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第2章 地下書庫へ


「あれ、鷹勢?」
 杠 鷹勢(ゆずりは・たかせ)魔道書 パレット(まどうしょ・ぱれっと)が地下書庫の入り口に入った時、書棚の間から声をかけられた。
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が来ていたのだった。
 今回の騒ぎの件は知らず、以前ここで利用者登録をしていたので、自力で館に来て、蔵書を見ていたのだった。
 登録カードがあったためもあるだろう、蔵書たちも混乱や感情の乱れを起こすこともなく、2人の来訪をごく穏やかに受け入れていたらしい。
 鷹勢とパレット、それに山犬の白颯に、後ろには『オッサン』(秘儀書『水上の火焔』)『騾馬(らば)』(錬金図解書『黄金の騾馬』)もいた。
「何かあったの?」
 足を止めた鷹勢の脇に大人しく座る白颯の頭を一度わしゃわしゃと撫でて、尋ねてきたルカルカに、鷹勢は今回の件のことを説明した。
「そんなことが……。分かった、ルカたちも手伝うよ。
 大丈夫、きっと見つかるよ」
 数日間行方が分からないという仲間を心配しているだろうパレットらの不安を軽くするように、務めて明るい調子で言ってダリルに視線を向けると、彼も頷く。
 その隣で、オッサンと騾馬は、『未分類』の札の置かれた書物の山を、それぞれに抱え、踵を返そうとしていた。
「じゃ、俺らはこれ持ってくからな。後は頼んだぜ」
 パレットに声をかけて、入って来た方へと引き返そうとしたオッサンは、ルカルカ達の視線に気付いたのか、ちょっとその足を止め、

「書庫内の書物を分類して整頓することも、間接的に捜索を助けることになるんじゃないかと思ってな。
 ごたごたと魔法の本が散らかった空間じゃあ、おかしな魔法でおかしなポケット的異空が出来てても気付かないからな。
 ……まぁこの量だから、微力もいいところだけどな。
 というわけで、俺らぁクラヴァートんとこでちょっくら頑張るからよ。
 姐さんと揺籃のことは頼むぜ」

 そう言って、再び歩き出し、書庫を去っていった。
「確かに、何より片付くことで視界がはっきりするっていうのはあると思うんだよね。クラヴァートも整理を望んでるし」
 パレットが言う。
「ところで、彼等の身に付けてたものとかあれば匂いで追跡できるんだげど、そういうの持ってない?」
 ルカルカがパレットに尋ねたが、「急なことで、そう言うものは残していかなかったと……」という返事であった。
「それじゃあ、彼等の予測される行動とか特徴とかは?」
 大して落胆もせずそのように視点を変えて尋ねると、
「揺籃が姐さんと一緒にいるかどうか分からないんだけど……
 多分、俺たちに何か知らせる気があるなら、『黒い獣』を使ってるんじゃないかなと」

 揺籃が使役する、彼の魔力の具現化『黒い獣』。
 戦う時は、相対した者の最も恐怖する姿を取る。
 人の心の闇の中に沈んだものを見出すというその獣は、自身もまた暗がりに身を潜めて音もなく行くという。
 敵意ある者たちの間を突破するにしろ、その間に潜んで攻撃の機を窺うにしろ、このような薄暗い地下書庫で行動するにはぴったりの隠密だと思われる。揺籃自身以上に。

「――じゃ、その黒い獣と2人、同時に探してどっちかHITするよう頑張ろう」
 説明を聞いたルカルカは、頷いて力強く言った。
「ちょうどこれもいるし、いろんな範囲から見て回ろう」
 連れてきていた『大図書室のキツツキ』を出してルカルカが言うと、
「じゃあ、俺はこれだな」
 ダリルは何気なさそうに一言呟いたかと思うと、取り出した『ピーピング・ビー』に【電子変化】して乗り移った。
『何か怪しいものを見つけたら連絡を入れる』
 とだけテレパシーでルカルカに告げると、その小さな機晶蜂の体を操って羽音も静かに飛び去っていった。
「お願いねー」
 ルカルカは手を振って見送ったが、鷹勢とパレットがあんぐりしているのを見ると、苦笑して説明した。
「あーあれはね、ダリルがスキルで実体をね……」
 目の前で実体が消えて、それが電子信号化して機晶蜂に宿ったというのだから、技師系のスキルのない鷹勢らが驚いたのも無理はない。
「『機械神』って呼ばれてるのは伊達じゃないのよ」
 笑いながらルカルカはそうフォローした。
「で、キツツキさんにも仕事してもらおう♪」
 と、大図書室のキツツキを放つ。キツツキは暗い天井の方へ飛んでいって、薄暗がりにやがて見えなくなった。
「あ……」
 急に思い出したように、パレットが声を出した。
「何? 何か手がかりになりそうなこと、思い出した?」
「じゃないんだけど、」
 ルカルカの問いに、パレットは頭を掻きながら答えた。
「俺たちとは別働隊で、ヴァニとベスティも動いてるんだけどね」
 『ヴァニ』(画集『ヴァニタスの世界』)と『ベスティ』(異書『ベスティアリ異見』)は、ともにオッサンや姐さんたち同様、パレットの魔道書仲間だ。
「ベスティがもしかしたら……やっぱり捜索のために動物を出してるかもしれない」
 ベスティは『動物寓意譚』の魔道書で、必要に応じて、中に書かれている動物や幻獣を出すことができる。

「実際、鳥を1羽、連絡用にクラヴァートのところに置いてるんだ。
 蔵書整理していて、何か情報が入ったら、俺たちの方に知らせられるようにってね。
 出すとしたら多分、敵に見つかって相手を刺激したりしないように、小さめではしこい普通の動物かなーと思うんだけど……」

 パレットは、言いながら鷹勢の足元にいる白颯に目をやった。
「……もしかして、今この図書館内、動物だらけになってないかな……?」




「何かが来ます――」
 パートナーの声に、古びた蔵書を手に持っていたグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、ハッと振り向いた。
 薄暗がりの地下書庫、整理の行き届いていない室内を、非常に小さいものが2つ、床の辺りをててててっ、と、グラキエスの視界を右から左へ突っ切るように走っていった。
 それからほとんど間をおかず、
「……、あ、ども、お気になさらず――」
 2つの人影――大柄で人の好さげな顔の青年と、ゴスロリドレス風の服装の少年――『ヴァニ』と『ベスティ』が、同じコースを走っていった。
「……」
「最初に走っていったのは、ネズミとモグラですね」
 エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が落ち着き払って解説すると、
「追いかけていった2人は魔道書です」
 負けじと(?)ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)も続ける。
 もちろんその影くらいは、グラキエスも捕えていたのだが。
「……ということは、例の捜索活動をしている、イルミンスールの……?」
「でしょう」
 グラキエスは、手にした書をぱたんと閉じ、元あった書架に戻した。
「あの様子だとまだ見つかったという風ではないでしょう、グラキエス様」
「そうだが……」
 グラキエス達も、この夢幻図書館で行方不明になったという2人の魔道書の話を聞き、それを気がかりに思って捜索に参加しようとしているのである。
 もしや、グラキエスが本を開いていたから、単なる図書館の利用者だと思われてしまったのだろうか。同じ目的で動いているのに。
 ――骨董のような古い、見たことのない書物に興味を引かれて、ついつい見入ってしまっていたのだった。
 もともと考古学好きで、文献資料を漁り、自然、本好きになったグラキエスだった。この夢幻図書館には、失われた書物まであると聞いて興味津々で来たのである。
 その途中で、魔道書の行方不明事件のことを聞いたのだ。
「……俺はあの魔道書達に会っているのだろうか」
 グラキエスはそう言って、ロアを見た。
 記憶を失って何も覚えていないが、以前、(今は)イルミンスールにいるその魔道書達に関わる事件があったことを、ロアが記憶していてグラキエスに教えていた。
(もっとも……俺は戦うのに集中していて、彼ら自身に深くは関わっていなかったようだが)
「顔くらいは、何かの拍子に見ていたかもしれませんね」
 グラキエスの考えを読んだかのように、ロアは言った。
 言い回しが微妙におかしいが、どうせ見ていたところで向こうも覚えていないくらいのものだから気にするなというニュアンスだろう。
 それにその頃とて、グラキエスはその身の魔力との葛藤で、他者との交流に十分に留意するほどの余裕はなかったはずだと、ロアは分かっている。
「あの時は、どれだけ心配した事か……
 今回も暑さで体が弱っているのに危険な所に!」
「キース……」
「大丈夫です、止めませんよ。したい事をしなさい。
 それは、私にとっても嬉しい事です」
 苦笑のような表情を浮かべて、ロアは穏やかにグラキエスに告げた。
「ありがとう、キース。
 それじゃ、俺たちは向こうに行ってみようか」
 そんなグラキエスの様子を見ながら、エルデネストは思っていた。
(蔵書同士で争うというのも、妙なものだ。
 その恨みは元々他人のものだというのに)
 今回の件を聞いて、正直彼が思ったのはそんなことだった。
 しかし、行方不明になったという魔道書のことを案じているらしいグラキエスを見て、苦笑混じりの溜息をつく。
(そんな紙切れ共を読みたがるとは……グラキエス様は相変わらず物好きでいらっしゃる)
 この館内に溢れている様々な「失われた書物」にも、さしたる興味も敬意も覚えないエルデネストである。
 しかし、それがグラキエスの望みだというのなら。
「解りました。参りましょうグラキエス様。
 整頓がなっていないようで足元が悪いですよ、お気を付けください」
 普段のようにうっすらとスマートな笑みを浮かべ、彼の言葉に頷くのだった。

 そうして、彼らの捜索行動も始まっていった。