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空を観ようよ

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青春の1ページ

 2025年。
 そろそろ夏も終わりに近づいた頃。
 シャンバラ教導団の機甲科所属する夏野 夢見(なつの・ゆめみ)は、日本の関東の海水浴場にいた。
 たまの休みであったが、部屋で過ごす気にも、ショッピングに出かける気にもなれず、1人海へ来ていたのだ。
 まだ海に入れる季節だから、遠くにぱらぱらと人の姿はあった。
 だけれど、夢見のように一人で佇んでいる女性は他にはいない……。

 波の音が、ザー……ザー……と響いている。
 規則的なこの音は、癒しの効果があるという。

 夏見は先週、婚約者に振られた。
 いや、婚約者……ではなかったのかもしれない。
 お揃いの婚約指輪を渡してはあったが。それだけの関係だったのかもしれない。
『前にも話したけれど、自分は若くないから』
 というようなことを、彼――フォルテ・クロービス(ふぉるて・くろーびす)は言っていた。
 フォルテは夏見のパートナーでヴァルキリー。
「そうだったら、せめて天寿を迎えるまで一緒にいてほしかったのに」
 外見は二十歳くらいだが、彼の実年齢は172歳だ。
「私だって、避けられない別れへの覚悟は目いっぱいしてたのよ」
 どうしても落ち着かない気持ちを落ち着つかせる為に、夏見はずっと海の音を聞いていた。
 緩やかな癒しの音は幸せな日々を、思い起こさせてくれる。
 それは、今の夏見にとって、幸せで辛い思い出。
 2人で過ごしたクリスマス。夏祭り。
 一緒に乗り越えたピンチ。
「この海も、他のパートナーと一緒に遊びに来たんだっけか……」
 幸せだったころの思い出が、脳裏を駆け巡り、涙が勝手に流れ落ちる。
 涙は海の一部となり、引いてはまた、夏見の下に戻ってくる。
「あーもう、フォルテのばかー!」
 突如、夏見は水平線の彼方に向かい、叫び声を上げた。
「何であたしを捨てたのよー!」
 はあはあと息をつきながら、大声を上げる。
「もう許さないんだからー!」
 大きく息をついて、深呼吸をすると。
 波の音が先ほどまでとは違った音に聞こえた。
 夏見の心の中にある辛い思い出を洗い流し、連れていってくれるような、そんな音に。
「……大きな声を出したら、心のもやもやがちょっと晴れたかも」
 空を見れば、真っ青で。
 海も青く美しかった。
 先ほどまでは気に留めなった景色の美しさに、夏見の顔に僅かな微笑みが生まれる。
「明日からまたフォルテと一緒の任務が始まるけど、頑張ろっと」
 そして身体をぐっと伸ばすと、海に背を向けて、帰っていく――。

 少し前。
(何てことでしょう! 一緒になってしまったではないですか!)
 フォルテもこの海岸へと訪れていた。
 閉店している海の家の陰に隠れて、そっと夏見の姿を見守る。
 夏見はただただ、海を見ていた。
 時折見える横顔は、感情を押し殺しているような顔に見えた。
 しばらくして、彼女の目から涙が落ち始めた。
(夏見……)
 近づいて、抱きしめたくなる。
 だけれど、それは出来ない……。
(先の短い自分に一生を捧げるよりは、未来を築けるような人を見つけてほしかったんです)
 泣いている彼女を見るのは、とてもきつかった。
(見ているのが辛いです。辛いですが……明らかに無理をして笑っていた時よりは気持ちと向き合えるようになってきたのでしょう)
 ふうと息をついて、フォルテは彼女を見続ける。
(……しかし、泣く姿もかわいい……)
 今度は深くため息をつく。
(こちらも未練を断ち切れないようですね)
「フォルテのばかー!」
 夏見の叫び声が響き、思わずフォルテは背筋をただす。
 彼女は一頻り叫んだあと、落ち着いた表情で歩きはじめた。
(明日からもまた、よろしくお願いしますね)
 夏見の背に心の中でそう語りかけながら、フォルテも歩き出す――。