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煌めきの災禍(後編)

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煌めきの災禍(後編)

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【2章】護る為に戦う


 洞窟の入り口を取り囲むならず者たちの姿を見て、リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)はぎりりと奥歯を噛みしめる。
 目の前には『灰色の棘』の文様を背に纏った男たちと機晶兵の群れ。自分はずっと洞窟の外でハーヴィを守っていたというのに、何故こんな状況になったというのか。腹立たしくて仕方がない。
 おまけに、他の探索者らと共に洞窟へ潜っていったパートナーのエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は未だ戻って来ず、帰って来たのはソーンとカイ・バーテルセン(かい・ばーてるせん)だけという状況である。ソーンが黒幕だったのもさることながら、機晶姫を自分と同等の生物と見なさず「使役する道具」扱いしているらしい彼の態度にも、リリアは怒りを禁じえなかった。
 一方、カイは槍を構えたまま、ソーンの前に立ち塞がる女機晶兵と対峙していた。相手はこちらの様子を窺っているのか、射抜くような瞳を向けたまま全く動く気配を見せずにいる。カイはそのガラスのような双眸を見て思わずソーン自身と向かい合っているかのような錯覚に陥ったが、当人が女機晶兵の肩越しに余裕の笑みを浮かべていることに気付くと、急いでその馬鹿げた感覚を打ち消した。
 『灰色の棘』の一団は、首領であるソーンの指示を待っているのだろう。包囲こそされているものの、こちらに関しても今のところ睨み合いが続いている。内心、リリアがハーヴィに付き添ってくれていて良かったとカイは思っていた。彼女が居なかったとしたら、洞窟の入り口で一人取り残されたハーヴィは、恐らく最初に敵に取り囲まれた時点ですでに拉致されていたことだろう。それに、現在もリリアはハーヴィの護衛についてくれている。
 それなら、とカイは思う。自分はやはりあの族長の言葉通り、『煌めきの災禍』を連れて逃げるべきだろう。H−1と呼ばれた女機晶兵の攻撃をかわしてソーンを振り切り、車椅子上の機晶精霊を抱えて走る――などということが可能とは思えないが、やるしかない。
「うらぁぁぁあああ!!!」
 その時、洞窟の内部から物凄いスピードで駆けて来たのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)であった。人間台風――そんな言葉がぴったり当てはまるような、目にも止まらぬ速さで暗闇の中から飛び出したかと思うと、ルカルカは視線を走らせて瞬時に状況を理解する。
「ちょっとあんた達、人の物は返しなさいよ。子供じゃないんだから!」
 鬨の声よろしく【クライ・ハヴォック】の効果を言葉に乗せると、ルカルカ自身と味方の攻撃力が増していく。
「大体、何で狙うのよ! 何がしたいわけ!?」
「それは『煌めきの災禍』のことを何故狙うのか、という問いだと理解してよろしいですか? だとすると、随分おかしな質問だ」
 ルカルカの登場にも特に顔色を変えることなく、ソーンは答えた。
「僕はただ知りたいだけですよ。古代の研究によって生まれた、機晶精霊の作り方をね」
 ソーンはそう言って、機能停止状態にある少女を見る。
「何も初めから、強奪しようと思っていたわけじゃありませんよ。もちろん慈善事業のように、ただ『災禍』の修理を行うつもりもありませんでしたが。それでも障害がなければ、職員室に連れ帰って色々調べるつもりだったんですがね……どうも皆さん察しが良くて、あそこじゃ僕の思い通りの研究が出来そうにないので」
「そんなの、理由になると思ってるの!?」
「なるんですよ、僕にとってはね。何よりもこの研究が大切なものですから」
 銀髪を掻き上げながら、ソーンはそう言って笑った。


「我を捉えてどうしようって言うんじゃ。こうなってはもう、洞窟の封印など関係なかろう?」
 ハーヴィは灰色ポンチョの男に対し、顰め面で問いかけた。
「さぁな。いつだってお頭の考えてることなんて分かりゃしねぇさ。俺たちはただ、命令されたことをこなすだけだ」
 言いながら、男はハーヴィたちとの距離を測りかねている。
なぜなら彼女の周りには、初めから護衛についていたリリアに加えて、次々と増援がやってきたからだった。
「さて……無駄な殺生はしたくないからさっさと帰ってね……といって帰るタマじゃないか……」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はパートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と共に、ならず者たちの挙動を注意深く観察していた。
 二人は寄り添う形でハーヴィを警護している。彼女の体格は決して戦闘に向いてるとは言えず、また、気力体力ともに消耗している以上、魔法による攻撃も難しいだろう、と判断したためだ。
セレアナは【女王の加護】で自分自身とセレンの守りを固めつつ、常に護衛対象であるハーヴィの傍を離れないよう気を配っていた。それは白波 理沙(しらなみ・りさ)とそのパートナーたちも同じで、ハーヴィの周りはいつの間にか味方の契約者たちが多く集う状態となっていた。
 ハーヴィの気持ちを考えると許せない。そう理沙は思っていたが、今大切なのは攻めではなく守りだ。敵が近づいてくれば迷うことなく攻撃するが、やみくもに突っ込んでいってハーヴィの周囲が手薄になることだけは絶対に避けなくてはならない。ランディ・ガネス(らんでぃ・がねす)にも、その点は釘を差してある。
「ローズさんも戦われることがあるのですね」
 早乙女 姫乃(さおとめ・ひめの)はすぐ傍でやはりハーヴィの護衛にあたっている九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)にそう声を掛けた。先程二人で保健室の備品をリストアップしていたのが、もう随分前のことであるかのように感じる。
「たまには私も前線に出ないとね」
 ローズはそう答えて、ちらりとハーヴィの方を見やる。不安げに周囲の様子を窺っているハーヴィを見て、集落に必要な存在である彼女を絶対に敵の手に渡してはならないと思った。
「後ろは頼むからね、ディエゴ」
「えぇ〜……やっぱ僕も戦線の人数に入ってんの? 君らと違って一般人なんだから僕はさあ……ま、さっさと帰りたいしやってやるけど」
 ローズのパートナーヴァンビーノ・スミス(ばんびーの・すみす)は、後方にも対処できるようやや斜め後ろに待機している。彼は戦いにはあまり乗り気でなかったが、無事にこの局面を乗り切ることが出来たら、ハーヴィが欲しがっていた自画像を贈ろうと考えていた。