いから」
 理知はふんわりと笑みながら言った。現実と違い、まとう雰囲気は元気ではなくお淑やかなものだった。
「助かったよ。いつもありがとう、理知」
 翔は嬉しそうに愛くるしい笑顔で礼を言った。
「どういたしまして」
 子犬のような笑顔に胸きゅんする理知。

 そこに
「先生、今日自習でもいいよ〜」
「新婚さんオーラ出しまくりじゃん」
「どうしてお淑やかな理知先生が翔先生と結婚したの? 時々、転んだりちょっとドジな所があるのに。もっと頼りになる人とかいなかったの? やっぱり可愛いから」
 辻永の新婚さんのやり取りをがっつり見ていた生徒達が開けた窓から冷やかした。
「余計な事は言うな」
 冷やかされ恥ずかしそうにはにかむ翔。
 ここで一人の女子生徒が廊下に出て来て
「こういうとこでしょ?」
 翔を指さしながら理知に訊ねるのだった。最後に冷やかした子だ。
「そうねぇ」
 理知は片手を手に当てながら考え始める。
「……そっちも考えない。井川もあんまり言ってると抜き打ちで今からテストするぞ」
 翔が慌てて理知の思考を止め、井川にきつい顔で恐ろしい事を言う。
「あ〜、それは勘弁、先生。じゃ、理知先生お昼休みにこっそりお願い。ついでに先生の弱点とか」
 井川は翔の脅しに世界終焉の顔で両手を合わせた後、理知にお願い事をする。
「……弱点?」
「そうそう、私いつも赤点だから、それで弱点をちらつかせて先生に補習とか再テストとかちょこっと見逃して貰おうかなって。だからお願い!」
 聞き返す理知にお馬鹿な井川は一生の頼みとばかりに食いつく。
「そんな馬鹿な事を考えているから授業が頭に入らないんじゃないのか」
 翔はすっかり井川に呆れ顔。
「そうそう。聞くならお淑やかになる方法でも聞いたら〜? 井川っち、いつも騒々しいから」
 井川の友人の女子生徒は肩をすくめながらだめ出しをする。
「うるさいよ」
 井川は怖い顔で友人に噛み付く。
「うるさいのは井川だ。早く教室に入る」
 翔は軽く出席簿で井川の頭を小突いた後、教室に入るように指示する。
「はぁい。お昼に遊びに行くからね」
 情けない声で翔に答えるもまだ諦めていないのか理知に約束の事を念押しする。
「えぇ、爪の垢でも用意しておくわね、井川さん」
 理知は温和な笑みを浮かべ、冗談で返した。爪の垢の用意、つまり“爪の垢を煎じて飲む”という諺を使い井川の友人と同じ事を言っているのだ。
「あー、理知先生までそんな事を言う〜」
 大声で大袈裟にショックを表現した後、井川は教室に入った。
「とにかく、ありがとう」
「えぇ、頑張って」
 翔は教室に入る前にもう一度理知に礼を言ってから入り理知は少しだけ翔の授業風景を眺めてから職員室に戻った。授業の様子は現実と同じくしっかりしていた。

■■■

 鑑賞後。
「……私も先生なんて、でも案外にスーツ姿も似合っていたかも。後、翔くんも可愛かったし、生徒に囲まれて楽しそうだった」
 理知は現実とのギャップを大いに楽しんでいた。
 上映終了後、自宅でゆっくり鑑賞するために配布された映像のコピーを持ち帰った。

「今度は平行世界からの映像、ね。あの双子のせいなのか妙なことがよく起きるわね」
 招待された祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)はちらりとがっつり監視されている双子の方を一瞥した後、流れる映像に視線を戻した。

 ■■■

 とある自宅の一室。ソファーで寛ぐ一組の夫婦。

「祥一郎(しょういちろう)さんはどこがいいですか?」
「どこと言われてもどれもこれも目移りする風景が載っているからなぁ」
 ティセラと祥子の面影を宿す青年、祥一郎は仲良くパンフレットや雑誌を広げ、まとまった休みが取れた時に行く旅行の相談をしていた。
「そうですわね。あちこち行きたくても体は一つですものね」
 ティセラは雑誌を膝に置き、溜息をつく。行きたい候補の数は、片手では収まらない。
「そうそう、体が三つぐらいあればすぐに問題解決なんだけどな」
 祥一郎もパンフレットから顔を上げ、肩をすくめた。今日はずっと旅行の相談ばかり。映画を見ながらと思ってテレビを付けるもほとんど見ていない。
「同感ですわ」
 ティセラはまた溜息をついてから旅行先を探し始めた。
「……(もっと色んな景色を見せたい所だけど、さてどうしたものか)」
 祥一郎は、雑誌を読むティセラの横顔を見ながら考えていた。
「ここの景色素敵ですわ。でも、こちらもいいですわね」
 ティセラはあれこれ雑誌やパンフレットをさまよい見ている。
「……見ていない場所は多いから本当に体が三つあれば……」
 祥一郎は適当なパンフレットを手に取って表紙を見た途端、
「……ん、海京出発で太平洋の海底山脈や海溝を見学するツアー、か。行き先は、ハワイ海山群とかマリアナ海溝で……乗り物はイコンの技術を流用した水深2万メートルの水圧に耐えられる大型潜水艇か」
 興味を持ったのか、パンフレットを開いて内容の確認を始めた。
「しかし、喜んでくれるだろうか。海中となると……」
 ティセラに様々な景色を見せる事を考えると海中は変わり映えのない海の景色に時折海洋生物を見かける程度で少し退屈ではと思い、ティセラが確実に喜ぶのかどうか分からない祥一郎。
「……(祥一郎さんと一緒ならどこでもいいですわとか言ってくれるだろうけど)」
 隣で旅行雑誌を読み込むティセラの横顔を見る祥一郎。訊ねる問いかけの答えは分かっている。優しくていつも自分を気遣ってくれる妻だから。
 答えが分かっている分、何となく照れ臭くなって言い出せず、思わずティセラをぎゅっと抱き締めてしまう。
「祥一郎さん?」
 突然の事に驚いたティセラは何事かと聞き返しつつ祥一郎の側にある海底ツアーのパンフレットを目ざとく発見し、手に取って中身を確認した。
 そして、
「祥一郎さん、ここに行きませんか。海の世界なんて素敵ですわね。もしかしたら祥一郎さんにそっくりな深海の魚がいるかもしれませんわ。どうですか?」
 嬉しそうに冗談まで交えて本当にツアーに興味を示す。すっかり祥一郎が照れ臭くなった事などお見通しなのだ。
「そこでいい……ありがとう、ティセラ」
 祥一郎は、いつもこうして気遣ってくれるティセラがいつも以上に愛おしくなって思わず抱き締める腕に力が入る。
「お礼を言うのはこちらですわ。毎日が素敵なのは祥一郎さんのおかげですもの」
 ティセラは柔和な笑みを浮かべるなり祥一郎にキスをした。

 何でもない一日は幸せな夫婦によって特別な一日になっていた。

 ■■■

 鑑賞後。
「あっちの私もあまり変わらない、か」
 祥子は、独りごち苦笑する。
「世界は変わっても変わらない関係というのもいいけれど、何だか照れくさいわね。この事はティセラには内緒にしとこう」
 祥子はティセラがいない事に大変胸を撫で下ろしていた。