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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(前編)

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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(前編)

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 第2章 事前準備

「どうだ、調子は?」
 ナラカ用に調整されたパワードスーツを装備する、ネフィリム三姉妹の末っ子、ヴァルキリーのエクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)に長曽禰少佐が訊ねた。
「うん、いい感じ。です」
「よし、じゃあこれで終了だ。お疲れさん」
 湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)の3人のパートナーのスーツの調整を終え、
「ありがとうございました」
と凶司は礼をした。
 凶司はパワードスーツは着ないが、同じ技術者として興味があり、作業をずっと見学していた。
「折角の機会なんだし、武器の強化なんかもお願いしたいところだけどねえ」
 三姉妹の長女、セラフ・ネフィリム(せらふ・ねふぃりむ)がそう頼んでみる。
 長曽禰少佐は苦笑した。
「まあ、一通りできることはできるが、俺は専門はパワードスーツだしな。
 それに、ちょっと今は無理だな」
 必要分の調整スーツを用意する為に、長曽禰少佐達技術者は、ここのところ不休なのだ。
「あら、残念。まあ仕方ないわよねぇ」
「すみません、失礼を……」
 凶司が長曽禰少佐に詫びる。
「ん? 別に謝るようなことじゃないだろう」
「おやっさん、すみません、ちょっとこっちいいですか」
「おう、ちょっと待て」
 呼ばれて答えた長曽禰少佐は、一旦凶司達に向き直り、
「それじゃ、出発に向けて準備を整えておけよ」
 そう笑って次の作業に向かう。
「ありがとうございました」
 凶司はもう一度礼を言った。



 どことなく古風な外観の三隻の飛空艦は、全て発掘されたものである。
 元々戦闘用に作られた船ではないが、数千年を経て今も、今回のような無茶な任務にも使用可能な、頑強な艦である。
「1号艦から3号艦まで、積荷のチェック、積み込み完了したぜ、おやっさん」
 報告した久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)に、そのパートナーの一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)と共に、イコンやパワードスーツのナラカ用調整に追われていた長曽禰少佐は顔を上げた。
 一瞬何か言いたげな様子を見せたが、
「おう」
とだけ答える。
 何だか最近、若いのだけじゃなく、殆ど同年代の連中までが自分をおやっさんと呼ぶのはどういうわけなのだろう。と思ったのは秘密である。
「あっ、アリーセちゃんもいたのか。おーい」
「白々しい……」
 ぶんぶんと手を振るグスタフを、アリーセは無視する。
 勿論グスタフは、2人がここで仕事をしていることを把握していて報告に来たのである。
 しかし、いちいち構っている暇はアリーセには無かった。
 何せイコンは皆、個性的に改造が加えられていて、殆ど仕様が違っていて扱うのも大変なのだ。それが面白いところでもあるのだが。
「倉庫、満タンまで詰めたか?」
「ばっちり、きっかり」
 仕事を中断して歩み寄って来る長曽禰少佐に、グスタフは頷く。
「ナラカに行けば、補給できるアテは無いし、期間がどれ位かかるのかも解らない。
 手持ちだけで何とかしなきゃならないわけか」
 それにしてもとグスタフが嘯くと、長曽禰少佐は苦笑した。
「倉庫が満タンなら、1年は持つ計算だがな。
 まあ、まさか1年は必要ないだろうと踏んで、3号艦の倉庫は半分以上弾薬か」
 ちなみに長曽禰少佐の乗る1号艦は、イコンやスーツの整備パーツが最も多い。
「現地調達できれば有り難いんだが……なァ少佐、ナラカの酒ってのは美味いのかな?」
「どうだかな。都築なら、どんな酒でもとりあえず飲み干しそうだが」
 報告は終わり、仕事の続きだと、長曽禰少佐は戻って行く。出発は間もなくだ。
「アリーセちゃん、頑張ってね〜!」
 出て行くグスタフが手を振ったが、無論アリーセは無視した。


◇ ◇ ◇


 現地集合である。
 準備を整えて、飛空艦は、まずはフマナ平原に向かった。
 ドージェと龍騎士ケクロプスがナラカへ堕ちた、ナラカへ続く穴のある場所だ。
 その出発前にヒラニプラへ来る方が早い者は、既にこの時点から飛空艦に乗り込んでいる。

「少佐、ひとつ確認させてくれ」
 長曽禰少佐を呼び止めた朝霧 垂(あさぎり・しづり)を、彼の隣にいた斯波大尉が注意した。
「上官に対する言葉遣いを改めなさい」
「……お前、鏡見てそれを言えよ」
 呆れた長曽禰少佐に、斯波大尉は顔に手をやる。
「あらやだ、何かついてる?」
「用は何だ?」
 言葉遣いは気にしないから言え、と、斯波大尉を無視して長曽禰少佐は垂に向かった。
「ナラカでドージェと遭遇できた場合、シャンバラとしては彼に対してどう接するつもりなんだ?」
 垂は訊ねた。
「昔の教導団は『ドージェは敵、蛮族のボスだ』的な感じで対応してたけど、シャンバラの危機を救う英雄とも言える人物に対して、今のシャンバラはどう接するのか、気になったんだ」
 長曽禰少佐個人の意見ではなく、国軍としての答えを聞きたい。
 そう言った垂に、長曽禰少佐と斯波大尉は顔を見合わせる。
「……国軍としての回答、だな」
 一呼吸置いて、長曽禰少佐はそう確認した。
「一言で言うなら、ドージェに対しては、基本不介入だ」
「……不介入?」
 垂は目を見張る。
「介入不可能だろう、と言い換えてもいい。
 戦っても勝てない相手だ。向こうが帰りたいなら帰るだろうし残りたいなら残るだろう。
 国軍はそれに介入しない。
 我々の目的は、ドージェではなく、“ブライド・オブ・シックル”だ」
「……そうか。わかった」
 長曽禰少佐の回答に、垂は頷いた。

「で? 少佐個人の意見はどうなの」
 垂が立ち去った後、斯波大尉は訊ねる。
 じろりと彼女を見た長曽禰少佐に、
「だって、ここは訊かないとじゃない?」
と笑った。
「……英雄と言うが、そもそもドージェは、個人的な動機で戦っていただけだろう」
「そうよね。
 それがたまたま闇龍を食い止めたり、エリュシオンに大打撃を与えたりしてただけで」
「結果的に英雄視され、神格化されている、というだけの話だ」
「まあ神だからいいんだけど」
 斯波大尉は肩を竦めて笑う。
「不介入、できるかしらね」
 スタンスはどうあれ、ドージェは“ブライド・オブ・シックル”の片割れを持っていると思われる。
「まずはナラカの底に辿り着くことが先決だ」
 長曽禰少佐はそう言った。


 フマナ平原には、先に来ていた契約者達の他、既にエリュシオンの御座船、スキーズブラズニルも到着していた。
 搭乗するのは、大帝アスコルドの形をした御人 良雄(おひと・よしお)
 その護衛騎士として、ダイヤモンドの騎士を始めとする、ナラカのような異空間での活動に適した、ブラックワイバーンを駆る、第三龍騎士団の龍騎士達だった。
 ダイヤモンドの騎士は龍騎士団の団長ではないが、帝国の盾と称される。
 帝国の矛と呼ばれるアスコルド大帝の娘、アイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)と対を成す存在だ。
 帝国最強はアイリス、そして帝国最硬はダイヤモンドの騎士、そう称されている。

「同行の者は、今日中には集合する予定です。
 明日の朝、出発します」
「よろしくっス……」
 出発前からビクビクしている良雄は、訪れた長曽禰少佐の挨拶に、力無く答えた。



「ふふっ、大助、心躍るのは解るけど、少しは落ち着きたまえよ」
 普段仏頂面の多い四谷 大助(しや・だいすけ)の様子に、パートナーの剣の花嫁、白麻 戌子(しろま・いぬこ)はくすくすと笑った。
 指摘された大助ははっとして、顔に出てたかな、と呟く。
「……ああそうだよ、ワンコの言う通り、オレは今ワクワクしてる。悪いかよ」
 開き直ってそう言った。
 ドージェ・カイラス。武神と呼ばれた男。
 噂ばかりを聞いて、実際に見たことはなく、死んだという話に、それは叶わないものと諦めていた。
 だが、その伝説の、最強の男、憧れの存在に、会えるかもしれないのだ。
「ど、どうしようかな、もし本当に会えたら……。
 何を話そう。組み手を申し込むとか?
 サイン頼んだらくれるかな……だめだ考えが纏まらない」
と、悶々と考えていた大助は、確かに戌子に突っ込みを入れられてもおかしくはない程度には不審であった。
 一方戌子は戌子で、誰にも秘密ではあるが、密かに思うところはあるのだが。
 ブライド・オブ・シックルは鎌の形の武器だ。それは戌子の興味を非常にかきたてた。
 見たいし触りたい。出来れば使ってみたかった。
 自分の興味の為だけではなく、もっともっと、大助の力になる為にも。



 リア・レオニス(りあ・れおにす)は、都築少佐に面会を求めた。
 寄せ集め部隊、という表現をしているようだが、それでも、軍隊として動くのだから、はっきりさせた方がいい、と考えたのだ。
 東ロイヤルガードであり、解散はされたが、元イェニチェリであったことも付け加えて名乗って、リアは挨拶と自己紹介をする。
 イェニチェリであることを付け加えたのには理由があった。
「作戦中は、貴方方の部下として扱って欲しい」
「ん? ……ああ」
 軍として組織だって動くことが重要だから、と判断したリアは、そう申し出た。
 都築少佐は、特に思案する様子もなく、頷く。
 その場でその後のことを色々と打ち合わせてから、リアは搭乗準備をする為にその場を離れた。

 少し離れたところで、パートナーの獣人、レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)が待っている。
「貴方、軍人に向いているのではないですか?」
 彼等の様子を見ていたレムデネルは、リアを迎えてそう言った。
 作戦成功の為に国軍の指揮下に薔薇学のロイヤルガードが率先して入ることは、「作戦の指揮系統を全体に示す」意味を持つ、と彼は思っている。
 リアもそう思ったからこそ、あえてそれを宣言したのだろうと。
 そのような行動を取れるリアを、友として嬉しいと思った。
「まさか。戦争よりスポーツの方が好きだっつの」
 リアは肩を竦めて歩き出す。
「知ってますよ」
 後に続きながら、レムテネルは小さく微笑んだ。