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空を観ようよ

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空を観ようよ
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青い空に消える闇

 世界の危機が過ぎて、数年が過ぎたある日。
「んー、何て伝えましょうね」
 牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)はふらふらヴァイシャリーをあるいていた。
「消えるかもー、死ぬかもーとか凄く泣かせそうですし」
 彼女の呟きに、すれ違った人がちらっと振り返る。
 彼女の方は景色も街の人々のことも何も気にせずに、ただ歩いていた。

 ヴァイシャリーにある、レストランからヴァルキリーの少女が出てきた。
 家族と一緒だったようだけれど、その少女だけしばらくその場に残っていた……。
 そこに。
「やっほー、ミルミちゃんいえーい」
 手をふりふり近づいたのは、アルコリアだった。
「アルちゃーん! 久しぶりーっ!!」
 少女――ミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)は周囲も見ずに駆けてきた。
「おっと、危ない。もう子供じゃないんだから、ちゃんと周りは見ないとね」
 人にぶつかりながら駆けてきたミルミの両肩をアルコリアは押さえて止めた。
 ヴァルキリーであるミルミは今だ少女のような外見だった。でも、年齢は既に20歳を超えている。
「そういうアルちゃんはいつも周りなんか気にせず、ミルミのところに来てくれたよね。
 ミルミこれからちょっと用事あるんだけど、夜は空いてるよ!」
「ん、そっか。でもね、今日はデートの誘いにきたんじゃないんだ」
「それじゃ、今日じゃなくてもいいよ。ちょっと話したいことがあるんだ……」
 ミルミはやや深刻そうな顔をしていた。でも……。
「ごめんね。約束は出来ないんだ。んー、とね。
 今日ここに来たのは……しばらくあてのない旅に出るので、ミルミちゃんだけに挨拶をと思って」
「えっ!?」
「誰にも内緒だよ」
 アルコリアは、“旅に出る”ことを自分のパートナーにも言っていなかった。
 とはいえ、パートナーロストの影響が出たら、なるべく隠して欲しいと書置きを残してきたので、概ね気づいてはいるだろう。
「なんで? 時々帰ってくるんじゃだめなの? ミルミはアルちゃんと会いたいよ」
 ミルミがとても不安そうな顔で聞いてきた。
「んんー、どこから話そうかな……」
 アルコリアはミルミと一緒に河原へと出て。
 静かに流れる運河を眺めながら語りだす。
「『自分平和』多分それでよかったんだと思うの。
 自分の為に、意志を持てない人間は何になるのか」
「……」
「自分の為じゃない、目的に力を振ってみて成れたものってね。
 全く話の通じない、暴力そのものだったの。望みがないから話が通じない。それは望んで成ったのだけれども」
 ミルミにはアルコリアの伝えたいことは良く分からないけれど、運河の流のように静かに、アルコリアの話を聞いていた。
「暴力その物を誰かが否定する言葉をくれるんじゃないかって……でもダメだったの」
 アルコリアの顔は、穏やかだった。
「薄々は気付いていたんだけど、そんなものは無いって認めたくなくて。
 きっと人間はそういうのが好きだから、『正義のヒーロー』って言い逃れのできないように描かれた悪に暴力を振るう事で、力が正当化される娯楽が沢山の人に受け入れられてる……人はそういうの好きなんだって」
 ミルミを見詰めながら、アルコリアはゆっくりと言葉を続けていく。
「そして、私の願いはとても矮小で醜悪な願いだったから、口に出すまいと思ってたの」

『世界よ平和になあれ』
『皆が仲良く暮らせますように』

「アルちゃん……」
 アルコリアの口から出たその言葉に、何故かミルミの目に涙が浮かんだ。
「最低最悪の呪詛。
 今の世界だってこんなにも捨てたものじゃないのにね」
 アルコリアはミルミを抱きしめた。
「今がそうでない。生きる全てを今の世の理を否定する最悪の呪い。
 世界を滅ぼさんとするものと同質の願い『世界平和』」
「……っ」
 ミルミはぎゅっとアルコリアを抱きしめる。
「幼い頃に口に出したその言葉に呪われているの。
 沢山沢山呪われているの。偽善では無いもの、善ですらないもの。
 人殺しは許されない、そんな呪いも私を縛って」
 言葉を続けていくアルコリアの背を、ミルミは優しく撫でていた。
 でも、アルコリアは拒否するかのように、ミルミから体を剥がす。
「友が許そうとも、神が許そうとも、貴女が許そうとも……私が私を許さない、呪われてあれ」
 そして、彼女は黒色の翼を広げた。
 2人を照らしていた太陽の光が遮られて。
 ミルミの顔がより暗く沈んだように、見えた。
「だから、この蒼穹の許で呪われ続けようと思ったの」
 アルコリアは微笑していた。
 微笑を浮かべたまま、空を見上げる。
「蒼く澄み渡った綺麗な空が大好きだった、昔から。呪われるにはいい日よ」
 ミルミから離れて、アルコリアは踵を返した。
「安心して、死んで楽になるなんて人殺しの私には許されてないから、私が許さないから……また、逢えるよ。ミルミちゃん」
「アルちゃん! ミルミ、結婚相手決まったんだよ。アルちゃんに結婚式来てほしいよ……」
 アルコリアはミルミの言葉に反応を示さず、空へと飛んだ。
「それでね、まだ先だけど、赤ちゃんを産むの。ミルミの赤ちゃんとっても可愛いはずだよ。会いたいでしょ? 見たいでしょ? だからちゃんと、来てくれないと駄目だよ……っ!」
 嗚咽混じりの声で、ミルミは空に向かって叫ぶ。

 青い青い空の中に。
 吸いこまれるように闇と黒い翼は消えて行った――。