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バレンタイン…雪が解け美しき花びら開く…

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第22章 町に咲き誇る姫君たち

「もう着替えられたかな?」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は試着室を借り、人形のオメガが洋服を着替えるのを外で待つ。
「えっと、着替えてみましたけど。どうでしょうか・・・」
 着替えを終えたオメガはカーテンを開け、ベルベットな生地でチロル地方民族衣装を着た姿で試着室から出てきた。
 白いブラウスを着ているが、胸の辺りは紅の生地をあしらっている。
 黒のジャンバースカートの上には濃緑のエプロンがついて、頭には濃緑のカチューシャをつけてある。
 そのカチューシャには、赤紅の椿がひとつずつ耳の上辺りまで飾りついている。
 遊園地の花の妖精に負けないコーディネートをしようと、春のプリンセス椿をテーマに、エースがオメガのために衣装を作ってきた。
「うん、とてもかわいいよ。皆にお披露目しに行こうか」
 可愛らしく着飾ったオメガを、道行く人々に見せびらかそうとまずはショップへ行く。
「人にぶつかったら危ないからね、オイラの肩に乗せてあげるよ」
 クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)がオメガをちょこんと肩に乗せる。
「ケーキとか日持ちしないから、焼き菓子がいいよね」
「美味しそうですわね」
「ねぇ、エース。これ買っていこうよ!」
「それなら日持ちしそうだな」
「やった〜♪」
 フルーツがドライフルーツをたっぷり使われ、表面をグラニュー糖をさらさらとまぶしたシュトーレンをエースに買ってもらう。
「この焼き菓子可愛いね、それになんだか甘くて香ばしい香りがするっ。オメガちゃんは食べたことある?」
「いいえ、ありませんわ」
「そっか。エース、これも・・・」
 ガラスケースに張り付くように両手をつき、エースの方へ振り返る。
「今は食べられないから、後で届けてあげないとな」
「よかったね、オメガちゃん♪」
「えぇ、ありがとうございます」
 人形の姿では食べられないからと、ケーキのように飾り付けたアマンドプチもテイクアウトしてもらった。
「少し外に出歩いてみようか」
 ショップを出るとエースは2人を連れて遊園地の傍へ行く。
「ずいぶんと賑やかな場所ですわね?」
「いろんな乗り物やどっきりアトラクションがあるんだよ」
「そうなんですの?面白そうですわね」
「今度は遊園地へ依り代じゃなくてちゃんと遊びに来ようね」
 クマラの肩に乗っている彼女に、ニッコリと微笑みかける。
「はい、ぜひご一緒させてください」
「さて姫様、お次はお城へ行ってみようか?」
「姫・・・?」
「オメガさんのことだよ。さぁ姫様、お城へご案内するよ」
 ガイドブックを読んで道を把握しておいた彼が、マハトヴォール城へエスコートする。
「城の正面入り口の右側にあるのが時計塔だよ」
 エースが大時計を指差して教える。
 外の枠と時刻の文字、秒針は純金で出来ているようだ。
 文字の下はワインレッドカラー、中央の丸い円はライトブルーに染められている。
 塔は3段の六角形の形をしていて2段目は下の段よりも小さく、その上はさらに小さなサイズで、その天辺には細く尖った円錐が立っている。
「あの時計を近くで見てみたいですわね」
「それじゃお城の中へ入ろうか。クマラ、走り回って迷子になるんじゃないぞ」
「むっ。オメガちゃんと一緒にいるのに、迷子なんてならないよ!」
 迷子フラグを立てられたクマラが頬を膨らませる。
「う〜ん、城の窓からはよく見えないね」
 3階についたエースは窓から時計塔を見てみようとするが、あまりよく見えなかった。
「時計塔の渡り廊下からの方がいいかもしれないな。―・・・うん、ここならいいかな。オメガさん、時計見える?あれ・・・、どこにいったんだ」
 もっと近くで見てみようと階段を下りて移動すると、いつのまにか2人の姿が忽然と消えていた。
「おーいっ、クマラ!まったく迷子になったのか・・・」
 入り口で逸れないように言い聞かせたのにと、エースはふぅと肩をすくめる。
「あれぇ、ここどこだろう」
「クマラ、迷子になるなっていっただろ」
 1階を彷徨っているクマラをエースが発見する。
「まったく出口はこっちだぞ」
 再び迷子にならないように、少年の傍を歩き連れて行く。
「まずいったん城から出ないと、塔には行けないからな」
「ふぅ、やっとついたー!」
「オメガさん、ここなら見るかな?」
「えぇ、見えますわ。ありがとう、エースさん」
 天井のない渡り廊下から時計を見上げる。
「椿のコンテストがあるみたいだから行ってみない?」
「まぁ・・・お花のコンテストがあるんですの?行ってみたいですわね」
「では姫様と宮殿へご案内しよう」
 エースは紳士にエスコートし、オメガをプレヒティッヒ・リート宮殿へ案内する。
「ここだね」
「素敵なお庭ですこと」
 外庭の中央に大きな噴水があり、その周りにはコンテストに出品された椿の木々が立ち並んでいる。
「キミの椿、それは日本の花かしら?」
 コンテストに来た若い女が、エースが手にしている椿を見る。
「一重咲きのこの花ことか?あぁ、そうだな」
 枝に咲いている椿は花弁が鮮やかな深紅で、雄蕊の花糸は黄色でキリリと締まっている雰囲気だ。
「日本女性の凛とした感じがするわね」
「褒めてもらえて花も喜んでいるよ。あなたの椿も見せてくれないかな?」
「えぇ、いいわよ」
「とてもキレイだな。美人さんだ」
 パープリッシュピンクとホワイトのグラデーションの花びらの椿を見せてもらう。  
「それも椿かしら?」
 ただの飾りか本物か聞きたそうに女はオメガの髪飾りを見下ろす。
「これと同じ花だな」
 手に持っている椿と同じ花の飾りだと言う。
「とても可愛いわね。お人形は坊やのかしら?」
「ううん、オイラたちのお友達だよ」
 オメガをただの人形だと思っていう相手に、クマラが首を左右に振る。
「素敵な椿だな」
「見て、あのお人形さん可愛い」
 コンテストにやっていた人々がオメガの周りに集まる。
「その人形、いくらで買ったんだ?」
「俺たちの友達だから、どこで買ったとかいうわけじゃないんだ」
「美しい人形を譲ってくれないか」
「世界にたった1人だけだから譲るわけにはいかないな」
 自分がコーディネートした服を着たオメガをエースは自慢げに見せびらかす。
「あら、動くの?不思議ね」
 来場者がオメガに触れようとした瞬間、魔女はクマラの後ろ首にさっと隠れる。
「―・・・えっと、恥ずかしがりやさんだから、すぐ隠れちゃうんだよ」
 彼女の身の危険を感じ、ごまかそうとする。
「へぇ〜そうなの」
「向こうにも美しい椿があるみたいだな」
「他にも参加者がいるのか?」
 エースもその椿を見てみようと、人の波についていく。
 その人々の中心には胡蝶侘助を手の平に乗せている侘助と、彼の傍らに火藍がいる。
「こちらも美人さんだね」
 白い花びらに虹色の入った椿を眺めて微笑む。
「あんたの椿、褒められてしますよ。参加してよかったでしょう?」
「ははは、そうだな」
 侘助が普段と変わらない笑顔を火藍に向ける。
 他にも椿を見て回っていると、コンテストの審査が始まった。
「それでは結果を発表します!2021年、椿コンテストの優勝者は・・・エース・グランツさんです!胡蝶侘助と争う結果となりましたが、僅かながらの差で決まりました」
「まぁ、見てもらえただけでも嬉しいからいいけどな」
 口ではそう言いながらも、侘助はちょっとだけ悔しそうな顔をする。
「椿の花飾りも美しかったですが、それを身に着けている人形が花の魅力をより引き出したと言えるでしょうっ。優勝者のエースさん、ご感想をどうぞ」
「丹精込めて育てたかいがあったよ、とても嬉しいよ」
 エースは来場者に歓声を拍手をもらった。