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空を観ようよ

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同じ空の下

 世界の危機を越えて、幾年月――。
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、大荒野の小さなオアシスの街にいた。
 茶色のケープを纏い、フードで顔も隠している。
 酒場に入ろうとしたグラキエスは、オアシスから近づく一つの影に気付いた。
(ゴルガイスが追い付いてきたか。もう少し引き離せると思ったが)
 すぐに身を隠し、深くため息をつく。
「どうしました……ああ、またですか」
 行動を共にしているエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)も、街に近づいてくる者の姿に気づき、口元に笑みを浮かべる。
(ふふ……さすがにそうそう諦めないか。
 しかしグラキエス様は既に選んだ。この先共に行けるのは共に堕ちることができる者だけだ。
 行きつくところまでいけば、もはやグラキエス様の全ては私一人のもの――)
 悪魔であるエルデネストはグラキエスの死後、グラキエスの全て……魂を自分のものいするという契約を結んでいる。
 しかし、グラキエスと過ごすうちに、魂を得るだけでは満足できず、心も身体も何一つあまたず自分のものにしたいと執着するようになっていた。
(もう来るなと何度いえばいい。俺はこの選択は間違ってないと思っている)
 グラキエスは苦悩する。
 数年前、グラキエスはゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)たち、パートナーのもとを離れて放浪の旅に出た。
 グラキエスは狂った魔力を持ち、度々暴走とその末の死に晒されていた。
 核を摘出し、暴走は回避したのだが、記憶と魔力の循環機能を失い、結果以前に増して、魔力に体を蝕まれ、衰弱し続けている。
 心身は蝕まれ、抑えきれぬ魔力に、精神が支配されかけていた。
 それを感じたグラキエスは、精神が完全に蝕まれる前に、ゴルガイスはじめ、自分が別の道を選ぶことを望むパートナー達との契約を切る方法を探し出そうとしていた。
 旅に出た理由はもう一つある。
 それは、暴走しても影響のないどこかへ行く事、だ。
(俺は皆との約束を守る。
 死を選ばずに生きる。だがその道行きにゴルガイス達は連れて行けない)
 未来人達と出会い、光条世界の存在を知ったため、自分の死を悲しむであろうパートナーたちと、暴走に巻き込みたくない自分の望みを両方叶えるためにはこれしかないと、グラキエスなりに考え抜いて決断しての行動だった。
「予定より少し早いがここを離れよう。他の者も来ると厄介な事になる」
 行動を共にしているエルデネストたちに声をかけて、その場から離れる。
「さあ行きましょうグラキエス様。貴方の行先がどうなろうと、私が側におります」
 エルデネストは他のパートナーを切り捨てて『魔力に酔い痴れ堕ちた先の暴走』へと向かうグラキエスを歓迎していた。
 パートナーの中で、唯一グラキエスが堕ちて行く事を止めず、彼が何を望んでも反対せず、その結果がいかに悲惨なことになろうとも傍にいて――最後は、グラキエスの全てを自分のものにするのだ。
 そう公言をするエルデネストは、今のグラキエスにとって離れられない存在となっている。
「……もうゴルガイスと同じ空を見上げるのは、これで最後にしたい」
 グラキエスはそっと空を見上げた。雲一つない、青空を……。
 パートナーのと過ごした日々が、脳裏によみがえる。
「会う度辛くなるだけだ」
 俯いて、グラキエスはそのままキマク行きの馬車に乗り込んだ。

(分かっている。グラキエスは死ぬために我等と離れたのではない。
 生きる為に選んだ道だと分かっているのだ。
 共にありたいと願うなら、エルデネスト達のように例えグラキエスがどうなろうと共にいれば良い)
 ゴルガイスは強く目を煌めかせながら、歩いていた。
(だが、我はグラキエスを狂った魔力から救い一人の人間として生きられるようにとこれまで尽力してきた。
 グラキエスが選んだ道を認めることはできんのだ)
 拳を強く握りしめ、小さなオアシスの街の中へと入った。
 この街に彼がいる。その情報を掴んで訪れたのだ。
「この男を見なかったか。長身でかなり痩せている」
 写真を見せながら、ゴルガイスは人々に尋ねていく。
「それっぽい人なら、来てるけど……今日は見かけないね」
 小さな町だ。顔を隠してい入るが、グラキエスの存在は街の人々に知られていた。
「あ、その人なら馬車乗り場に向かって行ったよ」
 その言葉を聞き、ゴルガイスは馬車乗り場へと駆け付けた。
 しかし、既に馬車は出発してしまっていた。
「グラキエス聞こえるか! 我は諦めんぞ!! 必ず、連れて帰る!!」

「……っ」
「グラキエス様、窓から顔を出してはダメです。乗っていると知らせるようなものですからね。
 お伝えしたいことがあるのなら、私がテレパシーで伝えますよ」
 窓から顔を出しそうなグラキエスを止めて、エルデネストは囁きかける。
「これまで一緒に生きてきた大切な存在なのは変わらないが、エルデネストたちと違い堕ちる事をよしとしないゴルガイス達を道連れにはしたくないんだ……っ」
 苦しげなグラキエスを微笑んで見守りながら、エルデネストはゴルガイスにテレパシーを送った。
(グラキエス様は、私たちと共に行くことを望んでおられます。
 あなた達との絆を絶つ方法も見つけてさしあげますよ。あなたはただ、大人しく家で待っていればいいんです。新たなパートナーとの出会いをね)
 くすっと微笑んで、テレパシーを終え、苦悩に満ちた表情のグラキエスを励ますように、エルデネストは背を叩いた。
「諦めん! 諦めんぞ!!」
 ゴルガイスは幻龍比翼を用い、巨大な魔法の翼を発現した。
 そして馬車に追いつき、後部に張り付いた。
「グラキエス! 我らのもとに、戻って来い!!」
「何度言えばいいんだ。戻るつもりはない!!」
 グラキエスもまた、客席で声を張り上げた。
「……ゴルガイス達を道連れにしたくない、わかってくれ!!」
「やむを得ませんね」
 エルデネストが窓を開けて、光術を発動。
「っ、理解はしている。しかし、認めることはできん!」
「こんなことは、したくないんだ……頼むから、もうついてくるな!」
 グラキエスは、魔銃バルセムで周囲を撃った。
 壁が飛び、屋根が飛び、掴んでいたゴルガイスの身体が飛んだ。
「さあ、行きましょう」
 エルデネスト達が翼を広げる。
 グラキエスも自身の魔力を具現化させ、黒い翼を広げた。停止した馬車を捨てて、空へと飛んでいく。
 ゴルガイスは振り落とされ、地に叩き付けられて動くことも出来ない。
「我はグラキエスと同じ空の下で生きる為に生きてきた!!」
 それでも、声を振り絞り力の限り叫ぶ。
「諦めんぞー!!」
「……っ」
 飛びながら、グラキエスは血がにじむほど強く拳を握りしめていた。