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リアクション
右腕を失っても、天殉血剣の表情はかわらなかった。断面からの出血もすでに治まっている。
ギフトである彼女の体は、ただ擬似的に人体らしく造られているだけだ。
「なあ嬢ちゃん。これ以上、お前さんを傷つけたくない」
腕を切られてもなお、迎撃の構えを解かない天殉血剣に、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が語りかける。
「頼む。ここを通してくれないか」
「――零様の命令は、絶対」
「なら一つだけ確認だ。……お前さんたちは、奴の命令に嫌々したがってんのか? もしそうだとするなら、もう俺んトコに来いよ。零の呪縛から全てを開放してやる」
「……」
唯斗にまっすぐ見つめられ、天殉血剣は思わず視線を外した。
「嬢ちゃん達を養う余裕は、まぁ頑張って何とかするから。オメェラがオメェラのままで本当にやりたい事をやれる。そんな世界に連れて行ってやるよ」
「――それは、できない」
天殉血剣は瞼を伏せた。
「零様の命令だけが――私の望み」
「そうかい。なら、ちょっとばかし説教が必要みてぇだな。……まずは全てをぶっ飛ばす! 梟雄の力、見せてやるからよぉ!」
唯斗は『鬼種特務装束【鴉】』を起動し、全身に闘気を纏った。
忍者でありながら、まったく忍ぶ気などない。唯斗は真っ向から徹底的に圧倒的に完全無欠にぶっ飛ばす気だ。
――拳ではなく、唇で。
瞬速のスピードで突き進んだ唯斗は、天殉血剣を抱き寄せ、彼女の唇を奪った。
「……あっ」
天殉血剣は一瞬、拍子抜けしたように目を見開いた。その後で、唇の感触をたしかめるように、左手を口元に運ぶ。
「もっかい言うぜ? ――俺と来い!」
唯斗のプロポーズともとれる言葉を受けて、天殉血剣はまごついた。頬のかわりに、長い黒髪がゆっくりと朱色に染まっていく。
「――それは、できない」
天殉血剣はもう一度、同じセリフを繰り返した。
集まった契約者たちに、どこか救いを求めるような視線を向けた後で。
彼女は、持っていた閃光弾を投擲する。
周囲に広がる爆音と閃光。
契約者たちの視覚・聴覚が元に戻ったときには、すでに天殉血剣の姿は消えていた。説得は失敗に終わったようだ。
だが。
爆音に紛れて、天殉血剣は最後にこうつぶやいたのである。
「――私には、他の居場所があるの?」
と。
天殉血剣が去った後。
切り落とされた彼女の右腕を、ソフィア・ヴァトゥーツィナが拾い上げようとしていた。
「痛っ……」
まだ、天殉血剣の『生命あるものを切り離す力』が残されていたのだろう。抱き上げたとたん、ソフィアは少しだけ手を切ってしまった。
「おい。大丈夫か?」
彼女に声をかけたのは、ペルセポネとの合体を解いたばかりの、怪人デスストーカーだった。
「はい、平気です……。って、あなたはマイケル!?」
「誰だそれは。僕の名前は、怪人デスストーカーだ」
デスストーカーがそっけなく応えた。
きょとんとするソフィアに、デスストーカーはつづける。
「――だが。ソフィアという実験体の噂なら知っている。孤独な少女と聞いていたが――」
去り際に、デスストーカーは振り向いた。
「よかったな。お前にも、家族ができて」
「……はい」
オリュンポスのもとへ帰るデスストーカー。彼を見送るソフィアの口元は、自然とほころんでいた。
戦いの果てに傷ついた拷問器具のギフト――【ディシプリン】たちは、佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)の手によって、徐々にその傷を癒していた。
拷問島でいちばん険しいルートの西側を選んだ牡丹。もともと彼女には、戦闘に使える能力がほとんどない。
それでもこの道を選んだ理由は、戦闘で傷つくディシプリン達の、修理を行いたいがためだった。
「外見が拷問器具だろうが関係ありません。あなたたちが、ギフトであることに変わりはないのです」
完全に直せなくてもいい。なんとしても、機能停止だけはさせたくない。
牡丹はできるかぎりの処置をほどこしていく。
「みんな〜。大丈夫だからね〜。いたいのいたいのとんでけ〜、だよ」
レナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)が励ましながら、牡丹の修理を手伝っていった。すでに崩壊寸前になっているディシプリンには、『氷縛牢獄』で氷の中に閉じ込めて、状態を保管する。
――どうして、助けてくれるの?
懸命に修理してくれるふたりに、ディシプリンはみんな同じ疑問を呈する。
――私たちは、あなたの敵なのに……。
「敵も味方も関係ないんです」牡丹が、いつもと変わらない口調でつづけた。「そこに故障した機械があるのなら、私はそれを直してあげたい。ただ、それだけですから」
――ふふふ。なんか、登山家みたいだね。
傷の癒えたディシプリンたちは、くすくすと微笑みあっていた。そして、少し恥ずかしそうに、それぞれがこう囁いたのである。
――ありがとう。
「みんな〜。もし行く所が無かったら牡丹の所にこな〜い?」
レナが、ディシプリンたちに提案する。人の優しさを知った少女たちは、もはや拷問器具としての役割を終えていた。
――本当に、いいの?
「ちょっと狭いかもしれないけど〜。みんなで楽しく生活する事が出来ると思うよぉ?」
――じゃあ……。お願い、しちゃおっかな。
こうしてディシプリンたちは、牡丹のもとに身を寄せることとなった。
だが。牡丹には心残りがある。
右腕を損傷した天殉血剣。せめて応急処置だけでもしてあげたかったと、彼女は思う。
触れたものを切り裂く力がある天殉血剣だが、たとえその身を切られることになろうとも、牡丹はかまわずに修理をつづけたはずだ。
そんなパートナーの心境を察したのか。レナが、牡丹に微笑みかける。
「剣のお姉さんも、いっしょに暮らせるといいね〜」
「……ええ」
そのためにはまず、八紘零を追いつめなくてはならない。
この戦いが終わるまで、まだまだ多くのギフトが傷ついていくだろう。
自分にはそれを防ぐことができなくても。目の前にいるギフトは絶対に救いたいと、牡丹は願った。
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