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リアクション
爆発は思わぬ効果をもたらした。
爆風に押され、殺女がバランスを崩した。
そこを、
「逃すかッ!」
羽純がその槍で、ただし、槍の柄で一撃した。
殺女は小さく声を洩らした。しかし、決して無様な姿はさらさなかった。ゆっくりと膝を折り、その姿勢でしばらくもちこたえたのち、おもむろに地に伏せたのである。
「死んで……ないよね?
ルカルカが近づいて調べると、彼女にはまだ域があると判った。
気絶していたのである。
「何の光……」
爆発にウォンは注意を逸らした。
それを待っていたかのように、
「祖国を荒らす悪党共!! 大日本帝国の怒り思い知れ!!」
何かが、出てきた。
何だ、これは。
ガシュッ、ガシャッ、と二三歩歩いたかとおもいきや、その人影はしゃがむような姿勢を取り、直後、つんざくような音を立てて暴走を開始したのだ。足のローラーで走っているらしく姿勢は不動、しかし動きは正確だ。小回りも利くようで倒れている人間を上手にかわし、イレイザー・スポーンの群れに飛び込んだ。
人間か。人間ではない。竹細工のようなボディ。頭には不格好なレンズ。いかり肩からは、まるで飾りの両腕が生えてぐるぐる回っている。胴に取り付けられた鳥籠のようなものの中身は爆弾だろうか。その胴体は、やけにどっしりした下半身につながっていた。
遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。
これぞ驚天動地のスーパーロボット鋼鉄二十二号である。
「行け! 鋼鉄!!」
叫ぶは葛城吹雪だ。実は彼女は、離れたところからこれを遠隔操作している。その声だけ、二十二号の拡声器から飛びだしているという塩梅だ。自分の全神経を指に込め、吹雪は懸命に二十二号を走らせた。イレイザー・スポーンの攻撃をかわし、インテグラルに操られたヤクザをジャンプして越す。目指すは最高のスティックさばき。一日かけて狩々博士と特訓したのだ。ただのラジコン少女とはわけが違う。
弱そうだが強い。二十二号の腕が当たるとヤクザは弾き飛ばされるし、イレイザー・スポーンが尾で打ってもその軌道は変わらない。逆にそのローラー脚で踏みつぶすという次第だ。
こうして二十二号は大暴れしながら、ウォンに体当たりした。
「鋼鉄ぅ、アタックゥ!」
吹雪の叫びが天を突く。耳をつんざく爆音。
試作機の哀しさ、ここで二十二号は中破するも、激しい熱波が辺りを覆った。
その光の中に、三人の人間が立っているのが見えた。
天之御中主大神が言った。
「やれやれ……改竄者の手駒となった者よ、そなたを行かせる訳にはいかぬのじゃよ」
高御産巣日大神は自らの額に手を当ててている。
「仕方のない者だ。おぬし……何を意図して、何をしようとしているか? 自覚しているか?」
高御産巣日大神の瞳は、ウォンに向けられている。
「貴殿には貴殿の思惑があったのでしょうけれど……こうなってしまっては、それを為させる訳にはいかないのよ」
三柱は声を合わせた。
「誰(たれ)か、祓え」
と。
「祓え、ったあどういうことだい?」
目の当たりにしているものについて疑いを抱きつつ、姫宮和希は声を荒げた。
「今、この者に取り憑いているものが分離しやすい状態にしている……」
告げたのはどの柱であろうか。
「それを……」
とまで告げたところで、彼らは姿を消した。まるで入れ替わるようにして、
「五月蝿(うるさ)いですねぇ……」
燃えさかる炎のなかから、インテグラルに憑かれし者……すなわちウォンが姿を見せたのだった。
「嘘だろ……」
天地蔵人は目を擦った。自分の見ているものが信じられなかった。
ウォンが、ほとんど無傷だったからだ。
その服は、微妙に焼けているがほとんど原形を保っており汚れは目立たない。表情にも余裕がある。高級品の白い靴で、彼はゆっくりと近づいて来た。
「さあ、石原肥満、勾玉を……」
このときウォンの体が後方に傾いた。チッ、と舌打ちしている。
「渡すはずがねぇだろが!!!」
顔と言わず体と言わず、ほうぼうから出血し、服もすべて穴だらけになった男に後方から組み付かれたのだ。
無茶しやがって……と言いながら、ガイの唇には笑みが拡がっていた。
なぜなら彼はガイの父、ラルク・アントゥルースその人であったから。
「あぁ、テメェ! さっきから余裕ぶっこいてばかりでムカつくんだよ!! どうせなら俺のこの胸の高鳴りを止めてから余裕こきやがれえ!!!!」
ラルクは必死で組み付いている。背も体重も自分を下回る相手だが、ラルクがいくら揺らしても倒れない。
「見ろ!」
炎に照らされる二人の影、それに気づいてクレアは声を上げた。
ラルクの影は一つだ。当然だろう。
ところがウォンの影は、二つにぶれているのだ。ラルクのせいで体が揺れているからよくわかる。そのブレ幅は、0.5秒ほどもあるではないか。
「その想い、受け止めた!」
いち早く、戦列を離れウォンに向かって駆け出す者があった。
黒い服を着た黒髪の青年だ。風のように走る。
彼に続く者が三人。
栗色の髪をした少女。
跳ね気味の銀髪をした少年。
そして、白に近いプラチナブロンドの少女であった。
「俺も全ての人々が、絆を繋げ、共に手を取り合い、助け信頼し合える世界にするため戦っている。俺たちを信じろとは言わない。だが、この一撃だけは任せてほしい」
神崎優だ。
優の脳裏には上野公園で見た光景があった。未来を信じて戦ったのに、その未来に裏切られた人々がいた。
未来が悪ならば、壊してしまえばいいのか?
否、と神崎優は考える。
悪ならば変える努力をすればいい。住みよい時代にするべく奮起すればいい。それを放棄して破壊にのみ身を委ねる……それこそ悪そのものではないか。
「この世に偶然なんてない。未来を良くすることはできるが、都合が悪いからといって、ある物をなかったことにするために、自分勝手に過去を変えてはいけない! そんな事をすればこの世界の理が崩れ、崩壊してしまう」
優は叫んでいた。誰に向かって? 恐らく、己と全世界に向かって。
「孤独だった日々……たしかにもう味わいたくない日々だったけど、そのおかげで私は優と出会えたの!! 過去が変えられようと、きっとまた、私は孤独を選ぶ!!」
栗色の髪をした少女――優の最愛の人、神崎零が応じた。
「誰もが今まで、辛い経験や悲しい経験を受け止め、乗り越えて一握りの希望をつかんで今を生きているんだ!! その努力を、想いをなかったことにしてはいけない!!」
ふたたび優が叫ぶと、それを、
「そうだ! 優と出会い、そして刹那と想いを通じ合えた日々をなかったことにしてたまるか!!」
跳ね気味の銀髪をした少年――親友にして命を預け合うパートナー、神代聖夜が受け止め、
「私の大切な人達と過ごしてきた日々を、そして世界の理を絶対に壊させたりはしません! 必ず守ってみせます!!」
白に近いプラチナブロンドの少女――陰陽の書刹那が締めくくったのである。
刹那の雷光が飛んだ。聖夜が牙と爪を剥き出しにして飛びかかった。零の火焔が舞った。
そして優が至近距離から、目にも止まらぬ速度で抜刀した。
チン、と冷たい音がした。優の剣の鍔が、柄を打った音だった。
優の剣は、抜かれたのと同じ速度でもう鞘に収まっていたのである
ウォンはヘタヘタと崩れ落ちた。ラルクも聖夜も、ぱっとそこから離れた。
しかしウォンの『影』だけはその場に留まっていた。
ウォンの体にはやはり傷一つついていない。
だが黒い影、つまりインテグラルの本体だけは、斜めに斬り斃されていたのである。剣は影だけを切ったのだ。
凄まじい絶叫が、轟いた。