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温泉と鍋と妖怪でほっこりしよう

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第三章 訪れる客は様々


 山奥。

「……あれ、方向、間違ってないよね……?」
 絶望的な方向音痴である綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は四方を見回しながら隣のアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)に問いただしていた。もう到着してもいい時間なのに見えるのは青々と茂った木ばかり。
「…………」
 問われても正しい道を言えないアデリーヌ。なぜなら歩いている間、吸血鬼の自分も妖怪に入るのかなとか他の事に気を取られ、道筋を記憶していなかったのだ。
「……どうしよう。せっかく、美肌効果がある湯に入れると思ったのに……まさか迷うなんて」
 弱るさゆみは左右を見るも当然正しい道など見当がつかない。
 時間は刻一刻と進み、ますます森は暗くなり、どこからか烏か獣の不気味な鳴き声が聞こえてくる。
「どんどん暗くなって……早く誰かに聞いてみた方が」
「そうね。このままだと何か出そうだものね……というか、ここは妖怪の山だったわね」
 アデリーヌの提案にさゆみはうなずいた。このまま山中で野宿はあまりに危険過ぎる。
 早速、人というか妖怪を捜して歩こうとした時、
「!!」
 アデリーヌとさゆみは背後から草を分ける音に俊敏に反応し、振り返った。
 そこにいたのは、着物を着込んだ禿頭の可愛らしい少女だった。
「ふむ、見知らぬ顔じゃな。そなたらどうした? 妾は亀姫の宮と申す者じゃ」
 宮と名乗る正体が狢(むじな)である亀姫は訝しげな目でこの山の訪問客であるさゆみ達をにらんだ。
「……この宿の行き方が分からなくなって」
 さゆみは恐る恐るチラシを見せて宿への行き方を訊ねた。今度はアデリーヌもしっかりと聞いてる。
「ふむ、そこへはな……」
 チラシを見た宮は丁寧に宿までの道を教えた。
 道順を知った後、
「教えてくれてありがとう」
 さゆみは忘れずに礼を言った。
「ところでその手荷物は……」
 アデリーヌは宮が持つ球体を包んでいると思われる風呂敷が気になった。
「ヴァイシャリーにおる姉様への土産じゃ」
 宮はにこやかな笑みを浮かべながら答えた。
「姉様というと長壁姫(おさかべひめ)の?」
 『博識』を有するさゆみは宮の姉が何者かを察した。
「そうじゃ、姉様は卯乃(うの)と申す。この土産は最近手に入れたものでな……」
 宮は笑みを浮かべながら風呂敷の中身を話そうとするが、
「私達、もう行かないと、アディ、行こう」
 風呂敷の中身を知るさゆみは恋人の手を掴み急かすのだった。ちなみに中身は最近、墓場を荒らしていた男の生首だったり。
「え、えぇ」
 アデリーヌは慌てながらそのまま引っ張られる形でこの場を離れた。アデリーヌが振り返った時には宮の姿はどこにも無かった。
 さゆみ達は教えられた通り行き何とか宿に辿り着く事が出来た。

 宿前。

「無事に到着出来て良かったですわね」
 人が溢れる場所に辿り着き、ようやくほっとするアデリーヌ。
「そうね。まさか……亀姫に会うとは思わなかった」
 同じく胸を撫で下ろすさゆみはまさかの妖怪に息を吐いていた。あのまま宮の相手をしていたら確実に風呂敷の中身は見ていただろう。
 その時、
「亀姫って亀のお姫様?」
 可愛らしい知った声がさゆみ達の耳に入った。
「そうじゃなくてね……ってキーア、どうしたの?」
 声に答えてからさゆみははっとして隣を見ると見覚えのある少女がいた。小さな冒険家だ。
「お久しぶりですわね。あなたもチラシを見てこの宿に?」
 アデリーヌは知り合いのキーアに笑みながら訊ねた。
「うん。面白そうだからお母さんと一緒に来たんだ。お父さんとおばちゃんはお仕事で忙しいから来られなくて。お姉ちゃん、それでそのお姫様はどんなお姫様なの?」
 キーアは笑顔で答えた。
「……それは」
 キーアにせがまれて話すさゆみは亀姫の手土産はさすがに子供に話す内容ではないと判断し省いた。
「へぇ、そんな可愛いお姫様いるんだ。お姉ちゃん達に道を教えたり優しいんだね」
 姉への土産の中身を知らぬキーアは姉思いのお姫様と捉えてにこやか。
 そして、キーアを呼ぶ母親がやって来てさゆみ達はキーアとここで別れて部屋に荷物を置いてから女湯に行った。

 幸せ満ちる女湯。

 さゆみは温かな湯気が立ち上る中、そっと足を湯の中に入れてゆっくりと体を沈め
「ああっ……」
 染み渡る心地よさに思わず艶っぽい声を出す。
「……ん」
 両目を閉じて疲れが溶け出す感覚を感じるさゆみ。
 隣のアデリーヌも
「……」
 目を閉じてゆっくりと湯を楽しんでいた。
 山で迷子になった末、道案内をしたのは妖怪らしい荷物を持った妖怪だったのだから疲れていない方がおかしい。
「……さすが妖怪の湯ね」
「……そうね」
 いつの間にか指を絡めて手を繋ぐさゆみとアデリーヌは肩を寄せ合い、どちらとともなく唇を重ねた。
 そしてこのまま愛し合おうとするも
「……さゆみ、続きはまた後で」
 アデリーヌは笑みを浮かべ人差し指を口元に立ててさゆみを押しとどめた。
「……そうね。のぼせてもいけないし」
 さゆみは諦め、たっぷりと温泉を楽しんだ。死ぬまで美しさを保つのは女の子義務だと言わんばかりに。
 その後、浴衣に着替え、土産を物色してから部屋に戻り鍋を楽しんだ。

 部屋。

 部屋に到着した酒杜 陽一(さかもり・よういち)は怠惰に寛ぐと思いきや
「部屋でゆっくりするのもいいけど折角だから散策でもしようかな。ここは妖怪の山だから何かあるかもしれない」
 散歩のために部屋を出た。

 山道。

「……紅葉が綺麗だな」
 陽一はのんびりと紅葉を楽しみながら歩いていた。
 ふと
「……あれは」
 陽一は前方にいる人物に足を止めた。
「……フォルトーナ」
 陽一は小さくつぶやいた。フォルトーナ、石職人が死に際に作り出した如何なる願いをも叶える石が人の形となった存在。先の一件にて願いを叶える石という存在を模索する旅に出たという。
「フォルトーナさん」
 陽一はフォルトーナに近付き、声をかけた。彼と対面した事は無いが、志半ばで亡くなった職人の事が心に残っていた。
「……」
 フォルトーナは立ち止まり、振り向いた。
「俺は酒杜陽一、あの一件を知る者だ。君とは初対面となるけど」
 陽一は顔を合わすのは初めてという事で自己紹介を始めた。
「あぁ」
 陽一の自己紹介でフォルトーナは見知らぬ者が自分を知っていた理由に納得した。
「旅をしているそうだけど、何か得られたかい?」
 早速、問いかけた。
「……最近、自ら毒を喰らい、命を絶った者を見かけた。側にはパートナーらしき者がいた」
 フォルトーナは最近遭遇した出来事を話し始めた。
「側にいたその人の身に何か異変は? 服毒した理由は?」
 気になる陽一はさらに問いただす。
「ただ立っていただけだった。気になって声をかけようとしたが、その前にどこかに行ってしまった。何かがおかしかった。人は関係の深い者が亡くなると悲しむものではないのか?」
 戸惑いの顔を見せるフォルトーナは自分が叶えるべき対象である人を知るために声をかけたにも関わらず妙な事しか得られなかった事を話した。人外である自分には理解出来ぬものなのかと。
「……大体はそうだけど、その人達に何か理由があったのかな」
 陽一は妙な話に嫌なものを感じた。契約者なら心得ているはずの事を危険を顧みずに冒したのかと。
「……」
 理由など分からぬフォルトーナは沈黙するだけ。
「ところでホシカさんの所へは? ここへは何か目的があってかい?」
 陽一は話をがらりと変えてフォルトーナの後継人となったキーアの叔母であるホシカの事などを訊ねた。
「……行っていない。ここへは妖怪とはどのようなものか知りたかった。私と同じものなかと」
 フォルトーナは隠す事無く近況を明かした。
「……同じかどうか、か。ともかく、たまには顔を見せてあげた方がいいよ。きっと気に掛けているだろうから。まぁ、今日会った事は俺の方から話しておこうとは思うけど」
 陽一はホシカに会うように促した。会う事でまた何か変わってくるのではないかと思いながら。
「……そうしてくれるとありがたい」
 フォルトーナは礼を言い、またどこかへ行った。
 フォルトーナを見送った後、
「……毒か。あの人達が作った物だったりして」
 毒と聞いて一つの調薬団体を思い浮かべた後、宿に戻りホシカに連絡しフォルトーナの事を伝え、彼女を安心させた。
 それから温泉に向かった。

 ほっこりな男湯。

「これが温泉か。疲労回復の効能は確かにあるな」
 陽一は連れて来たペンギンアヴァターラ・ヘルムのペンタ達と一緒に温泉を楽しんでいた。
「ペンタ達も楽しんでるな」
 陽一は楽しそうに泳ぐペンタを微笑ましそうに見ていた。
 そんな時、パラミタセントバーナードが突然ひっくり返っている桶に向かって吠えた。
「どうした? 何かいるのかい?」
 陽一は『イナンナの加護』で身を守りながら桶に近付き、そろりと持ち上げた。
 中にいたのは
「……てん、か」
 小さなてん、イタチが妖力を得た妖怪だった。
 てんは何やら嬉しそうに陽一の周りを走り回った。
「桶がひっくり返って出られなくなったのかな」
 てんの喜び方から事態を推測する陽一。その推理は当たっていたり。
 人懐こいケルベロスジュニアはてんと戯れ始めた。
「……すっかり溶け込んでるな」
 陽一は再び湯に戻り、連れて来た子達がてんと戯れる様子を眺めてから温泉を出るもすっかり懐いてしまったらしくてんが後ろをついて来た。

 部屋。

 陽一は早速、効能を確かめるべく名物の鍋を食すのだった。
「……妖力によって客が喜ぶ効果は何なのかいまいちピンとこないから食べて確かめてみようか」
 陽一はペンタ達とてんと一緒に食べた。
「見た目は普通の鍋だけど味は申し分ないな。血行が良くなった感じがするな」
 体内が清浄化していくのを感じた。ペンタ達もまったりとした表情で鍋を楽しんでいた。てんに至っては食事の途中で眠りこけていた。
「よほど、疲れていたんだな。目を覚ますまでこっちで面倒をみるか」
 陽一は気持ちよさげに眠るてんを起こす事は出来ず、目覚めるまで面倒をみながら部屋でまったり過ごす事にした。