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葦原島の勝負日



盛りあがってきたね
 ガラス製のお猪口に、酒瓶から冷酒を注ぎながら緋柱 透乃(ひばしら・とうの)が言いました。
「えーっと、もう酔いましたか?」
「えー、そんなわけないじゃない」
 淡々と答える緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)を、緋柱透乃がパンパンと叩きました。りっぱな酔っぱらいです。
大丈夫でしょうか
 手に持ったワイングラスから、氷結ワインが零れないようにバランスをとりながら緋柱陽子がちょっと心配そうに緋柱透乃を見ました。
「そんなに辛いお酒を飲むから、変に酔っぱらったりするんですよ」
「えー、淡麗辛口って言っても、別に辛子みたいに辛いわけじゃないから。一口どう?」
 緋柱透乃が、緋柱陽子に言いました。
「遠慮しておきます」
 日本酒よりは、フルーティーでジュースに近い甘口ワインの方が、緋柱陽子の好みです。
うーん、なんだか物足りないなあ
 残っていたお酒をくいっとあおると、緋柱透乃が緋柱陽子にぐいと顔を近づけました。
「もう、せっかちさんですねえ」
 残ったワインを飲み干すと、緋柱陽子もグラスを枕元のお盆の上において、布団の上に横たわりました。

    ★    ★    ★

「なんだか、隣がうるさいなあ……」
 緋柱陽子たちの隣の部屋で寝ていた霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)が、壁のむこうから聞こえてくるどっしんばったんという音に目を覚ましました。とたんに、天井から目映い光が目に入ってきます。
 煌々と明かりをつけた部屋の中では、隣に敷かれた布団で月美 芽美(つきみ・めいみ)が安らかな寝息をたてていました。ちょうど、お互いに手をのばせば、しっかりと握り合える距離です。
 閉ざされた部屋の暗闇は、月美芽美のトラウマとなっているため、彼女は部屋の明かりを消して眠ることができません。そのため、霧雨泰宏が一緒の部屋で、月美芽美が寝つくまで手を握ってあげているわけです。霧雨泰宏としては、もう慣れたと言えば、それはちょっと嘘になるかもしれません。
 もともと寝つきが悪いところに加えて、相変わらず隣が夜になるとうるさくて、はっきり言って完全な安眠妨害です。少しは自重してほしいものなのですが。
「まったく。あんまりうるさいと、芽美ちゃんが起き……ぐえっ!?」
 起きてしまうとつぶやきかけた霧雨泰宏のみぞおちに、月美芽美の踵落としがみごとに決まりました。
「うーん、ムニャムニャムニャ……」
 寝ぼけています。
「ふっ、この程度で……うぐっ!?」
 普段から鍛えているため、蹴りの一発ぐらいはと霧雨泰宏が強がろうとしたところに、布団の上でクルリと回転した月美芽美の膝蹴りがみごとに側頭部に命中してきました。まあ、それも、耐えられる範囲なのですが、あろうことか、はだけた浴衣からにょっきりと飛び出した太腿が霧雨泰宏の顎に填まって動きません。これは、いろいろな意味で苦しいです。
「芽美ちゃん……。やっぱり寝ている!?」
 起こすべきか、なんとかこの体勢から自力で脱出すべきか、霧雨泰宏はうんうん唸りながら考え込みました。

    ★    ★    ★

「なんだか、隣もおさかんだよねえ」
 隣の部屋からドスンバタンと聞こえてくる音や呻き声に、ほつれ毛を直していた緋柱透乃が、あらあらというふうに壁を見つめました。
 振り返れば、夜の運動で疲れたのか、緋柱陽子が掛け布団をかかえ込んだまま満足そうに寝息をたてています。ついさっきまでは、ガッチリとしがみつかれていたのですが、なんとか布団を身代わりにして脱出したというところです。
 緋柱陽子は寝つきがいいので構わないのでしょうが、寝つきの悪い緋柱透乃としては、いつまでもだきつかれていたら目がさえて眠れません。
 まあ、今日は、隣もうるさいのですが……。
「うーん、もう一杯寝酒がほしいかなあ……」
 騒がしい夜に、緋柱透乃はそうつぶやくのでした。