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“蛍”シリーズ【第七話】、【第八話】、【第九話】、【第十話】

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『……』
『……』
 
 やはり二人は黙して語らない。
 それは直に対面し、幾ばくか心を通わせたあの時と同じ。
 
 交わすのは言葉ではなく、ただ拳と拳のみ。
 真一郎と享は愛機の拳と拳で自らの心の内を伝え合う。
 
 硬い手甲に覆われた豪腕で、ただ殴り合う。
 厚い装甲に鎧われた機体を、ただ殴り合う。
 
 それ以外の戦い方を二人は知らぬし。
 それ以外の戦い方をするつもりもない。
 
 先に鎧が砕けたのは、“フェルゼン”bis。
 すぐさま漆黒の機体は自ら鎧を脱ぎ捨てると、鎧竜に向けて波状攻撃を繰り出す。
 四方八方から浴びせられる高速の拳打。
 対する鎧竜の拳速では、漆黒の機体を捉えられない。
 
 いったい何度、漆黒の機体が放つ拳が鎧竜を打ち据えただろうか。
 いったい何度、鎧竜の拳が空を切っただろうか。
 もはや勝敗の決したと思われた、その攻防の果て。
 鎧竜の拳が遂に漆黒の機体を捉える。
 地を割る豪腕の一撃を受けた漆黒の機体は激しく吹っ飛ばされ、地面へと転がった。
 
『……なるほどな』
 地に伏したまま、享はあるものを見つけて得心した。
 
 “フェルゼン”bisのカメラアイが捉えたのは、鎧竜の足元に転がるパーツ。
 土壇場で鎧竜がパージした右手の手甲だ。
 
 装甲を纏った状態ならともかく、今の“フェルゼン”bisならば話は別だ。
 剥き出しの拳で殴ったとしても効果は期待でき、自らの拳を壊すこともない。
 ゆえに真一郎は咄嗟の判断で手甲をパージし、拳速を上げることを選んだのだ。
 結果、渾身の正拳突きが見事なカウンターで決まったのだ。
 
『最後は自分の拳だけで勝ったというわけか。見事だ』
 各部の関節を軋ませながら、“フェルゼン”bisはよろよろと立ち上がる。
 鎧竜も稼働限界時間を目前にし、膝を笑わせながら必死に立つ。
 
 ゆっくりと歩み寄る二機。
 もはやほぼ零距離にまで接近した二機は、どちらからともなく倒れ込んだ。
 互いに前のめりに倒れた二機は、互いを抱きしめ合う形となる。
 奇しくもそれは、互いを支え合う形となり。
 また、勝負を終えて互いの健闘をたたえ合う格闘家のようでもあった。