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タシガンの自由な一日



「おやおや、こんな所で。自習かい? それとも補習かねぇ」
 薔薇の学舎の教室に籠もっている皆川 陽(みなかわ・よう)テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)が訊ねた。
「この学校に限って、補習を受けるような生徒なんていないよ」
 何を今さらという感じで、皆川陽が言った。
 ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)がスカウトする形で生徒を集めた薔薇の学舎は、エリートの集団である。彼らが目指すのは、ジェイダス・観世院の隣に立つこと。学校の拡大と共に、校長の交代などもあり、初期よりもその立ち位置は変化しているとはいえ、生粋の薔薇の学舎の生徒の目的は今も変わりがない。
 それゆえに、薔薇の学舎の生徒には、ジェイダス・観世院に選ばれたという自負がある。もしも補習などという不名誉なことになれば、それはジェイダス・観世院の顔に泥を塗ることになり、絶対に許されないことであった。
 もっとも、彼らの能力からすれば、高校程度の学力など、すでに習得済みではあるのだが。ヘタな教師よりも、数段彼らは有能である。才色兼備、それが、ジェイダス・観世院に選ばれる最低条件でもあるのだから。
 皆川陽も、平々凡々であった自分を思い起こすと、なぜこの場所にいるのだろうかと思うこともある。それでも、才能は眠っていたのだろう。今では、りっぱな薔薇の学舎の生徒である。
「みんながみんな、そんなことはないとは思うけどねぇ」
 事実、他の学校と同じように授業も補習も行われているじゃないかと、テディ・アルタヴィスタが小首をかしげた。実際、テディ・アルタヴィスタは、何度かすれすれになったことがある。さすがに5000年の空白があったのでは、すぐには現代の知識にはなじめなかったからだ。それに、薔薇の学舎に入ったのも、本人がジェイダス・観世院に見初められたのではなく、ジェイダス・観世院に見初められた皆川陽を追ってのことだ。テディ・アルタヴィスタの立つ位置は、ジェイダス・観世院の隣である前に、まず皆川陽の隣だ。それは、すでに主君と騎士というものを超えて、テディ・アルタヴィスタの中で皆川陽の嫁というものにまでなっている。
「それは、後で薔薇の学舎に入ってきた人たちだよ。ボクたちは、違うんだよね」
 それゆえの自習であった。
 この先、ジェイダス・観世院のために自分がどれだけ役に立てるかを目指して、自ら切磋琢磨しているのである。
 別段勉学に熱心でもないテディ・アルタヴィスタは、普段皆川陽がどんな授業を受けているのかは、気にもとめていなかった。心配する必要はないと信じていたからだ。
「やあ、みんな、精が出るね」
 そこへ、ヤングジェイダスがやってきた。
 ジェイダス・観世院に選ばれた者たちは、特に授業を受ける必要すらないのだが、ここで自習していれば様子を見に来たジェイダス・観世院と出会う可能性があった。そこで、自分の有能さをアピールするためにも、自習を絶やさないのである。もちろん、ここでのアピールの仕方も、多大の緊張感を伴った試験に相当していることは言うまでもない。
 ジェイダス・観世院に選ばれた者たちが、普段何もしていないように見え、他の生徒たちのように試験や進級で苦しんでいないように見えるのは間違いである。いかに自分の有能さをジェイダス・観世院に認めてもらえるか。しかも、優雅に、華麗に。他人を貶めることだけのような下賤な者は、真っ先にふるい落とされる厳しい世界でもある。
「いらっしゃいませ、ジェイダス様」
「御機嫌麗しゅう」
「ジェイダス様ー♪」
 ジェイダス・観世院に気づいた生徒たちが、優雅に挨拶を交わす。どこからわいたのか、部屋中に赤い薔薇の花びらが舞い、甘い香りが香ってきた。
「それでは、今日も皆の話を聞かせてもらおうかな」
「はい、喜んで」
「では、わたくしが……」
「いえ、わたくしのお話を……」
 ジェイダス・観世院を取り囲んで、生徒たちが自分たちの学んだことを口々に報告していく。それは、自身の有能さをアピールすると共に、ジェイダス・観世院に新たな知識と情報を与えていくのだった。