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【DarkAge】エデンの贄

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【DarkAge】エデンの贄
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リアクション


●Wanderers (2)

 アルクラント・ジェニアスら四人は、レジーヌたちとは別の場所から同時に爆破を行った。
 やはり外壁の薄い部分を突破し、砦の内部に入った。そこまではレジーヌ隊と同じだ。
 だが異なるのは……突入早々、十を数えるのクランジ量産型の反撃を受けたことである。
 その上、
「皆殺しにしろ。捕虜は不要!」
 陣頭に立ち、これを指揮するのはクランジσ(シグマ)であった。
 シグマはエメラルドグリーンの髪をいささかも乱さず、研ぎ澄まされた刃の目でアルクラントたちを見すえている。
「いつかこんな日が来ると思ったよ……薄汚いレジスタンスども」
 シグマの視界に、ペトラの姿が入った。
 ――機晶姫か。
 瞬時シグマ……つまりアイビスの心に複雑な感情が交錯した。
 憎しみがある。
 ――機晶姫だというのに、機晶姫のための理想郷の実現を阻もうとする者……!
 一方で、哀れみのような気持ちもないわけではなかった。
 ――我らの未来がこの延長線上にしかないことを、理解できない愚か者……!
 相手が機晶姫だからといって、彼女は手加減するつもりはなかった。クランジであっても同じだ。姉妹(シスター)であるクシーでも、ラムダでも、邪魔をするなら消滅させるだけ。
 ――ともに行動する人間たちも、それ以外の種族も、奪って、壊して、殺してあげる!
「狩りの時間だ。この世界に機晶姫以外の存在は……いらない!」
 シグマの手にした銃が赤い炎を放った。頭部を狙う凶暴な弾丸。激しい螺旋痕を描きながら炎は、まっすぐにアルクラントを狙った。
「……!」
 アルクラントはシグマが銃を手にしたとき、すでに回避行動に入っていた。しかしそれでも銃弾は、彼の側頭部を掠めて飛んだ。鼓膜が破れそうなほど激しく振動する。
 彼は悟った。あのクランジ……シグマは、確実に眉間を狙っていたと。
 一撃でも食らえばそれで終わりだ。
 次の弾丸が飛んでくるより早く、アルクラントは物陰に隠れる。外壁が崩れることでできた即席の遮蔽物だ。いざとなれば後退できる広さもある。他の三人も続いていた。
「ものの一分でこの損害か」
 アルクラントは手早く状況を確認した。無傷でいるのは自分くらいで、仲間は三人とも手負いの状況だった。特にクラフトは痛々しい。電磁鞭が絡んだのだろう、左の膝は焼けただれ、額からも激しく出血して顔を朱に染めている。
 ――爺様……衰えたか。ほんの数年前までは考えられなかったことだけど……。
「アッシュも無事か?」
 呼びかけると、アシュトールは返事するかわりに咳き込んだ。咳するたび血の飛沫が散った。赤いものがその口の端にあった。酷く打たれたようだ。内蔵まで損傷している怖れがあった。
「マスター!」
 手が留守だよ、とでも言うかのようにペトラが大きな声を出した。
 ペトラはレーザーブレードを使い、懸命にクランジたちを遠ざけている。その破壊力は絶妙で、クランジの電磁鞭を叩き切り、返す一刀で別のクランジの頭を吹き飛ばしていた。
 銃を手に射撃を再開しながら、アシュトールがアルクラントに呼びかけた。
「聞けよ相棒……耳寄り情報だ。クランジに援軍の来る様子はないな。それどころか後方は混乱しているらしい」
 されど悲しいかな、彼の声は掠れ、一部の音がよく発音できなくなっている。
 しかしその事実をあえて無視して、アルクラントもまたライジング・トリガーの斉射を再開した。
「つまり、レジーヌ隊や本隊の襲撃が成功しているということか。敵は戦力が分散している」
「いい読みだ、アル坊! ここを突破すれば味方と合流できる見通しが高いぞ!」
 クラフトは血塗れの目の周りをぐいと乱暴に拭うと、両袖をまくりあげ歯を見せて笑った。かつて天地・R・蔵人青年が、やはり青年の石原肥満にそんな顔を見せたように。
「くっ……!」
 このとき、一人前に立ち鬼神ように敵を食い止めていたペトラが、声を上げて片膝をついた。
「なんの……これしき……」
 と言っているが強がりなのは一目瞭然だ。なぜならペトラが手で押さえた左目の下から、どくどくと赤いものが溢れしたたり落ちていたから。
 シグマの銃弾に左目を射貫かれたのである。機晶姫でなければ、即死だった。
「アルク! 下がって止血してやれ!」
 アシュトールはそんなペトラの体を抱いて、投げ渡すようにして強引にアルクラント預けた。その際、ペトラの耳に、
「相棒の称号はペトラ、お前にくれてやるよ」
 と囁いていた。血が混じった声だが、それははっきりと聞こえた。
「アッシュ……!?」
 ペトラは残ったほうの目を見開いた。
 アシュトールはニヤリと笑って、ホースで散水するように銃を、ざららっと真横に掃射した。量産機群に大した被害を与えることはないが、簡単な足止めにはなった。
「クラフト爺様もだ! いいな、『爆風が届かないところまで下がる』んだ!」
「すぐ行く。俺もな」
 クラフトは片足を引きずりながらアルクラントを追った。
 このときアシュトールは爆薬を手にしていた。外壁を壊すのに用いたのと同じものだ。ひとつだけ、誰にも告げずに隠し持っていたのだ。
「お前たちの道は誰にも阻ませねえ……こんな連中には特に、だ」
 アシュトール・エメラルダは爆弾を抱えた。まるでそれが生まれたばかりの赤子のように、大切に。
 そして彼は走り出した。クランジ量産型の集まっているところ目指して。
 もちろんアシュトールはすぐに電磁鞭に捕まった。
 何本もの鞭が致死量の電流を彼の身に流す。
 爆弾の起爆装置にも、電流は滞りなく流れる。
「進め、アルクラント・ジェニアス! 俺たちの目指したフロンティアに!」
 爆弾が砕け散った。

「さあ、行こう。マスター。僕たちにはやらなければいけないことがある」
 立ち上がったペトラはフードを脱いでいた。
 左目のあった場所には布を詰めている。
「アッシュの死を無駄にしちゃいけない。嫌と言っても、殴ってでも連れていくよ」
 爆弾の効果は凄まじいものがあった。外壁の他にもう一つ穴が開き、直接爆弾のダメージを受けなかったクランジまでも、エデンの下に落としてしまった。
 よろめきながら アルクラントは立ち上がった。
 すでにクラフトは彼の前方にいて、荒い息をしながらも銃を手にしている。
「アル坊、さっきも言ったろ。立ち止まっちゃいかん。この先には……」
「この先にあるのは、オマエたちの絶滅だけだ!」
 クラフトの首筋に、ガンブレードが突き刺さった。彼のどこにこれほどの血があったのかというほどに、大量の血液が噴き出してクランジσ(シグマ)の髪を赤く彩った。
「人間! 私はオマエの大切なモノを奪い、壊し、絶望させてから殺す! それがオマエたちのやり方だから……!」
 クラフトの体は力を失い、ずるずるとシグマの体の表面を伝いながら沈んでいく。
「つぎはその機晶姫だ!」
 アイビス、いや、シグマは、血ぶるいして叫んだ。
 彼女も無傷ではなかった。顔の右側面が焼かれて黒くなっており、右腕も利かなくなったのかだらんと垂れ下がっていた。ガンブレード以外の武器は吹き飛ばされたようだ。しかし左腕は無傷で、クラフトから引き抜いたブレードの切っ先はぬめぬめと光っていた。
 血を見るとアイビスは、母親の死を思い出す。
 彼女の目の前でその母、アデットは撃たれた。胸に二発。溢れ出た大量の血で床が真っ赤に染まった。アイビスの頬には、飛び散った母の血が付着していた。
 その後救出されたあとも、アイビスは顔を洗うことをずっと拒否していた。血が完全に乾いて自然に剥がれ落ちるまで、そうしていた。
 ――あのときの私と同じように……すればいい。
 残酷な悦びにアイビスの……クランジσの魂は震えた。
 だが魂を振るわせているのはシグマだけではない。
「マスター。行って。差し違えてでも、あいつは倒す」
 ペトラも、内側から湧き起こる破壊衝動に震えていた。暴走状態に突入しているのだ。ペトラの場合、フードを脱ぎ去ることがそのスイッチとなる。
「見くびられたものだ……銘入りのクランジ相手に、手負いの二人で勝てるとでも?」
 シグマが鵺のような笑みを浮かべた、そのときだった。
「違う。『手負いの三人』だ」
 しがみついていた。
 クラフト・ジェニアスが、立ち上がってシグマにしがみついていた。
 クランジの弱点は、人間が取る予想外の行動にとっさの反応ができないこと。
 シグマは本来の意味ではクランジではないかもしれないが、その習性は受け継いでいた。
 硬直状態になるシグマを無視して、クラフトは告げた。
「アル坊、すまん。謝っておかないとな。今、俺はもう一度立ち止まろうとしている。お前を先へと、歩き出させるために」
 すでに出血多量で死んでいるべき状態なのに、立っているだけで奇跡的なのに、その上クラフトは、ブルドーザーのような力でシグマの体を押している。シグマはたまらず、一歩、二歩、後退した。それにとどまらずたたたっ、と押されていった。
「行けよ、アルクラント。お前の行くべき場所へ」
 もう一度だけ振り向いて、クラフトは笑った。
 そしてシグマと共に、足元に空いた亀裂へと飛び込んだのだった。
「私が……こんな……!」
 シグマはここでようやくクラフトを引き剥がし、手を伸ばして淵をつかむべく手を伸ばした。
 指がエデンの端に届いた。
 だがそれもつかの間。
 血に濡れた指は滑り、アイビスもまた、はるか遠い大地へと落下していった。
「お母さん………………!」
 その呟きを聞いた者は、いない。