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空を観ようよ

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蒼穹を見上げながら

 2024年もあと数か月となったある秋の日。
 教導団歩兵科准尉のジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は、妻のフィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)と共に、近所の公園を散歩していた。
 今日は非番だった。
 2人は適当なベンチに腰かけた。
「綺麗な青空ですね」
 シルフィアが言い、ジェイコブは何も言わずに頷く。
 雲一つない、青空を見上げながら――2人は、思い出していた。昔の、空の色を。

 パラミタに来る前。
 ジェイコブはパラミタとは違った色合いの、眩しいカリフォルニアの蒼穹の下にいた。
 彼はロスアンジェルス市警のSWAT隊員だったが、血の気が多く、過激な行動に出てしまいがちで、犯人制圧時に必要以上の暴力を振るい、或いは派手に周辺のものを破壊してしまうことが多々あった。
 5年前。彼はついに市警の上層部に睨まれて、SWATから外され、パトロール警官に降格となった。
 プロイセン義勇兵としてアメリカ独立戦争に従軍して以来、幾多の名将や英雄を輩出してきた軍人名家の出身ながら、陸軍士官学校や海軍兵学校などへ進まず、普通の大学を出て警官になったのは、決められた道を歩むことへの若者らしい反発心があったのかもしれない。

 悶々としていたある日、彼はパトカーで巡回中に、1人の若い女性と出会った。
「動くな! 腹這いになって、両手を広げろ!」
 それが、ジェイコブが初めて、女性――フィリシアに向けた言葉だった。

 5年前。剣の花嫁として未熟だった頃。フィリシアはツァンダの郊外に住んでいた。
 だが、未熟だったゆえに、彼女は地球とパラミタの間で暗躍する、人身売買組織の毒牙にかかり、拉致されて地球に連れてこられていた。
 目を覚ますと、パラミタのそれとは違う、どこか乾いた空気。
 周囲を観ると、自分と同様の囚われた少女達。
 自分たちがどういう目的で連れてこられたかは一目瞭然だった。
 だけれど、彼女は大人しく自分の境遇を受け入れるほどに、弱くはなかった。
 ……というより、向こう見ずだった。
 紙一重の偶然、奇跡的に彼女は脱出に成功し、必死に逃げに逃げた。
 残された『仲間』には必ず助けに戻ると誓って。

 どれくらい時間がかかっただろうか。
 街中に出た彼女は、体格の良い一人の若い男性を見つけた。
 この土地のことなど、何もわからないけれど、身なりから、治安関係者であることはわかった。
 彼が組織と通じていたら、その時点で全てが終わる。
 でも、賭けるしかなかった。
「動くな! 腹這いになって、両手を広げろ!」
 声をかけるより早く、その男性の銃がフィリシアに向けられた。
 着の身着のままで、負傷をしているフィリシアは、明らかに異質な存在だった。
「助けて、ください」
 彼女は言われた通り、両手を上げた。
 だけれど、腹這いになる時間はなかった。
 時間をかければ、仲間は別の場所に連れていかれてしまうかもしれない。
 男性からは強い威圧感を感じた。でも、彼の最初の反応から、組織の仲間ではないという確信を持てていた。
「人身売買組織に、仲間がまだ捕まっているんです」
 まっすぐ彼の目をみつめながら、フィリシアは必要最低限のことを伝えた。

 ジェイコブの決断は早かった。
 彼女の話を聞いた途端、彼の身体に熱い感情が湧いた。
 彼女は、剣の花嫁という種族の女性だという。武術のたしなみがあり、足で纏いにはならなそうだった。
 彼女と組んで、ジェイコブは組織のアジトへと潜入し、証拠を固め、そして救出に当たろうとしていた。
 だが、証拠の写真や映像を市警に送るより早く、組織のメンバーに発見されてしまった。
 銃弾が飛び、ジェイコブの身体を傷付ける。
 柱の裏に隠れてはいるが、逃げ場はない。
 敵は少しずつ近づいてきており、こちらに為す術はない。
 ジェイコブその時、死を覚悟した。
「わたくしと、契約をしてください」
 隣で息をひそめていたフィリシアが突如ジェイコブの腕を掴んだ。
「契約? なんだそれは……っ」
 銃弾が、柱の一部を破壊し、ジェイコブの腕を掠めた。
 フィリシアの身体も既に深く傷ついている。
「わたくしは、あなたの力となります。今も、これからも――あなたと共に戦いますわ」
 言葉の意味は良く分からないが、彼女の決意が籠った強い瞳に頷いて、ジェイコブはフィリシアと契約を交わした。

 そして、彼と彼女は力を得た。
 迫りくる敵の攻撃を躱して、的確な射撃で撃ち倒す。
 危地を切り抜け、2人は組織を壊滅させて生還を果たした。

 とはいえ。
 彼の行動はあまりにも向こう見ずだった上に、FBIも張り込んでいたので、抗議が殺到し……結局これがきっかけで、教導団への無期限研修と言う名目で追い出されてしまったのだ。

 それから5年。
 フィリシアはそっと、ベンチの上に置かれているジェイコブの手に、自分の手を重ねた。
 彼は空から視線をフィリシアに向けて、ごく軽く微笑んだ。
 フィリシアも嬉しそうに微笑む。
 太陽の光は、とても暖かくて。
 風は柔らかで。
 鮮やかに色付いた木々は、とても美しかった。

 いま、2人は結ばれて、ここにいる。新しい家族とともに――。