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【DarkAge】エデンの贄

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【DarkAge】エデンの贄
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●Wanderers (5)

 風森望およびノート・シュヴェルトライテと別れ、樹月刀真はあえて音の大きいほう、敵の気配のするほうへと歩みを進めた。
 ――俺は、クランジを殺すためにエデンへ乗り込んだ。
 刀真はもはや羅刹の粋にあった。ただ、目の前の敵を斬り倒す。慈悲はない。
 ただ、斬り倒す。すべてのクランジを。
 刀真は戦い続けた。銘の入っていない量産型ばかり彼の前にたちはだかったが、いずれも刀の錆に変えた。
 そしてまた、新たな戦いを求め、彼は目の前のドアを蹴り開けた。
 妖気たちのぼるような双剣を両手にさげ、全身から殺意を発する刀真を見ても、新風燕馬はさほど驚かなかった。
「とんでもないことになったな」
 とだけ言って、刀真の背後に控える漆髪月夜と封印の巫女白花にも一瞥をくれただけだった。
 ここはエデンの医務室だ。消毒液の香がする。クランジのための修理機材も一通り揃っていた。
 燕馬はグレー地の白衣(矛盾表現だが空京では灰色の衣服しか許されていないためこうなる)をまとっている。彼はここの主任調律師にして、人間の医師だった。
 落ち着き払っているのは燕馬だけではない。同室の看護師、ザーフィア・ノイヴィントも、
「……やれやれ、騒がしいなあ。エデン勤務はだから嫌だったんだよね。空京でスカサハちゃんたちと仕事してるころは楽しかったなあ……まあ、ユプシロン様の近くにいられるのはいいんだけど」
 などと言って肩をすくめている。なお看護師といっても、その服装が灰色なのはいうまでもない。
「ザーフィアちゃん、スカサハちゃんと働ける空京住まいと、ユプシロンちゃんのいるこっち、どっちがいいわけ?」
 というローザ・シェーントイフェルも看護師の扮装だ。ザーフィアは即答した。
「空京にみんなで暮らす!」
「……やれやれ」
 ローザは額をおさえたが、車輪付きの椅子をぐるっと回して刀真に顔を向けた。
「さてところで、そちらはレジスタンスご一行のようね。私たちは敵味方の区別はしないわ。その怪我、見せてご覧なさい」
「受付? いや、ローザくん、あの戦いの敗者は僕なのだから、そういった雑用は僕がやるよ……」
「なに言ってるの、あのとき負けたのは私なんだから、もっとこき使ってくれていいくらいよ?」
「二人とも、妙な譲り合いは止すんだ。まったく、何年経ってると思ってる……。それに、それを言うならあのとき負けたのは俺なんだ。ヒエラルキーは俺が一番下で合ってる」
 三人がこういったやりとりをするのは茶飯事らしい。しばらくして、
「叛乱が起こってるようだが、俺には関係ない。戦う理由がないから」
 燕馬は軽く告げて、刀真に目の前の席を勧めた。
「理由とは、どういうことですか?」
 白花が進み出て問うた。
「言った通りの意味だ。もはや人類が勝とうがクランジが勝とうが、どうでもいい。俺は俺の職務をこなす、そのことにしか興味はない」
 ――俺を育ててくれた家族も、守りたかった初恋の人も、既に核によって奪われているから。
 癒えたはずの心の傷口が、少し痛んだ。
 しかしその痛みを隠して、燕馬は刀真の腕の傷を診ようとした。
「……そいつは、クランジか」
「何だって?」
「クランジかと訊いている。そこの女だ」
 刀真は低い声でうめくようにつぶやくと、ザーフィアを指さしたのだった。
「それは本質的誤謬というものだよ患者くん。僕はたしかに機晶姫だが、クランジはもっとずっと尊崇な方々だ。僕など遠く及ばない」
「だがクランジの手下で機晶姫だ」
「うん、まあそういうことになるね。とくにユプシロン様にはご恩があって。優しいんだよあの人は、スパイ容疑をかけられて解体されそうになった僕を体を張ってかばってくれて……って!? 患者くん、ここは中立地帯の医務室なんだがね!」
 ザーフィアが仰天したのも無理はなかった。
 刀真が立ち上がって剣を構えたのだ。
「クランジの係累だ。俺はこいつを殺す……」
「ちょ、ちょっと刀真!」
 月夜が彼を止めようとするも、先に動いたのは燕馬だった。
「その女は俺より後に死ぬべき人だ。俺が生きている限り、彼女は殺させない」
 彼は枷かけの銃を抜き刀真に突きつけたのである。
「私も同意見。手当してあげるから、チャンバラはお外でやりなさい!」
 ローザは言いながら刃に手を伸ばしたが、それが抜かれることはなかった。
 医務室の窓ガラスが派手に音を立てて割れた。細片になったガラスが雹のように降り注ぐ。
 誰もが声を失った。
 黒い大型の野獣が、唸り声上げて刀真に躍りかかったのだった。
「ク、クランジρ(ロー)……様!」
「あれが!」
「クランジ……!」 
 月夜と白花、ともにローを目で追ったが、その直後、巨大な音波を背中から受けて吹き飛ばされる。
 甲高いその音は、破壊力をもつ叫び声。
「レジスタンスども……一人残らず生かして帰さない……!」
 叫び声の主は、クランジπ(パイ)だった。
 ローは唸りを上げて刀真の腕をつかむや、ぐるっと振り回して反対側の窓に放り投げた。並みの成人男性を超える体格の刀真が、ローにとってはまるで玩具の兵士だ。片手で簡単に投擲していた。入って来た側の窓ガラスが砕け散り、刀真は反対側の廊下に投げ出される。ローは四つ足になって跳び、それを追った。
 パイはちらりと燕馬を見た。
 燕馬は、無感動な目でそれを見返した。
 パイは何か言おうとしたが中断し、ローの名を呼びながら駆けていった。
「撤収の準備をしようか。ここに来たときの飛空艇がまだ使えるはずだ」
 燕馬は立って、荷物をまとめはじめた。
「撤収? それはまたどうして?」
 ローザが訊くと燕馬は簡単に、
「エデンは陥落する」
 とだけ言って作業を続けた。
「クランジ側が勝ってるような気がするがねえ」
 と言いながらザーフィアもカバンに手近な医療器具を詰め始めている。
「まあ、我々は一蓮托生ってわけさ。どこへ行こうと付き合うよ」