葦原明倫館

リアクション

■　ぬいぐるみ達の行進　■



　色彩はパステル色が基調。
　生地はファー布やリネン、フェルトと様々。
　程よく綿の詰まった体は抱き締めると腕にすっぽりと収まる大きさ。



　直線の無い丸みを帯びたフォルム。
　長い飾りを天頂に添えたたまごに近いひよこのようなシルエット。
　体の横の小さな突起にしか見えない両腕を前に伸ばしたりしていたレティシア・ブルーウォーター（れてぃしあ・ぶるーうぉーたー）は大きくて円（つぶら）な茶色の半丸目玉ボタンに輝きを宿らせた。
　その場でくるんと一回転し、シュタっとポーズを決める。
「ぴよの可愛さは宇宙一ぃぃぃぃ！」
　沸き立つ喜びにそうせずには居られないとレティシアは小さな突起にしか見えない両腕をばたつかせた。
　卵体型のひよこっぽさは、レティシアが愛してやまないマスコットに似ている。
　突然自分の身に降りかかった異変は無論レティシアが望んだことではなく、また今は望んでもいない。
　ただ、自分が可愛いと認め気に入っている存在に自分がなっていることに、驚きよりも喜びが勝った。
　見聞きする情報から割り出されたのは、このまま状況に流されて放っておくのは良くない、というのが巻き込まれただけのレティシアでも判断できる。
　ただ。
　ただな。
　一歩進むごとに周囲に文字として飛び出さんばかりの「ぴよぴよ」とした愛らしさが、レティシアの胸に愛おしさを生み出してしまうのだ。
　歩く。
　走る。
　踊る。
　喋る。
　この全ての動作に「ぴよ」「ぴよ」「ぴよぴよ」と愛嬌が振りまかれる。
　一頻（ひとしき）り遊びまわり自分の体がぬいぐるみになっただけで他に異常は無いと確認したレティシアは体の前で器用に突起みたいな両腕を組んだ。
「懲らしめないといけないおこちゃまが居るみたいですから、どうしましょうねぇ」
　語尾をゆっくりと伸ばして呟き、よし、と自分の行動を決める。
　目の前ではぬいぐるみ達が大行進の長蛇の列を成していた。



　巷で注目されている店が多かったり交通機関へのアクセスのしやすから空京でもかなり人気なその通りは今、二人の男が唱えた呪文により色とりどりのぬいぐるみに変化させられた人々で溢れかえっていた。
　パートナーと二人買い物に来て立ち寄った店の商品が気になると隣りの店に踵を返したミーナ・ナナティア（みーな・ななてぃあ）を待つ長原　淳二（ながはら・じゅんじ）はざわめきに気づき、こちらに向かって走ってくる女性を抱えた二人組の男性に何事だろうかと顔を向けて、
　ＰＯＭ！
　突然のマジックスモークと共に黒っぽい鷹に変化した自分の姿にぎょっとした。
　騒ぎに群がっていた人集りもぬいぐるみになっていて、淳二はハッとする。
「ミーナ！」
　一歩が小さい。何気なく歩いていた道は視線が下がったことで知らない道のようで、隣りの店に移動するだけでも遠いと感じる。
　何の親切心かぬいぐるみの胸部や背部にはご丁寧にもひらがなの名札が縫い付けられており、探すパートナーの名前はすぐに見つかった。
「大丈夫か？」
　駆け寄った鷹に、座り込んでいたピンク色のウサギは頷いた。有効範囲がどこまであるのかわからないが、ちょうど店のドアをくぐった瞬間に呪文を浴びたミーナは淳二に支えられながら立ち上がる。
「大丈夫です。一体何がって、え？　ええ？」
　立ち上がってそのままミーナは歩き出しました。
「マスター！」
　動き出した自分の足にミーナは淳二を振り返る。そんなパートナーの異変は淳二もすぐに気づいた。離れていくミーナをその手を掴んで引き留めようとした彼はフェルトの翼を伸ばし、掴めずスルッと逃してしまう。
「ミーナッ」
　そしてミーナの姿はあっという間にぬいぐるみ集団の向こうへと消えていった。大きさは同じで色彩も似たり寄ったりの優しい色。ミーナのピンク色も目立つわけもなく、淳二は呆気なくパートナーを見失った。
「誰が……」
　呻く淳二はすぐに否と首を振った。
　誰が、はわかっている。女性を抱えて走り去った二人組の男があまりにも怪しすぎた。
　どうして？　がわからない。
「無事な人は、……いないか」
　周りはどこを見渡してもぬいぐるみばかりだった。つまり、被害者ばかりが残されている。
「行くか」
　淳二はパートナーと合流しようとミーナが去った方に視線を向けて眉根を寄せる。
　視界の向こうでぬいぐるみだけの大行進が列を成していた。



　歩道の端で震えるように蹲る仔ウサギに襲いかかる二足歩行のライオン……ではなく、心配で片膝を折る佐野　和輝（さの・かずき）は、両耳を塞いでいるアニス・パラス（あにす・ぱらす）の背を擦る。
「平気か？」
「……和輝は？」
　太陽のようなたてがみの丸い顔のライオンにアニスは、目の前に居るのが本当に和輝かと不思議に思った。大丈夫、名札は嘘つかない。
　自分よりも俺の事をと心配するアニスに和輝は肩を竦めた。手を添えて立たせ、近くのベンチに座らせる。
「俺は大丈夫だ。アニスは？　何か『聞こえる』のか？」
　音が聞こえると判断しないと、普通、人は耳を塞がない。
　和輝にアニスは、こくりと頷く。
「笛の音？」
　アニスからの説明を受けて、和輝は唸った。
「全く破名に関わると面倒なことばかり……って、あ？」
　出かけるという話を耳に入れ聞けば観光をしていて気づけば街案内を頼まれてこれから合流しようというところでのこの騒ぎだった。文句の一つもと向けた視界には先ほどまでぽつねんと置かれていたキリンのぬいぐるみ――破名・クロフォード（はな・くろふぉーど）が無くなっている。
「ああ、くそ！！」
　突拍子もない事態に感情の行き場を無くした和輝は努めて冷静に状況の把握を急ぐ。
「うぅ〜……和輝ぃ。和輝は行くんだよね？」
　自分にどんな異変が起こっているのか状況にどこまで対応できるのか確認していた和輝は、絞りだすようなか細い声で呼びかけるアニスに振り返った。
「アニスもお手伝いする。よ？　和輝やみんなの声で、笛の音が小さくなってるから、なんとか……大丈夫。ただこの格好だと動きづらいから召喚獣のサンダー……って、あれ？」
　移動用にと思い笛のノイズもなんのそのと呼び出した召喚獣：サンダーバードはいつものように空間から飛び出しそのまま失墜し、ぱふり、と地面に落ちた。
　じたばた。じたばた。
「……」
「……予想はしていた」
　ぬいぐるみ化し飛行能力を失ってバタバタしているサンダーバードを見下ろし、アニスは無言。和輝は肩を竦めた。
　何を基準に何に作用するのかまではわからないが、対象の能力（スキル）にまで影響が及ぶなら、二次被害的にぬいぐるみになっていてもおかしくはない。出現した分、完全に無効というわけでもなさそうだ。
　かわいそうだから戻してやれと和輝はアニスの背を慰めるように軽く撫でる。
「（破名、周囲の景色を教えろ）」
　気を取り直した和輝は居所の知れない破名にテレパシーでコンタクトを試みるが、返事は返ってこない。



　ぬいぐるみにしちゃう魔法が使える魔法使いがいると聞いてネーブル・スノーレイン（ねーぶる・すのーれいん）の胸は踊った。
「わぁ……凄く、素敵な魔法……だねぇ……♪」と、ときめきに声まで弾ませて現場に向かったネーブルに、
「かぱ！？　かぱぱ！？」
鬼龍院　画太郎（きりゅういん・がたろう）が慌てる。
　しゅぴっといつもの紙と筆を取り出し、ネーブルの前に回り込んだ。
［お嬢さん！　落ち着いて下さい。様子がどこかおかしいです！］
「そうだね！　……でも、素敵だよね！」
「かぱ！？」
　噂の二人組を見つけて駈け出したネーブルに画太郎は素っ頓狂な声を上げて慌ててその後を追おうとし、急停止した。
　ネーブルが男達との接触に成功したのである。
「あの、あのね？」
「うわ、なんだこいつ」
　シェリー・ディエーチィ（しぇりー・でぃえーちぃ）を抱え呪い魔法を唱えながら逃走していたポッキー・ハウリングは「こんにちは！」な勢いで視界に飛び込んできたネーブルにびっくりする。
「私ね……？　うささんに凄くなりたくて……えと……」
　なんて恥じらいに頬を染めてもじもじするネーブル。
「もしね、うささんのぬいぐるみにしてもらえる……して貰えない……かなぁ？
　ううん。私も、お兄さん達の魔法……覚えたい……なぁ。駄目……かなぁ……？
　今は駄目でも……研究してたらきっと形状も思い通りにできるかもしれないし……うん、やっぱり……私に教えて貰えないでしょうか……？
　えっと、えっと……おっしょうさま……ってお呼びすればいいんでしょうか？
　下働きでも、なんでも……しますっ！」
　宜しく、お願いします、とネーブルは一生懸命頭を下げた。
　青い瞳に誠実さを込めた、真摯なネーブルの姿に、すぐに怖気づく気の弱いポッキーはしどろもどろになった。ネーブルの憧れが含まれた純真さに、呪い魔法を使っている自覚のあるポッキーは奥歯を噛み締める。
「おい、弟！　約束が先だ！　そこの女！　そんなにぬいぐるみなりたけりゃぁ、お望み通りしてやるよ！」
　付いてこないポッキーに気づき戻ってきたドッド・ハウリングは声を張り上げ、詠唱と共に両手を打ち鳴らす。
「かぱぱ、かぱぱぱぱぱ！？」
　少しばかり距離を置いて念の為と光学迷彩のスキルで周囲の情景に溶け込んでいた画太郎はマジックスモークに包まれたネーブルにぎょっとした。
　そして、自分の身に起こった変化（へんげ）に更に驚き、かぱぱぱと混乱する。
［ああ、なんかもう話を聞いてくれる余裕もないくらいはしゃいでいる……］と書かれた見せるタイミングを失った紙を捲り、白紙に混乱した頭で書き加えた。
［お嬢さん、お嬢さん！］