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魔女 神隠し

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魔女 神隠し

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■ 魔女 神隠し【3】 ■



「うわぁ。おうち全体が揺れてるぅ」
 今までそうしてきたようにお客さんを歓迎すると、古い木造の館は衝撃を受け切れず悲鳴を上げる様に揺れ、痛む。それは、抵抗されれば抵抗されるほど耐震度を疑いたくなるほど激しく軋み声を上げていた。
「みんな頑張ってるのねぇ。流石に今回は倒壊しちゃうかしらぁ」
 その破壊の振動すらも愉しめるらしいルシェードにアニスはむぅと辟易に口を歪めた。
「よし見に行っちゃおうぅ!」
 一体くらい新しい死体が出来てもいい頃合いだしと動くルシェードを、
「(待て)」
和輝がテレパシーを介して止めた。
 何故制止されたのかという浮かんだ疑問は、両開きの扉が向こうから勝手に開かれたことで解消された。
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と共に室内に駆け込んで来る!
「いらっ――ッ!」
 その二人の姿にルシェードは歓迎に両手を広げようとして両手を叩き合わせ、自分とセレンフィリティ達の間にゾンビを召喚する。
 無言で距離を詰めて畳み込もうとしたセレンフィリティはそんな行動に出るだろうことはわかっていたと出現したゾンビの横っ面を魔法杖で殴打し、横に薙ぎ倒した。
 ルシェードはきゅっと口角を持ち上げた。増援を喚び寄せようと上げた両手がずっしりと重い。
「あーもう!」
 セレアナの重力操作を受けて手では間に合わず、ルシェードは床に靴底を叩きつけゾンビを召喚、セレンフィリティの接近を許したその体は杖が魔法発動に振るわれる前にポイントシフトで割り込んできた和輝によって助けだされる。
「あっは」
 距離を開けるという仕切り直しを受けて、先制攻撃に捕縛を試みようとカチコミ紛いの襲撃に出たセレンフィリティとセレアナは、まだ誰か居たのかと顔を顰めた。
「ちょっと怖かったわぁ」
 ありがとうと笑うルシェードを床に降ろし、和輝は銃を二丁両手で握り構えた。
 ルシェードが軽快に手を打ち鳴らし数体死者を召喚。契約者達と敵対の姿勢を見せる。
「はなちゃーん。動かすのはあたしの可愛い子ちゃんだけねぇ」
「(ルシェード?)」
「まぁ、本気みたいだしぃ。ちょっと遊ぼうかなぁってぇ」
 遊びと断言されて、奥で身を潜ませているアニスの顔は曇る。ずいぶんと振り回すと『ダンタリオンの書』も視線を向けるが元から不機嫌な態度な為、アニス程あからさまではなかった。
「ああ。二人共居る」
 扉付近で端末に向かってメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は発見を告げる。探索に必要の無くなったディテクトエビルを解除した。
 パートナーのエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の到着を待つ彼は、机に両肘を付け支えなんとか顔を上げた破名に注意を向ける。
 ルシェードの命令を受けて何をするのか、様子を伺うメシエは破名の銀の眼を見据えた。
 視界から一体ゾンビが消える。
 セレンフィリティとセレアナを標的に出現したゾンビは、マスターニンジャの疾さで間に割り込んで来たフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)の一閃に倒れ伏した。
 そのフレンディスに破名の転移に瞬間移動して襲いかかってきたゾンビをレティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)の剣が受け止め、弾き飛ばした。飛ばされたゾンビが消えたことで構えたベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)はそれらが自分の視界に飛び込んできて来たのに驚き、咄嗟に避けた。
 死者達はレティシアから受けた攻撃の勢いのまま開け放たれたままの扉を超えて廊下の向こうへと消える。退場を余儀なくされた死者に目もくれず、ベルクは予断許されない状況に攻守どちらも対応できるように杖を構えた。
 ルシェードの死者召喚と、破名の転移魔法の介入、仮面で身元を隠す初めて見る和輝という全くの未知の存在。
 首を突っ込みそのまま気になり関わってきてしまったが、物事はそう簡単には運ばれてくれないらしい。
「目的は何だ。魔女達の魔力摂取目的か? それとも贄にしてなんらかの儀式か魔導実験でもやろうとしているのか?」
 問いかけに、全員から視線を受けて、ルシェードは注目されているという事に恥じらいか身をくねらせた。
「いやぁよぉ。教えないぃ」
「力は悪い事に使ったら、だめ、だよ」
 ゾンビとの選り分けに万華眼を付けたネーブル・スノーレイン(ねーぶる・すのーれいん)は、じっとルシェードを見つめる。ネーブルの目にはルシェードは生者として映る。
「魔法は貴方がやるような使い方で使っちゃいけない」
 ネーブルは伝えたい事があった。
 わかって欲しい事があった。
 騒動が始まってからずっとこうやって面と向かって話をしたかった。
「悪い事をしたら、それ相応の罰も……あるよ……」
「どうしてぇ?」
「え?」
「どうしてあたしが悪いことしてるってみんなぁ、言うのかなぁ?」
 無邪気に首を傾げられて、ネーブルはぐっと喉を詰まらせる。両手で拳を握った。
「だって、貴方がやってる事は、すっごくいけないこと……だよ」
 目的を知らずいきなり説教かと嗤ったルシェードは、口を閉ざし、にっこりとした。
「そうねぇ」
 指摘されたのは目的ではなく、行動そのもの。今までのことを思い出せと現実を突きつけた。そして、これから先の事も危惧して、止めようとしている。
「でも全部必要だったものぉ、反省なんかしないわぁ」
「ルシェード!」
 セレンフィリティは叫んだ。
 最初からの付き合いだったが、一貫して変わらず人や世の中を舐めきった態度にセレンフィリティはもう我慢できなかった。反省しないの一言に堪忍袋の緒は音を立てて引き千切れる。
 セレンフィリティとセレアナがルシェードへ「教育的指導」を実行する為、最初の作戦通り立ち位置を変え、それを阻止しようと動く和輝の前にフレンディスとレティシアが立ちはだかった。全体を見なおしたベルクは死者の足止めに呪文詠唱をするネーブルに気づく。最後に遅れて到着したエースはメシエと共に戦況を引っ掻き回すだろう破名の元に向かった。



「何も、無いね」
 エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)は、机と椅子と寝台しか置かれていない部屋の真ん中で考えこんでいるパートナーに振り返った。
 時間が無いと踏んだ千返 かつみ(ちがえ・かつみ)の提案により、かつみとエドゥアルト、千返 ナオ(ちがえ・なお)ノーン・ノート(のーん・のーと)の二組に分かれ三階の探索を行っていたのだ。
「本当にな」
 一階もそうだったが三階もそう変わり無い。
 三階は、廊下を真ん中に左右に部屋という構造らしい。階段から見た時の二階と違い、個室自体は狭いらしく並んでいる扉同士の間隔も短かった。
 そして、気になるのは、ほぼ全ての部屋の扉が開いていることだった。
「わざわざ『空室です。何もないですよ』って言っているみたいで疑ったけど……」
 神の目の光を使って隠れていたものもその姿を暴こうと実行したエドゥアルトは、強烈な光に晒されても変わらない風景に、小さく吐息する。博識に引っかかるような痕跡も見当たらない。
 ここはただの空室だ。
「あの! こっち来て下さい!」
 焦りが滲むナオの声に、かつみとエドゥアルトは互いに見合うと、空室を後にした。
「あの、此処! この部屋です!」
 と、ノーンを衣服のフードに入れているナオは閉まっている扉を指さした。
 無邪気と陽気が組み合わさると大胆にでもなるのだろうか。
 扉が開いている部屋が空室だとわかれば、扉の開いていない部屋を選んで突撃したらしい。しかも、その扉には鍵が掛かっていなかった。
 カチャってドアノブが回ったらそのまま押し込んじゃって、見えた光景に慌てて扉を閉めたというのが簡単な経緯である。
「危険そうか?」
「見た感じは特には。普通だよ」
「一瞬しか見てないが『何か』があったのは確かである」
 エドゥアルトの見解、ノーンの目撃情報や、ナオの様子から、他を探すよりはとかつみが考えている中、下の方から開戦を知らせるような銃声が鳴り響いた。
「気づかれたんでしょうか」
 静かだった館が一気に賑々しくなり、不安かナオはかつみを見た。
 耳を澄ますが、喧騒は階段を登ってくるような気配は無い。下は気づいたが上は気づいていないと判断し、かつみは三人に少しだけ声を潜めて問いかける。
「とりあえず入ってみよう。空室ではなかったんだろ?」
 確認と問われてナオは頷いた。
「俺が入り口で見張ってる。二人は中に。ナオは二人を頼む」
 ぎりぎりまで粘ってみようか。最悪窓から逃げても良い。
 決意して四名は閉まっている扉を開けた。



 扉を開けると、喉を鳴らしたくなってしまう程も甘い葡萄酒の香りの歓迎を受ける。
 その部屋も他の部屋と同様に狭かった。
 否、他の部屋よりも狭かった。
 大小様々な大きさの硝子瓶に占拠されて、狭かった。
「なに、これ……」
 呟きは誰が零したものか。
 探索に先に侵入した三人は勿論、最後に入ったかつみも絶句する。
 硝子瓶に入っているのは、臓器なのだが――それだけでも十分驚きに値するが――四人から言葉を奪ったのはその生々しさだった。死した色ではなく、生きている色の生々しさだった。実際臓器の色等わからないものだが、本能的にそう感じてしまう強烈さがあった。学校に置いてあるような標本としての色彩では、まず、無い。
「先生!」
 ナオがノーンを呼ぶ。その声につられて部屋の奥を見たエドゥアルトも、助けを求めるようにかつみに視線を流す。
「これは……人間であるな」
 言葉少なめに示したのは、硝子の棺に丁寧に寝かせられた、目の部分を布で隠された人の体。
 ナオのフードの中、ノーンは痛ましげに唸る。
「一つ一つ丁寧に分けられ多く見えるが、一人の人間と見ていいであろう」
 バラバラな部品を全て合わせれば人、ひとり分。
 最後に四人の視線は『そこ』へ集中した。
 一人掛けのソファの上に一抱え程の硝子瓶。
 白い神経糸を底に沈めた全てを司る部位。
 そう、此処はルシェードのパートナー『はちみつちゃん』のお部屋であった。