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【アガルタ】学園とアガルタ防衛線

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【アガルタ】学園とアガルタ防衛線

リアクション


【その日、彼は失った】



「っとと、ここの看板の電飾ですね。これまた見事にわれてますね」
「昨日、ここで酔っ払った冒険者さんたちが喧嘩をしたみたい。あとでちゃんと謝ってきたみたいだけどねぇ」
「ああ。それで料金の支払いが別の方だったわけですか……あ、電球はまだありましたか?」
 梯子を上り電灯を覗き込んだ佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)に、レナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)と話しながら看板の電球を付け替えていた。
「えっとねぇ。壊れる前がこんな感じの色の配置みたい」
「となると……青色の電飾が足りませんね」
「さっき使っちゃったもんね」

 2人は最近妙に全暗街の物が壊れていて、壊れたままにしておくとまた暗くじめじめした街に戻ってしまう。治安も悪化してしまう、とこうして街中を駆け巡って破損箇所の修理をしていた。レナリィがあらかじめ修理箇所をリストアップし、どのルートで回るかも決めていた。なので材料もしっかりと準備して回っていたのだが、先程予定に無い修理をしたため材料が足りなくなったのだ。

「なんか、いつもよりも破損箇所が多いような気もしますが……それだけ活気が出てきたと言う事でしょうか?」
「ここの人たち、元気な人多いからねぇ」
 材料を買い揃えて付け替え、配線も切れていたのでやり直し、次の場所へと向かう。

「ああ、牡丹ちゃんとレナリィちゃん。わざわざごめんねぇ」
「いえいえ。あ、この前はスープありがとうございました。とても美味しかったです」
「そうかい? そりゃよかった」
 周りに回って、近所で食堂を経営している女性のところへとやってきた。挨拶をしてから、早速何が壊れたのか尋ねる。

「このストーブなんだけど、なんとかなるかい? 昨日喧嘩したお客さんが壊しちゃって……買い替えたらいいんだろうけど、そんな余裕も無くてねぇ」
「喧嘩ですか。ほんと多いですね……ん〜っと……」
 年季の入ったストーブをじっくりと眺める牡丹。修理は、なんとかできそうではある。費用も買い換えるよりは安く済みそうだが。
「ちょっと時間かかるかもしれません」
「どれくらい?」
「そうですね、3日くらいで」
「ああ、それくらいなら構わないよ」
「じゃあ修理終えたらまた持ってきますねぇ」
「いいよいいよ。3日後に主人に取りに行かせるさ。2人とも忙しいだろ。っと、忙しいといったらお昼は食べたかい? 良かったら何か出すよ、おばさんのおごりだ」
「えっ? いいんですか?」
「いつもお世話になってるし……ちょっと修理代安くしてもらおうかと思ってね」
「あはは。そう言われたらお安くするしかないですね」
「おばさんって商売上手だよねぇ」
 そうやって笑いあいながら食事をした2人は、次の修理場所へと向かうことにした。

「次は……病院だねぇ」
「病院といえば、エヴァーロングの病院にはニルヴァーナの方たちがおられるんですよね……大丈夫でしょうか」


* * *


「てめえ! 走るなッ! 食材に埃がつくだろうが!」
 怒りの声が響いたのはアトリエ『ベルエキップ』からだった。声は店主のシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)みたいだが。

 続いて、ゴーン、という除夜の鐘のような音が響いた。

「……っ」
「どうだ? 俺のフライパン捌き。これの扱いに関しちゃ誰よりも上手いと思うぜ」
 フライパンを侵入者の頭に叩き込んだシンは、どこか自慢げな顔をした。
「これに懲りたら、土足で人の領域に入らないこったな。ほら、さっさと『お引取り願おうか』?」
 ふらふらしながら逃げ去って行った侵入者を見送り、シンはやれやれと息を吐いた。
(ロゼからアトリエの護衛を頼まれたけど、まさかこんなにも馬鹿が多いとはな)

「この中には弱っている奴もいるっつーのに……いや、だからか? ま、だとしたら」

「おいおいっいつまで待たせるつもりだぁ!」

 隣の診療所から聞こえた怒声に、シンはやれやれと息を吐き出した。アトリエへ顔を出すと、怯えた患者達を庇うように立つ九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)の背中が見えた。

「ここは、あなた方が暴れて良い場所ではありませんよ。
 元気なら早々にお引き取り願いましょうか」
「あんだとっ」

 ローズはちらとシンを振り返った。視線の意味を理解したシンは頷く。
「……分かりました。お話ならお聞きしますが、場所を変えましょう」
「いいぜ」
 男はシンの方を見たが、シンがアトリエから動く様子がないのを確認してほくそ笑んだ。おそらく、ローズだけなら問題ないと判断したのだろう。
「ほら、もう大丈夫だからな」
 シンは2人を見送った後、怖さから泣いてしまった子どもにお手製のお菓子を上げて宥めていた。

 そうしてのうのうとついていった男だが、ブーンという不気味な音に首をかしげた。音は増えていく。
「この街を血で汚したくないからね」
「ひっ」
 いつの間にか集まっていた虫が、男の周囲を囲んでいた。その数はぱっと見数えられないほどだ。

「知ってるかな。その虫はブラックマンバっていう蛇並の毒を持っているんだよ。
 非常に神経質な虫で攻撃すればするほど噛みついてそこから神経毒と心臓毒を大量に噴出する……まあもって20分かな」
「た、たすけ」
 ローズの動きに合わせて動く虫たちに、彼女の心次第で自分の命運が決まることを悟った男は、先程までの態度をどこへやったのか。情けない声で助けを懇願した。
 だがその舌の動きが鈍くなっていく。手も、足も動かない。

「……はあ。これくらいで気絶するなんて」
 恐怖で気絶した男に、ローズは顔を少しだけ緩めた。虫達も霧散していく。ちなみに虫の話は脅しで、密かにしびれ薬をかがせたのだ。
「まあ、一応解毒はしておこうかな。治療費は……いいや。財布からとって、領収書を代わりに入れとこうっと」

「まあ、素晴らしいお手並みです!」
 そんなローズに声がかかった。街を見回っていたフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)だ。
「さっきの虫はブラックマンバっていうのか?」
「え? いえ。あれは嘘です。あくまで脅しですので」
 感心したようにグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)も頷く後ろで、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が苦笑して声をかけた。

「俺たち今、街の見回りしててな。殺気を感じたから来たんだが」
「……よければその男をお預かりしてもよいでしょうか?」
 エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)の提案に、ローズは構いません、と応える。もう解毒も終わっているし、治療費(割高)も徴収した。あとは邪魔になるだけなのでむしろ助かる。

「尋問ですね!」
「……フレイ。顔輝かせるのは止めてくれ」
「エルデネスト。そいつらを頼んでもいいか?」
 グラキエスがそいつら、とぐるぐる巻きに去れた男を示せば、エルデネストが微笑んで頷く。
「ええ、お任せください。グラキエス様」
 捕まえた男たちを連れて行ったエルデネストを見て、ローズも「じゃあ私もこれで」とアトリエに帰っていった。

 話が前後してしまったが、3人がこうして街を見回るきっかけをもってきたのは、やはりというべきか。ここにはいないマリナレーゼ・ライト(まりなれーぜ・らいと)だった。

「街の様子が変だと思ったら、誰かが治安を悪くしてるみたいさね」
 厳しい顔で頷いたマリナレーゼに、フレンディスは強く胸を叩いた。
「マリナさんご安心下さいませ。この街の平和は必ずや私達が御守致します!
 では私、早速怪しい方がいらっしゃるかどうか捜索連行して参ります」
「俺も行く。俺もこの街と、この店が好きだ。荒らされたくない」
 真っ直ぐな目をしたフレンディスとグラキエスに、誰もが反応を一瞬遅らせた。

 すぐに我に返ったベルクとウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)が止めなければ、2人は店を飛び出していただろう。

「あたしが商売してる地で治安を乱そうとする連中がいるとは許せないさねぇ?
 ということで、暫くは治安維持活動も頼むさね」
「毎回何かしらある街なのは解っているが(平和って何処にあるんだろうな)。
 ……店はどうするんだ?」
「もちろん開くさね」
「……となると、店の護衛にも人手を割く必要があるな。
 他の店との連携や情報収集、店の経営もとなれば3人は店に残るべきだろう」
 ウルディカが言うと、はい、とマリナが手を上げる。
「あたしはか弱い非戦闘員さね。店にいるさ」
 か弱いが強調されている気がしたが、気にしてはいけない。なら、とグラキエスがウルディカを見た。
「じゃあウルディカは店を頼む。あと」
「……そうなる、か。ウェルナート、そちらは頼む」
「まあ、しゃーねえか」
「ポチ。お店とマリナさんを頼みますよ」
「はい! お任せください。この優秀なハイテク忍犬の情報力を駆使すれば、連中なんか僕の肉球の上で踊るも同然!
(それにあんな下等悪魔にも負けられないのです)」
 フレンディスに頼られた忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)が嬉しげに尻尾を振って、悪魔には舌を出した。悪魔の額に青筋が浮かんだのは言うまでもない。

 そんなわけで街に巡回へ乗り出したのだが
「外に出るならついでにお願いさねー」
 と買い物も頼まれたベルクは、割烹着姿のままのフレイとメモを見比べ、緊張感ねーな、と肩を落とした。

 まぁ(主ににグラキエスとフレイによって)街に余計な損害出る前に何とか阻止しねぇと嫌(借金増幅的)な予感がするからな。気は抜けねーんだけど。

 せめてウルディカがいてくれたら、と思うが仕方ない。
「あいつらぶちのめすのはかまわねーけど、周囲への被害は考えろよ」
 ベルクの目がニヤニヤ笑いの集団をとらえていた。集団はゴミをばら撒き、大声ですれ違った人たちを威圧し、しまいには壁に落書き……美しい街が汚される様子を見ていたグラキエスとフレイの目が鋭くなった方が、ベルクとしては心配だった。
「んぁ? なんだ、身体が重く」
 集団の動きが鈍る。グラキエスの重力制御だ。その横を素早く、そして気配無く駆け抜けるのは、割烹着ウェイトレス。
 フレイも、この街が好きなのだ。

 男たちはその時、近くを通った老人に肩がぶつかったなどといいがかりをつけていた。
「おうっいってーなー……どうしてくれりゃゃれ」
 男の舌が回らなくなる。足から力が抜け、受身も取れずに倒れこんだ。身体が小刻みに震えている。しびれて立てないようだ。
「お、おいどうし、な、なんだこのばけも、ぃぎゃああ」
 倒れこんだ男に注目が行っている間にグラキエスが解き放った【スカー】【アマダス】が周囲に襲い掛かる。
「大丈夫ですか。こちらへ」
 フレイは老人へ優しく声をかけ、避難させる。怖い顔をしたグラキエスがベルクを呼ぶ。

「……ベルク」
「ああ、分かった」
 グラキエスとしても、街を汚すのは本意ではない。意図を察したベルクから、邪気が放たれる。目に見えない何かが体を蝕んでいくのを、男たちはただ成す統べなく受け入れる。

「ったく、この壁はこいつらに掃除させるか」
「ああ」
「尋問もしなくてはいけません」


 月下の庭園の裏には、従業員の住居がある。それだけならば不思議は無いが、なぜかそこには『尋問室』が存在するのだ。
「お前に接触した人物について教えてもらおうか」
 鼻で笑った男に、エルデネストは「ほう」と微笑んだ。美しい笑み。しかし人をぞっとさせるような。
(グラキエス様がこの街と店を気に入っているなら仕方ない。見返りの約束も頂いている。何より

……あの畜生と比べられるのも業腹だ)

 ポチの勝ち誇った笑みを思い出し、エルデネストの顔から表情が消える。
 男が息を呑み込んだ。何か怖いものでも見えたのかもしれない。
「あ? なんだ、くるし……体が、重い」
 もがき苦しみ始めた男に、エルデネストは優しく優しくささやく。それは甘美な誘惑。

「――あの日、男がやってきて――」

「どうやら動いている人物はそう多くないようです。十数名尋問しましたが、そこから浮かび上がった人物像は1人。別の区で目撃された人物とはまた違うようですので、区ごとに担当がいるのでしょう」
「やはりそいつらは御主組か?」
「残念ながら確証は……しかし事前に動きもあったようですし、御主組は少数精鋭。忠誠心も高く……」
「ハーリーさんの両親を殺したのが御主組ですからね。詳細な動機は分かりませんが、深い因縁があるはずです」
 エルデネストの言葉を、ポチが遮ると、2人は互いににらみ合った。

「……どうやら犬には、人の動機は分からないようですね?」
「悪魔には証拠なんて見つけられないみたいですね?」
 睨みあっている2人を上手く流しつつ、ウルディカは帳簿をつけていた手を止め、ホールへと向かった。

「いらっしゃいませさねー」
 店内を朗らかな笑顔で包むマリナ。街全体が緊張している中で、客達がゆったりと過ごせているのは彼女の笑顔が大きいのだろう。
 しかし奥からウルディカだ出てきたのと、食器が割れたのは同時。ウルディカは従業員のダイ・リーニン達に目で合図する。あらかじめ戦闘の可能性と、起きても気にせず働けと伝えていた。ダイは涙目で胃薬を飲んだ。

「おいっ何してんだ! あぶねーな」
「す、すみま」
「申しわけありませんさね。お怪我は」
「ああ? うっせーよ」
 怯える店員を庇うように対応をしたマリナに、男は手を上げようとしたが、ウルディカが寸前でその手を掴む。
「指、怪我されてるようですね。どうぞ奥へ。治療させていただきますので」
 相手の顔が歪むほどに、強く。
 
 ウルディカが男を裏へと連れて行き、地面へと沈めたのとほぼ同じ頃。


 街中を1つのニュースが駆け巡った。

 総司令部が、何者かによって占拠された、と。