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書の戦い 1

 シェミーが意識を取りもどした後、〈司書〉たちを退けた歌菜たちは合流した。
 事の経緯を聞いてシェミーは驚いていた。まさか自分がそんなことになっているとは思っていなかったようだ。伯爵への怒りはより高まる。歌菜たちもそれには同意して、気持ちを高ぶらせるが……。
 なにはともあれ、いまは脱出するほうが先決だった。
「早くここから出ましょう。いつ他の〈司書〉たちに追い込まれるか――」
 と、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が言ったそのときだった。
「フハハハハハッ! これで終わったと思ったか!」
 壁に張り巡らされた本棚から、しゅうしゅうと煙が立ちのぼり、一人の貴族の姿を形作った。
 それはくるんとカールされた口髭と眉をたくわえた、シルクハットとマントの男。
 迷宮図書館グランダルの支配者が、姿をあらわした。
「ようやくあらわれたわね……! ジアンニ伯爵っ!」
 詩穂が怒りを込めた声で叫ぶ。ジアンニ伯爵は哄笑した。
「ダハハハハッ! エンターテイナーは満を持して登場するのだ。ここまできたのは褒めてやろう。そなたらの相手、この我が輩が――」
「黙りなさい!」
 詩穂はすかさず攻撃に移る。相手は魔法使いだ。どんな手を使ってくるかわからない。が、確かなことは一つある。相手は書と一体化した魔法使いだということ。なら考え得る弱点は――。
「これでも食らいなさい! マジカルファイアワークス!」
 詩穂が叫んで放ったのは、魔力を炎に変えて撃ち出す魔法だった。
「ぐおっ!?」
 ジアンニ伯爵は幽霊のごとく、すぐに書の中に隠れた。本棚の一部が一瞬にして燃えつきるも、ジアンニ伯爵がやられた気配はない。代わりに、わずかな焦りを滲ませる声が聞こえてくる。
「くはははは……! まさかいきなり我が輩の弱点を見破るとはな! 恐れ入った!」
「本大好き人間ってぐらいなんだから、そのぐらい当然でしょ! 頭悪いんじゃないの!」
 べーっと舌をつきだして挑発する詩穂。
 ジアンニ伯爵は悔しそうな声を出した。
「ぐぬぬぬ……小娘ごときが生意気な! 書の支配者たる我が輩を舐めるでないぞ!」
 再びジアンニ伯爵は本棚の中から姿をあらわす。
 その顔は怒りに染められていて、詩穂たちを本気で仕留めるつもりになっていた。
「さあ来い! 我が輩の恐ろしさ、身をもって味あわせてくれる!」
 高らかに告げたジアンニ伯爵に、詩穂たちはついに挑みかかった。



 ジアンニ伯爵は〈司書〉たちと同じように紙を媒体にして攻撃してくる。
 沢渡 真言(さわたり・まこと)はすぐに先手に回り、憂うフィルフィオーナと呼ぶナラカの蜘蛛糸を使って、反撃に打って出た。
 鋭い刃物と化した糸には、火術と爆炎波の魔法もかけている。ジアンニ伯爵が投擲した紙とぶつかり合う度に、爆発が周囲に轟いた。
「くっ……目くらましには、なったでしょうか……」
 真言は希望的観測を口にして、飛びすさる。
 瞬間、煙の中から鋭い刃の紙が突き出てきた。
「うわっ!」
「主、危ない!」
 アール・ウェルシュ(あーる・うぇるしゅ)が手に纏った火術で紙を焼き払った。続けて、左手に持った鞭で残りの灰をなぎ払う。
 真言と一緒に着地した。
「すみません、アール……助かりました」
「いえ、気にしないで。それが私の役目だから」
 アールはにこっとほほ笑んだ。
 遅れて、久我内 椋(くがうち・りょう)モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)が飛び退いてきた。二人の近くに着地する。
「真言さん、大丈夫ですか?」
 椋は心配そうにたずねた。
「ええ、大丈夫です。そちらは……」
「はっ……! 他人の心配するぐらいなら、貴様の心配をするんだな!」
 モードレットは激しく言い放った。
「連中など、燃やせばそれで終わりだろう? 容易い――。一瞬で焼き尽くしてくれる!」
 ジアンニ伯爵が放った紙の吹雪へと、モードレットは飛びこんだ。
 その右手に持ったスカーレットディアブロと呼ばれる魔槍が、灼熱の炎を纏う。人型に切り取られて、意思ある者のように動く紙の兵士たちを、魔槍の炎は燃やし尽くした。さらに、左手に握られた剣が紙を叩き斬る。
 止まることのない攻撃が、次々と紙たちを襲っていった。
「まったく……アレは立ち止まることを知らないな」
「マーリン……っ」
 驚いた真言の横にいつの間にかいたのは、マーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)だった。
 シアンアンジェロと呼ばれる魔杖を手に、真言に回復の魔法をかける。大地からの祝福を受けて傷を癒した真言は、身体が正常に動くのを確認した。
「ありがとうございます、マーリン」
 マーリンはひらひらと手を振った。
「気にするな。それより、早いところ追わないとどこまでも突っ走るぞ」
 マーリンが指したのはモードレットだ。真言はうなずいて、戦いに渾身を込める英霊の後を追った。椋もそれに続く。
「ふぅむ……」
 あごを撫でてマーリンがつぶやく。その横で、グラン・グリモア・アンブロジウス(ぐらんぐりもあ・あんぶろじうす)がとことこと歩いてきた。
「主……助けるの……」
 ひかえめにグランが言う。
「お?」
 マーリンは笑った。
「んじゃま……俺は休ませてもらうかね……。あとは任せたぜ、グラン」
 ぽんぽんと、マーリンはグランの頭を叩いた。
 すこしむくれたようにグランが見上げる。それを見て、マーリンは楽しそうにほほ笑む。
 回復役は彼女に任せ、彼は後ろに控えることにした。

「あのあの……ジアンニ様には話し合いとかは……」
「通じるわけないだろう! いいから、黙って余計なことはしないでくれ!」
 平然と交渉を提案する双葉 みもり(ふたば・みもり)に、皇城 刃大郎(おうじょう・じんたろう)は怒鳴るよう叫んだ。
 もっとも、みもりには怒鳴られたという自覚はない。なおもマイペースに、自分の考えを口にしていた。
「刃大郎様……私、思いますに……ジアンニ様は余興を楽しまれてるだけで、私たちを傷つけるつもりはないのではないかと……」
「この状況でよくそんなことが言えるもんだ! ああ、もう!」
 次々と襲いかかってくる紙の吹雪から、刃太郎はみもりを守るのに必死になる。
 エンディアで魔法に耐性をかけたのはいいが、物理攻撃には刃太郎が直接相手をするしかない。みもりを背中にひかえさせて、斧を振るうとともに放つ爆炎波で迫ってくる紙吹雪を蹴散らしていった。
(このまま無事に済むといいのだけど……)
 刃太郎はそう望むが、みもりがいれば果たしてどうなるか。
 予想しえない行動に、この時も刃太郎は振り回されるのだった。

 アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)は銃を使い、エメリアーヌ・エメラルダ(えめりあーぬ・えめらるだ)は魔法でジアンニ伯爵の攻撃に応戦した。
 伯爵が放つのは、自在に操る紙の乱舞だ。
 ときには刃と化し、時には兵となる。そして直接伯爵を狙おうとしたときには、紙は壁となって伯爵を守るのだった。
「まったく……厄介な敵に遭遇したものだ」
 アルクラントはぼやきながら引き金を引く。
 銃弾は紙を撃ち抜き、兵となったそれらを地面にくたっと潰していた。
「けどまあ、なかなか面白い敵じゃない?」
 エメリアーヌが我は射す光の閃刃の魔法を放って、くすっと笑う。
 光の刃は紙の刃を貫き、一瞬にしてエメリアーヌの前から紙吹雪をなぎ払った。
 二人は背中合わせに着地する。エメリアーヌはにっと笑った。
「私たちっていま、けっこうカッコイイ?」
「――馬鹿言うな。ほら、いくぞ」
 二人は同時に、両側へ飛びこんでいった。