リアクション
* * * * * * * * * * 最初は、全員消すつもりだった。あとかたもなく、この世から。 「……あら? 楽しそうな余興があるみたいね」 全暗街に靴音を響かせていた悪世が、楽しげに笑った。そんな横を風が通り抜け、部下の一人が体から血を噴出した。致命傷ではないが、深い。 通り過ぎた風、ブラックダイヤモンドドラゴンにまたがった十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は、後ろから聞こえた「余興、ですって?」というヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)の声を聞き、ぽりぽりと頬をかいた。 「まあ、そっちからすれば余興かもしれないが、こっちは割りと真剣でな」 今回の依頼を受けたときのことを思い出す。 「宵一、ちょっといい? 話が在るんだけど」 珍しく表情を消したヨルディアに、宵一は少し身構えた。 ヨルディアはその様子にお構いなく、語っていく。アガルタにある巡屋の姉御として呼ばれている事。そしてその巡屋に危機が迫っている事。 「バウンティハンターなら四の五の言わずに、とっとと私のために働きなさい!」 どうしてそうなるのか。 やれやれと息を吐き出しながらも、宵一は引き受けた。 そして引き受けた以上、全力で答えるつもりだ。 宵一は蒼地の上に真紅の波を模した軽鎧を身につけていた。その鎧、刀姫 カーリア(かたなひめ・かーりあ)へと話しかける。 「お前にとってこれが初仕事だ。無理せず、危険だったら自らの意志で魔鎧状態を解除して逃げろよ? 危機の判断能力も、バウンティハンターには必要だからな」 「わかってるわよ」 カーリアは闘争が嫌いではない。だからこうして強者と戦うことに文句はない。だが今回この場に立ったのはそれだけでなく (あたしにも、何か出来る事はあるのかな……) 彼ら――いつも貧乏くじを引いて気の毒な宵一、優しいけれども怒ると怖いヨルディア、もふもふだけれどもしっかり者のコアトーらのためにできること……共に戦うこと。いや、共に戦う覚悟を持つこと。 まだ人との接し方が良く分からないカーリアだが、その覚悟に嘘は無い。 鎧越しにそんな彼女の覚悟を感じ取った宵一は、悪世の部下たちが放った魔法を右手の籠手ではじく。 「コアトー。援護は頼む」 「わかったでみゅ〜、お兄ちゃん」 返事をしたもふもふした蛇、もといコアトー・アリティーヌ(こあとー・ありてぃーぬ)は返事と共に意識の集中を一瞬で高め、一番近くにいた敵の周囲の重力を操る。 「っ! これ、は」 「余所見をしている暇があるのか?」 動きが鈍った男に、容赦なく神狩りの剣が振り下ろされる。しかし、横から突き抜けてきた脚が見えた宵一は攻撃を止めて、再び空中へと舞い上がる。 宵一への追撃はコアトーが銃をうちこみ、妨害する。 「ふぅ。やれやれ。そう簡単にはいかないか」 できれば殺さずにいきたいところだが。 元々大変な戦いになるだろうと思っていたので驚きは無い。そして心配もない。 一つあるとすれば――。 (周囲の敵はこちらでなんとかするが、しっかし、ヨルディアは一人で勝てるのか?) 「ワタシも頑張るみゅ〜。だからお姉様」 「ええ。ありがとう、コアトー」 悪世へと続いている道を、ヨルディアが進んでいく。周囲の殺気が、悪世の暗い目が、すべてがヨルディアへと向けられ、その重さに足を止めてしまいそうになる。 だが。 彼女は巡屋の姐御だ。美咲の――。 「申し訳ありませんが、わたくし。あの子の姉ですの。妹を傷つけるものは許しませんわ」 「姉? ……そう」 姉、ということばに悪世がかすかに反応した。ずっと浮かべられていた笑みが消える。 「血のつながりもない、他人の姉、ですって? いいわ。あなたがその言葉を撤回したくなるようにしてあげましょう」 腕を鋭く振った悪世の手には、いつの間にか剣が握られていた。立ち振る舞いに隙はない。 だがヨルディアも負けていない。悪世の笑みを合図に、彼女の周辺の大地へと魔力を送り込み、地割れを引き起こす。 「その台詞、そのままお返ししますわ」 * * * * * * * * * * 「今日の朝食も楽しみにしてます」 「そうかい? ありがとう」 戦いの火蓋が切られた頃、当事者の一人。美咲は本拠地にて行き倒れ、もとい佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)と話しをしていた。 そう。じつはあの行き倒れ、弥十郎だったのだ。 なぜ彼がそんな状態になったのかというと 「新作なんだけど味見を、ってどうかしたの?」 弥十郎が真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)の元に顔を出すと、彼女は帳簿を前に何やら考えていた。 彼女は商人だ。そして実は全暗街の【裏の住人】たちの中では知られた存在でもあった。とはいっても、彼女自身が特定されているわけではないが。 まあつまり何かというと、自然に裏の情報が集まりやすくなったということだ。 (巡屋の美咲が心を閉ざしている、か) 「ここで巡屋に何かあったらせっかく治安もよくなってきたのが無駄になるかなぁ。 あんまり裏の世界には顔を突っ込みたくないけど……ん、弥十郎?」 ブツブツと対策を考えていた彼女の目が弥十郎に向けられる。それからじっと見つめられ、何かしてしまっただろうかと弥十郎が悩み始めたとき、彼女が手を叩いた。 「お願いなんだけど、巡屋にもぐりこんで何とか美咲って子の心を融かしてくれないかな。行き倒れの流れ板っていう設定はどう?」 もちろん詳細を説明した上で協力を頼み、頷いたその日から、4、5日弥十郎を部屋に閉じ込め、へろへろになった状態で夜に巡屋へと送り込んだのだった。 「一応これで行き倒れっぽくはなったかな。あとはよろしく。あ、上手く融かしたらこっそり帰ってきてね」 (本当に動けなくなった時はどうしようかと思ったけど、なんとかなってよかった) そうして潜入した弥十郎は、助けてくれたお礼にと美咲に料理を振る舞い、その腕を買われてしばらくの間の資金をためるため、という名目で巡屋の料理番となっていた。 (ヤスさんたちの話だと、和食がメイン) ここ数日で仕入れた美咲の両親、(母)の作っていた料理、好きだった料理、エピソードだった料理の情報を反芻しながら、卵を割る。 (お父さんは甘い卵焼きが好きっと) そして自分に言い聞かせる。 「岩は自分を岩だとは考えない。美咲のお母さんは美咲のお母さんとは考えない。自然に振舞え。ワタシなら再現できる」 心地よいリズムで刻まれる野菜たち。その音に目覚めてくる父親、組員達。若い組員に起こされ機嫌が悪い少女。卵焼きの香りで機嫌を直す少女。そんな少女にだらしなく表情を緩める強面たち。強面たちにだらしないと言いながら、一番だらしない顔をしている親父。そんな全員を「仕方ない人たちね」とあきれる母親。母親の言葉を真似る少女。 そんな、どこにでもありそうで、そこにしかない光景が目の前に広がっているかのようだった。 そうして作り出された料理が美味しくないわけがない。食が細かった美咲だが、今はこうして食事できるようになった。 様子を伺いに来た黒崎 天音(くろさき・あまね)(今日は女将の格好ではない)は、出迎えた美咲の顔を見て安堵の笑みを浮かべた。 「よかった。元気そうで」 「あなたは」 美咲が驚くのに、天音は片手に持った『お土産』を見せた。 「知り合いが作ってくれたんだ。良かったら後でヤスさんたちと食べて」 「あ、はい。ありがとう、ございます」 不在のヤスの名を出しながら差し出し、怯えたように震えながら受け取った美咲に、天音は目を細めた。 「美咲のところにいくのか? ならこれも持っていってくれないか?」 巡屋の本拠地へと向かう前、天音は板前の格好をしたブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)に止められ、風呂敷を差し出された。 「この香りは……味噌汁?」 「ああ。それとおにぎりだ。あまり食べれてないみたいだからな……こんなことぐらいしかしてやれないが」 「……わかった。僕も後で食べようかな」 「そう言うと思ってな。用意してある」 「さすがだね。遠慮なくいただくよ。楽しみだな」 ブルーズは笑顔の天音に、嬉しげに笑みを返し……すぐに顔を曇らせた。 どうしたのか、とそう問うと。ブルーズは「いや、先日のことを思い出して、な」と苦笑した。 それが悪世についての推測だと気付いた天音は、ああ、と頷く。 『根拠は無いんだけど、おそらく……美咲は、悪世がこの世で最後に頼りにしたものを 彼女から奪ってしまったんじゃないかな。 その無邪気で可愛らしい……例えば「おにいちゃん」という親愛を表す一言で』 ブルーズはそんな、それだけで、と言いかけ。口をつぐんだ。もしも彼女にそれしか希望がなかったとしたら。 「予測が当たっていたとしても、やつのしたことは許されることではない。ハーリーも全てを知っていながら、手をこまねいてこの結果だ。 どうすれば一番良かったのかなんて、後になってみないと分らないが、美咲が真実を知っても立っていられるのは今かと思う」 そう送り出してくれたパートナーの言葉は、想いは、天音も抱いているものだった。 「あの……最近、ヤス、さんたちとどう接したらいいか分からなくて」 おかしいですよね。今までできていたのに。 美咲が風呂敷を抱きしめ、俯きながら言う。 「どうしたら、いいんでしょう」 「それを知りたいなら、おねえちゃんの所へ行く事かな」 「おねえちゃん、の?」 「そう。ただ、行って知る事は、多分あまり愉快な事じゃないだろうね。それでも行くなら」 天音が周囲へと目を向ける。 遠めに見守っている組員。料理を作っている弥十郎。傍に駆け寄ってきたのは美羽とベアトリーチェ。美羽は笑顔のまま、そっと美咲の手を握り、ベアトリーチェは優しく微笑む 大丈夫だよ。私は、みんなはここにいるよ。 そう伝えるために。 それはここ数日でずっと与えられていた温もりであったが、今このとき初めて美咲は (……ああ、温かいです) 手だけじゃない。見守ってくれる目の、なんと温かいことだろう。 美咲がそのことに気付いた。いや、思い出したのを察した天音は、言葉の続きを発した。 「支えるよ」 みんなで。 美咲は、少女は、顔を上げ、まっすぐに天音の顔を見て言った。 「私を、おねえちゃんのところに連れて行ってください」 |
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