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【アガルタ】学園とアガルタ防衛線

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【アガルタ】学園とアガルタ防衛線

リアクション


【その日、彼は愛を放棄する】


 意外だった、とノーン・ノート(のーん・のーと)は思う。

「若ー! こっちは大丈夫でしたっす」
「あ、はい! ありがとうございます。えっと」
 若と呼ばれた千返 ナオ(ちがえ・なお)が振り返ると、ナオと交流がありそうに見えない、強面の男たちがずらりと並んでいた。ナオはその光景に少しびくっとするが、怖がっているわけじゃない。
 いや、最初は『巡屋』の面々と一緒で緊張していたが、彼らは皆人がよく、またノリもいい。若と呼んで親切にしてくれるので、緊張はもうない。ただ、まだ誰かに指示を出すのが苦手なのだ。
(見回りは気が抜けないが、ノリのいい人たちで良かったぞ。おかげで過度に緊張せずすんだ)
「えっと……次は」
 命令を待つ組員に、何かを言おうとしているナオ。ノーンが口を挟む。
「……ん、そろそろ時間じゃないか?」
「あ、そうですね。じゃあ集合場所に行きましょう」
「へい!」
 ナオたちは2手に分かれて見回りをしていた。昼ごろになったら遺跡で合流する手はずになっていた。
 今回はしっかりと4人で依頼を受けたようだ。この間たっぷりと怒られ、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)も反省したのだろう。

 そんなかつみはというと、エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)とともにすでに遺跡についていた。
(……アガルタ、か……なんか不思議なもんだな)
 最初は一人で受けた依頼がきっかけだった。その時は、パートナーに連れられてもう一度来ることになるとは思っていなかった。そこでみんなから誕生日を祝ってもらって、祭りを楽しんで……一人で危険な依頼を受けたことをたっぷりと怒られて。ノーンの人型の姿を初めて見て心底びっくりして。
「ここを訪れたのは数回だけど、ここで誕生日を祝ったり、ハロウィンに来たりと少しづつ縁ができてきたのに、襲撃者とかに荒らされるのは嫌だよね」
 エドゥアルトも同じようなことを考えていたのか、小さく呟いたのに、かつみも頷いた。
「……今回の見回りで、少しでも手伝いができるといいけど」
「そう、だな」
 巡屋の面々と回っているので、警戒しているアピールにはなっている、と思うのだが。幸いというべきか。かつみたちが遭遇したならず者たちはまだ数が少ない。
「他の区だともっと酷いところもあるみたいだし、私たちも気を引き締めないと」
「そのためにも、ノーンやナオと合流したら情報共有と休憩しないと、だな……って、あれナオか。……なんか、ノーンとナオのところが妙に盛り上がってないか?」
「ほんとだね。でも良かった。ナオ、巡屋の人たちに緊張してたけど、仲良くなれたみたいで」
 手を振っているナオに振り返しながら、2人は顔を見合わせて笑った。
 じゃあとりあえず、どこかの店でご飯を食べながら話そうか。あ、それなら良いお店があるっす。俺たちがよくいく店で――。

 打ち解けた会話が、急に途切れる。

「みんな、散れ!」
 かつみが叫んだ。その数秒後、今まで彼らがいた位置に銃弾が降り注ぐ。着地してそちらを見上げれば、重装備をした一団がいた。
「……ふむ。この時間。遺跡の警備はないはずなんだが……踊らされたか」
 その中の一人。おそらくリーダー格と思われるサングラスの男が静かに呟いた。ただ立っているだけだったが、かつみには分かった。強い。
「おいおい、どうするんだ?」
「かまわん。遺跡ごと掃除するだけだ。やれ」
「! エドゥと巡屋さんたちは遺跡を守ってくれ。あいつは俺が!」
「わかった。かつみ、気をつけて」
「こっちは任せてください」
「遺跡にはいろんなものが詰まっているからな。うむ。任せろ」
 
 かつみが両手で刀を握り締めて地面を蹴る。同時に、ノーンが叫んだ。

「この巡屋の紋所が目に入らぬか!
 かつみさんナオさん やっておしまいなさい!」
「ははーっ」
「それなんか違う! いろんな意味で違う! って、巡屋さんたちもやらなくていいから!」
「ほんとにノリがいいんだぞ」

 ノーンのボケに突っ込みを入れたかつみだったが、おかげで余分な肩の力が抜けた。綺麗なフォームで振られた刀は、相手の剣に遮られる。

「……(数が多い。ここはなるべく範囲の広い魔法で)」
「ふぅ……俺だって頑張ります!」
 そんなボケにも反応せず、エドゥは意識を集中させる。ナオが銃を構え、エドゥとナオの前には巡屋の面々が立ち塞がり、2人を守る。
 ノーンが相手を見ると、どうやら向こうにも魔法を使うものが居るようだった。
「ナオ」
 呼ばれたナオが意図に気づき、バリアを作り出す。完全ではなくとも、これで多少の魔法に耐えられるだろう。ノーンはそれらを見ながら周囲の状況を常に把握。補佐をしていく。

「はあああっ」
「っ」
 素早いかつみの一撃は、しかしまた防がれ、今度は相手の剣が振られるのを首を振って避ける。先程から、そんな攻防が続けられている。
 単純な力量で言うならば、かつみより相手の方がやや上だ。しかしながら向こうには回復の手段が無く、こちらにはエドゥがいる。その差は大きい。
 ソレに何よりも

(こいつを向こうに行かせたら、みんなが危ない)

 かつみの想いが強かった。相手の息が荒くなっていく。さらに、後方から警備の増援が現れてきたことで、男は舌打ちした。
「はぁ……ちっ」
 大きく男が跳び退る。
「時間だ。撤退する」
 そうして姿を消したが、かつみは深追いせずに遺跡に留まった。またこの場所が狙われるかもしれないからだ。

 とにかく全員の無事を確認して、安堵の息をつく。

「またここが襲われる可能性が高い。今から順番に休憩していこう」

 そうしてかつみたちは、遺跡を守ることとなった。


* * *


 恋慕なのかと言われたら、違うとはっきり言える。むしろそっちであった方が良かったかもしれないと最近思う。

『もう少しでお兄ちゃんになるんだ。妹をちゃんと守ってやれよ』

 生まれてくるはずの妹がいた。守るはずの妹がいた。――腕に一度も抱けずに墓へ入った妹がいた。
 
 その穴埋めだったのかといわれたら、否定できない。

 でも大事だったのだ。守りたいと心から思っていたのだ。妹として愛していたのだ。今度こそ守ってやるのだと誓っていたのだ。

「ごめん、親父、おふくろ。俺――最低の息子だ」

 どうしようもなくて、何度も謝った。謝ったって、今さらどうにもならない。どうやったって、闇の中で楽しげに笑う声が頭の中で響く。消えてはくれない。

「もう俺は……妹(アイツ)を愛せない」

 妹を憎むしか出来ない兄なんて、最低の存在だ。


* * *


「店の事、巡屋の事は頼んだぞ」
「へい、行ってらっしゃいませ」
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が若い衆に声をかけると、元気な声で送り出してくれた。それに満足げに頷いたブルーズと天音(OL風の格好をしている)は、すぐさま顔を引き締めた。
「それで、何かわかった?」
「うむ」
 頷いたブルーズが天音に写真を見せる。女の子の写真だった。とても愛らしい笑みを浮かべている。その隣にいる、女の子よりも年上の少年は
「子どもの頃の御主悪世とハーリーだ。悪世の写真はそれしか手に入らなかった。2人はどうやら幼馴染のような関係らしい。年は少し離れているが」
「これ……秘書さんと雰囲気似てる。美咲ちゃんと一緒にいた人も……」

 天音には1つ考えがあった。

「ごめんなさいね。忙しいのに昼食に誘っちゃって」
「いえ」
 ハーリーの秘書。眼鏡をかけた女性は、淡々としていた。天音は司令室の窓から街を見下ろした。

「ここからは街がよく見えるわね。そういえば、名前を聞いた事無かったわ……何て呼べば良いかしら。

 御主、悪世さん?」

 一向に姿を現さない御主の組長。もしかしたら、と。根拠と呼べるものはなく、勘に近い。じっと秘書の反応をうかがう。
 感情が見えなかった顔に、何かが浮かぼうとしていた。もう一押しか。

「あんな子を唆して、貴女の目的が何なのか気になるよ」

 秘書が深い息を吐き出した。1つ良いですか、と問われて何かしらと返す。
「もう二度と、私のことをその名前で呼ばないでください。吐き気がします」
「あら、ごめんなさい。疑ったのは悪かったけど、その人物について何か知らないか聞きたいわ」
 どうやら違うようだった。
 じっと天音の目を見つめた彼女は、やがて「いとこです」と肩の力を抜いて話した。
「とはいっても、苗字は違います。彼女は本家で私は分家ですから。……もっとも、その名は捨てたので、メイアとお呼びください」
 秘書、メイアは「私がハーリー様を裏切ることはありません」と言い切った。その目にうそは見えないが。

「……だから私は彼女が憎い。あの人を苦しめることしかできない彼女が……ですが感謝もしますし、同情もしてるんです。
 私は、彼女のついでに助け出されたようなものですから」
「助ける? 何から――」

 メイアは首を振って笑う。その顔は、美咲を前にして笑っていた悪世と驚くほどそっくりで。でも、とても儚い。

「どうしてハーリー様は、全暗街を巡屋に任せようとしたのだと思いますか?」
「それは――」
 突然変わった話に戸惑いつつ、天音が答えようとした。

 その時、建物が揺れる。

「フハハハ! このアガルタは、我らオリュンポスが乗っ取らせてもらおうっ!」

 その日、アガルタ総司令部は、何者かに占拠された。