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ニルヴァーナのビフォアー・アフター!

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ニルヴァーナのビフォアー・アフター!

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 次にセルシウスとディンスが訪れたのは、またも、アディティラーヤから離れた静かな場所であった。

 そこには、桜の花弁の描かれた空色の着流しに草履姿の長身の男が立っていた。

「貴公がレグルスか?」

 セルシウスが呼びかけると、レグルス・レオンハート(れぐるす・れおんはーと)が低く渋い声と共に振り向く。

「そうだ……」

「(むぅ……)」

 その顔を見たセルシウスが思わず一歩引く。

 強面の厳つい顔つきに、右目を通る大きな傷痕、服の上からでもわかる程の筋骨隆々な体つき、明らかに普段自ら声をかけたくないような出で立ちである。

「ここに店を建てたいんだ……」

 素早くディンスから名刺を渡された後、レグルスは穏やかな口調で話始める。

「あまり大きな店にするつもりはないし、繁盛もしなくて構わない。ただ、ふらっと訪れた者が静かで穏やかな時間を過ごすことで癒やされ、『また来たい』と思ってもらえるような店にしたいものだな」

「居酒屋か?」

「……俺はまだ酒を飲める歳じゃない。ああ、それと折角だから、俺の住む場所としても使えるようにしてもらうとしようかな」

「生憎だが、犯罪行為に使われる店は……」

「誰が犯罪をするんだ?」

「違うのか?」

「……まぁいい」

 何かを諦めた顔をするレグルス。

「俺が建てたいと思っているのは犬カフェ、店の名前は『もふもふカフェ』だ」

「何ぃぃーー!?」

「もふもふデスカァァーー!?」

 セルシウスとディンスが同時に叫ぶが、ギャップに驚かれるのには慣れたレグルスはあまり意に介さず続ける。

「間取りは、キッチン付きの飲食をする空間と犬達ともふもふ戯れる空間。それぞれ大体5〜6人くらい入れる大きさだと嬉しいな。後は、お手洗いと俺が寝たり犬達のトイレを置く部屋か……間取りについてはこれだけあればとりあえずは事足りるだろうと思っている」

 レグルスの渋い声で語られる癒しスポットに、セルシウスは衝撃を受ける。

「(いや、人を見た目で判断するな……この者は善なる人物だ)」

 ふぅーと大きく息を吐いたセルシウスがレグルスに尋ねる。

「して、内装等については要望はあるのか?」

「そうだな……内装や外装はなるべく落ち着いた感じがいいな。あまり派手なのは好みではないし、癒しの空間としては似つかわしくはないだろう」

「と言うと、人工的な感じは無くした方が良いな」

 セルシウスの呟きに、ディンスが尋ねる。

「どうしてそう思うんデスカ? 解説お願いシマス!」

「この場所は、緑が多く、良い風も吹いている。犬とは獣、獣と言えば自然だ。すなわち、箱モノの中に押し込めるイメージではなく、あくまで自然の中に存在させた方が良いということだ」

 ディンスに語りかけながら、セルシウスの脳内に別の事が浮かぶ。

「(そうか……建物を自然に調和させる事こそ、建築の最も忘れてはいけないこと……この考え、ひょっとしたら私の涅槃の間にも応用できるのではないか……?)」

 レグルスもセルシウスの説明に納得していた。

「……セルシウスと言ったか? わかっているじゃないか」

「レグルス殿。その犬カフェというのは営業時間の主たるものを日中に置いていると解釈したが?」

「夜は犬達を静かに寝かしてやりたいし……散歩もさせねばならないだろう?」

「うむ。……という事は、ディンス殿の照明は日光の補助的なものにした方が良いだろう」

「おお! わかりましたデス!」

「それに、5,6人が入れる大きさと言ったが、動きまわる犬達の事を考えると、人間で10人は余裕で収納可能な空間である必要があるな。犬は閉塞感を感じるとストレスを感じるだろうしな」

「ふ……」

 レグルスは苦笑して、セルシウスに握手を求める。

「やはりあんたに頼んだのは間違いではなさそうだな……良い家、いや、もふもふカフェを頼む」

「うむ! 尽力しよう!!」

 セルシウスはレグルスと握手して、その場を後にするのであった。





「私が建てて欲しいのは、『こたつはうす』です」

 セルシウスは志方 綾乃(しかた・あやの)の発した言葉の意味がわからず、一呼吸おいて聞き直す。

「貴公……なんと言ったのだ?」

「はい。私が建てて欲しいのは『こたつはうす』です」

 (見かけだけでは)レグルスと打って変わった人畜無害、温和そうな笑顔で語りかける綾乃。

 セルシウスは額を押さえ、考えこむ。

「すまない……貴公の要望、もう一度聞かせて貰ってもよいだろうか?」

「はい。まず、重要なこととして、外見はこたつ型! で、こたつを中心とした一つの部屋に全機能を集約、トイレとかお風呂を除いて出来るだけこたつから出ることなく寝食が過ごせるようなコンパクト設計なものです」

「つまり、巨大なこたつの中に家を構えると?」

「早い話は、そうですね。あ、家の余ったスペースは、倉庫とか防犯施設とかも考えましたが……それでも余りそうなので、他人を入れないことを前提として適当に使って下さい」

「他人を入れないこと、と言うと?」

「要するにテナントや賃貸はダメってことです」

「一人用なのか?」

「そうです」

 話を聞いていたディンスが唸る。

「ニートや引きこもりさんに大ウケしそうデス」

 余談だが、綾乃は21歳の真更高校3年生である。「留年を3回してるので高校生でも誤りではない」と本人は主張している。

「なんという怠惰な生活だ!!」

「彼方さんも四畳半で暮らしてますし、まあ、生活の全てが密集してると思って下さい。今の時代、省エネが流行なんですよ」

「ディンス殿、そうなのか?」

「……否定はしないデス。実際、地球の日本では照明も白熱灯からLEDに代わってマス」

 セルシウスは、少し考え込んだ後……。

「暑い季節はどうするのだ?」

「こたつはうすは全館空調完備なので、暑い時でも気持よく過ごせる温度になるんです」

「……あくまで、こたつから出ないつもりか……」

「はい。セルシウスさんも是非やってみて下さい。便利だと思いますよー。家に帰ってくると、いつでも最適な気温、手を伸ばしたところにお菓子やみかん、それにTVのリモコン、携帯ゲーム機エトセトラエトセトラ……。さらに、暑さや寒さを我慢して倉庫やイコンハンガーに行く必要もありません!」

 地でぐーたら生活を行く綾乃のとても説得力のある言葉に圧倒されるセルシウス。

「……」

 セルシウスはこれまで、『どんな無理難題にでも挑むのが設計士の務め』と思ってきたが、この綾乃の依頼は、初めて彼に『難色を示す』という事を教えてくれた。

「(しかし、私は栄光あるエリュシオンの男! 不可能は無い!!)」

 セルシウスは白紙に筆を走らせ、こたつはうすの設計図を書き込んでいく。

「家の入り口をこたつの毛布か何かにしてその一部を玄関としよう。そして、これを開ければ直ぐに室内。空間を生かすため、室内にはドアは4つ。1つは玄関なので、1つはトイレと風呂。1つは倉庫。最後の1つはイコンなり何なりを入れられる自由空間にする……これで、どうだ?」

 ザザザっと描いた設計図を綾乃に見せるセルシウス。

「うん、凄い素敵です」

「さらに、こたつをアピールするため、家の屋根は木目調の木材を使う! これは一枚の木材でやるのが好ましいが、それが手に入るかどうかはわからぬがな」

「では、照明はこたつの赤い光と、普通の部屋の光が切り替えられるモノにするネ!」

 いつしか、ディンスもノリノリで照明リストを綾乃に見せる。

「屋根には、ザルに積まれたみかんのようなオブジェがあれば最高ですね!」

 笑顔の綾乃の提案に、セルシウスは「徹底的だな……」と思いつつ、その案を受け入れる。

 そんな様子で、綾乃の『こたつはうす』の全貌は決まっていったのであった。

 別れ際、綾乃はセルシウスに言う。

「涅槃の間に向けた良い予行演習になったでしょう?」

 その言葉に、サイドカーに乗ったセルシウスがハッとした顔を見せる。

「(……そうか! 確かに私の涅槃の間にもシャンバラの全てを詰め込もうとしていた! 綾乃殿はそれを見越して私を試したのか!!)」

「じゃ、次に行きマース!!」

 ディンスのバイクに乗ったセルシウスは、背後で小さくなっていく、手を振る綾乃を見つめて、そんな事を感じるのであった。





「セルシウスさん、お久しぶりです」

「おお、貴公にはいつぞやの修学旅行時には世話になったな!」

 セルシウスは面識のある大岡 永谷(おおおか・とと)との再会を喜ぶ。当然、同行したディンスは永谷に名刺を渡すのを忘れない。

「ふむ、貴公も私に家を依頼したのだな? あの時の恩を返せる機会を伺っていた私にとって好都合だな。して、どのようなモノを設計するのだ?」

「はい。俺が設計して欲しいのは、ニルヴァーナでいつでも精神修養が行える様な、和風の修行場です」

「修行場?」

 てっきり永谷の住居だと思っていたセルシウスが首を傾げる。

「闘技場のようなモノか?」

「いえ、そんな大きなモノではなく……茶室並みの大きさで、瞑想が行えるような場としてもらえるのが一番かな、と」

「茶室か……あの日本古来の侘び寂びの空間だな」

 セルシウスは、何かの本で読んだ日本の茶室を想像する。

「直接身体を動かすような修行はしないのだな?」

「ええ。基本は一人用だけど、二人で瞑想しながら問答が出来るぐらいのスペースがあると良いですね。公案を基に、精神的に高め合うみたいなことが出来るとなお嬉しいかな」

「確かに、それは日本の茶室と通じるところがあるな」

「俺は修行には興味あるけれど、修行に適した空間をデザインするのは、よくわからないので、セルシウスにお任せしますよ」

 肩をすくめる永谷。

「む……希望は無いのか?」

「専門家の方が俺よりしっかりしたものを作り上げられると思っているし、セルシウスさんならそれが可能だと思うんです」

「褒めて貰って恐縮だが……私も日本の茶室というのは本で見た程度の知識しか無い。……して、貴公はそこで褌姿で修行を?」

 真顔で聞いてくるセルシウスに、冗談ではないな、と判断した永谷が咳払いを一つして、

「……えーっと、こちら側の提案として、もう一つだけ。巫女装束を着た俺が部屋で修業をすると、様になるような調和の取れた空間を作って欲しいんだ」

「巫女……日本で神に仕える清らかな娘のことか!」

「ええ」

 セルシウスは、むぅーと唸って考え始める。

「(永谷殿が巫女装束を着て着座する小部屋……巫女の衣服の色は確か朱と白。ならば、最も適した色はアースカラーと呼ばれる自然に存在する色。つまり草木を使うと……)」

「難しいかな?」

「いや、大まかには想像出来た。しかし、聞かせてくれ。貴公、そこで何故精神修養を?」

「戦いの続く日々だからこそ、精神を鍛えておかなきゃならないんです」

 教導団の騎兵科に在籍する永谷が、真面目な顔でセルシウスの目を見つめる。

「……戦いか……確かに肉体と精神のバランスが重要だな」

「そして、作って貰えたなら、修行の成果を出さなきゃいけないって、頑張れると思うんです」

 笑う永谷に、セルシウスは深い溜息をつく。

「どうかしました?」

「ハッキリ言えば私は軍人や兵士が苦手だ。彼らは殺しと破壊の自慢ばかりするからな」

「……」

「しかし、貴公のように精神を高めようとする者が武器を手にしたならば、私のそんな心配も無くなるのかもしれない」

「世界がどう動くかはわかりませんけど、俺はそういう軍人にならないよう気をつけましょう」

 そう言葉をしっかりと紡ぐ、真っ直ぐな永谷の瞳。

「ああ。貴公ならば、大丈夫だ。この仕事、しっかり引き受けよう」

 永谷の人柄に心打たれたセルシウスは、永谷の修行場が自身の着工リストの上位に来るようにし、その完成を急ぐことになるのであった。