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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(前編)

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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(前編)

リアクション

 
第6章 攻防・1

 艦隊はどんどんと下降して行き、やがて地上の光も見えなくなった頃、次第に闇が溶け、透明な世界が広がって行く。
 果ての無い空にいるようだった。
 地面は見えず、底には未だ、闇が蟠って蠢いている。


 大熊丈二がふと、物憂い気な表情をするのを、パートナーのヴァルキリー、ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)は見逃さなかった。
 何も言わないが、検討はつく。
 彼は、姉を亡くしているのだ。
 多分、気付かなかっただけで、パートナーを失った都築少佐も似たような思いを抱いているのだろう、とヒルダは思う。
(……ヒルダだって死んでたのよ、ふん)
 少しだけ、嫉妬を感じる。
 だが、じっと闇の深淵を見ていれば、ヒルダもまた、えもいわれぬ感慨が沸き上がってくるのだ。
(ナラカに降りて行くと、今こうやって契約して生き返ったことが幻で、ナラカに捕まれ溶けてしまうのでは。
 昔戦場で殺したモノが迎えに来るのではないか。って不安になる……)
 不安を振り払うように、ヒルダはきっ、と振り返り、都築少佐の横に立つ、彼のパートナー、テオフィロスを睨みつけた。
「テオフィロス!」
 呼ばれて、彼は視線を向ける。
「あなたちゃんと都築少佐を繋ぎ止めるのよ!
 曲がりなりにもパートナーなんだから!」
 突然何を言うのかと、テオフィロスも都築少佐も不思議そうな顔をしたが、
「承知した」
とテオフィロスは頷いた。
「この男を死なせないよう、努力しよう」
 ――この死の世界で、絆が、確実に繋がり続けられるのか、不安になる。
(丈二は大丈夫。
 大丈夫、だよね?)
「ヒルダ?」
 丈二の声に、思考の海に沈みかけていたヒルダは我に返り、ほう、と息を吐く。
「……あと、暗殺には注意して」
と付け加えた。

「……さあ、来やがった」
 彼方から、飛来するものがある。
 やれやれ、始まるか。
 都築少佐は溜め息を吐いた。
 ここから先は、休みなどない。


「敵影確認。屍龍の群れです。数は――」
 1号艦の艦橋で、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が報告の声を上げて、途中で止めた。
「いい、見れば解る」
 長曽禰少佐が苦笑する。
 そう、見えている。
 数え切れないほどの量だ、ということは。

 ルカルカの提案で、艦隊は御座船スキーズブラズニルを中心に据えた密集形態で編成された。
 飛空艦が巨大な為と、艦の至近距離で戦闘が行われるであろうと予測されることから、最低限の距離は空けなくてはならなかったが、大帝の幸運力を有効に活用しようという作戦である。
 バートナーの剣の花嫁、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がレーダーを担当し、最善のルートを判断する。
 真下に巨大な敵がいた場合、全艦速やかに迂回しなくてはならないからだ。



 ――それは突然のことだった。

 御座船が、まばゆい光を放ったのだ。
 一帯は閃光に包まれ、そして、その魔法の光を受けた屍龍達が、蒸発するように消滅して行く。
「バニッシュ!? 
 何でいきなり、そんな大技使ってんだ?」
 長曽禰少佐は驚いて御座船を見た。
 それは御座船に備えられた攻撃方法だった。
 プリーストの技にも同名の物があるが、それとは比べ物にならない力を秘めており、威力は強いが、連射はできない。。
 1日に数発しか撃てない攻撃だった。
「……大帝が混乱で錯乱したか?」
 ふっと溜め息を吐いた。
 御座船内部の騒動が、目に見えるようである。
「連絡してみますか?」
 ルカルカの問いに、長曽禰少佐は苦笑して首を横に振る。
「そこまでするほどのことじゃないだろう。
 あちらの攻撃は、あちらの判断ですることになっているしな」


「こっちの陣営からは、アンデッド系は外に出てなかったろうな?」
 一方2号艦では、都築少佐も呆れていた。
「屍龍の群れが固まって突っ込んでくるぞ。
 奴等は、乗り込んで白兵戦を仕掛けて来る。
 外に通じる場所を固めろ。迎撃部隊は飛空艦に屍龍を近付けるな!」
 都築少佐の指示を受けた源 鉄心(みなもと・てっしん)が、通信機に向かって指示を出す。
 群れを成す屍龍の数は多く、バニッシュの範囲外にいた多くが再び接近してきていた。

「……御座船の方、様子がおかしいな?」
 イコン部隊を戦闘に向ける指示を出しながら、都築少佐はふと気付く。
「先刻の、バニッシュ云々に関してでしょうか?」
 鉄心が言うが、それに「違う」と言ったのは、テオフィロスだった。
「……あの屍龍の群れ、背に乗る者に、見覚えがある」
「え?」
「知った顔が多くある。
 かつて、第二龍騎士団にいた」
「と、いうことは……」
 鉄心ははっと気付く。
「奈落人の奴等、あの戦いの犠牲者に憑依しているのか!」
 ドージェとケクロプスがナラカに落ちた、その戦いの際、フマナ平原では龍騎士達も多くが犠牲になった。
 その骸に、奈落人達が憑依し、そしてこうして襲撃しているのだ。
「…………」
 艦橋から外を見るテオフィロスの表情が、僅かに険しくなる。
 その手が握られるのを見て、
「出撃するか?」
と都築少佐が訊ねた。
「龍は持ちこんでんだろ?」
 鉄心がちらりとテオフィロスを見る。
 格納庫に収められたテオフィロスの龍を、彼も見ていた。
 というより、パートナーのヴァルキリー、ティー・ティー(てぃー・てぃー)が龍好きで、引っ張られて行ったのだ。
 そこにいたテオフィロスに
「よろしくお願いします」
と自己紹介していたのが、実は彼ではなく龍に言っていたことを、どうやらテオフィロスも気付いていたようだった。

「――いや」
 テオフィロスは息を吐く。
「私が出るまでもあるまい」
 鉄心のパートナー、魔道書のイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が、ハラハラと都築少佐とテオフィロスを交互に見る。
 能力は高いのに、性格的に戦闘の役に立たないイコナを、鉄心は最初置いて行こうかと思ったのだが、
「長い間放っておかれたら、寂しくて死んでしまいますわ!」
と、ティーを泣き落としと買収で食い下がり、強引について来たのだ。
「少佐の護衛をしていろ」
と鉄心に言われ、なるべくくっつくようにしている。
 都築少佐は苦笑していたが、何も言わなかった。
 鉄心は、ティーは大丈夫かとふと思った。
 彼女は、愛馬レガートと共に、今が攻撃のローテーションになっているはずだ。



「にゃははは〜!
 燃え尽きるか永遠に凍結させられるか、好きな方を選びなぁ!」
 パートナーの朝霧と機晶姫の夜霧 朔(よぎり・さく)光龍に乗り込み、飛空艦上から屍龍を狙ってビームキャノンでの砲撃を続ける。
 それに貫かれた屍龍が、ゆっくりと落下して行くのが見えた。
 その攻撃の合間を縫って、魔道書の朝霧 栞(あさぎり・しおり)は、単身生身で、イコンの攻撃範囲から漏れる、小型の敵を狙う。
 ゾンビのような外見の奈落人が多いが、魔獣のようなものもいた。
 やはりそれも死体に見える。
 或いはあれも、魔獣に憑依した奈落人であるのだろうか。
 栞はにやりと笑った。
「ま、どっちでもいいけどな。どうせ倒しちゃうんだし!」



「やべっ、マスク忘れてた」
 パートナーの剣の花嫁、ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)の声に、レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)は振り向いた。
「ハイラル?」
「悪い、だがリングあるから戦闘には出られるし、とりあえず支給ものを借りることにする」
 援護には問題ねえよ、と言うと、レリウスは頷いた。
 自らも、もしもパワードスーツが破損した時の為に念の為、デスプルーフリングを装備しておく。
「あなたらしくもない。しっかりして下さい」
 出撃の準備を整えながら、レリウスは念押した。
 らしくねえのはそっちの方だっつーの! とは、言わなかった。
 ハイラルから見れば、レリウスも十分おかしい。
 ナラカに向かい始めてからだ。
「……まあ、多分、死んだ団長のことを考えてるんだろうがよ」
 彼がかつて地球で、近しい者を失ったことを知っている。
 多分というか、確実にそれが原因だろう。
 今は、スイッチが切り替わったように、いつもの彼に戻っているようだが。

「……敵は、死んだエリュシオンの龍騎士に憑依しているそうですね」
「ああ、連絡があったな」
 卑劣な奴等だぜ。言うとレリウスは瞳を薄める。
 傭兵モードになった、とハイラルは思った。
 ここから先は、感情を持たない冷静で冷徹な軍人だ。
「艦内には入れません――。一人たりとも」

 小型飛空艇で艦の周りを巡り、取り付いている奈落人達を排除する。
 そして艦上に出、白兵戦を仕掛けてくる奈落人を撃退した。
 死体に憑依しているからか、奈落人達の外見は、まるでゾンビだ。
 だが通常のゾンビとは違い、予想以上に素早く動く。
 投擲による攻撃は、半分が外されるほどだ。
 それでも、スーツの力で威力を上げた攻撃は、半分は、ゾンビの体を打ち砕いた。



 身近な者の死を見届けた者にとって、死後の世界に興味を惹かれてしまうのは、仕方のないことなのかもしれない。
 パートナーに付き従い、行動を共にするのが使命と思いつつも、剣の花嫁、エイミル・アルニス(えいみる・あるにす)は、ナラカに行くことを恐れた。
「何だ? 怖いのか?」
 からかうような口調のライオルド・ディオン(らいおるど・でぃおん)に、
「べ、別に怖くなんかないですよ……別に、……別に……」
 そう答える声が震えている。
 ふ、とライオルトは肩を竦めた。
「悪いな……。どうしても、見てみたいんだ、ナラカって世界を。
 ……会えるかも、とか、そんな都合良くはいかねぇだろうけど」
「――うん」
 とはいえ、イコン戦闘は素人も同然なので、前線に出ようものなら一撃で撃墜されてしまうだろう。
 飛空艦上より頂武に搭乗し、味方イコンの援護射撃に徹する。
「飛空艦が近いな……間違って当てないようにしないと」
 闇雲な弾幕援護は、流れ弾が飛空艦に当たっててしまうかもしれない。
 照準には注意を要しそうだ。
「エイミル、敵の来る方角を指示してくれ!」
「うんっ」
 レーダーには、大量の敵の数が表示されている。
 竦みそうだったが、自分達だけで戦っているわけではない。
 味方の皆の為に、少しでも役に立たないと、と、エイミルは覚悟を決めた。



「……ドージェ。ドージェねえ……」
 春に天御柱に入学したばかりの斎賀 昌毅(さいが・まさき)にとって、その名はどうにもピンと来ないものだった。
 よく聞く名だ。とても良く聞く。
「だが、しょっちゅう話は聞くが、何つーか、都市伝説みたいなもんなんだよなあ……」
 パラミタに来て、常識を超えるような強さというものを度々目の当たりにしてきたが、ドージェはそれを超えるという。
 そんなもの、はっきり言って直接見てみなければ、全然現実感が無い。
 という訳で、ナラカ探索隊に加わることにしたのだった。

「システムチェック完了ですっ」
 ナグルファルの副操縦席、パートナーの強化人間、マイア・コロチナ(まいあ・ころちな)の声に
「了解!」
と返して出撃する。
 無理はしない。
 機動性皆無のナグルファルを飛空艦上に据えて、ひたすら、襲撃してくる屍龍の撃退に務めた。
「っていうかっ……それだけでも大変だっつーのっ」
とにかくも、量多い。
 だが予想していた通り、アンデッドである屍龍や奈落人の憑依するゾンビには、光輝属性や炎熱属性が有効のようだった。
「昌毅、2時方向から来る敵が!」
 最も早く来るであろう敵を素早く索敵して、マイアは昌毅に伝える。
「オーライっ!」
 返答より先に、キャノン砲は既にその方向に向けていた。


 リア・レオニスもまた、2号艦の砲台となるべく、ステラ:レーニアを甲板上に据え、屍龍や奈落人達を近づけないよう、弾幕を張った。
 レーザーバルカンによる光の弾が、盾の如く、飛空艦を護る。
 ただ闇雲に撃つのではなく、味方機が対峙している屍龍を狙い、その援護ともなるようにした。
 敵一体に数機で当たれば、より効率的に倒すこともできるだろう。
「到達してからが本当の始まりなんだ。こんな所で沈んでたまるか!」



 魔鎧、龍心機 ドラゴランダー(りゅうじんき・どらごらんだー)の嘶きは、パートナーのコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)にのみ、
(射撃は避け、直接攻撃に打って出た方がいいようだな!)
と聞こえた。
 無論、味方艦隊へ流れ弾を当てない為である。
 艦上など、場所を動かずの援護射撃なら、常に注意していることも可能だろうが、戦いながらの射撃では。
「ふん! むしろそれこそが望む所!
 行くぞ、ドラゴ・ハーティオン!!」
 ダブルビームサーベルを携え、龍心合体ドラゴ・ハーティオンは出撃した。
 どん、とランスを突き立てながら、パートナーの馬 超(ば・ちょう)は、小型の敵に対応する為、飛空艦の甲板に残りながらそれを見送る。
「頼んだぞ、ハーティオン……」

 対峙した屍龍が、ブレスを吐いてきた。
「むっ!」
 霧のようなブレスだ。
 ドラゴ・ハーティオンは回避しつつ、屍龍の背後を取ろうとする。
「む……、これは、酸のブレスか!」
(ハーティオン、こいつ、背に奈落人を乗せていねえぜ!)
 ドラゴランサーが嘶いた。
 屍龍の中には、背に誰も乗せていないものがいる。
 ――違う、それらは、屍龍を乗り捨て、飛空艦に乗り移って白兵戦を仕掛けているのだ。
「だが自らの首を絞めたようだな、愚か者共。
 龍を失えば、お前達には退路もなし!」
 艦に貼りついている奈落人達は、パートナーの馬超達、仲間達がきっと何とかするだろう。
 自分は、目の前の敵を屠ることに全力を尽くすのみ!
「これ以上は行かせん! 仲間達に手出しはさせんぞ!」
 屍龍の背後を取ろうとしていたハーティオンに、別の屍龍が向かってくる。
 それを斬り払いながら通り抜け、ビームサーベルを収めて空裂刀を抜いた。
「ゆくぞグレート勇心剣! 彗星・一刀両断斬り!!」
 ハーティオンが吼える。
 渾身の一撃を叩き込んだ。