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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(前編)

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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(前編)

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第12章 ――ナラカへ

 轟音が響き、艦が軋んで大きく揺れた。
「左舷後方に欠損!」
「防衛は何やってんの!」
 斯波大尉は、場所を確認するなり艦橋を飛び出す。

 大きく空けられた横穴からは、既に大量の奈落人が一気に雪崩れ込んでいた。

 虚無霊の実体化と共に、襲撃する奈落人達の様子も変わっていた。
 それまでは、主にゾンビに憑依した者だったが、今や突入して来る者達にゾンビは居ない。
 本来の姿の奈落人達なのだ。
 憑依することはその相手の能力を行使できるということだが、奈落人が本来の世界で、本来の姿で存在することは、根本的に違うのだろう。
 まるで別の生き物のように、それまでとは全く格が違っていた。


「艦を御座船の真下につけなさい! 少しくらいぶつかってもいいわ!
 次のバニッシュの効果範囲に入って、まとめて焼き払って貰うのよ!
 非戦闘員は穴塞ぎを手伝って! これ以上一匹も入れるんじゃないわよ!」
 斯波大尉は指示を飛ばして、飛空艦内部に入り込んだ奈落人の迎撃に向かう。
 ハルカソアベア達も、修繕の手伝いに奔走した。
 翔一朗は、空いた横穴から次々に入り込む奈落人を相手取り、刀真はハルカを、ハルカの乗る艦を護る為に、月夜と共に艦外での戦闘に加わっている。

 ガツン、と振動が響いた。
 艦が、御座船にぶつかったか。
「きゃ……!」
 体勢を崩したハルカが、声を上げた。
「ハルカさん!」
 ソアが叫び、翔一朗の目の前に、禁猟区が反応して火花が散る。
「ハルカっ!!」
 ベアが、空いた穴の側に散らばる瓦礫に躓くハルカの腕を掴まえ――そのまま、共に宙に投げ出された。


 その小さな姿を、目撃したのは彼だけだった。
 戦っていたのは、艦を護る為などではなく、単にスリルを求めたからである。
「ヒャハハっ! あのガキ、落ちやがった!」
 同じ3号艦にいて、時折ハルカの姿を目撃していたゲドー・ジャドウは、アンデッド:屍龍の背で屍龍に突っ込んで行く最中、小さな人影がゆっくりと落下していくのを目にし、げらげらと笑った。
 それは空中で、一緒に落ちた巨大な白い着ぐるみに抱え込まれる。
「いいねえ、一足先に、ナラカの底へご案内、かよ! ギャハハハ!」
 けたけた笑っていたゲドーは、急に目の前に敵の屍龍が飛び込んで来て、ああそういや俺様コイツと戦っていたんだっけと思い出した。
 突撃をかまされてゲドーは宙を舞ったが、旋回した不死龍がゲドーを受け止める。
「なんだぁ? おまえら、異物に反応するんじゃねえのかよ?
 何で俺様に向かって来んだ、同類じゃんよ!?」
 支離滅裂なことを叫び、笑いながら屍龍に突撃する。
 向こうの攻撃を躱し、反撃を仕掛けようとしたところで、背後からの攻撃をまともに食らった。
 今度は、不死龍ごと。
「俺もかよォ!」
 ゲラゲラ笑いながら、ゲドーは落下して行った。



 御座船のバニッシュは、強力だが連射可能な武器ではない。
 1日に数発しか撃てないのだ。
 今回、エネルギーの充填は、――間に合わなかった。

「斯波が死んだ?」
 3号艦からの報告を受けて、都築少佐は目を見開いた。
「味方に後ろから刺されたのか!?」
「違います!
 艦内に侵入してきた大量の奈落人との戦闘で、大尉は単独で応戦し――!」
 その場は奈落人の死体で溢れ返り、ついに一人も通さなかったが、斯波大尉もまた、力尽きてしまったのだ。
「大尉の死体は収容したか?」
「はい」
「それに奈落人を憑依させるなよ。あのスペックに憑依されたら厄介だ」
「了解っ……」
 通信が切れ、都築少佐は目元を歪ませて、「……くそっ」と呟いた。

「斯波が死んだ?」
 長曽禰少佐もまた、同様に報告を受けた。
「味方に後ろから撃たれたのか!?」
「違います!
 襲撃の中で、憑依して来ようとする奈落人達に対し、大尉は国軍兵を下がらせ、単身猛威を振るって応戦しましたが――」
 指示をお願いします、という通信に、
「とりあえず俺がそっちに行く。持たせろ!」
と返答し、ルカルカに後は頼むと言い残して艦橋を飛び出した。


◇ ◇ ◇


 遥か下方に常に蟠っていた闇が、ついに薄れ始める。
 いよいよ、その底に辿りつこうとしていた。
 闇が薄れて尚、深い深い、深淵の色を湛えた、ナラカの地。
 ゆらゆらと揺らめく淡い光が、不気味に流れていた。



 ナラカ到着を目前にして、佐々木弥十郎の姿が消えた。
 暫く前から、まるで実家に帰ってきたようなテンションになっていたので常に見張っていたのだが、しまったと慌てて探した熊谷直実は、倉庫付近で、佇む弥十郎を見付ける。
 彼の髪の色は元の銀髪で――そして、その横には、影のように付き添う、初めて見る少年の姿があった。


 ――いよいよ、ナラカに到着する。
 九條静佳は、その方向を振り向いた。
 それまで、何の存在も無かった、そこ。
「……こうやって面と向かって話すのは初めてになるかな。無縁」
 最早、他人に憑依しなくても、存在することができる。
 ここは彼等の世界だ。
 奈落人の水蛭子 無縁(ひるこ・むえん)は微笑んだ。
「ここに、あまり、良い思い出は無いんじゃがのう」
 だが、このような機会でもなければ、こうやって話すこともできないだろう。そう思ってついて来たのだった。
「この際だから、言っておくよ。
 多少の悪戯は目を瞑るけど、もし今後も明子の体を使って悪さをするようであれば、この機会にそこそこ痛い目に遭ってもらうからね」
「ぬぅ……そこまで目くじら立てんでもよかろう九條の。
 わしなど、地上では肉体も持たぬか弱き者よ。少しは労われい」
「よろしくね」
 有無を言わさぬ様子に、やれやれと無縁は肩を竦めた。
「俺だって懐かしいんだけどなァ」
 俺なんか今回、装備されっぱなしで空気だぜ、と、セーラー服魔鎧(男)のレヴィが呟いたが、誰も聞いてはいなかった。


◇ ◇ ◇


 ナラカに至る空域には、微妙な浮力が存在していたが、地表近くなって、それが不意に失われた。

 幸いにも途中で襲撃を受けることなく、ハルカを抱えたベアは、そこから一気に落下する。
 どすん、と背中から落ちて気を失ったベアは、ハルカを抱えていた力を失い、ハルカは起き上がって、きゅう、と気絶しているベアを揺すった。
「くまさん、くまさん!」
「う、うーん、あれ、生きてんのか?」
「くまさん、ケガないです?」
「ああ、大丈夫だ。もう下まで近かったんだな」
 ほっとするハルカに笑いかけ、ベアは起き上がって周囲を見渡す。
「ここがナラカか……」
「……きれいなところなのです」
 同じように周囲を見渡したハルカの言葉に、「え!?」とベアはハルカを見下ろした。