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一会→十会 ―領主暗殺―

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一会→十会 ―領主暗殺―

リアクション

「えーっと、次は『蓮見朱里&feat.プティ・フルール』の皆さん、です!」
 讃良ちゃんの紹介を受け、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)ピュリア・アルブム(ぴゅりあ・あるぶむ)ハルモニア・エヴァグリーン(はるもにあ・えばぐりーん)がステージに立つ。ここでは主に女性客が、二人の可愛らしい歌い手に温かい声援を送っていた。
(……この舞台の影で、領主暗殺計画が仕組まれている……)
 声援に応えるピュリアとハルモニアを見守りながら、朱里は豊美ちゃんから聞いた事情を思い返し、小さく首を振る。
(私が暗い顔をしていたら、子供たちに気付かれてしまうものね。今はイベントを無事に成功させることを目指しましょう)
 胸に手を当て一息吸い、朱里は笑みを取り戻してステージの準備を進める。一方でピュリアとハルモニアも、会場のそこかしこで生じている『ちょっと違う雰囲気』を感じ取っていた。
「なんか、ピリピリしてるみたい。何か不安なことでもあるのかな?」
「ピュリアちゃんもそう思う? なんだろうね」
 視線を合わせた二人は、そのまま背後の朱里を見る。そこには不安や警戒といった感情は含まれていなかった。
(たぶん、ママも何か気付いているんだと思う。でも、ママはそうだったとしてもピュリアを不安にさせたくないって思ってくれるから、何も言わないんだ)
 子供ながらに察したピュリアが、ポケットに入れたお守りをきゅっ、と握る。このお守りが、みんなを護ってくれることを願って。
「ピュリア、ハルちゃん、準備はいいかしら?」
 そして、朱里の問いにそれぞれ、「うんっ!」「はいですぅ」と答えるピュリアとハルモニア。彼女たちからも今は、みんなに幸せを届けたい、そんな思いのみが発せられていた。
(願わくば、事を企む者たちにもこの歌が届いて、少しでも良心が呼び起こされますように)
 心に秘めた思いを、朱里はマイクを通じて観客へと届ける。
「どうか、愛と安らぎを。希望と幸せを」

  ひそやかに 路傍に咲く一輪の花
 たとえ雨に打たれ風に煽られても
 その蜜の一滴 甘やかな香りは
 いつか誰かの心満たすでしょう

 人は皆 生まれ落ちた時は
 心清らかに 汚れなく
 その瞳に映すものは 空と大地の恵み
 夜空に輝く星の 希望の光

 たとえ時が無情に あなたを打ちのめしても
 私は変わることなく 世界にただひとつの
 かけがえのないあなたを想うでしょう


 朱里がメインボーカルを務め、ピュリアとハルモニアがコーラスを担当するその歌は、これまでのステージとは雰囲気が異なりながらも、今日の安らぎと明日への希望を歌い、観客に愛と幸せを届けていった。
 観客は歌に聞き入り、やがて演奏が終わり三人が手を取り合って頭を下げれば、温かい拍手でもって迎えたのだった――。



「グラキエス様、慣れない仕事でお疲れでしょう。
 こちらに用意がありますので少しお休みください、警戒は私共にお任せを」
 エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)に促されて、グラキエスは日陰に作られた簡易のリラックススペースに腰を下ろす。
「それにしても撮影ブースを作り、スナイパーを逆に狙うとは……。
 よくお考えになられましたね」
 慇懃無礼な程の口調に、グラキエスは「そうか」とだけ答える。
 確かに発案して設備投資を行ったのはグラキエスだし、場内で関係者を説き伏せたのもグラキエスだ。
 アレクを守り大切に思う人の為、そして彼等を大切に思う義姉フレンディスの為にと何時も以上に頑張ったが、やはり機材の調達や細工に関してはグラキエスよりもエルデネストの方が奔走していたように思える。おまけにこんな場所まで――一体何時の間に用意していたのだろうか。
「張り切っているな……」
「ふふ、何を今更。
 私はグラキエス様のお傍に居る事が喜びなのですよ」
 くすりと笑って、エルデネストは撮影ブースを横目で見た。あの中にはウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)が詰め込まれているのだ。

(あの悪魔め、このところ中々エンドロアに同行できなかった事を根に持っているな。自分は側に張り付き俺は体よく単独行動か!)
 機晶スナイパーライフルのグリップの上で指先を弛緩させながら、ウルディカは頭の中で不満を述べていた。
 こんな暗くて蒸して環境の悪いところに一人だけ詰め込まれてこれを美味しい等とはウルディカは到底思えない。しかし一つだけ喜ばしいところがある。
(……いや、ある意味助かったが。
 エンドロアの側にいるとあの記憶が、あの忌まわしい行動がっ!)
 先日果実狩りに出掛けた際、ウルディカは不思議なブドウの効果で酩酊状態に陥り醜態を晒してしまった。
 未来から焼く際を消す為、数多の時空を渡ってきた百戦錬磨の男に産まれ初めてついたこびりついて取れない染み――『黒歴史』から逃避する為に、このブースは有る意味好都合なのかもしれない。

 そんな撮影ブースから少し離れた位置で、セレンフィリティはこちらも報道関係者に偽装して行動していた。彼女は能力を駆使して反応速度を高めつつ、いざと言う時に何時でも飛び出せる様に体勢を整えながらカメラごしに会場を見渡している。
(プロの暗殺者がそう簡単に尻尾を掴ませるとは思えない。
 でも念のためにやっておくに越した事は無いわね)
 ステージに向かう『害意』が無いかどうか殺気を看破するスキルで入念にチェックを行う。 




 『MG∞』が始まって1時間ほど経ったころだろうか。
 最初からハイテンション、会場の人々も巻き込んでのステージの熱気を肌で感じて楽しみつつ佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)はにこにこと貴賓席の一番後ろ、目立たない下座の壁際に立っている。
 その傍らには彼女の娘佐野 悠里(さの・ゆうり)がいて、ライトが届かず、臙脂色の厚い幕のひだに隠れて外からは見えづらくなっている入口まで椅子を引っ張ってきて、そこから貴賓席やイベントを眺めていた。
 会場の人たちと同じで、やはり食い入るように見つめている娘の姿をルーシェリアは見下ろす。
(やっぱり悠里ちゃんを連れてきて、よかったのですぅ)
 事態を知った最初のうち、ルーシェリアは迷った。先日の湖で、ぐうたらしているばかりのオズトゥルクの姿を見て悠里が「駄目なおじさん!」と腹を立てていたから、働いているオズトゥルクの姿を見せるのにこのイベントは恰好の場ではないかと思って連れてきたのに、まさかこんな事件が起きているとは。
 狙われているのは東カナン領主で、オズトゥルクは騎士長という立場上、そのそばに身を置いている。当然、その姿を見せるということは、悠里も危険に巻き込まれる可能性がある。
 迷った末、ルーシェリアは覚悟を決めて貴賓席の護衛に立候補した。ここなら悠里のいる貴賓室に近いし、いざとなれば飛び出していきかねない悠里を制し、彼女をかばうことができる。
 そんなことを言ったら悠里は「もう13歳なんだから、自分の身ぐらい自分で守れるわ!」と言うだろうし、実際そうなのだろうと思うが、娘がいくつになろうとも母親とはそういうものなのだからしかたない。
 それにしても、と思う。
(オズさんが本当に東カナンでは身分の高い人で、キリっとしている姿を悠里ちゃんにも見せることができたし、楽しいイベントも見せることができて、よかったですぅ)
 ほっとひと息ついていたとき。
「お母さん、お母さん」
 入口から手を伸ばした悠里がスタッフジャンパーの裾を引っ張った。
「お母さん、おじさんがトイレへ行ったきり、戻ってこないんだけど」


「どこへ消えちゃったのですぅ?」
 東カナン領主主催のイベントでまで、まさかサボるとは思わなかった。これでは悠里の意識(オズトゥルク=駄目なおじさん)を変えさせることはできないではないか。
 頭を抱える思いでそっとその場を離れたルーシェリアは、悠里とともにオズトゥルクを探しに出る。
「まったくもう! おじさんったら、こんなときまで何やってるのかしら!」
 案の定、悠里はプンプン状態だ。
「もしかしてあのままバザールへ消えちゃったんじゃないでしょうね?」
 それも十分あり得るとあやしみつつ、いくつかある控室をバタンバタン開いてざっと中を検分していた悠里は、半開きになったドアを見つけて大きく開いた。
「いた! おじさん!!」
「……ん? ああ、ユーリか」
 仁王立ちした悠里が指さした先では、東カナン12騎士で騎士長のオズトゥルク・イスキアがゴロ寝をしていた。息苦しそうな詰襟をパックリ開き、そでもまくり上げていて、いかにも寝る気満々である。
「こんな所で何してるの!」
 駆け寄った悠里がさっそくお説教モードに入った。
「だってなぁ、ああいう場は本当に苦手なんだよ」悠里の剣幕に押されながらも、オズトゥルクは一応弁明を試みる。「かたっくるしいし、ずーっと座ってなきゃいけないし」
「それがおじさんのお仕事でしょ! お仕事は楽しいことばかりじゃないって、悠里だって知ってるわ!」
「それはそうなんだが……」
「ほかの偉いおじさんたちはみーんなちゃんとその仕事をしてるわ!」
「まあまあ、悠里ちゃん」
 圧倒的不利で押されているオズトゥルクを見かねてルーシェリアが間に入る。
「オズさんも、ずーっとサボる気はなかったのですぅ。ちょっと息抜きがしたかっただけなのですぅ」
 ルーシェリアのもっともらしい言葉に、悠里は首をひねった。本当? というふうにオズトゥルクを見る。
「ちゃんと何か起きたとき、すぐ駆けつけられるここにいたのも、そういうことなのですぅ」
 悠里は、じーーーっとオズトゥルクを見つめて。やがて、はーっと息を吐き出した。
「少しだけね?」
 妥協する言葉が出たことに、ぱっとオズトゥルクの顔が輝いた。
「おお、ユーリは本当にやさしくていい子だなあ! うれしいぞ!」
 頭にバサッと大きな手を乗せ、髪をクシャクシャとする。
「もうっ! 少しだけなんだからね! 少ししたら、引っ張ってでも連れ戻すんだからっ!」
 口では勇ましいことを言いながらも頭の上の大きな手を払いのけることもせず、ほんのりとほおを赤くしている娘を見て、照れ隠しと見抜いたルーシェリアは、口元に笑みが浮かぶのを止められなかった。