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ニルヴァーナのビフォアー・アフター!

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ニルヴァーナのビフォアー・アフター!

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第四章:街の様子

 街中に、一見すると古代ローマの神殿にも思える、純白のローマ風の入浴施設に、ペンション的な数組泊まれる程度の規模の宿泊施設を合わせた作りの建物があった。

「ようこそ、アルプステルメへ。壮太君」

 いつもの白い三つ揃いのスーツに白手袋の姿で、穏やかに上品な笑みを浮かべたエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が、友人である瀬島 壮太(せじま・そうた)ミミ・マリー(みみ・まりー)を出迎える。エメの物腰には貴族の御曹司たる風格が漂っている。

「エメが温泉作ったっつーから様子を見に来たぜ!」

 少し不良っぽい容姿の壮太が軽く手を挙げ、エメの方へ向かう。

「……え、温泉じゃねえの? テルメっていうの? つか、なんでアルプス?」

「アルプスはラテン語で白という意味なんです」

「うん、まあどっちでもいいや。ついに完成したんだな」

 エメが少し微笑んで頷く。

「正式には明日から開業です。今日は壮太君やミミちゃんと開業前のひと時を、と思いましてね」

 大の温泉好き、超風呂好きなエメが、ニルヴァーナにまで温泉を作ったと聞いた壮太は、彼の招待を受けてミミとやって来たのである。

「こんにちは! エメさん」

 壮太の傍で、建物を見渡していたミミが会釈する。

「こんにちは。ミミちゃんもゆっくりしていって下さいね?」

「うん! エメさんのテルマエってことは、蒼ちゃんもいるかな?と思って、壮太についてきたよ……エメさん、蒼ちゃんは?」

「蒼なら中に居ますよ。さ、ご案内しましょう」

 ×  ×  ×

 エメのアルプステルメの内部は、いかにも彼らしく、純白と蒼を基調とし、派手ではない清潔感があった。通路の所々に置かれた、どこかで買い付けて来た置物や絵画等も、素人目にも値段が張りそうだが、嫌味な派手さが無いものばかりだ。

 壮太は、白と蒼で統一されてるらしい内装を見回して呟く。

「いかにもエメらしい造りだなー」

「はい。私の意見を設計士のセルシウスさんがよく汲んで下さいましたから」

「それに……いい香り」

「気に入って貰いましたか? ここのアメニティはバラの香りで統一しているんです」

「それも、いかにもエメらしいな」

 壮太が笑う。

 廊下を抜けた受付には、ハッピともトーガとも見えるようなお揃いの衣装を着たニャンルーが並んでおり、壮太達にお辞儀する。

「ニャンルー?」

「はい、ここの従業員です。人間語は理解しているのでお客様が猫語が判らなくても安心です」

「お料理もニャンルーが作るの?」

「いいえ、ミミさん。猫毛が混入しないよう、台所は猫立入禁止です。料理は人間が作りますよ」

「オープンに向けて準備万端て感じだな、エメ?」

「ええ。開業準備をもようやくひと段落、ほっと一息つけました」

 ニャンルー達に壮太とミミが荷物を預けていると、そこに黒の燕尾服姿の片倉 蒼(かたくら・そう)が通りかかる。

「あ、蒼ちゃん!」

「これはミミ様、壮太様。よく起こし下さいました」

 恭しく頭を下げる蒼。尚、蒼は見た目はまるきり少年であり、背もミミより低い。

「やだなぁ。ミミちゃん、でいいよ?」

「とんでもない。ミミ様はミミ様ですよ」

 代々執事の家系のためか、いつも冷静、几帳面で控えめな蒼が言う。蒼は、エメに休んでいいと言われるまでは、1年365日、24時間漏れなく執務中なのだ。今も、開業に向けて、館内の掃除をニャンルーに指揮したり、何か忘れていないかと慌ただしく働いていた。

「片倉? もう湯は張ってあるのか?」

 壮太が蒼に尋ねる。

「はい、壮太様。ですが……まだ温泉の源泉の温度が高いため、すぐに入浴して頂けるのは……」

「壮太君。ここのテルマエは男女別、サウナや露天、足湯も完備ですよ。蒼、足湯なら大丈夫じゃないですか?」

「はい、エメ様。足湯はすぐにご入浴頂けます」

「じゃ、オレは足湯だな。エメ、案内してくれよ。ついでにここの温泉の話も聞きたい」

「いいですよ、壮太君」

「エメ様、壮太様のご案内なら僕が……」

 直ぐ様、執事として率先して動こうとする蒼。

「あー……片倉はミミの方、頼まれてくれないか?」

 壮太はそう言うとミミの方を指さす。

 ミミは、蒼がキッチンで用意していた紅茶や、焼いているスコーンに興味を持っている様子で、そちらの方へと駆けていく。

「……ですが……」

 壮太が「あ!」と呟き、ニャンルーに預けようとしていた自分の鞄から、何かを取り出す。

「そういや、風呂上がりに飲む牛乳は売ってんの?」

「牛乳? いえ、ミルク入りの紅茶ならございますが……」

「そうですね。あとは、お水やソフトドリンクを少々でしょうか?」

 エメと蒼が顔を見合わせる。

「チッチッチッ! わかってねぇなエメは」

 壮太はそう言うと、鞄から取り出した4つの瓶を見せる。

「テルマエだろうが何だろうが風呂上がりには牛乳って決まってんだよ! オレがちょうど手土産としてフルーツ牛乳を人数分持ってきたから、足湯あがったら一緒に飲もうぜ!!」

「……そ、そうなんですか?」

「コップにも入れずに?」

「当然、瓶から直だよ。ほら、片倉、コレ冷蔵庫で冷やしておいてくれよ。ついでにミミの事も頼んだぜ」

 壮太からフルーツ牛乳を受け取った蒼は、一礼してその場を去る。

「……やれやれ」

「優しいですね、壮太君は?」

 エメが微笑むと、壮太は鼻の頭を少し掻いて、

「ん? あぁ、ミミと片倉は久しぶりに二人でのんびりしてえだろうからな」

「では、私と壮太君は二人でのんびり足湯に浸かりましょうか」

「足湯がここのテルマエの名物なのか?」

「そういうわけでもありませんけど……まだまだニルヴァーナは判らない事が多いから、いろいろと調べて名物になりそうなものが出来ればいいなとは思っています」

「既に、この建物とエメだけで名物だとは思うけどな」

「それに、ここで湯治も出来たら、将来的にアスコルド大帝もちょっとは状態よくニルヴァーナで過ごせるのではと……」

「本音は? エメ?」

 パラミタに来た頃から友人として長い付き合いがある壮太がニヤリとエメに笑う。

「本当は、ここを作ったのは私が温泉入りたかっただけなんですけどね?」

「だと思ったぜ!」

「それに、壮太君から先日の修学旅行のお土産で貰った石鹸を使ってみたなぁと思った事も少しあります」

 エメと壮太は笑いながら足湯へと向かっていく。

 ×  ×  ×

「わー! 壮太、エメさん。早くー! すっごく温かくて気持ちいいよー!」

 壮太とエメが足湯につくと、スカートの裾が濡れないように膝上までたくしあげたミミが、一足先に足湯に浸かっている。

「ミミのやつ、瞬間移動でもしたのか?」

 壮太が首を傾げる中、エメは一足先にミミが足湯を楽しんでいる様子を見て笑う。

「壮太君が足湯に向かいながら、アレコレと私に施設の説明をさせていた間に追い抜いたんでしょう」

「あぁ、そうか」

 壮太は頷くと、ミミの傍の石畳に腰を下ろし、足湯を楽しむことにした。

「ふぅー! 凄いいい湯加減だな」

「喜んで頂けると、作った甲斐があります」

 壮太の傍に腰を下ろしたエメが笑う。

「しかし、徹底してるよなぁ、エメも。この作り、幾らかけたんだよ」

 白い石を敷き詰めた足湯に浸かる壮太の目の前には、蒼い空の下、やはり白と青を基調とした石柱や彫刻が綺麗に置かれている。

「そんなに高い買い物じゃなかった、とだけ言っておきましょうか?」

 そこに、蒼が、紅茶とスコーン、手作りジャムの軽食を運んでくる。

「蒼ちゃん! 一緒に浸かろうよ?」

 ミミが蒼を手招きする。

「すいません、ミミ様、僕は……」

 蒼はミミの顔を見つめながら、まだ残っている仕事を思い出す。

「蒼、給仕を済ませた所で休んでいいですよ」

 エメが蒼に声をかける。

「でも、まだ僕には仕事が……」

「休むのも仕事の内です」

 エメはそう言うと、エメに小さくウインクする。

「……ありがとうございます」

 エメの許可を貰った蒼は、軽食をテーブルへと起くと靴や靴下を脱ぎ、パンツの裾を折り返してミミの隣に腰を下ろして足を湯につける。

「ふぅ……」

 ずっと立ち仕事をしていたせいか、湯に浸けた足に心地よさを感じる蒼。

 コンッと湯の中でミミが蒼の足に足を触れ合わせてくる。

「ね? 気持ちいいでしょ?」

「はい、ミミ様」

 二人は顔を見合わせて笑う。

 四人は暫し、話をしながら足湯を楽しむ。

 足湯とは言え、徐々に顔に汗をかいてくる一同。

「……よし! 牛乳の時間だ!!」

 足湯から上がる壮太。と、同時に蒼がニャンルーを呼ぶと、冷えたフルーツが運ばれてくる。

「さ、オレの奢りだ! 飲もうぜ!」

 壮太はそう言うと、慣れた手つきで瓶の蓋を開ける。が、エメはキョトンとした顔のまま瓶を見つめているだけだ。

「フルーツ牛乳……あの、瓶のまま飲むんですか?」

「当たり前だろ?」

「……あの、立ったままなんですか? それはマナーとして……」

「違うぜ、エメ? フルーツ牛乳の作法ってのはな、まず飲む時は足を肩幅と同じに開いて、腰に手を当てるんだぜ」

 そう言うと、壮太は由緒正しき風呂あがり牛乳スタイルのポーズをエメに示して見せる。

「こ、こうですか?」

 エメに続いて、蒼とミミも壮太に倣う。

「どうにもカップに入っていない飲み物を席につかずに飲むというのは違和感感じますね……」

「よし! ポーズは完璧だな。あとは、コレを口に当て、別に一気に飲まなくてもいいけど、なるたけ、喉で味わう感じで飲むんだ! ホラ、いくぜ?」

「「「せーの!」」」

 腰に手を当てた四人は一斉に瓶を傾け、喉を鳴らす。

「プハーッ!! なあ、風呂上がりの牛乳っていいもんだろ?」

「ええ。これは甘くてなんだか素朴で、美味しいですね」

 エメが頷く。

「気に入ってくれたんなら、販売場所を設置しといてくれよな。あ、牛乳の仕入れはオレに言ってくれれば手配するからよ。もちろん味はノーマル、フルーツ、コーヒー、イチゴと一通り揃えておくからよ」

「ふふ、壮太君のお勧めですし、おいてみますか」

「へへ、毎度あり」

 壮太は、商魂たくましいところを見せつつも、やっぱり大事な友達が手掛けた温泉なので、エメにこう言葉をかける。

「うまくいくといいな」

「ありがとうございます。壮太君もこちらに来た際にはお泊りしていってくださいね」

「勿論だぜ。いや……オレじゃなくてミミが来たがる可能性も高いだろうしな」

 壮太はそう言うと、こっそりエメの視線を蒼とミミに誘導する。

 ミミは、おやつを運んでくれた蒼に「いつもありがとう」ってお礼を言って、スコーンを分けっこしたり、二人の味の異なるフルーツ牛乳を分けっこしたりと至福の時間を過ごしていた。

「ミミ様、口についてますよ」

 と、蒼はミミの口元のスコーンのカケラをそっと指先で払おうとする。

 その時、蒼はいつの間にか、隣のミミと手を繋いでいる事に気付くが、ミミは離そうとしない。

「ニルヴァーナでも一緒にいられるなんて、なんだかすごいよね」

 ミミは、蒼にニッコリと微笑む。

「え? ……えぇ、そうですね」

「こっちでも、またいっぱいデートしてくれる?」

「休みが取れましたら、最優先でミミ様にご連絡しますよ?」

「……うーん、それはイヤかも」

「ど、どういう事です? ミミ様?」

 珍しく少し慌てた蒼

「お休みもらった時は……デートする時は……ミミちゃんて呼んで欲しいな」

「……はい。ミミ……ちゃん」

 互いのパートナー達のそんな様子を見ながら、壮太はエメと一緒に足湯から静かに去っていくのであった。