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春もうららの閑話休題

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リアクション




第15章


「へっ、なかなかやるじゃないか、なぁビビィ!!」
 未来からの使者 フューチャーXはブレイズ・ブラスをからかうように言った。
「その名前で呼ぶな……ってんだろ!!」
 苛立ちを隠しもしないブレイズは、フューチャーXの顔面を殴りつけた。
 それを避けもしないフューチャーXは、口の中の血をぺっと地面に吐きつけ、お返しとばかりにブレイズを殴った。
 同様にブレイズもその拳を回避したりはしない。下手すると意識を持っていかれそうになるのを堪えて、フューチャーXに吼えた。

「気にいらねぇんだよ――その名前呼んでいいヤツぁ、この世に一人だけだ!! そしてそれは……テメェじゃねぇんだ、このジジィ!!」
 もう一発、フューチャーXの頬にブレイズの拳がめりこむ。
 しかし今度はぴくりともしないフューチャーX。ブレイズの拳の威力を受け止めたまま、ぎろりと睨み返した。

「ほう……大事な思い出かい……? だが貴様の苛立ちはそこじゃねぇな……そうだろう?」

「!!」
 一瞬ひるんだブレイズは、飛び上がってフューチャーXとの距離を取る。
 その様子を注意深く見守る二人がいた。
 レン・オズワルドと物部 九十九の二人だ。

「ビビっちゃダメだよブレイズ!! 全部ぶつけるんだ、その拳に込めて!!」
 九十九の応援が響く。その言葉はブレイズに届いているのか、じっとフューチャーXをにらみつけたまま動かない。

「明らかに動揺している……ブレイズがあの老人に対して抱いている想いには、相当のものがあるのだな」
 レンはブレイズとフューチャーXの両者を視界に入れて観察する。
 実力は明らかにフューチャーXのほうが上。だが問題はそこではないこともレンには判っていた。
 その気になれば、一撃でブレイズを倒してしまうことなど容易なはずだった。
「心を乱したままで通用する相手ではないぞ、ブレイズ……」

「違う……何が違うってんだ!!」
 ブレイズは再び吼えた。口の端を凶悪に吊り上げながら、フューチャーXは哂う。
「ほほぅ……言っていいのかい? 大事な先輩さんや彼女さんの前だろう?」
 挑発するフューチャーX。次の瞬間には、ブレイズが弾けていた。

「――ふざけんじゃねぇっ!!!」

「やん、そんな彼女だなんて……まだそんな関係じゃ……」
「――言ってる場合じゃないぞ」
 くねくねと照れる九十九の横で、レンが冷静に突っ込んだ。

「――ぐはっ!!」
 まさに猪のように突撃したブレイズが、フューチャーXの拳に迎撃された。
 ブレイズの拳も辛うじてフューチャーXに届いたものの、そこにクロスカウンターで合わせられたフューチャーXのパンチは、その突進力の分だけ増幅されて、ブレイズを襲う。
「――ぐわあああぁっ!!!」
 一瞬、白目をむいて倒れるブレイズ。
 その頬に、フューチャーXが唾を吐きかけた。
「へっ!!」
 倒れた胴体を踏みつけて、苦しげにうめくブレイズを覗き込む。
「いつまでも正義だの何だの、下らないことにこだわるから大事なものを見失う……そうじゃねぇだろうビビィ」
 片手でブレイズの髪を掴み、無理やり引きずり上げた。
「うう……」
 首からぶら下げたアミュレット『覇邪の紋章』がきらりと光る。それと同じものが、フューチャーXの胸元にも下がっていた。
「ブレイズ!!」
 九十九の叫び声が響く。構わずにフューチャーXは続けた。

「貴様が戦っている理由は何だ? 何に勝ちたくて、何を守りたくて戦っている?」
 サングラスの奥の瞳に、鋭い眼光が宿る。ブレイズは苦しげにうめいた。
「……せ……正義だ……俺は、正義マスク……平和を……守る力を……!!」
 だが次の瞬間、フューチャーXはブレイズを力いっぱい地面に投げつけていた。


「だから貴様はバカだというのだぁっ!!!」


「ガハッ!!」
 ブレイズの口から鮮血がほとばしる。
「もういい……貴様にはほとほと呆れたわ」
 近場の岩に拳を突き立てて、フューチャーXは2〜3mはあろうかという大きな岩の塊を掴んだ。
「な、何を……」
 辛うじて頭を起こすブレイズ。フューチャーXは蔑んだような視線を落とし、告げた。

「貴様の正義とやらがどれほど無力で無意味か……思い知らせてやろうというのだ」
 一瞬。
 睨みを利かせる間もなく、フューチャーXは片手で掴んだ岩盤を投げた。
 自動車投げ――ラヴェイジャーの代表的な技のひとつだ。

「――!!」

 その標的は、ブレイズを応援していた九十九とレンだ。
「――フッ!!」
「危ないっ!!」
 二人とも訓練を積んだコントラクターだ。飛び上がってその岩を避ける。
 だが、フューチャーXもまた只者ではない。その動きを読んで岩盤を放り投げているのだ。
「あっ!!」
 その岩盤はちょうど二人がいた場所に当たり、粉々に砕け散って九十九を襲った。
「――!!」
「しまった!!」
 レンの声が響く。咄嗟のことで隣にいた九十九のガードまでは手が回らなかったのだ。

 しかし。

「うおおおぉぉぉっ!!!」

 次の瞬間、ブレイズが再び弾けた。
 先ほどフューチャーXに突進した時とは比べ物にならないスピードで、九十九と岩の破片の間に入り込む。

「ぐうっ!!!」
「ブレイズ!!」
 九十九が声を上げた。
 瞬時に入り込んだブレイズの背中に無数の破片が突き刺さった。ぼたぼたと、ブレイズの血が地面に落ちる。

「ほう、まだそんな力が残っていたか?」
 フューチャーXは嘲笑を浮かべる。
 しかし、ブレイズは九十九を背に振り向き、フューチャーXを睨みつけた。

「……ブレイズ……?」
 九十九の呟きがその耳に届いているのかどうかは判らない。
 ただ、その形相はまさに鬼のようだった。

「フューチャーX……よく判った」
 搾り出すような、ブレイズの声。
「ほう……何が判った?」
 アゴをしゃくりあげて、フューチャーXはブレイズを哂う。
「もうテメェが何者であろうとも関係ねぇ……いや、むしろテメェが俺の知るあの人だとしても関係ねぇ……」
 微かに、ブレイズの身体から熱が発せられているように感じられる。
「ほう……昔のあったかい思い出とやらは、もういいのかい?」
 一瞬、ブレイズの表情に平静さが戻ったような気がした。
「最後に聞いておく……あんたは本当に……俺のジイさんなのか……俺のビビィ……ブライト・ブラスなのか……?」
 フューチャーXと出会ってから、ブレイズの口から初めて発せられたその名に、フューチャーXは眉を動かした。

「……フン、ようやく事実を受け入れる気になったか……?
 認めたくなかったか……? そりゃあそうだよな、家族はボクが守ってみせるって見栄切った相手が突然現れたんじゃあな」


                    ☆


 ブライト・ブラスはブレイズ・ブラスの祖父である。
 かつて幾多の冒険、幾多の遺跡を巡り得た財宝で一財を築いたシャンバラ人、それが彼だった。

 やがてその財を持て余した彼は、いつのまにか地方の住民を纏め上げる豪族のような存在になっていた。
 近隣の実力者との折り合いをつけるうち、下級貴族としてその家を認められることになったが、本人にはさほど興味のないことだった。
 だが、安寧を求める彼の息子にとっては、金とその地方では通用する権力は充分に魅力的な存在だった。

 時と共に冒険の味を思い出したブライトは、またすぐに冒険の旅に出ることになる。
 貴族となってから彼の息子と近隣の貴族から嫁入りして来た妻の間には、一人の男児が産まれた。
 それがブレイズ・ブラスである。

 幼いブレイズは貴族の生活を謳歌して距離を取る父親よりも、ブライトにより懐いていた。
 子供心にも祖父が語る不可思議な冒険譚の数々は、金や権力よりも魅力的なものだったのだ。
 ブライト・ブラスとブレイズ・ブラス。頭文字を取って『B・B』。それを略して『ビビィ』としたあだ名は、二人だけの時だけ呼び合った、秘密の名前だった。

 そしてある日、再び旅に出るブライトは、自らの冒険の中で最も価値があると知っていたアミュレット『覇邪の紋章』をブレイズに渡し、こう告げた。

「じゃあなビビィ、ここでお別れだ……貴様はまだガキだ、連れてはいけない。だがな、いつか儂なんかよりビッグな男になりな。
 そして力をつけろ……気にいらねぇものは全部ブチのめして、大事なモンは死んでも守れ……いいな」
 その祖父に、ブレイズは涙を堪えて応える。
「うん……ボク、守るよ……お父さんとお母さん……大事な家族を守るよ……!!」

 そして、ブライトは再び旅立つ。
 それが、ブレイズが祖父を見た最後の日になった。


 ブレイズ・ブラスが5歳の頃の話である。


                    ☆


「だが、結局ただのガキだった俺にゃあ貴族の事業なんて守れるハズもねぇ……結局親父は事業に失敗して一家は離散。
 ……おふくろはとっとと逃げ出して親父は胸を患って死んだ……」
 ブレイズは、口の端から血を流しながらフューチャーXを睨みつける。
「けどな……」
 ぺっ、とブレイズは地面に血を吐き捨てた。
「それも――もうどうでもいいこった!! 俺の大事な仲間に手を出したテメェは俺の敵だ!!
 敵は倒す――大事なモンを守るために――正義を貫くために!!」
 ブレイズの赤い髪が真っ赤に燃え上がった。
「ブレイズ――いかん!!」
 レンが叫んだ。
 だが、ブレイズはお構いなしにその炎を燃え上がらせた。

「うおおおぉぉぉっ!!!」

 見ると、胸元の『覇邪の紋章』が真っ赤に燃え上がっている。その炎がブレイズの全身を一瞬にして包み、やがて顔面にひとつのマスクとして装着された。
 それは今までの正義マスクではなく、竜の角と牙を彷彿とさせる赤いマスクだった。

「正義マスク――ドラゴンモード!!」
 顔の上半分を覆う形の新しいマスクを装着したブレイズは、九十九とレンを背中に押しのけるようにして、フューチャーXに向かって吼えた。

「ブライト・ブラス――ビビィ――フューチャーX!! テメェが誰であろうがもう関係ねぇ……ぶっ殺す!!!」

「おもしれぇ……まだ正義だとかほざく小僧が……ちょっと変身したくらいでいい気になるなよっ!!」
 全身を炎と化して突進するブレイズを迎え撃つフューチャーX。
「ブレイズ……!!」
 あまりの変貌ぶりにブレイズを止めようとする九十九とレン。
「あにゃあああぁぁぁっ!!?」


 そこに突如として飛来する獣人ミサイル・山田!!!


「……え?」
 綾原 さゆみのラブラブ空間を徹底的に破壊した山田は、その後バレーボールのように打ち出された後、今度はブレイズとフューチャーXの決闘シーンにまでやってきたのである。
 誰かの呟きも空しく響く中、ブレイズとフューチャーXの間の温泉に突き刺さった山田は、まるで間欠泉のように激しい水柱を打ち立てたのだった。


「……」
「……」
 あまりの出来事に、その場で立ち尽くす一同。

 ざぁ、と雨のようにお湯が頭から降り注ぐ。
 一度は燃え上がったブレイズとフューチャーXの闘志が見る見るうちに消滅していくのが誰の目にも判った。

「……ち、興が削がれたわ」
 フューチャーXは吐き捨てるように言い残すと、ブレイズに背中を向けた。
「……フン」
 ブレイズもまた、手を出すことなくその背中を見送る。
「……」
 その後ろに佇む九十九とレン。

「ブレイズ……」
 九十九は、そっとブレイズに声を掛けた。
「……すまねぇ、俺の戦いに巻き込んじまって……怪我はねぇか?」
 変身を解き、振り向いたブレイズはいつもの表情だった。ようやっと自分の声が届いたような気がした九十九は、しかし不安げに呟いた。

「う、うん……ありがと……でも、さっきのブレイズ……ちょっと怖かった……」

「……え? って痛っ!!」
 ブレイズが何かに気付く前に、レンがその背中を思いっきり叩いていた。
「何するんっすか先輩!!」
 しかし、レンは何も応えずにブレイズに背中を向けた。
 ひらひらと手を振って、歩き去っていく。


「正気を取り戻したならいい……しかしブレイズ……怒りに身を任せた戦いは、破滅を招くだけだぞ……」
 そう呟いたレンの表情は、いつになく厳しいものだった。